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第3話 雷光のお嬢様 7

 葉坂学園に転校してきた翌日も、綺亜は、周りの生徒から引っ張りだこだった。


 彼方は、綺亜とは、隣の席だ。


 だから、意図せずとも自然に、授業中に綺亜と目が合う。


 合うが、その(たび)に綺亜に目を逸らされていた。


「……」


「……」


 押し黙る。


 気まずい。


 それを真っすぐに形容したような沈黙があった。


 意図せずとも自然に、休み時間などに綺亜と目が合う。


 合うが、その(たび)に綺亜に目を逸らされていた。


「……」


「……」


 押し黙る。


 気まずい。


 それを真っすぐに形容したような沈黙があった。


 昨日の帰り際の出来事を思い出した彼方は、


(まあ、怒っているのかもしれないな)


 と、考えた。







 放課後になった。


 生徒達の行動は、様々だ。


帰宅の途につく生徒。


 部活動に勤しむ生徒。


 談笑する生徒。


 色々である。


 彼方が、帰ろうと廊下を下駄箱に向かって、歩いていたところで、


「ちょっと、朝川君、待ちなさいよ」


 と、後ろから呼ばれた。


 振り向くと、声の主は、綺亜だった。


 息を少し切らせた綺亜である。


 綺亜は、怒ったような声で、


「何で、先に帰ろうとしてるの?」


 と、言った。


 まるで、一緒に帰ることが当たり前のような、そんな物言いである。


 それに、


「え?」


 と、返していた彼方だった。


 いきなりのことで少し呆けたふうになっていた。


「だから。何で、先に帰ろうとしてるの?」


 同じことを聞かれる。


 詰問とまではいかない。


 だが、咎めるような調子ではあった。


 なかなかの勢いである。


 そんな綺亜の勢いに少しとまどいながら、彼方は、


「ええと、買い物だけれども」


 と、ひとまずはそう答えた。


 実際、夕食の材料を買いに、駅前の商店街に寄るつもりだったのだ。


「買い物?」


 おうむ返しに聞いた綺亜だった。


「うん」


 と、彼方は、頷いた。


 綺亜が、考え込むような仕草をした後で、


「面倒だけど、付き合ってあげるわ」


 と、言った。


 即決即断の調子である。


「え?」


「一緒に行ってあげるって言ったの」


 綺亜は、両手を腰に当てて、


「あなたの護衛が、私の仕事なんだから」


 と、身を乗り出すようにして、言った。


 護衛というその言葉が、今ひとつ要領をえていないと感じる彼方に、綺亜は、


「護衛、よ。だから、買い物に付き合うと、言ったの」


 と、付け加えた。


「ええと……」


「勘違いしないでほしいけど、あなたに興味があるわけではないわ」


 彼方の返事を待たずに、綺亜は、とんとんと言葉を並べていく。


「この前、きちんと宣言したはずよ」


 護衛というその言葉自体は、確かに、初対面の時に聞いた言葉だった。


 しかし、言葉を聞いただけだ。


 その言葉が言葉通りの意味なのか。


 そうではないのか。


 別の意味があるのか。


 そいういうことをひっくるめて、彼方には、よくわからない話だった。


「倉嶋さん。それって……」


「噛み砕いて言うと、課せられた課題なの、護衛は」


 綺亜の声に、迷いは、なかった。


「だから、それをこなしているだけ。それ以上の意味はないわ」


 綺亜のエメラルドグリーンの瞳に見られた彼方は、


「……」


 と、言葉が続かなかった。


 まっすぐに見つめられていた。


 その視線は、正直でまっすぐだった。


 うまく言えないが、そういう綺亜の視線に対して適当なことを言うこともできなかった。


 彼方としては、そういう心境だった。


「決まりね」


 にこりともしないで、綺亜は、短く言った。


「先に行って正門で待っていて」


 と、言うだけ言って、綺亜は、足早に、教室のほうに歩いていった。


 どうやら鞄を取りに戻ったようだった。


(……強引だなあ)


 苦笑した彼方だった。


 だが、不思議と悪い気もしなかった。


 彼方は、直情的な綺亜の言動に、清々しさを感じた。


 言行一致(げんこういっち)


 そんな言葉が、思い浮かんだ。


 口で言ったことと実際の行動が一致していて、矛盾がない。


 自分の発言内容をしっかりと行動で示す。


 それは、その人物、綺亜の誠実さそのもののような気がした。


 彼方は、下駄箱で、靴を履き替えた。


 そうして、正門に、向かった。







 正門付近は、生徒たちで溢れていた。


 それに、微かなどよめきもしくはざわめきが、聞こえてきた。


 彼方は、漠然と、


(何かあったのかな?)


 と、思った。


 理由は、意外とすぐにわかった。


 正門の前に、白い立派なリムジンが、停まっていた。


 随分と風変わりな光景である。


 これでは、この生徒たちのリアクションも納得である。


 ふと、


「あら、朝川君」


 と、彼方は、声をかけられた。


 声の主は、少女である。


 腰までかかる長い艶やかな黒髪。


 聡明さを物語る切れ長の黒い瞳。


 そのような漆黒が印象深い少女、同級生で同じ天文部の好峰杏朱(このみねあんしゅ)だった。


 杏朱は、天文部の一員ではあるが、部室の中で本を読んでいることが多かった。


 杏朱は、図書委員会の方がお似合いではないかというほどに、天文部らしい活動はしない。


 しないのだが、それでいていざとなると、披露する天体の知識の量は、他の部員を圧倒していた。


「やあ。杏朱」


 と、彼方は、ありきたりな挨拶をした。


「今、帰り?」


 実に、ありきたりな台詞だった。


 そのありきたりな台詞を堂々と伝えられる、それが、彼方にはありがたかった。


 要は、気兼ねない。


 自然体で話せる。


 そういう間柄だ。


「そうよ」


 杏朱も、気兼ねない感じで、そう応じた。


「それにしても、あの車、凄いわね」


「まあ、そうだね」


「リムジンでしょう?」


「そう、なんだろうね」


「実物は、初めて見るわ」


「僕もだよ」


「庶民の乗り物じゃないものね。お迎えかしら?」


 と言って、杏朱は、小首をかしげた。


 一方、彼方は、


「そう、かもね」


 と、言葉を濁した。


 自然、歯切れが悪くなる。


 白いリムジンが誰に関係しているのか、薄々わかってしまったからである。


「お迎えを待っているのは、お嬢様かしらね」


「そうなのかな?」


 彼方は、そう応じていて、白々しいと自省していた。


 杏朱は、目を少しだけ細めて、


「何で女性と決めつけるのかなんて、聞かないでね? これは、当たり前のことなの」


 と言った。


「そうなの?」


「そうよ」


 杏朱は、彼方を下から覗き込むようにして、


「そのほうが、ロマンチックでしょ」


 と、(ささや)くように言った。


 彼方に、心地よい風の中の青葉を思わせる杏朱の髪の匂いが、届いた。


 杏朱は、


「途中まで一緒に帰る?」


 と、言った。


 なんの裏表も忖度(そんたく)もない調子の言葉である。


 だから、彼方も、自然と自然な感じで応じていた。


「ええと……実は、待ち合わせをしていて」


「あら、そう?」


 と、杏朱は、漆黒の瞳を(またた)かせた。


「残念。じゃあ、一人寂しく先に行くわ」


 と、杏朱は、言った。


「言いかた……」


「事実でしょう? あーさみしーさみしー」


「……あのな」


「そうだ」


 杏朱は、忘れていたのを思い出したかのようにして、


「一応、伝えておいたほうが、良いかしら」


「何を?」


「今日の朝川君」


「うん?」


「女難の相が、出ているわ」


「……」


「冗談よ」


 と、杏朱は、振り向きざまに、くすりと笑った。


「もう行くわ」


 そう言って、杏朱は、正門から出ていった。


 彼方は、杏朱の後姿を見送りながら、


(……いい加減なことを言って、的中したりするから、困るんだよな。杏朱の言葉は)


 と、思った。


 いささか場違いの感があるリムジンから、男性が、降車した。


 男性は、黒の執事服をかっちりと着込んだ老紳士だった。


 老紳士は、彼方の前まで来て、止まった。


「朝川彼方君、かね?」


 と、老紳士が、聞いた。


「あ、はい」


 と、彼方は、答えた。


 相手の着ている執事服と威厳のある風格に、彼方は、少し気後れした返事になった。


 老紳士は、


「執事長の時田だ」


 と、名乗ってから、


「お嬢様……綺亜様のことで少し話があるのだが、良いかね?」


 と、言った。


 時田の言葉は、質問調だった。


 だが同時に、有無を言わさない口調だった。


 その口調に気圧されるように、


「はい」


 と、彼方は、頷いていた。


(この人は……)


 彼方は、時田という男性が綺亜の関係者だと、すぐにわかった。


 立派なリムジンと執事といい、杏朱の綺亜がお嬢様という評は、冗談などではなくて、そのまま事実として当てはまりそうだと、彼方は、思った。


「お嬢様が言われた、君の護衛については、何か聞いているかね?」


 と、時田は、言った。


「護衛をしてくれると、言われました」


 彼方は、


「でも、僕自身、内容を良くわかっていないんです」


 と、正直に言った。


 時田は、頷いた。


「お嬢様は、護衛、と言われたと思うが、恐らく、君に具体的な説明はされていないと思ってね」


「そう、ですね」


 彼方は、相槌を打った。


「倉嶋グループは、知っているかね?」


「テレビやネットで見るあの倉嶋ですか?」


 彼方は、倉嶋という名は、ニュース番組の経済のコーナーなどで、耳にしていることを、思い出した。


「その倉嶋だ」


 と、時田は、言った。


「綺亜お嬢様は、倉嶋グループ現会長のご息女だ」


 やっぱりそうだったのか、と、彼方は、思った。


 彼方の予測は、当たっていた。


 だが、それは、綺亜が倉嶋グループに関係のある人物ではないか、というところまでである。


(所縁のある人かなとは思ったけれども、文字通りの、トップの娘さんだなんて……)


 倉嶋グループは、都内の一大オフィス街に拠点を構える、世界有数の政財界の巨塔である。


 倉嶋商事。


 倉嶋重化学。


 倉嶋電機。


 グループ企業は、いずれも有名である。


 かつ、その数は、枚挙に暇がない。


「グループの母体となった企業は、倉嶋警備でね」


 少しだけ語気を柔らかくした時田は、


「倉嶋家は、元々、用心棒で財を成した家系で、そのルーツは、平安末期まで遡る」


 と、続けた。


「用心棒?」


 と、彼方が、聞いた。


「まあ、そうだな」


 と、時田が、言って、


「現代風に言えば、要人の警護、ということになるかな」


「……ボディーガード、のような?」


「その認識で概ね合っている」


 時田が、頷いた。


「綺亜お嬢様は、グループの次期トップとなられる御方だから、色々と勉強していただかなければならない」


 少し話が見えてきた、と、彼方は、思った。


「護衛というのも……」


 彼方の言に、時田は、軽く頷いて、


「今回の護衛の件も、その後継者教育の一環というわけだ」


 と、言った。


「そして、不本意ながら、君に付き合ってもらうことになった。よろしく頼む」


 時田の不本意という言葉から、察するに、彼方は、この老紳士には、歓迎されていないようだった。


「君は、ただ黙って、お嬢様に護衛されてくれていれば、それで良い」


「……」


「ありないが、仮に有事の際には、我々が、対応する」


 彼方は、なんとなくわずかながらに得心していた。


 少しだけ、点と点とが繋がったような感覚である。


 息を少し切らせた綺亜が、やって来た。


「朝川君……って、時田、来ていたの」


 眉をひそめた綺亜は、


「迎えは必要ないと、言ったはずよ」


 と、言った。


 時田は、かっちりとした調子で、


「そうはまいりません」


 と、返した。


「これから、朝川彼方君の護衛を、はじめます」


「それはお控えいただきたい」


「なんで?」


 と、綺亜は、不満をそのままストレートに押し出すようにして、


「課題を、しっかりこなすようにと言ったのは、時田、あなたよ」


 と、言った。


「確かに、そのように、申し上げております」


 と、時田は、丁寧に、言った。


「だったら……!」


「ですが、学園の外での活動については、残念ながら、綺亜様の裁量の外となります」


「……」


 綺亜は、唇を噛んだ。


「この時田の判断に、従っていただきたく存じます」


「……言われた通りに、学園の中だけで、与えられた課題ごっこをしなさい、っていうこと?」


 と言って、綺亜は、目を細めた。


「そこまでは申しませんが、間違ってはおりません」


「そんな予定調和に守られたものは、実践からは、程遠いわ」


「それは、否定いたしません」


 時田は、淡々と、応じた。


「時田……!」


不躾(ぶしつけ)を承知で申し上げますが、一流の淑女たるもの、いついかなる時でも、周りを見ることをお忘れなく」


「……」


「ご学友の面前です」


 時田の言は、(いさ)めるというよりも、文字通りの直言だった。


「とにかく。知らないわ」


 と、綺亜は、言った。 


「行くわよ、朝川君」


 髪をなびかせた綺亜は、彼方に向かって、言った。


 彼方の腕を半ば強引につかんで、綺亜は、歩き始めていた。

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