パーカーと作戦会議
「万さん。いつまでへこんでるんですかあ」
「ううっ。ドエムって言われた。もう、お嫁にいけない」
せっかく、幸とのいざこざが終わって平穏が訪れたと思ったのに、またこんなことになるなんて。
「いやいや、万さんはお婿さんですから。それとも、あれですか。男しか愛せないみたいな人ですか。被虐性欲で同性愛者とかちょっと欲張りすぎですよ……」
「違う。僕はマゾでもホモでもない。というか、マゾについてはそもそも弁天のせいだろ」
それもこれも、弁天が僕のことを下僕と言ったからだ。もっと他に良い言葉はなかったのだろうか。協力者とか仲間とか相棒とか。神さまなんだからそれくらいの語彙は持ち合わせていてほしいものだ。はあ、明日が思いやられる。
「まあ、そんなことより、どうです、このピンクパーカー。とても愛らしい造りですよね」
あざとく手を袖で隠して、それからクルッと一周回る。ミニスカートがひらりと舞い、僕は思わず視線を逸らす。
「ふっ。神さまの魅力に骨抜きですね」
自信満々の笑みを貼り付け、人差し指で僕をつついてくる。分の悪さを感じて、僕は一歩身を引くと、それからわざとらしく咳払いした。
「それで、今日は一体どうするの?」
弁天はそれに考えるようにあごに手をやって、首を捻る。特になにも考えていないようだった。果たしてこんな体たらくで未曾有の災害から日本を守れるのだろうか。いや、守れるはずがない。改めて、僕は弁天に管理者の仕事を手伝わせて欲しいと頼んで良かったと思う。そして、僕がなんとかしないといけないということも身にしみて実感した。
「取りあえず、負因子をなんとかしないといけないわけだから、それについて考えようか」
再び芝に腰を下ろす。そして、思考の海に落ちる。
負のエネルギーを減らす方法は至って簡単だ。ただ、むやみやたらに負のエネルギーを振りまけば、他人の人生を壊しかねない凶器となる。だから、その扱いには最善の注意が必要だ。
そして、まず最初に僕らがやらなきゃいけないことはといえば
「不幸の手紙を復活させるべきだ」
僕はそう、高らかに宣言した。
「いや、でもですね。あれは万さんの件での失態があって、いま見送っているんですよ」
「そうかもしれないけどさ。チェックを二重にするとかしてミスを減らせば大丈夫だと思うよ。それに、この手紙は割と効果的な方法だと思うしさ」
しかし、弁天は依然として、悩んだままだった。何かが、弁天を思いとどまらせているのだろうか。その瞳からは、その正体を導くことは叶わない。
「えーっと、管理者にはたしか末端の神々がいるんだったよね?」
前回弁天と話していたとき、たしかそんなことを言っていたはずだ。
「そうですね。その土地土地の神や付喪神なんかがいます」
「それだったらさ、そういう神さまたちにも負因子の量を確認してもらえばいいんじゃないかな」
そうすれば、僕に起こったようなミスは減らせるはずだ。
ただ、それに弁天は申し訳なさそうに返答する。
「いえ、実はですね、その権能は私たち七福神特有のものでして、他の神々には使えないんです」
僕はその言葉にがくりと肩を落とす。ただ、その反面、内心では薄々とそれに気づいていたのだとも思う。末端の神々があの不幸の手紙を新聞配達員のように配ったらしいが、もし、負因子を感じ取ることができていたら、明らかに僕の手紙のおかしさに気づくはずだ。負因子の量の大きさに。
いや、しかし、少し待って欲しい。別に、その権能を持っていなかったとしても、僕は負の因子を見ることができたのだ。
「弁天。その権能を他の神さまたちに与えることはできないのか?」
ただ、弁天の答えは再び僕の当てを外れる。
「はい。残念ながらそれはできません。神から神への譲渡は無理なんです」
普通に考えればそうか。僕が考えられることはきっとすでに神さまが考えている。人から神は可能でも、神から神への贈与は不可能。
「あれっ。ということは、神ではなくて、人間がチェックすることは可能なのか?」
「はいっ?えっ、まあ、たしかに不可能ではないですかね……」
弁天は髪の毛を指でもてあそびながら、いや、でも、分量が、それに、人間の知り合いなんてほとんどいないしなあ、などぶつぶつと呟いていた。
つまり、これは僕にしかできないことなんじゃないだろうか。
「なあ、弁天」
「はい」
パッと勢いよく顔を上げる弁天。
「その仕事は僕がやる。いや、僕にやらせて欲しい」
「えっ、いや、でも……」
弁天の視線は宙を彷徨い、困惑が伝わる。
「頼む、弁天」
だから、僕は弁天の肩をつかんで、まっすぐにそのつぶらな瞳を見つめた。有無を言わさないように、まっすぐに。弁天は観念するように小さくうなずく。
「分かりました。分かりましたよ。それは万さんに頼みます」
僕は小さく拳を握る。これで第一関門は突破。さて、次にやるべきことは、
「いま、弁天は幸運な人に少しずつ負因子を配っているんだよね?」
「そうですね。ただ、あまり、効率がいいとは言えませんね。歩き回って、幸福そうな人に手当たり次第にという感じですから」
たしかに、その方法ではお世辞にも効率がいいとは言えない。ただ、そこについては僕も対応策を考えてきている。その案を弁天に共有する。
「なるほど。それはたしかに、私一人よりはかなり効率よくできる気がしますね」
弁天のお墨付きをもらうこともできた。それから、もう少し具体的に作戦を練って、その日の会合は終わった。
帰るころには、空は大分暗くなっていた。




