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ゲーム配信始めました

「えっと… き、今日は… オセロ… ゲーム配信… です あのぉ… オセロ… やります…」


ウェブカメラに微笑み掛けると、その下のモニターにぎこちない笑顔が貼り付いた


「わ、わーい… ゲーム配信… やりたかったんです…」


広げた両腕を上下させる

楽しさを抑え切れない、という漫画的表現である


「やっぱり… その… ユーチューバーは… ゲーム配信……」


何か陽気で気の効いた事を言おうとするが、そう思えば思う程、頭の中は白濁し、自ずと口ごもってしまう

これではいけないと思い、再び大きく手をばたつかせる

楽しいのだから目一杯楽しさをアピールしなければならない


「…………………」


一頻りアピールした後、オセロ盤の中央に置き石を並べる


「……じゃ 私が先攻で……」


石を黒にして、白を挟んだ


「ふふっ… 私一人なんだから… 先攻も後攻もないやんけ…! ははは…」


聞き齧りの関西弁を用いた渾身のノリツッコミ

漸く場の空気が暖まった気がする


「つ、次は白… 後攻です…」


ペチンと黒をひっくり返す


「……あの… 皆さん知ってましたか…?」


ここぞとばかりに下調べしたオセロ知識を披露する事にした

もう少し引っ張っても良かったが、場が暖まった今が頃合いだろう


「オセロは黒が先攻… なんですよ…」


人気あるユーチューバー動画には悉く、視聴者を唸らせる蘊蓄が含まれている…

彼女なりの分析である

人気ユーチューバーは多芸に通じ、造詣も深いのだ

ただゲームをプレイする様を垂れ流しても、それはきっとつまらない筈


「……………」


ペチペチと石を置いてはひっくり返していく


「あっ!? ……そ、そうだ… 皆さん、こんにちは… もしかして… こんばんは… 挨拶遅れました… れもんです… フフゥ……」


凡そあり得ない冒頭挨拶の忘却

録り直そうかとも思ったが、それではゲーム実況のリアリズムが損なわれる気がして思い止まった

視聴者を裏切りたくはないのだ

照れ隠しの苦笑いは、無意識の動揺で間抜けな裏声へと変化した


「……………」


そうこうしているうちにゲームは中盤


「黒… やっぱり先手の分… 黒の私… が、リードですかね……」


頑張って"実況"を続ける


「!?」


そこである事に閃いた


「……皆さんも… 盤面… 見れた方が良いですよね…?」


ウェブカメラを外し、スタンドに設置して盤面を俯瞰させる

我ながらナイス判断、れもんは心の中でガッツポーズした

確かに視聴者だってゲームの模様は見たい事であろう

この思いやり溢れる視点変更で、高評価の獲得はまず間違いあるまい


「………………」


白が三つ目の角を取る


「……あぁ… 白が… これは逆転かな… 白い私……」


大勢は決した様だ


「白って言っても…… 私の…… ……じゃ…… ありませんの…… で……」


これも視聴者と視聴数を稼ぐ為の定石

通報アカBAN限界ギリギリのお色気技

敢えて男性視聴者の卑猥な妄想をそそる様な破廉恥発言をかまし、赤面してそれを隠す様に俯いた

ここまでやらねば人気ユーチューバーにはなれないのだ

ただし、赤面は演技ではない


「……白四十七… ……黒十七…… 白の勝ち… です…!」


後の編集でここには大きな効果音… …と……

プロデューサー業も兼ねるれもんは頭の中でメモを取る


「……という事で… 白の勝ちです…」


勝利の喜びを、再び手の羽ばたきで表現する


「…………………ふふっ」


どうしても動画の締めが覚束ない

更なる精進の余地が大いにある


「ゲーム配信… 如何でしたか…? チャンネル登録… お済みでない方は… チャンネル登録……」


ここは大事なポイントである

チャンネル登録者数は視聴者数に直結する

世に数多なユーチューバー達が口を揃える常套句である


「………バイバイ」


緊張の解れも相まって、この収録一番の笑顔で手を振れた


「………」


「…………」


「……………ふぅ」


カメラを切って収録と終える

少し緊張し過ぎだよ… 初めて寄せられたコメントにはそうあった

今日の私は今までで一番、自分の素をさらけ出せた気がする

少しずつ配信業に慣れ、少しずつ成長する私…

あのコメントをくれた視聴者さんは、今日の動画の私を見て、何を感じてくれるだろうか?

みんなに見守られながら育っていく自分の姿を想像し、ホンワカと心が暖かくなった


「……よし、完成……」


お馴染みのBGMとタイトル画面の挿入を済ませると、編集作業も無事終了

アップロードをクリックして、れもんチャンネルの第三十七回は配信された






ケトルのお湯をマグカップに注ぐ

彼女が屡々フリーズドライと表現する、茹でた後に天日で乾燥させた保存食材類

今日はキャベツと長ネギのそれが、カップの中をくるくると踊って生気を取り戻す

そこにカリカリに焼いたパンの耳… これも保存食材… を、適当な大きさに千切って合わせる

風味のアクセントと彩りの蟹カマを散らし、最後にポン酢で味付けをすれば、れもん流パン耳雑炊の完成である


「……いただきま~す……」


どろどろのこてこてをスプーンで掬って口に運ぶ

パン耳の歯応えと、フリーズドライ野菜の滑らかな舌触り、そこに蟹カマの風味がマッチして、彼女の口内に絶妙なハーモニーを奏で出す


「うんうん……」


満足気に二度頷く

やっぱりパン耳雑炊は期待を裏切らない

これで食材費、僅かに十二円

れもんの節約料理は、未だ駆け出しで厳しいその懐事情を慰める有力な手段であると同時に、彼女の動画の人気コンテンツの一つでもある

取り分けこのパン耳雑炊のお料理配信回は、れもんチャンネル最多の再生数を記録し、彼女にユーチューバーとしての成功の未来を確信させたのだった

そのモニュメント的料理が彼女の大好物となったのは当然の成り行きで、同時に彼女の細やかな自分へのご褒美ともなった

今日の"ご褒美"の理由は、人気ユーチューバーへの登竜門であるゲーム実況を無事こなした事

お料理とゲーム実況の二本柱が両立する事は、彼女のユーチューバー立身計画の礎であったのだ

自分で自分を誉めてあげたい…

誉めてくれる第二者も第三者も居ない彼女は、そうやって何時も頑張った自分を慰めてきたのだ


「……ご馳走さま」


心の底からそう呟いて、飲み干したカップをテーブルに置く


『プルルルルッ』

「ひぃっ!?」


そのタイミングで異音が響き、思わず悲鳴を漏らすれもん

直ぐにスマホの着信だと気付き、手を伸ばす


"ダイレクトシティース"


それは彼女の"所属"する事務所… ユーチューバー事務所からであった

専業化、高予算化が著しい昨今のユーチューバー業界

テレビタレント宜しく、ユーチューバーも事務所に所属して、活動にそのバックアップを受けるのがスタンダードな形になりつつあった

れもんのポジション的には、その存在はまだまだ必須ではないのだが、ユーチューバー同様競争激化のユーチューバー事務所の中には、駆け出し新参者を専門に囲う所もあった

"成功への近道"をレクチャーすると宣って、玉石混淆集めに集め、格安の再生報酬で半広告動画をアップさせるのだ

無名ユーチューバーによる数打ちゃ当たる作戦は、確かに一つ一つの影響力が乏しい反面、所謂ステルスマーケティング的な効果はあり、安い広告費も相俟って一定の需要があったのだ

万が一にも大物に化ける者が現れれば、大手に金銭移籍させる事もでき、まさに一石二鳥

駆け出しユーチューバーの方も低額とは言え一定の収入と、動画制作ツールや商材の提供を受ける事ができ、事務所の本意はともかく"成功の近道"である事には間違いなかった

れもんが"若い女"なら誰でもOKという間口の広いダイレクトシティースに籍を置いたのも、そんな理由からだった

その事務所からの非定期連絡…


(……こ、これは!?)


れもんは色めき立つ

投稿した動画のレスポンスは基本、丸一日は確認しないのが彼女のマイルールである

活動開始時期は視聴者の反応が気になり、頻繁にマイページを覗いてものだが、軈てそれが原因で寝付きが悪くなり、程無く不眠症になり、慢性的寝不足になり、そして己を罵倒する幻聴に苛まされ始め、遂には幼少の頃に死別した祖母が枕元に立つ幻覚まで見る様になった

もしその姿がれもんのお気に入り、ブナシメジの妖精ぶなっしーの着グルミに包まれていなければ、れもんはそれを幻覚だと気付かずに、そのまま精神的自決を果たして祖母の待つ涅槃へと旅立っていたかも知れない

或いはそれは、この心の内の葛藤と苦悶を知り、実際に冥府から可愛い孫娘の元へと黄泉帰った祖母が、目を覚ませとばかりに頬を張る要領で、一世一代(もう終わったが)のコスプレを披露して見せた可能性も否定できないとれもんは思っている

真実はどうであれ、れもんはその日から中毒的エゴサから足を洗った

結果は結局いつ確認しても変わらぬ訳だし、又それは何れついてくる物だと考えたのだ

コメント返しという駆け出しには重大な責務があるので、一日一回は確認する事にはしているのだが、その心理的負担は大きく軽減された

そんな中、動画配信から僅かな間を置いての所属事務所からの電話…


"お、おい!? ページ確認したか!?"

"……はい?"

"はいじゃねーよ! 凄い反響たぞ!? 急上昇ランキング入りだぞ!"

"えぇ!? えぇ!?"


遂にこの日が…

マイサクセスストーリーが文字通り開演の幕を上げる

数秒後のやり取りを想像して、否が応にも高鳴る鼓動

それを抑える様に胸元に手を置いて、深呼吸をした

ここで心臓発作を起こして死んだら悔やんでも悔やみ切れない


「ふぅ~…… は、はい……」


もう一度大きく深呼吸してから応対した

声は掠れていたかも知れない




「ちょっと軒多さん!?」




回線の向こう、担当さんの声は予想よりも低めだった


「はい?」

「はいじゃなくてさ…」


というより不機嫌そのものだった


「あんたの今夜の動画、あれなに?」


というより喧嘩口調だった


「え……? え……?」


多分、"あんた"と呼ばれたのは初めてだ

予想を覆す塩対応に、思考が重篤な混乱をきたす


「何って聞いてんだよ?」


こんな口調の人だったのか…?

二度程会っただけだが、温和な印象だった担当さんの顔が脳裏で歪む


「あの…… その…… ご依頼のあった… ゲーム配信… オセロの… ゲーム配信………」


いったい何のボタンの掛け違いなのか

誤解を解かねばと、震える声で言葉を紡ぐ


「馬鹿じゃねーの!?」


殆ど怒鳴り声だった


「今時オセロの宣伝してどうすんだよ!? オセロじゃねーよ! オセロッズだろ!?」

「は、はい…?」

「はいじゃねーって言ってんだろ! オセロッズだよ! スマホゲーのさ! 商材渡しただろうがよ!!」


余りの声量に耳が痛くなり、無意識に肩を竦めた


「オセロッズ……?」


その単語を呟いて、漸く掛け違ったボタンを探り当てた気がした


「……あの… すみません… スマホのゲームは疎くて… オセロの広告かと……」


確かに何日か前のメールで、オセロッズなるゲームの資料と、何らかのコードが送られて来ていた

スマホでもできるオセロ…

その程度の認識だったれもんは、純粋にオセロの楽しさをアピールすれば良いのだろうがと考えたのだが、それはどうやら勘違いだった様だ


「そもそも何だありゃ? あんたの頭頂部しか映ってねーじゃん前半!? 真面目にやってんの!?」

「そ、そんな…! 真面目です…!」


己のユーチューバースピリッツを侮辱された気がして、ほんの少しだけ語気を強めて反論した


「あれで真面目なら才能無さすぎだよ 向いてないよ、ユーチューバー」


その口調は何時もの担当さんの柔らかさだった


「…………………」


何故か急に目頭が熱くなった


「今日で契約解除ね 今までご苦労様」


「………お世話に…… なりました……」


担当さんが切るのを待ってから、アイコンをタップして受話器を置いた

溢れそうになる何かを、必死に宥めて押し止めた

押し止めなければ、全てが崩れて押し流されそうな気がしたのだ


「う…… うぅ……」


それでも間隙を縫って溢れそうになる熱い氾流


「……えいっ!」


れもんは唐突に壁に背にして三点倒立を決めた

パン耳雑炊が頑張った自分へのご褒美なら、この三点倒立は弱い自分への戒めである

下降する血流と首に掛かる重力で、忽ちれもんの顔は真っ赤になる

少しでも力のバランスを崩せば倒壊してしまう

歯を食い縛って、必死に体勢を維持する


「……ま… 負けない… です……!」


れもんは地球を持ち上げていた

首と肩に掛かる圧力は、大きな地球の質量だ

この圧倒的質量の圧力に比べれば、自身の人生に立ち塞がる障壁など、些末なささくれに過ぎない

いつも心からそう思うのだ

思う事にしているのだ


「………ふぅ~……」


今夜も五分間に渡って地球を持ち上げ続けたれもんは力を抜き、今度はその地球の上に広がったカーペットに大の字で横たわった

大きく肩で息を続けると、もうあの熱い何かは跡形もなく姿を消している事に気付いた

そして喉の渇きを覚えてテーブルの前に座り直した時には、もう何時ものれもんに戻っていた

奥手で舌足らずでおっちょこちょいでトロくて要領は悪いが、ユーチューバードリームに掛ける熱意は誰にも負けないれもんに…


「…………………」


この日はマイルールを破って、動画のレスポンスを確認する事にした

今日は一つのけじめの日である

明日からは新しいれもんチャンネルの始まりなのだ

その精算の為、動画に対する反応と評価を今日のうちに受け入れる事にしたのだ

明日はもう今日には縛られたくないのだ

オレンジの皮のお手製ピューレにスティック砂糖を一袋溶かした、彼女だけがフルーティーハーブティーと呼ぶ薄い橙の液体を、先程のマグカップに満たし、パソコンの前に座る

ユーチューブにアクセスし、マイページを開く


『再生数 56 高評価 0 低評価 17』


予想通りの冷たい反応だった

否、担当さんからのお叱りを受けるまでは、今回の動画には自信があったのだ

だから予想に反して、が正解かも知れない

そして担当さんの下した評価に間違いはないという事も身に染みた

伊達にユーチューバー事務所で働いてはいなかったのだ

ただ、期待が裏切られるのは今回が初めてではない

というか、ほぼ毎回裏切られている

過去最高の再生数と評価を得たのが、例のパン耳雑炊の回である

再生数三桁と高評価二桁を、どちらも唯一達成したのがマイ神回のそれである

それ以外は評価らしい評価はない

そもそもこれをしてユーチューバーと呼べるのかという疑問は、自身でも常に側にある

こんな自分を雇ってくれていた事務所には、改めて感謝の気持ちしかない

そんな葛藤とも物理的に今日でお別れな訳だが…


「……!?」


動画にコメントが付けられている事に気付いた

久しぶりである

初めて寄せられたあの心温まるコメント以外には、"バカ" "ツマンネ" "ブス" の三通しか付けられず、コメントの存在に意識が向かなかった

無意識に反らしていたのかも知れない

今日はどんな罵倒が浴びせられるのか、少しだけ緊張して開いた

今の気分なら寧ろ、徹底的に打ちのめして欲しい… そんな欲求さえあった




『いつも動画を楽しみにしています これから頑張って下さい』




「ぶほっ」


何処かへ去った筈の氾流が一瞬のうちに舞い戻り、感情の堰を破って暴れ出た


「うぅぅぅぅ… うううぅぅぅぅ……」


涙も鼻水とフルーティーハーブティーなる液体に姿を変えたそれは、れもんの顔中の穴から止めなく滴り続けた

これだからユーチューバーはやめられない

ユーチューバーを続けてきて、本当に良かった

れもんは結構深刻な呼吸困難に陥りながら、心の中で顔も知らぬそのコメント視聴者に、何度も何度もお礼の言葉を叫ぶのであった

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