手助け
日が傾く公園。朱に染まっていた僕らの顔に陰りがかかり始める。
「そろそろ、私たちも帰りましょうか」
弁天は立ち上がると、おもむろに自転車の方に足を向ける。しかし、僕はそのまま帰ろうという気にはなれなかった。
「なあ、弁天」
「なんですか?」
歩みを止めないまま、言葉が返される。
「あのさ、僕たちができることって、なにかないかな?」
弁天の返答が分かっていながら、そう問うた。
「どうにもなりませんよ。先ほども言いましたが、私たちがどうこうできる問題ではないんです。彼女自身と、それから彼女が慕うお兄さんとの問題です」
予想通りの回答だ。この話がなされてから、弁天は一貫して、須佐さんの否定派に回っている。その優柔不断な態度に対してなのだろうか。理由は分からないけれど、きっと何かあるのだ。僕の知らない何かが。でも、それを聞くのはいまではない。
「行きますよ」
その声で、ようやく重い腰を上げる。ここに来たときに感じていた疲れとは異なる疲労が僕の身体に圧をかけ、足取りは重い。無言で自転車のペダルに足を乗せると、弁天が僕の腰にそっと手を回す。僕はそれを確認すると自転車を進ませた。
暗くなった道を街頭と住宅地の彩りが照らす。僕はその明かりを頼りに自転車を漕ぐ。光に群がる虫が飛び回り、家族団らんの声が聞こえる。なんだかいまはそれがとても眩しく感じて、少しペースを上げる。
住宅街を抜け、大通りにさしかかったところで、弁天が突然止まってくださいと小声で囁いた。僕は慌ててブレーキをかけて後ろを向く。
「ありがとうございました」
弁天はゆっくりと自転車から降りて、ぺこりと頭を下げて歩き出そうとする。
「ま、待ってくれ」
身体の向きはそのままで歩みを止める。
「まだ、なにかありますか?」
「僕たちには、本当に何も出来ないのかな?」
手を差し伸べることが最適解かなんて分からない。むしろ、悪化させてしまうかもしれない。でも、須佐さんから話を聞いた以上、このまま放っておくことなんてできない。
「安易な気持ちでの手助けは、邪魔になるかもしれないですよ」
振り返り、淡々と言い放つ。それは百も承知だ。
「それでも、それでも僕は手を差しのばしたい」
ありのままの思いを弁天に伝える。弁天は僕を測るようにしばらく無言のまま目線を合わせていたが、やがて観念したようにため息を吐いた。
「私たちにできることはほとんどないですけど、まあ、強いて言うなら場を作ってあげることですかね」
たしかに、それは僕たちでもなんとかなるかもしれない。希望が胸の内にこみ上げてくる。
「万さん。なんで笑っているんですか……」
そんな僕に訝しげな視線を送る弁天。笑っていたつもりはなかったのだが。僕は思わず口角を押さえる。たしかに少し上がっている。そして、すぐにその理由にピンときた。
「あれだよ。弁天がさ、意外と須佐さんのことを考えているなあって思って」
「な、何言ってるんですか。そ、そんなわけないでしょ」
動揺した口ぶりでそう弁明して、プイッと顔を逸らす。その、私はまさにそう思っていましたということを体現した図星な態度に僕は思わず吹き出す。
「なに笑ってんですか」
「いや、ご、ごめんって。ふふっ、ついさ……」
弁天は恥ずかしさと怒りからか、なんともいえない表情を僕に向けていた。それがまた面白くて、僕は再び笑い始める。
それから、ひとしきり笑って冷静になると、ふと、問題が浮かぶ。
「なあ、弁天。どうすればあの二人を合わせることができるんだ?」
「そんなの、自分で考えてください」
ふてくされて顔を背ける弁天。著しく精神年齢が低下したその姿に呆れを感じるが、僕はそこをぐっと我慢して大人の対応をする。
「頼むよ、弁天。今度アイスをおごるからさ」
「わ、私がそんなので買収されるわけがないでしょうが」
わなわなと震えて叫ぶ弁天。大通りで一足も大分あって、視線が僕らに集中する。弁天はすぐにそれに気づくと、ごほんとわざとらしく小さく咳払いして人目から逃れるように、大通りに背を向けた。
ある程度人々の視線が僕らから外れたのを確認して、僕はやり取りを再開させる。
「じゃあ、アイスで買収されるわけがない大人な弁天さん。解決方法を教えてください」
「しょ、しょうがないですねえ。大人な私が万さんにご教授してさしあげましょう」
下手に出たら、驚くほど分かりやすい反応を示してくれた。この神さま、ちょろいなあと本気で心配になるが、取りあえず先を促す。
「そうですね……。私の神の力を使ってお兄さんの方はなんとかしましょう。万さんは須佐さんを公園まで連れてきてください」
神の力という言葉は素直に頷きがたいものではあるが、それ以外に手はない。僕はそれに乗ることにした。
「では、三日後の木曜日、十七時に公園で会いましょう。なあに、大船に乗ったつもりでいればいいですよ」
泥船に乗ったつもりの僕はそれに曖昧に首肯した。かくして、僕らは須佐さんを助けるために動き出したのであった。




