第5話 影のパーティー 10
(隙が、ない)
と、闘いながら、七色は、思った。
(私達を、攻撃するタイミング、布陣……)
七色の剣が、男子生徒の影を、斬った。
(自分に、攻撃が、及ばないようように、うまく、皆を動かしている)
ボールカゴを持った男子生徒が、凄まじい膂力で、ボールカゴを、七色に、放り投げた。
七色は、バク転をして、ボールカゴと、その中に収められていた大量の、バスケットボールから、逃れた。
身体が宙に浮いたままの、無防備な、七色を、狙いすましたかのように、ボールカゴの第二投撃目が、放たれた。
「ここ……!」
と、七色は、宙返りの体勢のまま、バスケットボールを、自身の剣をスイングして、打ち出した。
二個のバスケットボールが、鷲宮に、向かっていった。
「こんなもので、私を、攻撃しても、無駄でしょう」
と、鷲宮は、言い放ち、指を、鳴らした。
七色の前に、迫っていた、生徒の影が、震えて、影の針が、生成された。
囁きのような声とともに、七色の右の剣が、振られる。
「ディヴァイン・エッジ」
七色が素早く両腕を交差した、その次の瞬間には、前方で交差される双つの剣は、薄い紅色の飛刃を、放っていた。
影の針は、七色の放った、光束飛刃に壊されて、黒煙が、舞い上がった。
「やりますねえ」
と、言った、鷲宮は、自身に迫ってきた、バスケットボールを、打ち払おうとした。
「透色の翼」
と、七色は、力ある言葉を、紡いだ。
鷲宮が、バスケットボールを、難なく、打ち払ったと同時に、七色の背中に、透明な桜色の翼が、創り出された。
着地した、七色の踏み込みが、一気に、加速した。
鷲宮は、一瞬にして、自身の前に、七色の影が、浮かび上がって、顔が、歪んだ。
「馬鹿なっ。一気に、距離をつめた、だと!」
と、言った、鷲宮は、初めて、身構えた。
七色の双剣が、連結されて、一振りの剣となった。
七色は、自身の身体を、瞬間、沈み込ませ、独楽のように、回転させた。
「ハウリング……ストライク……!」
その回転による勢いのまま、七色は、真上に跳躍し、斬りあげの剣撃を、放った。
七色の剣に、斬りつけられた、鷲宮の身体は、黒色の波となって、掻き消えた。
「……やった?」
と、綺亜が、言った。
着地した七色は、綺亜を見て、首を振った。
「いえ。手応えが、ありません」
と、七色が、短く、言った。
"影法師"に意識を縛られたままの新谷の口が、半月に、開いて、
「残念でしたね。外れです」
と、言った。
その口調は、鷲宮のそれである。
「貴方は、この場には、いないようですね」
と、七色が、壇上の奥を見て、言った。
壇上の奥には、意識を失った、柿沼という教師が、一人、倒れ込んでいた。
「柿沼先生の影から、自身の幻影を、つくり出していたわけですか?」
と、七色は、新谷に視線を移して、聞いた。
新谷は、笑って、
「正解です」
と、言った。
「ですが、手品の種明かしは、もう、その手品を楽しめなくなることを、意味する。他の観客に対して、あまり誠実ではないと、思いますね」
「ふざけないで!」
と、綺亜が、言った。
「ふざけてなどいませんよ」
と、新谷は、肩をすくめた。
「影からこそこそと、卑怯なやつ……!」
でも、と綺亜は、続けた。
「これだけの人間を、一遍に操る魔術の力、そんなに遠くからでは、使うことはできないはずよ」
「……ほう」
と、新谷は、楽しそうに、目を細めた。
「あんたを見つけて、墜としてやる」
と、綺亜が、宣言するように、言って、体育館の扉に向かって、走り出した。
「待ってください」
と、七色は、言った。
「単独行動は、危険です。何か、あるかもしれません」
「罠……ってこと?」
と、綺亜が、聞いた。
「今までの"虚影の指揮者"の行動から、導き出される性質は、神出鬼没かつ用意周到ということです」
七色は、言葉を、切った。
「わざわざ、姿を、見せたのには、理由が、あると思います」
そんなの、と、綺亜は、紡ぐように、呟いた。
「私が、倒せば、すべて終わる話よ!」
自身に言い聞かせるように言うや、綺亜は、飛び出していった。
体育館の扉が、大きな音を、立てた。
「元気なお嬢さんだ。気概は、賞賛に値しますね」
と、新谷が、言った。
新谷は、ゆっくりと、辺りを、見渡して、
「私の兵隊も、随分と、倒されてしまったようだ」
と、言った。
"影法師"に操られて、立っている生徒の数は、半分ほどに、減っていた。
「仕切り直しといきましょう」
新谷が、指を、鳴らした。
新谷のフィンガースナップによって、先程まで倒れ込んでいた生徒達が、ゆっくりと起き上がってきた。
影を斬りつけた筈の生徒達の影は、再び、電波を受信できない時のアナログテレビの画面の砂嵐のように、濁っていた。
「……な」
と、杏朱を守っていた、彼方が、声をあげた。
影に操られたままの生徒達は、虚ろな挙動のまま、七色と彼方に、迫ってきていた。
「やはり、"爛の王"自身を、討たなければなりませんね」
七色の剣が、音を立てた。
七色の双つの剣の内の一振りが、彼方に、差し出されていた。
その七色の行動に、彼方は、戸惑った。
「ええと……」
「この剣を、朝川さんに、託します」
「そんな……僕に、使えるわけないよ」
七色は、微笑んだ。
「朝川さんが、操影の魔術"影法師"を前に、正気を保っていられるのが、不思議でした」
「あ……」
「朝川さんが、普通の人とは、魔術に対する、耐性が、段違いであることを、示しています」
と、七色が、言った。
(そう、か)
と、彼方は、思った。
七色に指摘されるまで、全く考えもつかなかったことだった。
「行ってあげて下さい」
と、七色が、言った。
「御月さん……?」
「この場は、私が、何とかします」
彼方に向き直った、七色は、改めて、片方の剣を、差し出した。
「この巫女の剣……朝川さんの助けになるはずです」
七色は、彼方の目を見て、言った。
「今の綺亜さんには、彼方さんが、必要だと思います」
「……うん」
彼方は、七色から、剣を受け取った。
両手に、想像以上の、剣の重たさを、彼方は、感じた。
彼方が、体育館から出て行ったのを見届けた後、七色は、人影の群れに、対峙した。




