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第4話 巡り合いの交錯 6

 司会者である丹野が、マイクを持った。


「それでは、これより、改めまして、我が社の新商品のプレゼンテーションを、させていただきたく存じます」


 会場の後ろが、騒然としはじめた。


 警報機が、突然、けたたましく鳴った。


「……何?」


 綺亜が、怪訝そうに、彼方に、話しかけた。


「うん……。どうしたんだろう」


 と、彼方は、言って、辺りを、見渡した。


 会場の外の廊下から、ガラスが次々に割れる音と、何かの轟音、水の音、と、様々な音が、一挙に、パーティー会場に、流れ込んできた。


 会場のスプリンクラーが、作動した。


「火事……!」


 誰かが、叫んだ。


 会場の扉が、開け放たれていて、炎の海が、そこに、あった。


 会場の混乱のどよめきが、更に、大きくなった。


 女性の金切り声が、あがった。


「皆さん。落ち着いて下さい」


 警備員の一人が、声をあげて、


「防火対策は、万全ですので、間もなく、鎮火します。どうか、落ち着いて、対応を、お願いいたします」


 と、続けた。


「現在、最も安全な避難経路を、確認しております。その場から、動かないで下さい。落ち着いて、指示に従って、行動して下さい」


 と、別の警備員が、言った。


 会場内のざわめきは、収まらず、テーブルが、騒ぎで、次々と、ひっくり返った。


(先ずは、落ち着かないと)


 と、彼方は、思った。


「綺亜。大丈夫?」


「大丈夫よ。あの炎、見かけよりも、勢いは、強くないわ」


 と、綺亜が、会場に押し寄せ始めている炎の波を見て、言った。


「ふむ。この状況の中、中々に、冷静な洞察力ですね」


 と、声が、綺亜に、向けられた。


 声の主は、麻知子だった。


 麻知子の横に、能登の姿は、なかった。


「ですが、強くはないが、弱くもない」


 と、麻知子は、冷静な声で、綺亜に、言った。


「急がないと、この階は、火の海でしょう」







「何の真似、かな」


 北条社長が、一人の男と、向かい合っていた。


 男は、警備員の制止を振り切って、会場内に入ったようだった。


 男は、ひどく冷静な目をしながら、激しい息遣いをしていた。


 男の手には、鈍く光るナイフが、握られていた。


「……お仕事か」


 と、綺亜は、言った。


「綺亜。どうするの?」


 と、彼方が、聞いた。


 綺亜は、ドレスを、なびかせて、


「事情は、わからないけど、北条社長、ナイフを、突きつけられているじゃない」


 と、言った。


「頼まれてはいないけど、要人護衛は、倉嶋の十八番よ」


「綺亜」


 と、彼方は、制止したが、


「そこまでよ」


 綺亜は、北条と男の間に、割って入っていた。


「邪魔だ! どけ!」


 男は、わめいた。


「君、危ないぞ」


 と、北条は、綺亜に、言った。


 北条は、男に、向き直って、


「さて、話の続きだ。君は、我が社の人間なのかね?」


 と、聞いた。


「そう言っただろう!」


 と、男は、苛立った声で、言った。


「すまないが、膨大な人数の社員の名前を、逐一、覚えているわけにはいかないのでね」


 と、北条は、言って、


「だが、そんな物騒な物を、人に向かって突き出すような輩は、もはや我が社の社員ではないな」


 と、続けた。


「この火事は、君の仕業かね?」


「こうでもしないと、あんたには、近付けないからだよ」


 と、男は、言って、一歩進んだ。


「俺は、春野。春野美香の父親だよ」


 と、男は、ナイフを突き出して、言った。


「知らんね」


 と、北条は、短く、言った。


「あんたらは、俺の借金を肩代わりする代わりに、研究の検体に、娘を、差し出せと、言った」


「知らんと言っただろう。早く、その物騒な刃物を、おろしたまえ」


 と、北条は、面倒そうに、言った。


「娘は、何度も、助けを、俺に求めていた。俺は、気付いていたのに、変わろうとしなかった。美香がいなくなって……はじめて、俺は……!」


 と、男は、激高した。


「これは、弔いだよ。俺に、唯一できることだ」


 会場の中に、炎の波が、侵入してきて、煙が、蔓延しはじめていた。


「君の言っていることが、理解できんな」


「理解なんかしなくて良いさ」


 と、男は、言った。


「"爛"の研究は、今日ここで、終わりだ」


 はじめて、北条の表情が、動いた。


「不愉快な男だな……」


 と、北条は、忌々しそうに、言った。


「前口上は、それだけかしら」


 と、綺亜は、北条の前に立って、男に、言った。


「"爛"の言葉が、出てきている時点で、まともじゃないわ」 


「うるさい!」


 と、男は、激高した。


「ああなりたい。こうなりたい。人は、願うものだろう。俺の願いは、今目の前にいる男を、殺すことだ」


 男は、ジャケットの内ポケットから、アンプルを取り出すと、自身に、打ち込んだ。


 男の目が、銀杏色に、輝きはじめて、男は、嘔吐した。


 痛々しい男の変貌は、男のナイフを握る手にも及んで、その手だけが、不自然に、膨張した。


「貴方。まさか、"爛"の力を、人の手で……」


 と、綺亜は、言葉に詰まった。


 男は、息苦しい声で、笑いながら、


「この力の意味が、わかるのか。お嬢さんも、こっち側の人間、ということかな」


 と、言った。


「その通りだよ。この力は、紛い物の力で、本来は、あってはならない力だ」


 北条は、苦々しそうに、男を、見ていた。


「人には、過ぎた力だよ、これは」


 と、男は、言った。


「お嬢さん。どいてくれないか。さもないと、君まで、恨みもないのに、傷つけなきゃならなくなる」


 綺亜は、臆することなく、


「勝手に自己完結している物言いは、うんざりだわ」


 と、言い放った。


「研究を、止めなくてはならない。そのために、俺は、ここにいる。その男を、殺せば、研究は、頓挫する」


「研究機関のトップを、潰せば良いというわけね」


「ああ」


「でも、止めるために振るっているその力は、止めるべきものではないかしら」


 男は、しばらくの間、黙った後に、


「毒を制するには毒をもってだよ、お嬢さん」


「……良いわ。相手をしましょう」


「この力を生み出す為の犠牲を、考えたことは、あるのか。こんな力のために、美香は……俺は、美香を……!」


「貴方の妄言は、摘み取ってあげるわ。今ここでね」


「ほざくなっ!」


 勝負は、一瞬だった。


 男の動きは、速かったが、綺亜のスピードが、それを、上回っていた。


 男のナイフを、綺亜の手刀が、払い落した。


 ナイフが、からからと音を立てて、床に、転がった。


 綺亜の回し蹴りで、男は、倒れ込んでいた。


「貴方には、貴方の事情があるんでしょうけど、こんなふうに、大勢の人を、巻き込む理由には、ならないわ」


「綺麗事を、言うな!」


 男は、怒りを押し込めた調子で、言った。


「綺麗事は、大抵耳障りで、残酷なものよ」


 と、綺亜は、男に、言った。


 警備員の男達四人が、わっと男を、取り押さえた。


 綺亜は、向き直って、


「お怪我は、ありませんか?」


 と、北条に、聞いた。


「ああ、大丈夫だ。助かったよ。君こそ、大丈夫かね」


「大丈夫です。倉嶋綺亜と申します」


「倉嶋のお嬢様でしたか。これは、失礼しました」


 北条は、口調を、改めた。


(白々しい)


 と、綺亜は、内心、嘆息した。


「一つ、よろしいですか?」


「何でしょうか?」


「あの男は、"爛"と言っていました」


「"ラン"というのは、知らないですね」


 と、北条は、切り口上で、言った。


「妙ですね」


「何が、でしょうか」


「ご存じかどうかまでは、まだお尋ねしていません」


「……」


 北条は、綺亜に、


「失礼しました。私の、早とちりでした。聞きなれない言葉だったものですから」


「そうですか」


 と、綺亜は、言った。


 会場にいた人々の避難は、半分ほど、終わっていた。


 警備員が、鎮火の作業が、はじまったことを、大声で、告げていた。

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