第4話 巡り合いの交錯 1
「哀れなもんだなあ、お前も」
男は、見下ろす恰好で、冷然とそう言い放った。
男は、無機質な打ち付けのコンクリートの壁に囲まれた部屋にいた。
部屋には、物は、ほとんど置かれていない。
恐ろしく、生活感に乏しかった。
無機質。
そういう言葉が、自然と思い浮かぶ。
部屋は、一人の少女を拘束するために、設けられていた。
「……んっ」
男の足元に、うなだれるような格好で拘束されているのは、一人の少女だった。
「……ぁ」
少女は、首輪を填め付けられている。
そして、両の手も、背中で戒められている。
身体を少し動かすことも、ままならなかった。
枷である鎖が、ちゃらちゃらと、音を立てた。
「はっ……」
目隠しをされた少女の呼吸は、荒いというよりも、弱々しく、乱れていた。
「ふぅ……っ」
ただ少女を捕らえておくためだけに存在する、部屋の室温は、極めて低く、少女の体温を、大幅に奪い去ってしまっていた。
少女は、下着一枚という羞恥に晒されていた。
純白に、真ん中には、薄いピンク色のリボンをあしらった下着である。
その下着の内側には、振動する物体が、蠢いていた。
ぶるぶると、規則的な機械質の不気味な振動音が、静かに、途切れることなく響いていた。
「……っ」
少女の小さな身体が震えている。
「……んん!」
振動音に合わさるかのように漏れ出す、少女の恥じらいの呻きに、
「悪く思うなよ。お前さんの力は、危険すぎるんでな」
と、男は、笑って、言った。
「こうでもしておかないと、俺も、枕を高くして寝られないわけよ」
唯一自由になるのは、両の足だった。
だが、その足の付け根の部分、純白に真ん中には薄いピンク色のリボンをあしらった下着の内側、には、振動を繰り返す球体があって、振動し蠢き、少女を、苦しめていた。
「俺みたいな闇商人にとっちゃあ、お前は、プレミアが付くほどのお宝だよ」
「……ふぅっ!」
少女の身体が、小さく震える。
「金を生む、文字通りの、金の卵、と言ったところだ」
少女を苦しめ続ける球体は、魔力の込められた道具、いわゆる魔具である。
対象者に内在する、不可視な魔力を、搾り取り、可視の液体へと変化させる。
そういう魔具である。
「お前ほどの魔力なら、高く売れるからな」
少女の胸は、形が良く、豊満だった。
男は、少女の胸を、無造作に、掴んだ。
「……んぁっ」
「"爛"どもを狩るよりも、手軽に、金稼ぎができる」
にしても、と、男が、言った。
「たかだか丸一日、魔具漬けにされただけで、この有様なのかな?」
男が言った通りの、二十四時間の強制的な魔具による魔力の搾取は、少女から、理性を削り取っていた。
魔具と肌が触れ合う、少女の身体のその一点は、軽い火傷のように、じんじんと熱を持っていた。
熱さがじゅくじゅくとした刺激となって、少女の神経と脳を、揺らし続けていた。
途切れることのない刺激に、少女の意識は混濁していた。
「あくっ……んうぅ!」
罵られても、反論のしようもないほどに、少女は、声をもらすことを自身では抑えられなかった。
少女の体力は、磨耗しきっていた。
魔具の機械的な音が、仄暗い室内で、ゆっくりと、陰湿に、響き渡る。
「んはぁ……っ」
ずるずると、冷たいコンクリートの床で、足を交差させる少女は、苦しそうに、声を漏らした。
「……あ……あ!」
少女の悲痛な叫びは、男の嗜虐心に触れた。
「馬鹿みたいによがりやがって」
と、男が、少女のウェーブのかかった髪を、乱暴に掴んだ。
「まるでおねだりを止めることを知らないガキだな」
「……そん……な!」
少女の、否定の声は、弱かった。
「わかるだろう?」
男は、涙でぐしゃぐしゃになった少女の顔に、顔を近づけた。
「このお前の力を搾取する魔具の音に混じって、聞こえているのがよ」
問うような口調の男は、
「そう。お前さんの魔力を、目に視える形に変換した、魔力水の音だ」
と、言った。
「……っ!」
「だらしない。出っ放しだぞ?」
口元を半月に歪めた男は、二本の指で、柔らかく、魔具の近くの少女の肌に、触れた。
感度を高められている少女は、簡単に、切なげな声をあげた。
「ふぁぁぁ……っ!」
びくりびくりと身体を仰け反らせる少女から、魔力の水が、一層漏れ出した。
「ははは、だらしねえ」
男は、せせら笑った。
「良い感じに、できあがっちまっているみたいだなあ」
抗えない感覚があって、自身の身体が、じんわりとひくついている。
それが、少女自身にもわかっていた。
そして、それが、一層、背徳の影となって、少女を、むしばんだ。
少女の腹の立筋に沿って、柔らかく指を這わせた男は、息を吹きかけた。
「……っ!」
「ほら、わかるだろう?」
「あ……!」
「ちょっと掬っただけで、また感じて、このざまだ。とろとろしてやがる」
男の指には、少女自身の、透明感のある、糸を引いた魔力の液体が、纏わりついていた。
「ぐちゅぐちゅな味だ」
掬った液体を、舌で味わった男は、
「こんなに濃いのを垂れ流して、我慢しきれないか」
と、あざけった。
「本当に、どうしようもないガキだ、お前は」
「……ちが……」
男は、すっと立ち上がって、
「そんなガキには、お仕置きが、必要だな」
男は、おもむろに、足の先で、魔具を、少女の身体にくっと押し込んだ。
目を見開いた少女は、今まで以上の、刺激に、襲われた。
「んんんあああああぁっ……?」
ちかちかと、視界が揺れる。
少女は、圧倒的なインパクトに、一気に包みこれた。
間もなく、魔具の一つなど、難なく、受け入れてしまう少女の身体が、震えた。
「ほら、ちゃんと味わえよ」
無慈悲な男の笑みは、嗜虐の色に、満ちていた。
「んひぃっ!」
蕩け出す、少女の、魔力の蜜は、熱かった。
「あっ……ぁ」
頭を振った少女の目が、大きく見開かれた。
「へえ。簡単に、食っちまったか。食いしん坊だな」
と、男が、言った。
「もう一つ、いけるか」
男の足裏に押し込まれる形で、二つ目の魔具も、強引に、肌に、押し込まれた。
「ふひぁうん……!」
がくがくがくと、痙攣を繰り返して、少女の身体が、汗ばんだ。
「くふぅんんっ……!」
男は、更に踏みつける形で、攻め続けた。
「ほら、足で、惨めに、イっちまえよ。」
そんな男の罵りにも、喘ぎでしか抗えな。
その悔しさに蝕まれる少女は、せめて何とか声をあげないだけでもと、唇を噛んで、口をぎゅっと結ぶが、
「……ふぁ……疼く……じんじん……っ……響いてきて……っ!」
だらしなく唾液が、漏れ落ちて、視界が明滅した。
「あっ……あっ」
押し込まれた魔具が、少女の身体の中の魔力を、掘削した。
「……んあっっ……!」
視界がちかちかして、少女の口がだらしなく半開きになる。
「ひふぅん……ひぃああっ!」
少女自身から腹部、それから胸へと、きゅんきゅんと、律動が移動していった。
髪を掴まれ、面をあげさせられる少女は、
「あー……あ……あ」
と、か細い息を、漏らした。
男は、耳元でそっと囁いた。
「ゆっくりじっくり遊んでやるよ。壊れるまで、な」
「……もう、嫌……」
「嫌だったら、どうするんだ?」
「……こうする……」
その時、じゃらと音がした。
「こうしたい……」
その時、男の首に、鎖が、巻き付いていた。
「なっ……!」
男の顔に、動揺が走った。
「馬鹿な……」
男は、自身の首元に巻き付いた鎖をふりほどこうとしたが、できなかった。
鎖は、圧倒的な力で、じゃらじゃらと首を絞めつけてくる。
「こいつ、自力で、力の制御を……っ?」
男の首が、徐々に、鎖によって、圧迫されていった。
「……お前の、この力は、危険すぎ……」
男の声は、消え去り、か細い息継ぎの音がした。
鎖が、男の首を絞め折って、鈍い音が立った。
男の首と胴体が、鎖に切断されて、血しぶきが、あがった。
血の噴水が、少女の髪と顔と身体を、赤く、染めていった。
少女の目隠しが、半分ほど解けて、ずれた。
少女の瞳は、空ろだった。
小さな唇から、唾液を垂れ流したまま、少女は、笑った。
「……わかった。こうやって、使えば、良いんだね……うん、難しくなんて、ない……」
男の胴体が、ゆっくりと、コンクリートの床に崩れ落ちた。
少女の周りが、白い靄に、包まれていった。
「……ぱい」
少女の耳元で、声がした。
(……ん?)
「先輩」
知っている声だ。
しかし、少女の耳元でする声は、不機嫌そうだった。
「籠原先輩」
自身の名前を、呼ばれる。
籠原能登は、目が覚めた。
(寝ちゃってたんだ)
と、能登は、寝ぼけまなこをこすりながら、そう思った。
手に汗を感じる。
どうやら、いやな夢を見ていたようだった。
「ファーストフードの店での待ち合わせを、了承はしました」
と、町村麻知子は、眠そうな上司を、呆れ顔で、見た。
「ですが、仕事をさぼって、寝てて良いと、言った覚えは、ありませんよ」
「ごめんごめん。シェイクを、飲みながら、麻知子ちゃんに貰ったレポートを、読もうと思っていたんだよ。シェイク、あげるから、許してよ」
と、能登は、飲みかけのバニラシェイクを、麻知子に、差し出した。
「飲みかけでしょう。それに、少しぬるくなってしまっているのでは」
と、麻知子は、能登の笑い顔と、目の前のストローを、見比べながら、言った。
「飲みかけだけど、結構まだいっぱい残ってるし、さっき買ったばかりだから、冷たくて、美味しいと思うよ」
「……それに、同じストローですと……」
と、麻知子が、言い淀んだ。
「全然気にしないよ」
と、能登が、言った。
「間接キスに、なるでしょう。先輩は、気にしなくても、私が、気になります」
と、麻知子が、言った。
「そうなの?」
「そうです」
能登と麻知子は、二つの顔を、持っていた。
一つは、普通の学生としての顔である。
通学をして、勉学に励む、学生である。
もう一つは、世界の理の外の存在である"爛"の殲滅機関の一員としての顔である。
能登と麻知子は、機関の中の、情報を扱う部署に、配属されていた。
麻知子は、能登とコンビを組んでいて、能登の部下である。
年は、能登が、二つ上である。
麻知子も能登も、普段は、普通の学園生活を、送っている。
今、二人は、仕事の打ち合わせをしていて、制服姿である。
二人は、ファーストフードの店内の、目立たない窓際の席に、座っていた。
午後の七時という時間帯のためか、店は、下校途中の学生で、いっぱいだった。
近くに、女子校があるので、店内の客は、女生徒が多めだった。
能登は、綺麗にウェーブのかかった、肩までの髪を、触りながら、
「ごめんごめん。シェイクを飲みながら、寝ちゃうなんて、ぼーっとしてるよねえ、私」
と、半ば自虐的に、笑った。
「突っ伏して寝ている先輩を見て、困ったなと、思いました」
「あははー、そうだよねえ。困っちゃうよね」
「正直に、正確に言うと、かなりイラっときました」
「……麻知子ちゃん、目が、怖いよ」
「怒っているからでしょう?」
「う……」
麻知子は、ノートパソコンを、鞄から出しながら、
「どうかしたのですか?」
と、聞いた。
「え?」
「少しうなされているようにも、見えましたが」
「うーん……」
能登は、首を傾けた。
「夢を、見ていたような気はするんだけど……」
と、店の天井を見上げながら、能登が、気楽な調子で、言った。
「何か、ちゃりちゃりとした音と、赤の色……かな……良く思い出せないな」
「……」
麻知子は、少し、目を細めた。




