1話「友達を作ろう」
3月、別れの季節。
自分の高校1年生の生活を自己評価してみると、可もなく不可もなくといったところだと思う。
期待に胸を膨らませた入学式。
緊張の自己紹介。
うまくそれなりのコミュニティを作った5月。
放課後カフェやゲームセンターに行って遊んでみたり。
中間テストに頭をかかえたり、夏休みの宿題の多さから目をそらしてみたり。
秋になればクラス一丸になって取り組んだ体育大会があった。
夜遅くまで色々作った文化祭。
他にもクリスマスで馬鹿やったり、年越しを気の合う友人と過ごしたり。
飛びぬけて何かがあった訳じゃないけど、楽しかった1年間。
そんな、どこにでもある無難な青春を過ごしていたと、桐島秀一はそう自己評価した。
おそらく、2年生になれば将来の進路について考えたりもするだろうけど、それなりに、無難に青春を謳歌するんだろうと。
そう思っていた。
そうなる予定だった。
3月31日、始業式前日。
秀一は他の生徒よりも一足先に制服を着て学校にいた。
突然のことだった。
ある日、家に学校から突然電話がかかってきた。
声の主は2年生の学年主任の先生。
『31日に、10時頃に学校に来てくれ。
詳しくはそこで話す。』
それだけを言って電話は切れてしまった。
本当に突然のことで、全く状況を飲み込めていなかったが教師が来いと言うなら行くしかない。
そして当日、当然のように誰もいない学校。
指定された場所は、3階にある誰も使っていない空き教室。
なんでそんなところに呼び出されたのか皆目検討もつかない、ついたところで行かないと何を言われるか分からないし。
とにかく、目的の教室に向かった。
誰もいない学校というのは、それだけで何か不思議な感覚になるもんだと、呑気にそんなことを考えたりしながら歩いていた。
そして、目的の教室に到着した。
半透明の窓を見ると明かりがついていて、どうやら既に誰かがいる様子だった。
自分以外にも呼び出されていること知った秀一は、一先ずホッと息をついた。
しかし、いったいなんで呼び出されたのか、本当に思い当たらない。
別に、問題的な行動をとったわけでもなく、普通に1年間を過ごしていたつもりだ。
テストの成績も、学校での素行も、先生からの評価も普通。
言わばモブだ。
そんな秀一が、呼び出される理由なんて何一つ思い浮かばなかった。
あれこれ考えていても仕方ない、開けよう。
秀一は意を決して空き教室の扉を開けた。
開けた先に居たのは、2人の男子と3人の女子。
そして教壇には、学年主任の先生ではなく、見知らぬ先生が立っていた。
「お、桐島ようやく来たか。
さっさと入ってこい」
ぼさぼさの髪に無精髭、着ている服はよれよれのジャージにサンダルと、まるで教師感ゼロの男が気だるげに促した。
秀一は言われるがままに空いている席に座った。
ぱっと周りを見渡したが、知っている人は居なかった。
が、学年で有名な人は何人かいた。
「よし、全員そろったな。」
教壇に立つ先生が声を出す。
「始めまして、先に言っとくけど、俺が2年2組の担任になる鹿島健二だ。
つまり、お前らの担任になる教師だ、よろしくな」
突然の告白に面食らう。
2年の担任の先生?
クラス発表というワクワクの時間は?
ていうか、こんな男が担任の先生?
状況を上手く飲み込めないまま、鹿島を続ける。
「担当教科は国語全般。
今年40歳。
嫁とガキ1人の3人暮らし。
趣味はグラビア鑑賞、特技はさぼり。
好きなタバコはショートホープ、嫌いな食いもんはトマト。
あ、一応剣道部の顧問もやってる。
あと…」
「あの!」
だらだらと続ける鹿島の自己紹介に割って入ったのは、いかにも真面目そうな女子生徒。
肩くらいまでに切り揃えられた髪に、端正な顔立ち、しかし顔は仏頂面というか、常に苦労してそうな顔をした女子が、何かを言いたそうに立ち上がる。
「なんだよ、俺の自己紹介の途中だぞ」
「興味ありません、手短に用件だけを伝えてください」
まだまだ話し足りなさそうな鹿島を他所に、その女子はピシャリと言い返した。
なんというか、いきなり雰囲気は最悪だった。
「用件~?
そんなもん、メンツ見りゃ分かるだろ」
女子に対し、なんで分からないんだと言わんばかりに答える鹿島。
「わかりません、あなたの考えていることも。
考えるだけ無駄です」
そう言い返す女子に対して鹿島は
「あ?考える前に無駄とか言うのやめろよ、ボケるぞ」
相変わらず飄々とした返事だった。
「それにな、分からないからってすぐに人に聞くなよガキ。
学年1位様になれたのもテスト中に誰かに聞きながらやったんか?
今から聞きたがりなお子様にも分かるように説明してやるから黙って席座れ」
煽るようにして言葉を続ける鹿島。
普通の教師ならば問題発言だが、この中で言い返す人は誰もいなかった。
予想外の返答だったのか、何も言わずに女子は席に座る。
「まぁ、俺の自己紹介は始業式に残しといてやるよ。
まだまだ話すことはあるしな」
ケラケラと笑う鹿島。
さて、と仕切りなおし、ようやく本題に入ろうとする。
「単刀直入に言う」
鹿島は一息ついて
「お前ら、友達になれ」
そう言い放った言葉は、あまりにも素っ頓狂なものだった。
さすがに全員、面食らっている、というか最初から面食らいっぱなしだ。
「くだらね」
そう断言したのは見るからに不良といった感じの男子だった。
金髪にカチューシャで髪を後ろにまとめていて、服装も制服ではなくTシャツといった何処から見ても不良だった。
その男子が、くだらないと言って席を立ち出て行こうとしていた。
「おいおい、何処行くんだよ」
「ふざけんじゃねぇよ、何事かと思えば。
今更友達つくれだと、頭おかしいのか」
そういって立ち去ろうとするも
「友達一人も作れない赤ちゃん脳みそが一人前なこと言うなよ。
色々今から説明するんだから座れよ、じゃないと退学なお前」
煽りつつ、さらっととんでもないことを言い出す鹿島。
教師としてどうなんだと思われるような発言だ。
しかし、男子も退学は嫌なのか素直に従った。
「やれやれ、お前ら全容を話す前に困らせんなよ。
とりあえず話聞け、全部聞いた後に好きに質問なり帰るなりしろ」
そういって、鹿島は話を続ける。
「お前らの1年間を陰ながら見てた。
他の先生からの評判聞いたり、同じ学年の生徒の話聞いたりしてな。
始めは、別になんともなかったんだけどな、時間が経つにつれてだんだん顕著になっていった。
浮いてんだよ、クラスの中で。
それも、ダントツなまでに」
つらつらと、彼らの1年間について話始める。
「確かにお前らの他にも浮いた奴らは何人も居た。
友達が作るのが苦手なんだろうな、って言う奴らが。
ただまぁ、それでも少ないながらもコミュニティを作ってたな。
だが、お前らはどうだ?
浮いた連中の中でも特別評判悪かったぞ」
そう言い放つ鹿島。
「問題行動が目立つ奴。
ろくに授業も聞かずに自分の世界に没頭する奴。
自分の言うことが一番だと勘違いしている奴。
一言も喋らねぇ奴。
何するにしても全くやる気の欠片もねぇ奴。
まぁ、ここまで人間失格と呼んで差し支えない奴らが揃ったもんだと感動したよ」
鹿島がそれぞれに対しての評価を伝える。
きっと的確な評価なのだろうが、明らかに生徒を侮辱した言葉を吐き続ける。
「お前らみたいなのが、今後卒業して、大学行くにしろ、就職するにしろ、この先生きていく上で間違いなく世間から弾かれる。
高校生にもなってここまで酷けりゃ、この先変わることなんざ無理だ。
世間はそこまで優しくないからな、嫌だと言われりゃもう終りだ。
そうならねぇ為にも、この1年間お前らに1つの班になってもらい、行事やテスト色んなイベントを乗り越えて仲良くなれ、社交性を磨け。
ざっとまぁ、こんな感じだ」
要するに、お前らは社交性ゼロだから友達作って将来ダメ人間にならないようになれ。
鹿島の話した計画はこうだった。
めちゃくちゃな経緯だがで荒療治ではあるが、こうでもしなければ社会に出たときに困るのはお前らだと、そう言った。
「期限は1年、もちろん途中でこれは無理だと俺が判断したらその時点でこれは終了。
晴れて社会不適合者の誕生ってわけだ。
はい、話は終り、何か質問は?」
最初から気だるげな風を崩さないまま、鹿島の話は終わった。
教室内の雰囲気はというと、なんとも言えない空気だった。
無言の時間が続く、あまりに突拍子のない計画に全員が何も言えなくなっていた。
「あの、質問いいですか」
と、ここで秀一がはじめから思っていたことを質問しようとする。
「あぁ、桐島。
お前だけどな、お前にはある別の任務がある」
鹿島は秀一の質問に感づいたように話し始める。
「まぁ、簡単に言うとだな、お前にはこいつらの中で班長になってもらいたいんだわ」
「どういうことですか?」
「お前は、この1年間、それなりに友達を作ってた。
愛想もよく、周りからもそれなりの人気者だったわけだ」
想定外の言葉に秀一は少し恥ずかしくなった。
別に特別なことはしていない、なんならもっと人気者は他にも居た。
決してクラスの中心にいるような存在ではなかった。
「クラスの人気者はダメだ。
あれは、確かに場を盛り上げるのは最高だが薄い。
そいつにも気の合う友達ってのはいるだろうが、そういうのは求めてない。
言い方悪くて申し訳ねぇけど、良くも悪くもお前は普通なんだよ。
それでいいんだ、こいつらを普通にしてくれればそれでいい。
ただうるさいだけの人間は何人もいらねぇしな」
ここで、ようやく秀一が呼ばれた理由が分かった。
要するに、監督者だ。
このクセだらけの5人全員をまとめるリーダーになれと。
その上でこの5人全員を仲良くさせろと。
ある意味一番しんどいポジションだった。
「え、まぁ、はぁ…」
正直、かなり面倒な役割ではあるが、誰かに頼られるのは悪い気はしない。
そう思った秀一は、しぶしぶその話に了承した。
「もちろん俺もしっかりサポートはしてやる。
しかし、メインはお前らだ。
なるべく、お前らの力だけで仲良くなれ。
以上だ」
そういって鹿島は、とりあえず今から自己紹介でもしとけ、と言って教室から去っていった。
3月春、別れの季節。
突然言われた彼らにとっての無理難題。
このクセだらけのメンバーの中で、友達になるだなんて。
今は、まだ気が重く、先が見えない話だと、秀一はそう思った。