飽き性な彼女についての愛を語る男の話
C「最近殺される役が多いんだよな。幸せな役やりたい」
D「幸せかー。恋愛系なら相手役やろうか?」
C「お、よろしく」
脇役C:小柄な男性。
脇役D:小柄な女性。
飽きちゃったわ、と彼女が言う。正確に言えば、口に出してと言ったわけではないけれど。何よりも雄弁に態度で示していた。
さっきまで僕がプレゼントした新しいアクセサリに夢中になっていたのに、僕がご飯を作っている間にもう飽きてしまったようだ。付けた時に目を輝かせて、僕の似合っているという手放しの賞賛を受け止めて当然でしょう?と胸を張った姿が微笑ましかったから十分かな、と思ってしまうほど僕が甘やかしてしまっているからという訳でもないだろうけれど。彼女はとても飽き性だ。
体をソファーの上に投げ出して、今はぼんやりとテレビを見ている。ふいにくるりとこちらを向いて、お腹すいたーと声をかけられる。分かったから、もうちょっと待って、と僕は返して、夕飯の準備を急ぐことにした。今日の夕食はクリームシチュー。鍋にはたっぷりの具材が煮えている。後は牛乳を加えて軽くかき混ぜるだけだ。辺りに漂う香りに彼女が鼻を動かすのが見える。つんと上を向いた拍子に真新しいネックレスがきらりと光る。うん、良く似合っている。僕の審美眼もなかなかだな、と頷いていると、ねぇ、早く、と彼女は焦れたようにまた声を上げた。もう少しだから待って、と僕は笑いながら返した。
彼女は極度の飽き性だ。そしてわがままだ。僕が彼女と出会ってから三年ほど経つが、彼女の要望に合わせて変えた家具は片手では足りないし、プレゼントだって山ほど買ったが、平均1時間ほどしか彼女のご機嫌を保てない。
過去一番彼女が気に入ったのは、彼女の体より大きなぬいぐるみ。それに抱きつくというか埋まるような形で眠るのが最近のお気に入りらしい。それは僕の役目では……と慄いたが、貴方暑いんだものとそっぽを向かれた。悲しい。おかげさまで僕はしばらく一人寝をしている。しかしそれをプレゼントしたのは僕なので自業自得でしかなかった。
それでも全然苦じゃないのは、彼女が美しいから。そして可愛いから。美と可愛いは正義なのである。
昔はこんな男ではなかったのだが、寧ろ硬派なタイプを自称していたのに、彼女にすっかり調教されて骨抜きにされて今に至るわけだ。
ねぇ、と彼女が僕に声をかけてくる。
食事を終えて、片づけを済ませてまったりとしている時。すなわち彼女とのいちゃつきタイムなのだが、基本的に僕らの力関係は圧倒的に彼女が上なので、僕は彼女のご機嫌が向くのを待っている状態なのだ。
今日はご機嫌がいいというか、構ってくれるらしいぞ、と僕は嬉しくなる。気分はすっかり躾けられた犬である。僕のご主人様が構ってくれるらしい。
なぁに?と我ながらにやけ下がった顔を向けると、彼女はソファーの上に転がって、僕の膝に頭を乗せる。
何も言わずにぐいぐいと頭を足に押し付けられる。催促だ。
僕は歓喜に打ち震えながら震える手を彼女の頭に伸ばす。小さな頭をゆっくりと撫でる。彼女はふっと目を細めてきゅっと口角を吊り上げる。あぁ、かわいい~!と脳内で暴れだしたくなるのをこらえながら唇をぎゅっと噛みしめ、彼女の頭を撫でる。不意に手を掴まれる。もっと、というように手のひらに頭を押し付けられる。え?うちの、可愛すぎんか?
僕の手は彼女を撫でるために生まれてきたんだね、という感傷に浸りながら無心で彼女撫でマシーンとなる幸せに浸っていると、不意に彼女が僕の手を開放する。あ、と思うと彼女は僕の膝の上に乗り上げてきた。
どうやらもう撫でられるのに飽きてしまったらしい。残念だ。至福のひと時だったのに……。
彼女はちょっと照れたように僕から顔を背けてテレビの方を向く。でもしっかり膝の上に乗ってるし、甘えっぷりはさっきと変わっていないんだよなぁと僕はついつい緩んでしまう頬の内側を噛んで耐える。膝の上がぽかぽかと温かい。彼女が望むなら椅子としての生を全うすることもやぶさかではないなと暴走する思考で考えていた。
初めて出会った時はまだ幼さの残る横顔だったのに、もうすっかり大人の淑女然とした顔になっている。まぁ、わがままっぷりは直っていないというか加速しているというか寧ろいいぞもっとやれと僕が助長しているというかなのだが。
またきれいになったね、と僕が言うと、つんとすまし顔をしていた彼女の耳がぴくんと動く。ちゃんと聞いているらしい。では、と僕は彼女に愛を囁く。綺麗だよ、可愛いよ、愛してるよ、その他思いつく言葉をありったけ。僕の気持ちはそれでもまだ足りないから。
彼女は言い募る僕にちょっとうっとうしそうな、もういいからって顔をする。それでも止めないでいると、彼女が僕の胸を押す。流石に体を崩されるようなことはないけれど、おっと、と見下ろすと、彼女が体を伸ばしてきて、ちゅ、と唇に柔らかいものが触れた。
思わず僕が黙ると彼女はよし、と言いたげな顔でふふん、と息を吐き、静かになった僕の膝の上で座り直す。
僕は無言で打ち震え、この可愛すぎる生き物に悶える。いや、だって!可愛すぎるだろ……!
嘆息を吐き、無言でそっと彼女の体に手を触れる。たまに触れるだけで怒られることもあるんだけど、今日は許してくれるみたい。そっと彼女の体を撫でる。そろそろと背中をなぞるように手を動かし、手のひらに彼女のぬくもりと、とくとくと早い心臓の音を感じる。
彼女はもう僕を気にも留めていないような素知らぬ顔でテレビを見ている。その横顔にまた愛おしさが込み上げる。
初めて彼女と出会った時、こんな風になれる日が来るとは思わなかった。僕に警戒するようなきつい目を向けていたあの子が、こうして僕に体を預けてリラックスをしてくれるようになるとは。この幸福を噛みしめ、僕は呟く。
「……これから先もずっと一緒にいようね」
彼女は飽き性でわがままでちょっぴり意地汚くて照れ屋だけれど、僕は彼女のそんなところも愛しているのだ。それに、彼女はとても飽き性だけど、この三年の間でもまだ一つだけ飽きていないものがある。
ねぇ、と彼女が僕を見上げて甘えた声を出す。その声を聞いたことがあるのはきっと世界で僕一人だけ。彼女のご両親だってきっと聞いたことがない、そんな甘え切った声だ。
彼女は僕の存在にだけこの三年飽きないでいてくれる。毎日僕を気にかけて、お気に入りのぬいぐるみと眠っていたはずなのに朝起きたら僕のベッドにもぐりこんでいるってことも度々あるし。こう見えて相思相愛ってやつなのだ。
なぁに?と僕は返す。我ながら甘ったるい声だ。
彼女は呼ぶだけ呼んで僕が反応したら満足したようにふいっとテレビに顔を向ける。その仕草にも可愛いなぁと思ってしまうのだから僕もなかなかに末期だ。
お返しではないけれど、僕も彼女の名前を呼ぶ。彼女の耳がぴくんと動いてこちらに向く。でも決して顔を向けてはくれない。でもゆらゆらと尻尾が揺れて僕の指に巻かれる。これで我慢しなさいとでもいうように。彼女はすっかり大人みたいな顔をしている。三年前は僕が君にミルクを飲ませてあげたのにね。
膝の上のぬくもりに僕はひたすら微笑んでいた。
D「恋人ならやるっていったんだけどぉ……?」
C「冷静に考えろ。わがままで気まぐれな恋人がいるよりもわがままで気まぐれな猫が家にいるほうが圧倒的に幸福だろう?」
D「圧がすごい」
脇役C:小柄な男性。重度の猫好き。
脇役D:小柄な女性。どちらかといえば犬派。