第三十二話 深淵からの呼び声
前回のあらすじ:神隠し事件の事を聞きに廉貞殿へ向かうのだったが。
「―――あれ、ここは」
気が付くと俺は十六夜の前に居た。
―――あれ、体が動かない。眼と口だけどうにか動かせる。―――なんだこれ。
「おや、気が付いたようだな」
「何がどうなって……」
「其方は今から混沌の生贄となってもらうのだ」
「いやいや、何意味不明な事言ってんだ」
俺は左右を見やる。どうやら俺が動けないのは周囲に展開している魔導士達が俺を束縛しているのが原因なようだ。さっきから話声は聞こえないがブツブツと呟いている。
「ようやく来たようだ。其方は恐怖に怯えながら自らが食われる様を見て贄となるが良い」
十六夜は俺の視界から離れてゆく。その直後、奥の方からカサカサと足音が聞こえ、その音が次第に近づく。その後、俺の目の前には異形の化け物が姿を現した。
「ぴぎゃぁああぁぁあああぁぁあ!!」
「な、なんだこいつ……」
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【ステータス】
名前:ノスフェラルトゥ
種族:異形
状態:空腹
Lv :41
HP :920/920
MP :1023/1023
SP :271/307
気 :0/0
SAN :100/100
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異形の蟲の化け物は頭部が毛の無い男性の様な顔、上半身はぶちぶちに膨れ上がった肉塊で腕は鎌状になっており、後ろにパイプが突き出た様なものが出て、蝙蝠の羽のようなものが生えている。下半身は芋虫でもくっつけた様な感じであり、そこからムカデの様な小さな脚が何本も生えていた。
「どうじゃ、面白い生物であろう?」
「……今までこいつに住民や旅人を喰わせていたのか」
「死にゆく其方に言っても仕方なかろ?」
「……狂ってやがる」
異形の化け物はカサカサと俺の傍に近づくと頭部が裂け無数の牙を剥き出しにして大きく吠えた。
「ぴぎゃぁああぁぁあああぁぁあぁああ!!」
その瞬間、俺を捕縛していた術式が解けたのか体から締め付けられる感覚が消えた。
―――同時に俺を捕縛していた魔導士達の方から悲鳴が轟く。
「―――なっ」
「何故じゃ!生贄はこの小僧じゃぞ!何をしておる!」
どうやら化け物の後ろに見えていたパイプのような部位が触手の様に伸び、魔導士達を串刺しにして殺してしまった。
「こいつは魔力に反応するのか」
十六夜は腰が抜けてしまったのか戦意を喪失してしまっている。
「暴走しては使い物にならぬではないか!ええい!我を守護する精霊達に銘ずる、あの化け物を一掃せよ!」
精霊の魔力に反応したのか、その図体からは想像もつかない速さで動く。触手で何もないところを何度も突き刺しながら十六夜の方へと移動する。
―――次の瞬間。
「逃げろ!」
「ヒッ!ぎゃぁああぁぁあああああ!!」
裂けた頭部の無数の牙は真っ赤な血に染まる。十六夜は右足を太股まで喰い千切られ悲鳴が轟く。必死に逃げようとするが化け物の鎌が背中と左太股を貫く。
「なんて速さだよ……」
この一瞬の動きに俺は付いていけなかった。このままでは十六夜の次は俺がやられる。
十六夜は声にならない鈍い悲鳴を上げたが化け物が鎌を持ち上げ左肩の辺りから喰らいつき、絶命した。奴にとっては美味だったのか、むしゃむしゃと頬張っている。
「あの糞巫女、とんでもないもんを残してくれたな……」
今となってはこの化け物と十六夜との関係、これから何を企んでいたのかも、全てはわからずじまいになってしまった。と言うか、俺が生きて帰れるかすらわからない。死んだら俺の冒険はここで終了だ。
「ぴぎゃぁああぁぁあああぁぁあ!」
どうやら十六夜を喰い切ったようだ。化け物は俺の方を向くと鎌で俺を攻撃してきた。遊んでいるのか?まるで小動物を虐めながら殺すように急所をわざと外しているような感覚を受けた。
俺は鎌を避けながら全支援を掛け、肉塊に火炎を唱え爆発させる。
「ぴぎゃぁああぁぁあああぁぁあ!」
肉塊は簡単にはじけ飛んだがなくなった箇所が自己再生をするように形状が戻ろうとしている。俺の一番嫌いなタイプだ。
「簡単に再生させるかよ!雷撃!」
俺は雷撃を拡散させるように放出した。肉塊はじりじりと焼け当たった個所は黒ずみ灰の様になっていた。それでも化け物は死なないどころか無数の触手が俺に向かって伸びる。
肉体強化支援のおかげで避けれているが、触手の速度がかなり早い。接近戦に持ち込んで倒したいが武器が無い。魔法で片を付けるか。雷撃で朽ちた化け物の腕が再生して鎌へと戻る。その行動で俺は閃いた。
「そろそろ終わりにしてやるよ。火炎!」
俺は火炎を唱えると刀の形へと変化させた。属性付与ではなく、これだと属性剣だな。それを振るい化け物を切り裂いて切り裂きまくった。
全身の触手や鎌を落とし、かなり深く切りまくったが、どうやら化け物は死なないらしい。
ただ、だいぶ動きが鈍っているのでやはりダメージは負わせているようだ。
化け物は再び触手を再生させると俺に攻撃を仕掛けてくる。それに加え、斬り付けた様々な部位から触手が伸び俺を襲ってくる。
「くっそ、もう何でもありだな」
俺は避けることに必死になっていた。そのせいで化け物の狙いを見落としてしまっていた。奴の狙いは俺を触手で追い込みながら倒れている魔導士達の死体を喰らうことだったようだ。
化け物は魔導士達の死体を喰らい、ほどなく動かなくなった。
「―――なんだ?」
「ぴぎゃぁああぁぁあああぁぁあ!」
止まったと思ったら今度は叫び出す。しかし今度の叫びは今までとは違い様子がおかしい。
激しい叫びが俺と化け物が居る空間を轟かせ、突如化け物は倒れこんだ。
今度の隙は見逃さない俺は化け物の上半身を一刀両断。真っ二つに切り裂いた。
辺りには静けさだけが残る。最後はあっけなかったが、どうやら俺は生き延びたらしい。
俺は周りを見渡す。奥に上へと繋がる階段があった。
とりあえずは神隠し事件も解決したし、さっさとこんな所出たいので階段へと向かう。
―――その時、背後から音が鳴った。




