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第二十五話 敗者

前回のあらすじ:一撃で負けました。

「―――ッハ!?」



「神威が目覚めたぞ!」


上半身を起こした俺に月夜が抱き着く。


「俺は……。そうか。負けたのか」


意識がまだはっきりとしない。皆が心配そうな表情を浮かべている。


「神威様、神威様は立派でした。あの瞭然様に一撃を与えることができた者などこの国には居られないのですから」


「そうですぞ、拙者は神威殿の強さに圧倒されてただ見ているしかなかった程なのだ」


俺に気を使ってくれているのだろう。優しい言葉だけが部屋の中で木霊する。



「すまない。一人にしてもらえないか」



クルメと武久は互いの顔を見合わせ部屋を後にした。


部屋は静寂に包まれ、月夜は何も言わず部屋に残っている。



俺は今まで負けると言う体験をしたことが無かった。


喧嘩なんてするような環境下に居なかった俺には競争する分野の部活動の経験もない。

進学も上を目指すこともなく無難に行きたい道の大学へ通い、普通に就職。

会社のノルマをこなしながら日々を趣味に消費する人生。


仕事の兼ね合いから和風芸術は比較的好きになり、それからの繋がりがきっかけで多くの知識を得た。

ゲーム好きは昔から。自分のキャラを強くするためにずっと狩場にこもる事も苦にならない。

強くなって行く姿を見るのが好きな俺は、知り合いがドン引きする程狩りをした。

俺は仮想世界で強くなる自分に酔い仕切っていた。


そうやって自分だけの自己満足な地球での生活。―――そんな生活を、ある意味で俺は飽きていたんだ。


何か自分だけの特別を手に入れたいと思う事もなかった俺が、この世界にやって来て唯一好きになれた事は戦闘だった。


命の駆け引きをする事で自分が生きる実感得て、ステータスと言う目に見える能力向上。

それらが俺を天狗にしていった。


―――だが、現実には上には上がいる。

俺のちっぽけな自尊心プライドは一撃の下砕け散った。


「俺の全力は親父の足元にも及ばなかったな」


俺の虚しい呟きだけが部屋を木霊する。


「情けない」


「……なんて?」


「情けないって言ったの!一国家最強を前にたった一度敗れただけで不貞腐れるなんて!」


俺はその言葉に心の奥から心底腹が立った。


「お前に何がわかるんだよ!全力での攻撃を情けで受けたうえで、一撃で打ち負かされる俺の気持なんか!」


「わからないわよ!それが貴方の今の実力でしょう!」


「相手が最初から本気だったら何も与えられずに終わってたんだぞ!?」


「それだけ神威は弱いってことがわかったじゃない」


―――俺が弱い。

確かにただの十年そこいら修行しただけじゃ実力差や経験に差があったのは最初からわかってる。

だけど俺は、俺の中でそれを許せなかった。


「―――俺は、俺は、あのおとこに勝ちたかったんだよ!」


自分でも馬鹿だと思うほどに単純な理由だった。

小学生が言いそうなくらいのしょうもない我儘だと思う。

だがそれを今にも泣きだしそうな表情で口に出す俺も大概大馬鹿者だった。はずかしい。


「……神威は勝てるよ」



「えっ」


俺は今、月夜が何を言ったのか理解できなかった。

いや、俺の狭い人生感の中で誰も俺にそう言ってくれる者はいなかった言葉に俺は動揺したんだ。


「貴方はいつかかならず龍王を超える存在になる。……童が保証する」


下を向き真っ赤になりながらそう答える少女を前に、俺の中で何か硬いモノに亀裂が入った気がした。

俺は月夜の胸を借り泣いた。彼女も俺の頭を抱きしめ俺の思いを汲み取ったのか泣いていた。


一頻り泣いた後、俺は眠ってしまっていたようだ。

傍には月夜が俺を抱擁し眠っている。


上半身を起こし辺りを見回す。

月明かりが静かな部屋を優しく照らす。


俺が変に動いてしまったからか、起こしてしまったようだ。



俺はそっと月夜を抱き寄せ抱擁し、唇を重ねる。

突然の接吻で放心してしまった月夜。



「―――なんか、俺の感情で振り回してしまったみたいで悪いな」


「そ、そんな事……ない」


まだ幼げな顔を真っ赤に染めてもじもじとしている。


「この城に来てからクルメに聞いたんだが、月夜と俺は許嫁同士なんだって?それを最初から知ってたのか?」


「―――うん」


隠し事をしていた事を後ろめたかったのか元気のない返事が返ってくる。

俺としては妹だと思ってたし、早く言ってくれても良かったとは思う。―――が


「俺は相手が月夜で良かったと思う」


「わ、童も神威で良かった」


そう言うと俺に寄垂掛かり沈黙が流れる。

そこに言葉は必要無かった。

その日、俺と月夜は手を繋ぎ再び寝た。



翌朝、朝食をクルメが持ってきてくれたのを頂いた。

昨日は朝食しか食べたなかったこともあり、クルメの朝食は腹だけで無くどことなく安堵もした。


俺達は侍女を呼び瞭然の下へと向かう。


「昨日は良き奮闘であった。―――して、どうかしたのか」


「いや、昨日の俺は親父から見てどうだったのか聞きたくてな」


「余も気になっておったことがあったのだ。あの呪文が破裂する技法、あれはどうやったのだ」


「―――あぁ、それは」


俺は瞭然に自身の持つ魔法知識を説明した。

それを子供の様にどんどん質問してくるし、数時間の討論をした。

瞭然はただ自分の為だけでなく、戦闘時での技の有用度の違いや立ち回り、返しに関して、俺がもっと磨かなきゃいけない点を事細かく指導してくれる。

瞭然が俺の実力を認めてくれたのかは結局わからなかったが、俺を見下している様子はなかった。


数時間が経ち、昼過ぎに瞭然と別れ昼食を取る。


「月夜、街を見て回りたいんだが一緒に来るか?」


うんうん。と首を縦に振る。


「すこし、待ってて」


そう言い残し、部屋に戻ってきた月夜は庶民着を着ていた。

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