第3話「始業式」
4月、期待に胸を膨らませるはずだった始業式。
2年になって、仲が良かった友達と一緒のクラスになれるかなー、とか気になるあの子となれるかなー、なんて言うごくありきたりなドキドキを味わうはずだった。
クラス表を見た秀一は、そんなドキドキやワクワクを味わえることはなかった。
2年2組、冗談だと思ってた鹿島のセリフはこの表を見たことにより、現実として強く叩きつけられた。
周りでは、喜びやら楽しみやらの声がとても聞こえるが、秀一の心はそんな状況ではなかった。
せめて、1年の時に仲良くしていた奴が一緒のクラスであれ。
そう思ってクラス表をくまなく見るが、そこに知っている名前はなかった。
いや、厳密に知っている名前は4人ほどあるのだが。
あの大問題児達の名前だ。
そういえば、あの自己紹介の日、1人だけ名前を言わなかった奴が居た。
人形みたいに顔の整った女子。
彼女の名前は聞いては居ないけど、おそらく同じクラスなのだろう。
結局、元々仲良かった友達は別のクラスで、図らずも秀一もゼロから友達を作る羽目になってしまった。
内心、無難に話しかけて無難に楽しくしていれば友達は出来るだろう。
クラスの盛り上げ役みたいにはなれないけど、それなりの関わりを作ることはできるだろう。
普通の友達を作りながら、あの問題児達をなんとかすればいいだろう。
それぐらいは出来るだろうと、秀一は謎の自信を持っていた。
その自信は無残にも壊されることになる。
☆☆☆☆☆
始業式が終わり、教室に行って秀一は愕然とした。
自分の席の周りが、あの問題児達で囲まれていた。
しかも、しっかり秀一が囲まれるように壁際にコの字を作るようにして。
2年の生活が終わったと、強く感じた秀一であった。
あの日から数日経って、改めてメンツを見てみるが、何も変わってそうになかった。
遥は相変わらず毅然として余裕がなさそう。
灯夜はパソコンを持ってきて自分の世界。
真菜はボーッと外を眺めており。
人形ちゃんはいつも通り人形だった。
仁の姿が見えないが、おそらくサボっているのだろう。
こんな調子でよく進級出来たもんだと、秀一は内心そう思った。
そうこうしているうちに、教室の扉が開き担任の先生である鹿島が入ってきた。
始業式があったからか、一応スーツを着ているが、完全に着崩しておりだらしない格好になっていた。
「えー、みんな、おはよう。
今日から担任になる鹿島健二だ。
よろしくな」
そう言って鹿島は挨拶を始めた。
「担当教科は国語全般。
今年40歳。
嫁とガキ1人の3人暮らし。
趣味はグラビア鑑賞、特技はさぼり。
好きなタバコはショートホープ、嫌いな食いもんはトマト。
あ、一応剣道部の顧問もやってる。
あと…」
「せんせー自己紹介なげーよ!」
鹿島の自己紹介に対し、1人の生徒がツッコミを入れる。
そのツッコミに対して教室は笑いに包まれる。
「おいおい、まだ途中だぜ。
これから俺のことについて1時間ほど語ろうかと思ったのによ」
鹿島の返しにさらに爆笑が起こる。
普通の初めの挨拶としては完璧だと思った。
しかし、秀一の心は穏やかではなかった。
遥の存在だ。
遥の性格であれば、こんなダラダラとした流れは断固として認められないだろう。
いい感じの雰囲気をぶち壊すことも、普通に考えられる、むしろその可能性の方が高い。
「しゃーねぇ、俺のことはこの1年でたっぷり教えてやるよ。
覚悟しとけよ」
察したのかどうかは分からないが、鹿島の自己紹介は終わった。
「そしたら、1人ずつ自己紹介でもしてもらおうか。
前に出なくてもいい、その場に立って言ってくれ」
こうして、クラスの自己紹介が始まった。
それぞれ、キャラの立った挨拶がされる。
クラスの盛り上げ役や、ちょっと恥ずかしがりな奴、バカ丸出しの奴。
いかにもな普通の挨拶だ。
普通の挨拶が、続いていたのだが。
「次」
「めんどくさいからパス」
突如、鹿島の号令をパスし始めた奴が現れた。
北原真菜だ。
クラスのみんなは、何かの冗談かと思い少し笑いが起こった。
「ねぇねぇ、名前くらい教えてよー!
可愛い子の名前は知りたいなー」
チャラめの男が、真菜に対して絡みだす。
相変わらず笑いは起こっているが、当の本人は、1人だけ別世界にいるのかと錯覚してしまうくらい、ボーッと外を眺めていた。
チャラ男は何度か話しかけるも、返ってくる返事があまりにも適当であったため、諦めて席についていた。
なんと言うか、少し可哀想に思えた。
「次」
そして、順番的に秀一の番になる。
「はじめまして、桐島秀一です。
趣味はゲームをすること。
このクラスでたくさんの友達を作りたいので、よろしくお願いします」
無難に挨拶を終えて、まばらな拍手が起こる。
こう言うのでいい、普通でいいんだと、秀一は心の中でそう言い聞かせる。
「次」
鹿島の言葉に立ち上がったのは、九重遥だった。
名前の順的に次に来るのは分かっていたが、さてどんな挨拶をするのか、秀一は不安になった。
「九重遥です、趣味はありません。
私は馴れ合いが嫌いです、合理的なクラスを良しとします。
それだけです」
不安は確信になってしまった。
案の定、教室の空気は凍りつく。
そりゃそうだろう、あんな初めから突っぱねるような挨拶をされて、誰だってよくは思わないし、なんならリアクションだってしづらい。
しかし、遥は意にも介さず着席をした。
この状況にも臆さないそのメンタルだけは尊敬出来ると、秀一は謎の関心をしてしまった。
「次」
そして何事もなかったように次に進める鹿島。
何人か自己紹介を済ませて、次に回ってきたのは。
「白崎灯夜です」
その一言だけで着席してしまった灯夜だった。
あまりにもあっさりと終わらせたからか、やはり拍手が起こらない。
ここで、1人の盛り上げ役っぽい生徒が立ち上がる。
「もうちょっとなんか言ってよー!
仲良くしたいしさー!」
もっともらしいことを言ってさらに紹介を続けるように促すも。
「今忙しい」
灯夜のその一言で、再び教室の空気が凍りついた。
ここまでくると、もしかしたら一つの才能なのかもしれないと秀一は考えたが、あまりにも要らなさすぎる才能だと思った。
呆気なく切り捨てられ流石にこれ以上は無理だと思ったのか、盛り上げ役はすぐに席に座った。
「次」
そして変わらずに何もなかったかのように続ける鹿島。
こいつ、本当にこいつらを仲良くさせる気があるのかとイライラする秀一。
しかし、そんな事は気にしていないと言わんばかりに自己紹介は進む。
「次」
突然の沈黙。
次の号令がかかっているにもかかわらず、自己紹介が始まらない。
その正体はもちろん、あの人形ちゃんだった。
人形ちゃんは、いつもと変わらず綺麗な顔立ちで無言を貫いていた。
すると、先ほど真菜で撃沈したチャラ男が再び動きだす。
「ねぇ、可愛いねー
お人気さんみたいだ、名前教えてよ。
てか、ダインやってる?
やってたら教えてよ!」
吐きたくなるほど気持ち悪い口説き文句に頭を抱える秀一。
それとは裏腹にクラスではまた笑いが起こる。
しかし、鉄の女王様は黙して動かなかった。
口角一つも動かさない様は、本当に人形だったが、今はそんな場合じゃない。
「ねぇねぇ、なんで喋ってくれないのー?
もしかして、ちょー恥ずかしがり屋?
大丈夫大丈夫!俺、結構話してると落ち着くって言われるんだよねー」
やめとけよー、と周りから笑い混じりに言われながらも諦めないチャラ男。
何にも屈しないそのメンタルも、見習いたいと思う秀一だった。
それでもなお、人形ちゃんは、動かずじっと前を見つめるだけだった。
「ねぇ、あなた」
ここで突然、遥が立ち上がり人形ちゃんに向かって声をかける。
まずい、痺れを切らしたか?
「名前くらい言えないの?
口が利けない訳じゃないでしょ。
名前をさっさと言って、このくだらない男の口を封じてくれないかしら」
やはり、遥は人形ちゃんに対して痺れを切らしたみたいだ。
ただでさえ、ダラダラとした事が大嫌いな遥。
人形ちゃんにどの様な意図があって黙り込んでいるのか分からないが、その意図も考えない遥は早々と怒り出した。
ついでに飛び火を受けたチャラ男は、突然罵倒されて気圧されてしまい気が付いたら席に座っていた、南無三。
「…」
ありったけの言葉を浴びせられても尚も動じない人形ちゃん。
ここで初めて遥の方へ視線を向けたが、やはり黙ったままだった。
「何か言いたいなら言えば?
話せない理由があるなら、文字で書けばいいじゃない。
そこまでして、他人と喋りたくない理由があるの?」
遥の言葉は止まらない、明らかに周りも引いてしまっている。
完全に遥の独壇場になっていた。
さらに教室の空気を凍りつかせた遥、それでもまだ止まらない。
「イライラするわね、あなた。
喋れないくせに一人前に睨みつけてきて」
もはや、当て付けを言い始める始末。
このまま続けたら収拾がつかなくなる、そう思って秀一は意を決して話に割り込もうとしたその時。
「九重、座れ」
今まで動かなかった鹿島がようやく動いた。
しかし、遥はその言葉に動じなかった。
「常識に考えて、おかしいとは思わないんですか?
彼女が身体的に何かを患っているなら支援学級に入れるべきです。
そうでないなら、名前を名乗ることもしない彼女に対して先生はなぜ何も言わないんですか?」
「座れって言ってるんだ、守れ」
遥の言葉は、鹿島の一喝でピシャリと止まった。
「常識を言うのは結構なんだがな、お前自身が常識ない事して、誰がそれに乗っかるんだ。
色々履き違えすぎだ、お前は」
珍しく、まともな指導をする鹿島。
その言葉にぐうの音も出ない遥。
確かに、遥は常識を語ったが、遥の人形ちゃんに対する言葉や行動は明らかに常識外れだ。
何か理由があるかも知れないと分かっていながら、そこに意を介さず自分の意見だけを述べる遥。
痛いところを突かれたのか、遥は何も言わずに席に座った。
納得がいっていない様子ではあるが、何も言い返せないと言った感じだった。
「えー、こいつは津川香澄だ。
まぁ、取っ付きにくいだろうが仲良くしてやってくれ」
人形ちゃんの代わりに、鹿島が自己紹介を始めた。
津川香澄、ここでようやく名前が分かった。
そして、また何もなかったように鹿島は続きを始める。
「次、は欠席かあのカス野郎」
いきなり教師として問題発言を発しだす鹿島。
席を見ると、仁の席だった。
「えー、そこの席は古川仁ってやつだ。
不良だが、まぁ面倒みてやってくれ」
めちゃくちゃな自己紹介をする鹿島。
これじゃ初めから印象が悪いままだ。
と、思ったが1年の頃の悪行が広まっていたのか、名前を聞いただけで周囲がざわつき始めた。
「はい静粛に、こいつがなんか悪い事してたらすぐに言え。
俺が退学にしてやる」
さらに問題発言をする鹿島だが、その発言でクラスは少し笑いに包まれた。
凍りっぱなしだったクラスが、徐々に普通に戻っていく。
そして、最後は滞りなく自己紹介は終わっていった。
「これで、全員終わったな。
よし、今日は配布のプリント貰えば解散だ。
今日だけは真っ直ぐ家帰れよ」
鹿島はそう言って、プリントを配り始める。
明日からの時間割表や、今後必要になる物など、とりあえず読んでおかなくてはならないものばかりだった。
「よし、行き渡ったな。
そしたら、これから1年間、俺から言うのはただただ一つ。
思い出をたくさん作れ、以上」
最後まで気怠げな態度だったが、最後に熱いことを言って教室から出て行った鹿島。
秀一も、その言葉を胸に、自分に与えられた役目を全うしようと心に誓う。
『まずは、とりあえずこいつら全員のダイン交換してグループを作ろう。
まずはそこからだ』
そう心に決め、立ち上がる。
しかし、すでに何人か居なくなっていた。
何人かと言うか、女子勢は全員すでに帰っている様子だった。
さっそく心が折れそうになった秀一だが、唯一灯夜だけは残っていた。
最後の希望を持って、秀一は灯夜に声をかける。
「なぁ、ダイン交換しようぜ!」
「やだ」
呆気なく切り捨てられる灯夜。
しかし、ここで諦めていたらこれからも一緒だ。
負けずにもう一度声をかける。
「頼む、交換だけでもしてくれ!」
「分かった」
「…は?」
意を決した2回目、正直このやりとりをあと何回かやって勝手に帰られると思っていた秀一。
それが意外にも呆気なくOKをもらい、驚いてしまった。
「何?早くしてよ忙しいんだから」
「え、あぁ、ごめん」
なぜか謝ってしまう秀一、しかしこれは大きな一歩だ。
速やかにダイン交換を済ませる。
「終わった?
じゃあ帰るから」
そして灯夜は、素っ気なく立ち去っていった。
相変わらず、素っ気ない態度ではあったものの、一歩前進出来た。
その事に、喜びを感じる秀一。
今日の自己評価は、最高であった。