第56話 とっておき
気が付くと俺は首を飛ばされていた。
視界が高速回転するので、すぐさま全身を再生する。
「おっと」
着地した俺は、勇者の追撃をガードしながら名案を閃く。
今の瞬間に心を折る方法を思い付いた。
俺は魔剣を投げ付けながら後退する。
(ちょうどいい。あれを使ってみるか)
何かを仕掛ける雰囲気を察してか、勇者は近付いてこない。
俺の行動を妨害するために距離を詰め続けるのも大事だが、ふとした拍子に即死する状況なのだ。
ダメージを負わないことを最優先している。
それが判断ミスだったことを教えてやらねばならない。
「もうこの戦いも飽きただろ? 必殺技を見せてやるよ」
「何?」
勇者が訝しむ間に、俺は自分の外見データを改竄した。
その瞬間、肉体が煙のような質感に変貌していく。
全身が漆黒に染まっていった。
循環する煙には、夜空の星のように無数の光が混入している。
身体のサイズも三メートルくらいまで巨大化した。
自然と勇者を見下ろすような状態になる。
「どうだ、びっくりしたか? さあ戦おうぜ。試合再開だ」
俺は黒煙と化した手をワキワキと動かしながら宣言する。
勇者は聖剣を手に厳しい顔をしていた。
この姿は、特殊なシナリオに登場する闇の魔神だ。
かなり特殊なボスキャラで、初対面時は敗北イベントとなっている。
勇者パーティーは強制的に全滅するのだ。
シナリオの進行上は避けられない展開で、後ほど再戦することになる。
ちなみにその際は著しく弱体化している。
事前にプレーヤーが様々な策を凝らして、本来の力を発揮できないようにするのだ。
このタイミングが事実上の真剣勝負だった。
様々な制約をかけた状態で、勇者パーティーは魔神を相手に勝利を掴み取るのである。
俺が変貌したのは、敗北イベント時の姿だ。
つまりほとんど無敵の全盛期である。
弱体化の手順を踏まれると全力は出せなくなるが、現在は一つもこなされていない。
ここからそれをするのはまず不可能だった。
つまり勇者は、一人でフルパワーの闇の魔神と戦わなくてはならない。
「くそ……」
勇者は息も絶え絶えに毒づく。
そうなるのも当然だ。
メテオによって満身創痍で、その身体で俺と戦闘している。
即死攻撃のオンパレードを捌き続けるのは楽じゃない。
常に優勢でも神経を削る瞬間ばかりで消耗する。
肉体だって悲鳴を上げているはずだ。
そこに闇の魔神が現れたのだから、気力に影響しないはずがない。
俺は今から勇者を限界まで痛め付けるつもりだ。
それで抵抗する心を叩き潰す。
絶望に次ぐ絶望で、勇者を地の底まで落とさねばならなかった。




