魔王ちゃんと勇者くん
広間を見下ろすバルコニーに登ってすぐ、大きな扉がガチャリと開く。
ギリギリセーフだ。
扉を開いて現れた勇者は、鉢金を目深に締めて青いマントに身を隠していた。んん、マント仲間。趣味が合うね。
あたしは自慢のマントを腕でバッと翻し、とっておきのキメ台詞を放つ。
「ふははははっ! よく来たにゃひぃいいいいいいいっ!?」
ばぎぃいいいいいいんッ! とバルコニーの結界に勇者が剣を突き立てた!
「魔王様!」
メイドがあたしの前に立って結界を張り直す。弾かれた勇者はくるくる回って着地した。
「ひぃ、ひぐっ、ひぐっ」
喉が勝手にしゃくり上げる。だって、急に剣を向けられるなんて……びっくりして!
「勇者、貴様ァァ……魔王様を泣かせたなァァァ……」
ずごごご、とメイドは赤いオーラをまとって宙に浮き始めた。
その裾をつかむ。
「魔王様?」
「泣いてない。あだじ、泣いてない!」
魔王だもん。
魔王はつよいんだもん!
すすっと着地したメイドは一礼してあたしの後ろに控える。あたしに任せる、という意思表示だ。
部下に任された以上、立派にやらなきゃいけない。
ちょっとちびっちゃったけど大丈夫。さきにトイレいっておいてよかった。
改めてバルコニーに立って、勇者を見下ろす。
ぎんッ! と目が合った。
「怖いぃいいいいいい!」
「ちょっと勇者テメェ、睨んでんじゃねェぞ魔王様が怖がるだろォが!!」
思わずメイドに泣きついてしまった。
「……生まれつきだ」
勇者のちょっと不服そうな声が聞こえる。
生まれつきだったんだ。好きで怖い目をしてるわけじゃないんだ。悪いことしちゃった。怖いけど頑張って立とう。怖いけど。
「オホン。よく来たな勇者よ」
「……」
やっぱり怖い。
でも頑張る。
「よく来たな勇者よ」
「早く要件を言え」
「ひぃいいいい!」
「勇者ァァァ!」
「何回やるんだこのくだり!」
勇者が怒った。でも勇者の言う通りだ。
メイドから離れて胸を張る。
「よく来たな勇者よ」
勇者がぐっとなにかをこらえてる。
「ここまでたどり着きたくば、我が用意した難問を突破して部屋を抜け待って? せめて話してる間だけ解くのやめて?」
扉を開けた勇者は「ツッ」とマジの舌打ちをした。
「やっぱりこの勇者怖い」
「私が消して差し上げましょう」
「だめだめ、勇者と運命の決戦をするのは魔王の役割なんだから」
気を取り直そうと思ったけど、勇者もう扉開けちゃったね。
「んもう。じゃあ次の部屋いこっか」
あたしはすたすたとバルコニーを歩く。
そして隣の部屋に入って勇者を待った。
扉の隙間からあたしを見上げた勇者は、
すっっっっごい嫌そうな顔をした。
「なにその顔!」
「……いやお前、部屋を進むたびに出てくるつもりか?」
「もちろん。ちょー頑張って作ったんだから。問題解いたらすごいんだよ」
「今解けたぞ」
「勇者すごいね!」
「………………」
勇者はげんなりと肩を落として扉を開ける。一歩踏み出そうとして足を止めた。
じろり、とあたしを見上げた後、鞘に収まったままの剣でどすんと床を突く。
床が崩れて、発泡スチロールの山に降り注いだ。
むふん。さすが勇者だ。落とし穴トラップをひと目で見破るなんて。あたしは問題作ってるときに三回も落ちちゃったのに。
あれ? なんか勇者が落とし穴の底を覗いて顔をしかめてる。
「なんだこの白いのは」
「発泡スチロールだよ。知らないの? 軽くて頑丈で、こすり合わせるとすごい音するの。石油から作るんだよ。知ってた?」
「そこじゃねぇ。なんで発泡スチロールが敷き詰められてるんだってことだよ」
「え? だって、間違えて落っこちたら危ないじゃん」
「………………」
「勇者だけを見分けて落とせるならいらないけど、部下でもあたしでも、乗ったら落ちちゃうから仕方なく」
「……いちおう、俺を落とす気ではいるんだな」
「ここ、魔王城だよ? 建物ぜんぶが勇者の敵だよ、分かってる?」
「壮絶な勢いで実感が薄れてる」
落とし穴をまたいだ勇者はすたすたと扉に向かっていった。
おっと、いけない。言わなきゃいけないセリフがあった。
「よくぞ第一の扉を開いたな、見事な智慧だ勇者よ。だが第二の部屋はそうはいかんぞ。貴様の目に映るものだけが全てではない。努々、容易く通れるなどと思わぬことだ。ふぁーっはっはっは!」カチャン。
勇者は扉を開けた。
「……しゃべり終わるまで待ってくれて、ありがと」
「どういたしまして」
勇者はさっさと扉をくぐった。
置いていかれたけど大丈夫、三つ目の部屋はすごいから。
悠々と隣の部屋に歩いていくと、案の定、勇者は扉の前で悪戦苦闘してる。
「ふはははは! さすがだな勇者よ、運命に選ばれただけのことはある。だが智慧と運だけで通れるほど、魔王城は甘くはないぞ! この最後の部屋で絶望に打ちひしがれるがいい!」
「ん、ここが最後なのか?」
パズルを解く手を止めて勇者があたしを見上げた。
「うん。ここまで解いてこれるなんて思わなかったから、二つでいいかなって」
「二つ? じゃあ三つ目のこれはなんだ」
「すっごく難しいものを作ろうと思ったんだけど、途中でごちゃごちゃになっちゃって。答えがあるかもよくわかんない」
勇者は鞘の先を扉にガン! ガン!
「わーちょっと! ちょっと! 力技禁止!」
「答えのない問題が解けるか!」
「分かんないじゃん! 答えがあるかもしれないじゃん!」
「出題者も分かってねぇ答えをいちいち探してやれるか!」
バキィ! 扉を砕いてしまった。
「あーあ。壊しちゃった」
ふん、と鼻を鳴らして勇者は扉を越えていく。
目つき悪い男の子ってイイよね……
明日も更新します