イチゴを食べたい大学生が友人とファミレスに行く話
D「甘いものが食べたいから、ちょっと演ろうぜ」
C「なるほど、分からん。でもいいよ」
脇役D:中性的な女性。
脇役C:中性的な成人男性。
「たまにイチゴ食いたくならない?」
唐突に私が切り出すと、隣の席で教科書をしまっていた友人は首をかしげる。私が突飛拍子もない話をすることにはもはや何のツッコミもない。
「そう?」
「え~?あのつるんとした冷たい表面に歯を立ててじゅわりと染み出す甘酸っぱい果汁を感じたいと思わないのですか?プチプチとした種の食感を楽しんで、ざらりとした果肉を舌先で押しつぶしながら飲み込んで、さっぱりとした後味と鼻に残る甘い香りに癒されたいとは思わないのですか!?」
「お前、飯関連の時だけ語彙力解放されるな。……で、どうした」
私の力説をさらりと流して友人は静かな目を向ける。私が突飛拍子もないことを言い出すときは、大抵何かに悩んでいるときだということをこいつはもう理解してしまっているらしい。いい奴だよなぁと内心で頷く。
「いや〜ちょっとやなことあってさぁ〜」
へらへらと笑いながら、ご名答~!とおどけると、友人は私の前でため息をつく。
「やなことあるとすぐ飯に逃げるな、お前」
「対処法のあるやなことなら良いけど、どうしようもないやなことって世の中には多いからねぇ?だったら考えていても仕方ないし、楽しいこと考えたいなぁって」
どうよ、立派な思想っしょ?と尋ねると、友人は真面目な顔で頷く。
「なるほどなぁ。楽しいことが飯しかないのか」
「悲しいものを見るような目やめてもらえますぅ!?」
哀れ、と書いた顔で見つめられると普通にショックだ。
「他にもあるよ!あるけど!一番手軽じゃん」
反論できまい!と声を荒げると、友人は曖昧な顔で頷く。
「それは、……そうかもしれない」
「何だよ、歯切れ悪いな」
言いたいことがあればはっきり言えよ、と言えば、友人は首を横に振った。
「いや。……じゃあ、イチゴ食べにファミレスでも行く?」
「え、いいの?」
友人の提案に私はそわっと腰を浮かせる。友人はカバンを肩にかけてひょいと腰を上げる。
「おひとり様恐怖症を救ってさしあげよう」
「別にそんなんじゃないって」
だが、一人では多分行かなかったのは事実なのでありがたく便乗することにした。
「で?」
「でってなんだ?あぁ、メニューなら決めた。イチゴパフェ!」
「……本当にイチゴ食いに来たんだな」
「それ以外に何が?」
「……はいはい。ドリンクバーは付けるよ」
「へーい」
友人は若干不機嫌そうな顔でメニューを眺めて呼び出しボタンを押した。
店員さんにイチゴパフェとミラノ風ドリアとドリンクバーを頼む。
「ドリンクバーついでに入れてこようか?」
「あー、じゃあ、ミックスジュース」
「りょうかーい」
机に戻ると友人はスマホをつついてボーとしているようだ。目の前に飲み物を置き、向かい側の席に着く。友人は礼を言ってスマホをポケットにしまう。私は逆にスマホを取り出したところだったのでおや?と思う。
友人はミックスジュースを一口飲んだ後で私を見てしかめ面を作る。
「……で、嫌なことって何があったの?」
拗ねたような口調で友人は尋ねる。私は目をぱちぱちとさせて首をかしげる。
「いや、聞いてもどうしようもないよ?」
「それはさっき聞いた」
「……おぅ……」
私がよく分からない顔で頷くと、友人は溜息をついて頭をかく。
「……じゃあ、良い。今から私は滑らない話をする」
「えっ。やめといた方がよくない?だって面白い系苦手じゃん」
「面白い系苦手って何だよ」
「いや、真面目すぎてネタやると滑るってことだけど」
私が言うと友人は感情の抜け落ちた顔で私を呆然と見る。
「……言葉がストレート過ぎて怒っていいのか分からない」
「怒れば、良いと思うよ」
「じゃあ怒るわ」
友人は机の下で私の足を蹴飛ばす。痛い。
「暴力反対!」
「自業自得だろ」
それはそうかもしれない。納得して黙った私に、友人はふん、と鼻を鳴らしてミックスジュースをまた傾ける。
「……赤といえばイチゴ」
「イチゴといえばジャーム」
「ジャームといったらリンゴ」
「あ?戦争か?」
「お前こそパフェ頼んどいてイチゴといえばパフェなのかよ」
睨み合ってから耐えきれずに吹き出す。
「つーか何?私らそんな会話に困るような仲だった?修学旅行中のバスみたいな間の持たせ方するじゃん」
友人が何か気を遣っているらしいのは伝わるが、さっぱり分からない。
「暇なの?」
「……そうだよ」
友人はふん、と鼻を鳴らす。暇なら手元のスマホ見てりゃ良いのにな。でも私も荷物の中からスマホを取り出す気にならないのでおあいこだ。
「じゃあ、仕方ないから甘いものの話繋げるけど……あんこは粒あん派?こしあん派?」
「粒あん」
「やっぱ戦争だわ」
私は断固としてこしあん派である。友人は肩を竦めて、じゃあ、と口を開く。
「きのことたけのこ」
「馬鹿野郎、それはシャレにならないやつだろ!」
「えっ」
私が慌てて友人の言葉を遮り、周囲に聞かれていないか警戒する素振りをする。と、友人は戸惑った顔で同じように当たりの様子を伺う。
「え、あれってそんなガチなやつなの……?」
困惑を滲ませて友人が小声で訪ねてくる。私は真面目な顔で頷いてやるかそろそろネタバラシをするか悩んでいると、影が差した。そろそろと見上げる。友人がピクリとするのも視界の端で見えた。
「お待たせしました、ご注文のミラノ風ドリアとイチゴパフェです」
笑顔の店員さんが私たちの前に商品を置いていく。礼を言ってから向き直る。友人はまだ不安げな顔をしている。私は堪えきれなくなって吹き出す。
「冗談だよ。ネタ、ネタ」
「……なんだよ」
友人は不機嫌そうにミラノ風ドリアにフォークを突き立てる。
「ひひひ。でも面白かったわ」
「……あっそ」
友人はふん、と鼻を鳴らす。てっきりお前は楽しくても、みたいな噛みつき方をされるかと思ったのだが、意外だ。
まぁいいか、と私はパフェに向き直る。
艶々としたイチゴの乗ったパフェは特有の甘い香りをあたりに漂わせている。イチゴアイスとバニラアイスが上に乗せられ、周囲を半分にカットしたイチゴと生クリームが彩っている。容器の下の方にはシリアルとペリーソースと生クリームと思しき赤と白が混ざっている。
深く息を吸い込み、勝手に口角が吊り上がるのが止められない。先割れスプーンを持ってイチゴとバニラアイス、少量の生クリームを乗せて口に運ぶ。大きな口でぱくりと食べると、口の中に冷たさと甘さが広がる。鼻に抜けるようにイチゴの香りも広がり、つるりとしたイチゴが口の中の熱で溶けたバニラアイスと生クリームの中で泳ぐ。味わうように噛み締めると甘酸っぱく爽やかな果汁が溢れて出し、甘さがくどくなりそうなところを押し流していく。ごくりと飲み込めば喉の奥を心地よく滑り落ちていくのが分かる。
「あー、美味い」
ほぅ、と私が息をつくと、友人はちょっと笑う。
「飯の時、お前本当浸るよな」
「美味いもんは美味いんだもん」
「学食ですら幸せそうな顔するじゃん」
「学食の何が悪いんだよー、ピンキリなだけじゃん」
「ピンキリだからだろ」
友人は呆れたように私を見てからドリアに息を吹きかけて食事を進める。
「私は味覚の懐が広いの。美味いの範囲が広いって幸せなことじゃん?」
ふん、と胸を張ると、友人はどうだかなーと言いたげな覚めた目を向ける。馬鹿舌なだけじゃねぇのと雄弁な目が言っている。うるさい。
無視を決め込んでパフェを食べ進めて空にすれば、不機嫌さなど何処かに行ってしまう。
「あーうまかった」
「ご馳走様でした」
友人もほぼ同じタイミングで食い終わり、手を合わせる。
「は、機嫌治ったらしいな」
友人は私を見て目を細める。
「イチゴ様様って?」
「別にイチゴのせいだけじゃないよ」
私は手を伸ばし、伝票を取って腰を上げる。
「飯行こうって誘ってくれた時点でご機嫌だったよ」
その時点で嫌なことなんてすっかり頭の中から消えてしまっていた。イチゴを食べて機嫌がよくなったわけではない。
「……ふーん」
私の言葉に友人は変な顔をして荷物を持って席を立つ。意味ありげな顔が気になってそのあとを追いかけるようにレジに向かう。
「何だよ、言いたいことがあるなら言えよ」
「別に」
「気になるだろ」
「さぁね」
友人は結局はぐらかし続けて、私はしつこく追いかける。そのうちになんだかおかしくなって笑えてきて、店を出てから軽い追いかけっこになった。
結論としては、まぁ、楽しかったから何でもいいかになってしまう、いつもの私たちだった。
D「演ったらお腹すいたからコンビニでおにぎり買ってくる」
C「そこはイチゴじゃないんだ……」
脇役D:中性的な女性。実は甘いものはそんなに得意ではない。
脇役C:中性的な成人男性。甘いもので酒を飲むのが好き。