第4話 巡り合いの交錯 2
倉嶋綺亜は、
「パーティーが、あるの」
と、朝川彼方に、言った。
綺亜は、美しい少女である。
腰までかかる柔らかなブロンドの髪。
それは、西洋の赴きを感じさせた。
エメラルドグリーンの瞳。
端整な顔立ちの中でも、特に印象深い釣り目。
それは、可憐さを思わせて、同時に、意志が強そうな印象である。
それらがハーフを思わせる、美少女である。
綺亜は、転校してきて間もないが、もう学園では、よく知られた存在になっていた。
単純にその容姿が人目をひくというのもあるだろうし、それ以上に、綺亜の人柄もあるようだった。
人気者である。
端的に言えば、快活で積極的、それが、綺亜である。
腰まで流れるブロンドの髪は、風に揺れるたびに金糸のように輝き、綺亜が笑えば、周囲までぱっと華やぐ。
エメラルドグリーンの瞳は生き生きと輝き、好奇心と元気に満ちている。
どんな人にも分け隔てなく声をかけ楽しそうに話す姿は、見ていて心地よく、まるで春のそよ風のようだ。
はっきりとした意志を感じさせる釣り目も、快活さをより際立たせている。
綺亜は、見ているだけで元気をもらえる、そんな明るい美少女である。
そんな綺亜が、難しい顔をしながら、そう言ったのだった。
だから、
(珍しいな)
と、それが、綺亜の顔を見た朝川彼方の感想だった。
彼方は、桶野川市にある葉坂学園の生徒である。
桶野川市は、中規模の都市である。
人口十五万人。
新興住宅街を擁する市街地と、その回りを囲うように点在するのどかな田園風景とが混在している。
都心から近いということもあり、市役所のある中心市街地は、オフィス街と商業施設もそれなりに活気づいている。
桶野川市は、近年、ほどよい暮らしやすさを掲げたまちづくりを掲げている。
市の中央を流れる桶野川沿いには、桜並木が続き、春には、花見客でにぎわう。
北部の桶野台には、新興住宅街が広がり、若い世帯の流入で活気を帯びている。
一方、郊外には、稲作や梨の栽培が盛んな田園が残っている。
特産の桶野梨は、有名である。
南部の工業団地では、中小企業が集まり、環境技術や精密機械産業の拠点として地域経済を支えている。
交通面では、鉄道で都心まで約四十分と利便性が高い。
駅前の再開発で、行政、商業、文化機能が集約している。
新市庁舎や図書館、カフェなどが入る複合施設は、市民の憩いの場となっている。
また、桶野川市立文化ホールでは、定期的に、音楽会や演劇などが開かれ、市民文化の拠点として親しまれている。
一方で、郊外では、高齢化や空き家増加の課題もある。
そこで、市は、リノベーションや移住支援を通じて、再生を図っている。
葉坂学園は、そんな桶野川市の市街地の外れにあり、閑静な住宅街の中にある。
地域に根ざした教育を掲げ、学力と人間力の両立を重視している。
校舎は、桶野川駅から徒歩十分ほどの高台にあり、ガラス張りの校舎と整備された中庭が印象的である。
今は、朝のホームルームが始まる前の時間である。
綺亜は、難しい顔をしていた。
少し不満と不安の色が混じっている綺亜のその言い方に、彼方は、
「そうなんだ」
と、応じた。
綺亜との付き合いは、長くない。
だが、彼方は、綺亜の感情の機微を、少しずつ、感じ取れるようになっていた。
直情的な綺亜の言動に、清々しさすら感じる。
言行一致。
そんな言葉が、思い浮かぶ。
口で言ったことと実際の行動が一致していて、矛盾がない。
自分の発言内容をしっかりと行動で示す。
そんな綺亜が、珍しく、控えめな話しかたなのである。
(何か言いにくいことでも、あるのかな)
と、彼方は、思った。
それと、綺亜が口にした、パーティーという言葉である。
日常ではあまり聞かないし使うこともない言葉だ。
特別な時に使われるイメージが強い言葉である。
なにかあるのだろう。
しかし、それがなんであるかは、彼方としては、知る由もない。
だから、綺亜の言葉を待つしかなかった。
綺亜は、ふっと軽く息をついてから、
「落成式も兼ねた、パーティーよ」
と、付け加えた。
「郊外の……そう、B鉄橋があるでしょう?」
彼方は、頭の中で地図を思い浮かべながら、
「そうだね。あそこか」
と、言った。
頷いた綺亜は、
「ええ」
と、頷く。
「そこから、土手に沿って真っ直ぐに南に行って、三百メートルくらいのところ」
「ああ、ここから、三駅くらいのところだね」
と、彼方は、思い出しながら、言って、
「何か工場みたいなものが、建設中だったかな?」
と、続けた。
「文字通り、建設中だった、よ。もう完成したわ」
綺亜は、続けて、
「北条製薬の桶野川研究所よ」
北条製薬という社名は、彼方も、聞き覚えがあった。
ネットやテレビのCМやドラッグストアで、目にする製薬会社だった。
頭痛薬や栄養ドリンク等が、有名だったはずである。
「医薬事業の製薬部門の拠点の一つを、この樋野川の街に、持ってきた感じなのかしらね」
「詳しいね」
と、彼方は、言った。
「時田の受け売りよ」
綺亜の呆気らかんとした答えだった。
綺亜は、彼方を見て、
「倉嶋の家も、それなりにお付き合いがあるから、落成式に招待されたわけ」
と、言った。
「それに、私と彼方が、参加するのよ」
「僕が……?」
綺亜の言葉に、彼方は、とまどった。
「立食パーティーでね。料理は、美味しいと思うわ。」
と、綺亜が、言った。
「得意先、株主、諸官庁、近隣者、工事関係者、協力業者、色々な人が来て、テレビとかネットでしか見たことのない有名人や著名人にも、会えるわ。どう、興味わいてきた?」
綺亜が、招待状を、彼方に見せた。
文面は、次の通りである。
桶野川研究所落成披露パーティーのご案内
拝啓 時下
皆様におかれましては、ますますご活躍のことと心よりお慶び申し上げます。
日頃は何かとお引立てをいただき誠にありがたく存じます。
さてかねてより建設中の弊社桶野川研究所がこのたび無事完成致しました。
地域に末永く愛される研究所になるよう社員一同、日々精進して参りますので ご指導ご支援を賜りますようお願い申し上げます。
つきましては皆様のご支援に感謝申し上げるとともに研究所のご案内かたがたお世話になっております皆様をお招きし、ささやかなパーティーを開催いたします。
ご多用のところ恐縮ではございますがお繰り合わせのうえお運びいただければ幸いです。
社員一同、心よりお待ち申し上げております。
敬具
「こういった式典……パーティーでは、パートナーを伴った方が良いって、時田が、言っていてね」
と、綺亜は、言った。
「そうなの?」
と、彼方は、素直にそう聞いていた。
正直、その問いかけ通りだった。
よくわからないというのが、正直なところなのだ。
「横で大人しくしてくれているだけで良いわ」
「そうなんだ?」
と、彼方は、素直にそう聞いていた。
正直、その問いかけ通りだった。
やはり、よくわからないというのが、正直なところなのだ。
「ええ。それで、体裁は、保てるから」
矢継ぎ早にそう続けた綺亜だった。
「折り目の正しい正式なパーティーは、パートナー同伴というのは普通……らしいわ」
彼方は、苦笑して、
「……強引だなぁ、綺亜は……」
「……あ……」
彼方の返答が意外だったのか、綺亜は、急に頼りない表情になって、
「嫌なら、別に良いわ」
と、言った。
その声は、少し弱々しかった。
「そういうわけじゃ……」
綺亜は、小さな声になって、
「……彼方とじゃなきゃ、嫌なのに……」
「何か言った?」
「別に」
残念そうに、俯いた綺亜だった。
(……)
先程からの綺亜の表情の変遷からすると、思いきって彼方にこの話を持ち出したのだろう。
無下にするのも憚られた。
そう考えると、もう答えがでるのに、たいして時間もかからなかった。
彼方は、心中頷いて、
(そうだな。何でも、経験、だな)
と、思った。
教室の扉が、開いた。
彼方のクラスの担任の青島が、教室に、入ってきた。
「綺亜」
彼方は、すっとそう言った。
「え?」
「ホームルームが、始まる。後で、待ち合わせとか、服装とかについて、教えてもらって良いかな」
綺亜が、
「……良いの?」
と、遠慮がちに、聞いた。
「こんな機会、めったにないと思うし、気になったらとりあえずやる派だからね」
と、彼方は、笑った。
「……ありがとう」
「それに、綺亜と一緒なら、楽しいだろうし」
「……そう」
坊主頭で無精ひげを生やした黒のスーツ姿の青島は、ネクタイをしていないYシャツを、第二ボタンまで外していた。
青島は、いつもと変わらない調子で、
「お前ら、少しうるさいぞー」
と、ぶっきらぼうに、言った。
教室内が、騒がしさが落ち着いて、朝のホームルームが、始まった。




