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第8話 駆け引きの祭典 10

 一瞬、水を打ったような、静けさが、訪れた。


(いよいよ、か)


 と、シシリィが、思った。


 天蓋が、ゆっくりと、開いた。


 姿を、現したのは、一人の可憐な少女だった。


 桜色の髪に、白い花飾りの、少女である。


「ほう……美しい」


 と、シシリィが、息をもらした。


 少女の服は、巫女装束で、雪のように白い肌が、目立つものである。


「"尽き詠みの巫女"です」


 その声に、感情の起伏は、なかった。


「これが……"尽き詠みの巫女"だと?何の力も、感じないではないか」


 と、オーレルが、拍子抜けしたように、言った。


("暴虐"の言う通りだ。何の力も、感じなさすぎる……だから、とても、何だか……)


 と、リゼは、思った。


(不安に、なる)


 リゼは、絵画の間での、自身とバンナウトとのやり取りを、思い出していた。




『"尽き詠みの巫女"様は、お目覚めになられたばかり。それだからかもしれませんが、もしかすると、拝謁のおりに、私がお会いしたのは、唯の幼さの残る可憐な少女ではなかったのか、とさえ思えるのです』


『我ら三神官の長を奉ずる言葉とは、思えないな』


『ストレートすぎましたか。"爛"を統べる頂たる"天宮殿"の三神官の三柱、"黒槍"バンナウト様、我が主"蜘蛛"イセリア・アージュ様、そして、"尽き詠みの巫女"様。そもそも、三神官の皆様にありましては、上下の別はなく、ただ等しくある方々です。巫女の称号をお持ちなので、"尽き詠みの巫女"様が、長におさまっているにすぎないかと』


『決して、疑念を抱いているわけではありません。ですが、"円卓会議"の皆様の中には、"星天審判"に前向きでない方も、いらっしゃると、聞き及んでいます。"星天審判"の祈りを捧げる巫女様が、威を示すことも、必要かと存じます』


『そのような勢力を黙らせるのも、お前の仕事だろう』


『答えになっていませんわ、バンナウト様』


『私が、全力で、向かい合ったとしても、とうてい勝てないだろう』


『……』


『これで、答えに、なったかな?』


『十分ですわ』




 リゼは、自身の胸のざわつきを、感じた。


「"爛の王""暴虐"オーレル・オーギュスト。あなたの言葉を、一つ肯定し、一つ否定しましょう」


 と、巫女を名乗った、少女は、言った。


「何だと?」


 オーレルが、不愉快そうに、眉をひそめた。


 少女は、瞑目して、


「一つ、あなたがた、"円卓会議"の王は、我ら"天宮殿"の三神官に、従属するものではありません。"天宮殿"は、"爛"を統べるための頂としてあるもので、"爛の王"を、縛るものではありません。ですから、あなたがた"円卓会議"の王である"爛の王"と、私達"天宮殿"の三神官とは、対等です」


 "尽き詠みの巫女"の言葉に、オーレルは、にやりと笑った。


 イセリアは、困ったように微笑んで、肩をすくめた。 


「ですが、力としては、対等ではありません。少なくとも、貴方より、私のほうが、強い」


 と、少女が、淀みなく言うと、オーレルの眉が、ぴくりと動いた。


「愚弄するのか?」


 と、オーレルが、言った。


 少女は、無表情のまま、


「いいえ。事実を、言ったまでのことです」


「そんな、脆弱な理力で、俺より、上だと言うのか?」


 と、オーレルは、苛立ちの声を、上げた。


「試してみますか?」


 と、少女は、事務的に、言った。


 突如、オーレルの周りに、すさまじい殺気の気配が、生じた。


「ほざけっ!」


 と、オーレルが、吠えた。


 ひりつくような気配に、リゼは、立ちすくんでいた。


 オーレルの咆哮で、円形の室内庭園の支柱が、次々と、あっという間に、倒壊していった。


 巨大な支柱が、オーレルの頭上に、崩れ落ちてきたが、オーレルは、わずらわしそうに、それを、軽々と、粉砕した。


「なるほど。それが、あなたの力ですか」


 凄まじい轟音が鳴り響く中、少女は、表情一つ、変えていなかった。


「単純な、物理攻撃で、俺に敵う者など、存在せぬわっ!」


 オーレルと少女の影が、重なった。


 オーレルの拳を、少女の錫杖が、受け止めていた。


「……ぐっ!」


 オーレルの顔が、驚愕の色に、染まった。


 オーレルが、さらに、力を込めると、オーレルと少女の地面が、激しい衝撃で、大きく、沈み込んだ。


「剣を収めなさい、"暴虐"。そうすれば、今回の件は、不問に付しましょう」


 オーレルは、激高した。


「……ふざけるなああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 "尽き詠みの巫女"の持つ、錫杖の先端の水晶が、明るい水色に、染まった。


「……愚かなる眼前に、消滅という名の慈悲を……」


 少女は、紡ぐように、祈るように、言った。


 眩い水色の閃光が、生じた。


 刹那、オーレルの姿が、その形を、失った。


 閃光が、文字通り、塵も残さず一瞬で、その巨躯を、消し去った。


 "爛の王""暴虐"オーレル・オーギュストの最後だった。


「……浅はかな」


 と、無機質な憐憫の視線のまま、少女は、呟くように、言った。


 リゼは、"尽き詠みの巫女"である少女から、目を離せなかった。


(これが、"尽き詠みの巫女"……)


 リゼは、自身の足の震えを、感じていて、それが、何の感情からくるのか、よくわからなかった。


「困ったわ。"円卓会議"十二の席の内、二つも、欠けてしまうなんて」


 と、イセリアが、困り顔で、微笑みながら、言った。


「改めて、議を決しよう」


 と、バンナウトは、リゼを、促した。


 リゼは、我に返ったように、頷いて一礼して、"円卓会議"の王たちを、見廻した。


「"円卓会議"の王のみな様。星々の審判、"星天審判(せいてんしんぱん)"を執行に、異を唱える方は、いらっしゃいますか?」


 と、リゼが、問いかけた。


「異議はないよ」


 声を、あげたのは、七時の方向の椅子に座る、人物で、外見は、深い灰色のローブを目深にかぶった老婆である。


「世界を滅ぼすのは、構わないがねえ。私は、遊び足りないんだよ」


 と、七時の席の人物が、言った。


 老婆の顔は、そのほとんどがローブで覆われているので、口元の表情が、僅かに見えるだけである。


「第七座。何が、望みですか?」


 と、"尽き詠みの巫女"が、聞いた。


 その問いかけには、何の感情も、込められていなかった。


 第七座と呼ばれた老婆は、にやりとして、


「夢を、食べたりないのさ。どうせ、壊してしまう、世界なんだろう。だったら、本当に、壊れてしまう前に、私に、遊ばせてくれても、良いだろう?」


 と、言った。


「それに、どうせ、審判を執り行うには、巫女様自身、目覚めが、足りんだろう?だったら、それまで、遊ばせておくれよ」


「……良いでしょう。あなたの好きにして、構いません」


 と、"尽き詠みの巫女"が、言って、その姿は、再び、天蓋の中に消えた。

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