告白
月曜日。
久々に幸と一緒に登校する朝。
前日の退店騒動のおかげで、僕も幸も気分が上がらず、あの高級店の愚痴を言っていた。やれ、かっこつけた客が多すぎるだの、カップルや夫婦が多すぎるだの、値段が高すぎるだの。しかし、そんなことを言い合っていてもむしろ虚しくなるだけで、次第に僕らは意気消沈していった。
そんなこんなで歩いていると、突然幸が立ち止まった。僕もそれに合わせて止まり振り返る。
「どうしたんだ、幸」
「あのさ、話があるんだが……」
幸はそれだけ言って俯いた。その身体は強張っていて、緊張していることが伝わってくる。僕は思わずその脇腹を人差し指でつついた。
「うっ、なっ、なにするんだよ」
声を裏返らせ抗議する幸。僕はついつい笑みをこぼしてしまう。
「いやあ、小さいころと同じでまだ脇が弱いのかなって思って」
「いや、意味分かんねーよ」
ほんと、そうだよなと笑いながら頷く。すると、幸はそれに呆れたようにため息をついて、それから吹き出すように笑った。
ひとしきり笑ってから、僕は切り出した。
「それで、話しってなんだ」
「あ、ああ。それなんだが、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ」
幸が照れと気まずさの入り交じった顔を僕に向けた。
昼休みの屋上。
生徒の中では僕だけが入れる憩いの場。
そこに、今日は三人の生徒が入ってきた。一人目は幸。普段の爽やかな顔は、緊張に染まり、生まれたての子鹿のように足を揺らしている。二人目はというと須佐さん。いつも通り落ち着いた表情で凜として佇んでいる。
僕はその様子を、屋上の貯水タンクの影に隠れて見守っていた。
朝の幸からのお願い。それは、須佐さんへの告白を手伝って欲しいというもの。僕はそれに了承して、屋上を告白の舞台に使うことを提案し、清水さんに須佐さんを屋上へ呼び出してもらうよう取り計らってもらった。清水さんは二つ返事で了承してくれたが、その見返りとして屋上で告白現場を覗きたいと頼んできた。僕は渋々承諾して、現在、清水さんは僕と一緒に貯水タンクの裏に隠れている。そう、三人目は清水さんということだ。ちなみに、ここで幸のことを見守っていることは内緒にしている。
「あー、なんか緊張してきたね、天部くん」
息をはあはあと荒げて、興奮気味な様子の清水さん。お願いだから、そんなに顔を出さないで欲しい。ばれちゃうから。
清水さんをなんとか静止しながら、僕も影から二人の動向を見守る。
清水さんには、須佐さんに屋上に来て欲しいとだけ伝えてもらったが、察しのいい彼女のことだ。幸がいる時点でこれはあのときのやり直しだということは分かっているだろう。
二人はしばらく無言で向き合っていた。しかし、隣の清水さんが、いけーとか決めてやれとか小声でまくし立てるせいか、僕はあまり緊張感を持てないでいた。頼むから静かにしてくれと心の中で毒づく。
不意に、二人の間にさーっと穏やかな風が流れる。髪が左から右に緩やかに踊る。その風が収まると同時に、幸が意を決して口を開いた。
「あ、あのさ。今日は来てくれてありがとう。それと、この間はごめん」
頭を下げる幸。須佐さんは変わらぬ瞳でそれを見つめる。
「天部くんとはどうなったの?」
「うん。それは、無事解決したよ」
「そう……。良かった」
少し安堵した表情を浮かべる須佐さん。その節は本当にご心配をおかけしましたと心の中で謝罪する。僕の隣では清水さんが、良かった良かったと僕の背中を叩く。なんだか、今日の清水さんのテンションは波が激しく対応に困る。
「それで、今日呼び出しのはその話だけじゃなくて、もう一つ伝えたいことがあって……」
幸がそう言いながら、一歩前に踏み出す。それは、自分を奮い立たせるおまじないに見えた。勇気を奮い立たせる一歩。
しかし、その行動とは裏腹に次の言葉がなかなか紡がれない。頑張れ、と思わず小声で呟いてしまう。その淡い思いが風に乗って幸へ届いたのか、幸は少し、ほんの少し首をこちらに動かす素振りを見せて、それから須佐さんをまっすぐ見つめた。
「俺と、付き合ってください」
その瞬間、胸が熱くなるのを感じた。心が震える。まるで、映画のクライマックスのワンシーンを見ているみたいだ。いままで僕の隣を歩いていた幸が、急に大人になってしまったような、そんな錯覚を受ける。
須佐さんはその予想していたであろう言葉を受けて、一瞬間の沈黙。幸から視線を外し、青空に目を向けて、それから、再び幸に視線を合わせる。
須佐さんの唇がゆっくりと開き、言葉を紡ぐ。
その言葉に幸は、ほんの一瞬だけ目を見開いて、それから変わらない表情で、ゆっくりとはにかんで、ありがとうと謝辞を述べる。
須佐さんはそれに少しだけ顔を歪めて、それから踵を返して屋上を出て行った。
幸の瞳はその背中を追うことはせず、空を見上げてしばらく感傷に浸っていたが、一つ自分を落ち着かせるように息を吐いて、それからゆっくりと屋上を出て行った。
それを見届けた清水さんが僕の方を向く。
「あのさ、何か声をかけなくて良かったの?」
「僕たちがここにいるのは一応二人には秘密だからね。それに、あとでいくらでも話を聞いてあげられるから、いまは別にいいんだ」
そっか、と清水さんはうなずいて、それから空を見上げた。
「なんだか、見てるだけでドキドキしたね。あれが、青春ってやつかなあ」
青春という言葉の意味を僕はいままで測りかねていた。なんだか、あまり自分には馴染みがないような気がした言葉。ただ、なんとなく、いまはその言葉胸にストンと落ちた気がした。
「青春、なんじゃないかな」
だから自然とそう答える。それから、清水さんと顔を見合わせて笑った。




