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あなたの人生に幸あれ  作者: 緋色ざき
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神社巡り

「さて、万さん。いろいろとお話をする前に、ここに来たらしなくてはいけないことがあります」

 僕が四方八方を木々に囲まれた神社をゆっくりと回転して見ていると、弁天がそう切り出した。なるほど、たしかに神社に来たらしなきゃいけないことがある。僕は右ポケットに突っ込んである財布に手をかざす。

「では着いてきてください」

 弁天が意気揚々と歩みを進めていく。その先は洞窟のような場所になっていて、小さなお宮と水のたまり場がある。

「ここは一体……」

「ここはですね、私が祀られている奥宮です。ここが神の居住地や神の間に繋がっているんですよ」

 ふーん、と適当にうなずく。繋がっているからといって、僕がこの宮に飛び込んでもきっと、器物損壊になるだけだろう。

「そして、こっちの水でお金を洗うと金運が上昇するんです」

 手をすすぐ水かと思ったが、どうやら違ったようだ。僕は弁天の言ったとおりにお財布から百円玉を取り出すと、水に浸す。潤いを得た硬貨はなんだかそれまでよりも綺麗な輝きを帯びたような感じがする。

「それをお財布に入れておくと、金運が上昇します」

 なるほど、とうなずいて百円玉をお財布にしまう。それから奥宮の前で賽銭をして、手を合わせる。

「さて、では次はくじを引きましょう」

 弁天はそれを確認して、再び歩き出す。

「万さん。ここにお金を入れてくじを引いてください」

 弁天はお守りなどを売っている売店の前に立ち止まって、小さな賽銭箱のようなお金入れを指さす。その隣にはピンク色に彩られた紙の束が置かれている。僕は一応、売店の中をのぞき込むが誰かがいる気配はない。

「これ、盗まれたりしないのか?」

 無造作に置かれているお守りや絵馬を見て尋ねる。

「まあ、大丈夫だと思いますよ。きっと奥にいるでしょうし、いなかったとしてもここはお祭りの日でもない限りはほとんど人が来ないですから」

 そんなものなのだろうか。僕は曖昧にうなずいて、それからくじの値段を確認する。くじは二百円。僕の財布の中にも二百円しかない。

「なあ、さっき洗ったやつって、入れておいた方がいいんだよな」

「いや、別に使っちゃっていいですよ。金運といっても学生の万さんにはあんまり関係ないですし」

「なんだかそれって、すごい元も子もない話だな……」

 僕はげんなりしながら二百円を投入し、それから紙を上から一枚取る。

「それで、これはどうすればいいんだ?」

「これは水くじというものなんですが、水につけるとくじの内容が浮かび上がってくる代物なんです」

「なるほど。それで、その水って、あそこのか?」

 僕は先ほどお金を洗ったところを指差すも、弁天はそれに首を振る。

「あっちにあります。着いてきてください」

 弁天が案内してくれた先にあったのは、ボウフラが泳いでいそうな水瓶だった。少し躊躇してしまうが、弁天が目で促してくる。ええいままよと僕はそこにくじを浮かせた。しばらく眺めていると、文字が浮かび上がってくる。

「むっ、万さん。末吉らしいですよ」

 たしかに、紙には末吉と出ている。まるで、いまの僕の現状そのままである。いまは負因子のせいもあって、あまり良くない状況だが、ここから徐々に良くなっていくはずだ。

 文字が大体浮かび上がったのを確認して、紙を手に取って改めて見てみる。

「願い事、思いすごし事やぶれるおそれあり」

「考えすぎて上手くいかないおそれがあるってことですかね」

 なんだかそれはすごい覚えがある。幸との一件はものすごい考えに考えを重ねたがことごとく上手くいかなかった印象がある。

「それから……。あっ、これも心当たりがあるな。金運、思いがけぬ出費あり注意」

 僕はそう言って、弁天の方を見る。弁天はさっと目をそらすと、口笛を吹こうとする。が、ヒュー、ヒューという空気の音しか聞こえない。

「そういえば、弁天」

「いや、あれですよ。このくじに出費するということは、回り回ってここの神社が綺麗になることに繋がるんですよ」

「いや、僕はこの間のアイス代を返して欲しいと思っていったんだけど……」

「はっ、いまのは冗談です。はい、冗談です。あはははは、それじゃあそろそろ本題について話しましょうかねえ」

 そうまくし立てて、歩いて行ってしまう。弁天の残念な一面が垣間見えた瞬間だった。しかし、弁天の小物ぶりになんだか怒る気も起こらず、馬鹿らしくて笑ってしまう。残念だけど、二百円足らずじゃここの神社は綺麗にできないだろう。

 ただ、貸したお金は返ってこないんだろうなと思った。弁天はお金を持っていなさそうだし。

ため息を一つついて、他の項目にも目を通すが、どれも似たり寄ったりであまりいいことは書いていなかった。とは言っても、別にここに書かれてあることが全てではない。さっさと結んでしまおう。

どこがいいかと辺りを見渡すと、ベンチに座る弁天の姿が目に映った。きっと、あそこで本題とやらの話をするのだろう。

ちょうどそのベンチの横にくじを結べそうなところがあった。一つもくじが結ばれていないが、きっとあそこでいいはずだ。僕はそこにしっかりと結びつけて、それから弁天の隣に座る。

 それから、弁天が話し始めるのを待つが、一向に隣から言葉が聞こえてくることはない。僕は焦らすのもなんだかなと思い、横目でばれないようにその横顔をのぞき込む。僕の視界に入るその横顔には、先ほどまでと打って変わって僅かな苦悶が見て取れた。

「らしくない顔をしてるな」

 思わずそんな言葉をかける。

「いえ、雰囲気作りですよ」

 弁天は顔を少し緩めてそんなことを言う。思わず苦笑してしまう。僕はいまその雰囲気を壊してしまったわけだ。もう一度作り直さなければ。

 僕は沈黙して、ゆっくりと顔を上げる。陽光が木々に囲まれた社に差し、穏やかな陽気に包まれている。昨日の雨でできた水たまりもほとんどなくなってしまっている。

「ここは、いいところだな」

 居心地の良い落ち着きの中で、ふとそんな言葉を思わず口ずさむ。独り言のつもりで特に拾ってもらおうとしたわけではないけれど、弁天はそれで僕の方を向いた。

「いいところですよ、本当に。ここは、私のふるさとみたいな場所なんです」

 弁天は儚げな笑みを浮かべてそう切り出す。そして、僕は弁天の世界に足を踏み入れ始めた。


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