魔王ちゃん、おめかし
「ふはははっ! よく来たな勇者よ! 我こそは魔王――世界を手中に収める世の王者よ!」
しかめっ面でぎゅっと拳を握り、にやりと笑ってみせる。
うん、すごく邪悪な感じがする。
手作りの角とか床まで垂れる黒マントとか、ちょー邪悪。
むふ、と鏡の中であたしが笑う。
「にゅっふっふ。今日もあたしは完璧にじゃあく。ちょー魔王」
でも、もっかいだけリハーサルしとこ。そろそろ勇者が来るのだ。
「ふはははっ、よくきちゃなゆうしゃや……っ。かんじゃった」
「魔王ちゃま。……ゲフッ、コホン。魔王様」
振り返ると、あたしの一番の手下が鼻に赤いハンカチを当てて立っていた。
今日もメイドはフリルエプロンなメイド服を着ている。なんでも下界で流行ってるからだとか。呼び名もメイドがいいみたい。
あたしも着てみたいけど、魔王が着るのはどうかと思って我慢してる。
「でもどうしたの? 鼻をハンカチで押さえちゃって」
「いえ、ちょっと忠誠心が溢れてしまいまして。お気になさらず」
気になる。
でも、気にしなくていいならいいんだろう。
「先刻、報告がありました。勇者が城下町に到着したようです」
「えっそうなの!? どうだったの勇者の様子は!?」
「『おいでませ勇者』の横断幕とクラッカーによる包囲音響攻撃に心胆を冷やかし、B級グルメグランプリで優勝を競った名物地元料理の波状攻撃により胃袋は限界寸前。魔王様キーホルダー全80種の加重を与えることに成功し、城下町を出たとのことです」
「よくやった!」
ばんざい。さくせんどーり!
「あれ? でも、勇者もう城下町を出ちゃったの? 早くない?」
「いいえ。たっぷり四時間は食べ歩き観光を行わせています。特に魔王様が設計指揮されましたモニュメントにたいそう興味を示していたようです」
「おお! ふふん、勇者も見る目があるではないか。さすがは余のライバルであるな!」
「魔王様、一人称ブレッブレですがよろしいのですか?」
「ちょっと決めかねてる。朕はちょっと通じにくいよね?」
「御心のままに」
「あ、そうじゃないよ。勇者って四時間も前に城下町着いたの? 報告あがったのいつ?」
「数刻ほど前、つまり三時間半前です」
「はやく言ってよ!! なんで言わないの!?」
「申し訳ありません。一張羅でリハーサルを繰り返す魔王様があまり愛らしく、報告が遅れてしまいました。8K画質で録画したらメモリーカードの消費がえぐいことに」
「もうっ! へんなことしてないで、しっかりしてよね! 勇者って今どこ?」
「二階でございます」
「一階突破されてるじゃん!! どうすんのもう、お風呂入ってる時間ないよ!」
「ハッ!?」
メイドはこの世の終わりを見たような顔で、背中から雷撃を天井にぶちあげた。
「わ……わたくしはなんてことを……いえ。いいえ。まだです。そんなことはございません。魔王様! わたくしがお背中をお流しいたします。ささ湯浴みへ。さあ! さあさあさあさあ!!」
「時間ないってば!」
んもう、そそっかしい部下を持つとたいへんだ。
急いで鏡台に座って髪に櫛を入れる。
「御髪を整えさせていただきます」
「ん。よろしくー」
「すーは、すーは、くんかくんか」
「急いでね?」
「あ、はい」
たまにふざけるけど、本気になればメイドはすごく手際がいい。
あたしの髪はあっという間につやっつやのきらっきらに。
「ありがと!」
「勿体なきお言葉。今日も大変、大ッ変! 天変地異レベルで愛らしゅうございます」
「愛らしいじゃなくて、怖い、でしょ? あたしは魔王だよっ」
おっと、部下の言い間違いにこだわってる場合じゃない。
急いで勇者を迎えにいかなきゃ!
やっぱり幼女は最高だせ!!!
明日も更新します。