ロック鳥の気配
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんは、人の気配に敏感なほうだろうか?
自分のすぐ後ろに人が立ったりするとさ、こう身体中の毛がぞわぞわしたりしない? 僕はいまも昔もしばしば感じるし、的中したことも何度かある。
――ん? その言い方だと、外れたことも多いんだろう?
まあね。気配を感じたのに、振り向いても誰もいないなんていうのは、ホラーでもありがちな展開だろ?
マンガの影響もあってさ。この気配察知にはまっていた時期があったんだけど、おかげでちょいと不思議な体験をすることになった。
そのときの話、聞いてみないかい?
先にいったような感覚が気配だと察したとき、僕は自然とその性質を突き止めようと思い始めていた。
体育の後とか、身体を動かした相手だと察しやすい。自分も身体が火照っていなければ、の話だけど。その人の吐息なんかを差っ引いても、肌がぱちぱちするような温もりを感じる。
それと身体の大きい人かな。発する熱量の問題か、平常時にも毛の先に「圧」がかかっているのを覚える。
こうね、伸びようとしている毛が、軽く風に押さえつけられている感じかな。通り過ぎてなぎ倒す風じゃなくて、あくまで僕の肌の表面にとどまり、軽くフタをするかのような触り心地だ。
あとは考えごとしている人かな。何かを企んでいる場合も、普段よりちょっと気配が熱を帯びる。文字通りの「知恵熱」という奴かな。
おかげで誰かの接近に関して、僕はおおよそ判断がつくようになる。どっきり、不意打ちに対して、先手を打てるものだから、相手としちゃ不思議で仕方なかったらしい。
でもあいにく、「気配の正体が誰か」というのはまだ判断しきれなかった。特徴的な相手をのぞいてはね。
特にクラスで気配が強かったのが……そうだな、「和夫」と呼んでおこうか。
和夫と一緒にいる教室内では、まるで熱い風呂に浸かっているときのように、身体中がむずむずしてくる。それどころか体育で校庭に出た感じだと、半径30メートル以内にいれば身体が反応してしまうようだった。
近づいた場合なんか際立っててさ。他の人の「気」を差し置いてアピールしてくるから目立つ目立つ。
普段から遊ぶ仲ということもあって、この気配のことに関しては話さなかったんだけどね。
ある日の登校途中のこと。
どうにか気配で個人を判別できないか、心気を凝らす僕の肩を後ろから叩いてくる奴がいる。
和夫だった。「おっす」といつもの野太い声だが、僕は返事しながらも、心の中で首をかしげてしまう。先ほど触られるまで、僕は和夫の気配をみじんも感じていなかったんだ。
ましてや、神経を研ぎ澄ませている最中。いまも周りの人から発せられる気配は感じ取れるが、和夫だけそれがない。いつもなら、他の細々とした気を散らして主張してくるほどなのに。
「なあなあ、もう聞いたか? 昨日、ロック鳥が校舎に現れたんじゃないかって話」
和夫が振ってくれたロック鳥の話題。それは僕の学校に伝わる七不思議のひとつだ。
僕たちの学校には、得体のしれない夏鳥が訪れる年がある。
姿を見ることはできず、僕たちはその訪れを「ブオオ、ブオオ」と鼻息を思わせる、くぐもった低い音の響き。それとともに、高いところに設置したアンテナや電線が、風もないのに大きく揺れるんだ。
音はすれど、姿は見えず。その奇妙な存在はいつしか伝説上の鳥、ロック鳥とみなされて、生徒たちの間で広まっていた。
クラスでにわかにロック鳥のウワサがささやかれる中、僕は引き続き、みんなの気配を探っている。
すると、どうにもおかしい。和夫に限らず、何人かはこれまでよりずっと気が弱まっているんだ。毛や肌で感じていた暖かみや、こそばゆさを感じない。周りに人がいないと、いっそうその特徴は顕著になる。
言い過ぎかもしれないが、まるで石像を相手にしたようだと感じたよ。
対して、ロック鳥はいよいよその存在を主張し始める。
――ブオオ、ブオオ……。
掃除機の音より、断然大きくて低く、くぐもった音が校舎中に響き渡った。
誰かが「おい、実験棟の上のアンテナが揺れてるぜ」と言いふらす。掃除の途中だというのに、聞いた生徒は窓に飛びついて、言葉通りの光景が広がっているのを確かめ出すんだ。
外に風はない。アンテナのすぐそばに立つ木々の葉さえ、そよぐ素振りを見せないのに、アンテナそのものがひとりでにガタガタ揺れている。
「ロック鳥だ、ロック鳥だ」と、半ば興奮しながら漏らす子もいたが、僕のやることは同じだ。外の景色もそこそこに、窓へ近寄ったみんなの気配を探る。
そうして、おおよそ確信を持つことができたよ。気配を感じられない人が増えていたんだ。
僕のそばで掃除をしていた女子のひとりも、つい先ほどまではチリチリする気を放っていた。それが窓に張りついたとたん、他の子のそれに紛れて判別がつかなくなる。
それはアンテナの動きがおさまり、戻ってきても変わらなかった。彼女から気を発するものが、完全に抜き取られていたんだ。
翌日。追い打ちをかけるかのように、和夫が体育でぶっ倒れた。これまで風邪ひとつ引かず、無遅刻無欠席の健康児がだ。
貧血と判断され、しばらく保健室で寝かされた後、迎えに来た親御さんと一緒に、彼は学校を後にする。僕自身も心なしか、ふとした拍子に息切れや動悸を感じるようになっていた。
ロック鳥はというと、ほぼ毎日。夕方前後になると、あのアンテナ上にやってくるようだった。あの「ブオオ、ブオオ」という鳴き声を響かせ、自分の止まり木たるアンテナを揺らす。
数日が経つと皆も慣れたらしく、窓に張りつく人の数は減った。でも代わりに増えたものがある。
気配を無くした人だ。僕の目の前で、先ほどまで温もりや「はじけ」を持っていた人たち。その何人かが、あのロック鳥が訪れるたび奪われていくんだ。
そして時間は、勝手に答え合わせへ移る。気配を早く失った者から、どんどんと体調を崩していく。和夫のように校内で倒れることもあれば、朝から登校してこないこともあった。
「風邪が流行っているから、注意をしろ」
先生方としても、そう注意を促すよりなかっただろう。ロック鳥など怪談、世迷い言のひとつにすぎないのだから
でも、僕にはわかった。気配を感じることに努めた、僕だから。
ロック鳥は、この学校に腰を下ろし続けたらいけない存在なんだ。
次の日は、早めに学校が終わる日だった。
ロック鳥の来る時間は、ここのところ安定している。場所も変わらず、研究棟の上のアンテナだ。味を占めた、というところか。
研究棟は生徒や先生の出入りが少ない。その日も例外じゃなくて、僕は誰にも怪しまれることなく、アンテナ下で待ち構えることができた。
手に持つのは石。ちょっと近くを回って、ほどよい大きさのものを見つけてきたんだ。
ロック鳥。伝説によるなら、3頭の像をいっぺんに造作もなくつかめるという、とてつもない巨鳥だ。でも、そんなことはないと、僕は確信を持っている。
それほど大きい奴なら。それほどすごい奴だったら。
自分にとってゴミ粒のような人間を、チンタラいじめるはずがない。
そしてアンテナが揺れる。とたん、僕の胸がぎゅっと詰まった。
恋とかに例えられる、高鳴りじゃない。僕の皮も肉も骨も突き抜けて、心臓へじかに爪が立てられているかのようだ。
一緒に来るのは、窮屈さ。ステープルの針のように、僕の心臓の壁と壁を刺し通し、綴じ合わせにかかってきたかと思った。当然、綴じられてしまったら心臓はまともに動けないだろう。
猶予はない。僕は胸をおさえながら、足元に転がした石を次々とアンテナの上へ向かって投げつけた。
最初こそ大外れだったけど、じょじょに照準が定まってくる。胸を縫い留めにかかる痛みをこらえながら投げた8投目……いや、9投目か? それがアンテナのてっぺんへ、きれいに届いた。
そのてっぺんで。本来ならまだ空へ飛んでいけるはずの石が、不自然に跳ね返った。
「ブオオ、ブオオ!」
これまでより、ひときわ騒がしい、切羽詰まった鳴き声。
それと一緒に、雷に似た咆哮が空を走った! 足元すらぐらつかせる揺れに、僕は思わず尻もちをつく。胸の痛みはもう、嘘のように引いていた。
「ブオオ、ブオオ……」
アンテナがまた大きく揺れ、声が少しずつ遠くなっていく。東の方へ去っていく、姿ない声の主を見送る僕だったけど、それで終わりじゃなかった。
校舎を越え、何枚もの田んぼと民家を挟んだ先にある山の一角で、小さな火柱が立ち昇ったんだ。それはほんの一瞬のことで、同じ時間、同じ方向を見た人には花火のようにも見えたとか。
でもその後の森は、遠目にも分かるくらい真っ黒に焦げ付いていたんだ。
それからロック鳥が来ることはなくなる。
和夫たちも順番に学校へ復帰してきて、ひと月が立つ頃には全員が集合していた。僕の感じる気配も、無事に復活していた。
それから僕は、気配の正体について少し調べたんだ。
一説によると、僕たちの身体の中を流れる電気のためらしい。
知っての通り、僕たちの身体を駆け巡る指令や情報伝達は、電気信号によるもの。そいつが四六時中、動き回っているものだから、身体の内に収まりきらないものが外に漏れ出てくる。
すると身体全体を取り巻く電気の膜ができ、それを鋭敏に察知できれば「気配」となるらしいんだ。動物でもサメ、エイ、カモノハシなどはこの電気の膜を察知する器官が備わっており、視界をはじめとするコンディションが悪くても、相手の場所を特定できるのだとか。
あのロック鳥。僕たちが発する電気の膜を、食いものにするなにかだったのかもしれない。
あまりに食いしん坊だから、漏れ出るもののみならず、身体に信号を送る電気すら貪ろうとしたんじゃないかな?