鳥人
しゃわしゃわしゃわ…
波の音と、
ぴよ、ぴよぴよぴよ
鳥のさえずりと、
ぼぉーー
汽笛の音と、
がやがやと騒ぐ人々の声と、
何も聞こえない、箱の内側と。
〇
今日も船が出る。
表情こそ見えないが、
これからの旅に胸を躍らせる人々の声が微かに聞こえる。
ーー眩い、大海原へ
何度見ても、この海は綺麗だ。
この空は綺麗だ。
少し手前に視線を移すと、青々と茂る喬木の合間に、鮮やかな花壇が覗く。
『美しい…。』
「リア」
振り向くと、よく遊びに来てくれる女の子と、お兄さんがいた。
「ヴィオラ、シュウ…!あれ?」
2人の白くて長い上着の後ろに、小さな影が見えた。
「ほら、ベル、挨拶して」
「…はじめまして、ベルです」
ひょっこりと顔を出したその影は
赤茶色のくせっ毛を肩まで伸ばして
黄色のワンピースを召した小さな女の子だった。
「よろしくね、ベル。」
「突然ごめんなさい。この子がどうしても、リアに会いたいって。ベルは私の妹なの」
ヴィオラはすっかり困った顔をしているのに対し、ベルは二ヒヒと頬を緩ませた。
優しい匂いがする。
…そうだ。
「はい、これ。よかったら」
小さな手に乗せたのは、紙でできた白い鳥。
「すごい…精巧に作られている…」
「わあ、ありがとうリア!!」
「お、おい!」
はしゃぎ回るベルをシュウが落ち着かせようとするが、どうにも彼女の気持ちは収まらないらしい。
そのまま、扉の外へかけだしていってしまった。
〇
「素敵な妹さんだね」
「ふふ、まあね。でも手を焼いてるの」
ヴィオラは笑う。
「最近どうなの?」
「どうもこうもない。いつもどおりさ」
「そう」
柔らかい潮風が僕らを包む。
「ねえ、やっぱりリアは鳥になっちゃうの?」
「…そうだね。ここに産まれたから」
「ここに居ても、鳥になるしかない。でも、貴方は頭がいい…才能がある。外を見て、こんなに美しい。リアもそう思うでしょ?」
「…」
「人として外に出たいとは思わないの…?この壁を、破ろうとは思わないの?」
「思わない。」
「どうして…!」
「…わからない。僕はここで産まれた。ずっとここで、窓から見える景色を見ていた。訪れる客人を、ヴィオラとシュウを迎え入れた。ある日聞かされた。僕は鳥になるのだと。この箱に住む人は皆、鳥になるのだと。僕はこの白い箱と、君と、シュウと、窓から見える景色だけで生きてる。何も望むものなど、ないんだよ。」
「…でも」
「ヴィオラ、君は優しいね。いつもそうだ。大丈夫だよ。僕は鳥になりたいんだ。鳥になって、あの場所からこの街を見ている。君のことも」
〇
ーーーあはは!!
「止まってください!!ベルさん!!」
「わあ、白い鳥さんがいっぱい!!」
「はあっ…はあ…ここではよく、この鳥が見られるのですよ。同じ種類の鳥は他の地域でも見られますが、特に真っ白で美しいさえずりが有名です。ただ…」
「ただ?」
「いえ、なんでもありません。」
「なーにー!教えてよお!ねえってばーー」
〇
「ただ、調査の結果、非常に短命で、病原菌や気温差に弱いことがわかった。
繊細で、儚い生き物なのだ。」
「それじゃあ大切に…」
「だから、寿命を伸ばすにはどうしたらいいか研究を続けた。その結果がこの鳥人だ。鳥と人間の調合…。素晴らしい研究だろう。
この鳥は美しい。上手く飼いならしてこの街に売り込めば、これからもずっと儲けていける。」
〇
「おはようございます。
リポーターのヨシノです。ご覧ください。
今日も坂下公園は大勢の観光客で賑わっています。」
「GWですからね〜!」
「はい!そして、こちら船に繋がれた鎖にはたくさんの白い鳥たちが集まっています。
どこからともなく現れるこの白い鳥のは今も謎に包まれたままですが、
本当に真っ白で美しいさえずりですよね。
さて、次はお花を見ていきましょうか…」
ーー僕は今日もこの街を見ている
君のことも。ヴィオラ
〜終〜
〈登場人物〉
リア…白い鳥になるべく産まれた研究材料。鳥でも、人でもない。鳥人と呼ばれる存在。
ヴィオラ…優秀な人材。若くして勧誘され、白い箱の研究者になる。同じく若くして才能のあるリアに惹かれ、鳥化することに戸惑っている。
シュウ…努力して入った名門大学の教授に誘われ、白い箱の研究者になる。真面目で優しい人柄から、ヴィオラと一緒に鳥人たち
ベル…ヴィオラの妹。研究施設である白い箱にこっそり遊びに来て、ヴィオラとシュウが研究をしながらリアの話をしているのを聞き、リアに興味を持った。
教授…シュウの大学教授。観光客を集めるため、人気の白い鳥を改良しようとする過程で金に目がくらみ、鳥人を作り出してしまう。
幼少期、横浜の山下公園に行った時思いついた作品です。