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第3話 雷光のお嬢様 5

 放課後である。


 彼方は、綺亜に、話しかけられた。


「朝川君。今、大丈夫?」


 と、綺亜が、言った。


「うん。大丈夫だよ」


 と、彼方は、言った。


「どうしたの?」


 綺亜は、微笑んで、


「学園内を案内してもらおうと思って」


 と、言った。


 彼方は、朝のホームルームで、園内の案内を担任の青島に頼まれていたことを、思い出した。


「体育館とか音楽室とか、教室以外の施設の場所とか利用方法が、良くわからないの」


 彼方は、頷いて、


「わかった。僕でよければ、案内するよ」


 と、言った。


「教室からだと、放送室と音楽室が近いから、そっちから順番に見ていこう」


「助かるわ、朝川君」


 彼方と綺亜の二人は、主だった学園の施設を歩いて回っていった。


 放送室。


 音楽室。


 生徒会室。


 職員室。


 保健室。


 会議室。


 そういった、主だった施設を、二人で確認していった。


 綺亜が転校生ということもあるのだろうが、何よりもその洗練された容姿のためであろう、通り過ぎる生徒達の物珍しげな視線を感じながら、彼方は、案内していった。


 綺亜の腰までかかる柔らかなブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳が、自然と、人の目を引き寄せているようだった。


(まあ、目立つよなあ)


 と、彼方は、思った。


 当の綺亜は、周りの注目は、気にならない様子である。


 彼方の説明に、熱心に耳を傾けていた。


 体育館まで来ると、バスケットボール部やバレー部の生徒達が、部活動を始めていた。


「バスケットボール部のあの人、良い動きをしてるわね」


 と、綺亜が、言って、


「他の女の子も良い動きをしてるけど、あの子は、群を抜いてるわ」


 と、続けた。


「そういうの、わかるんだ?」


 と、彼方が、聞いた。


「そうね」


 と、綺亜が、微笑んだ。


「運動は得意だから、そういうのは、見てわかるの」


 快活な感じの綺亜が運動が得意だというのは、なんとなくイメージしやすかった。


 そういえば、と、綺亜が、言った。


「朝川君。部活とか、やってるの?」


「うん。天文部だよ」


 彼方は、天文部の部員である。


 部活動自体は、毎日あるわけではない。


 基本的には、部の活動としては、週二回の集まりがある。


 週二回の集まりのほかは、部員は、好きな時に気が向いたときに部活に出るという、ゆるい同好会に近い感じである。


 そんな気楽さが、彼方は気に入っていた。


「へえ。天文部なんだ」


 綺亜の顔が、ほころんだ。


(倉嶋さん。嬉しそうだな……どうしたんだろう?)


 と、彼方は、思った。


 二人は、体育館を出た。


 廊下を、歩きながら、彼方は、


「あの練習していた体育系の部活みたいにばりばり活動しているわけではないけれども、のんびりとやっている部だよ」


 と、言った。 


「天文部っていうと、星を、見るんでしょ?」


「うん。天文部だからね」


星見(ほしみ)って言うんでしょ?」


「うん」


「星座、詳しいんだ?」


「人並みにはね」


「じゃあ、朝川君だったら、知ってるかな」


 綺亜は、少し上目づかいに、


「市街地の外れに、星見に良い丘が、あるの」


 と、言った。


 彼方は、街の地図を頭の中で描きながら、


「街の外れのほうの小高い丘のことかな? あそこからだと、蔽物が少ないし、星も良く見えることだろうね。S三丁目の辺りだったかな?」


「そう。それよ」


 と、綺亜は、目を輝かせて言った。


「朝川君。行ったこと、あるんだ?」


 と、綺亜は、身を乗り出すようにして、聞いた。


 彼方は、綺亜の思いがけない勢いにとまどいながら、


「いや。行ったことはないよ」


 と、苦笑した。


「え……」


 綺亜の顔が、一瞬、こわばった。


「確か、私有地で、立ち入り禁止だったと思うよ」


「小さい頃、とかは、そんな立ち入り禁止なんて、わからなかったりするんじゃない?」


「そうだね」


 首肯した彼方は、


「でも、僕自身、あの丘のことが気になったのは、結構大きくなってからだと思うよ」


「そう……」


 綺亜は、笑顔のまま、小さな声で、言った。


(あれ……?)


 と、彼方は、綺亜の落胆ぶりに、


(何か、がっかりさせてしまったかな……)


 と、思った。


 彼方は、話題を変えようと、


「僕のことを護衛してくれると言っていたけれども、どういうことなのかな?」


 と、聞いた。


 彼方は、歩きながら、疑問に思っていたことを口にした。


 朝のホームルームでの、綺亜の宣言である。


 宣言で、綺亜が彼方を護衛すると言っていたことが、彼方には、良くわからなかった。


「意味を、知りたいのかしら? 詮索するのは、あまり関心できないわ」


 と、綺亜は、不機嫌になったように言った。


「詮索のつもりはないよ」


「それとも。私に、護衛されるのが、いやなのかしら?」


「倉嶋さんみたいに可愛い人にそう言われて、いやな男子なんて、いないよ」


 と、彼方が言うと、綺亜は、途端に赤面した。


「ふ、ふーん。九十点ぐらいの答えね……」


 彼方は、綺亜の表情の変化には、気付かないで、


「……って、新谷……クラスメイトの乃木が、言っていたよ。僕も、そう思う」


 と、付け足した。


「……マイナス三百点の答えだわ」


 と、綺亜は、言って、ため息をついた。


 二人は、学園の中庭まで来た。


「これで、大体、一通りの案内は終わったと、思うよ」


 と、彼方が、言った。


「どうもありがとう。助かったわ」


 と、綺亜が、言った。


 綺亜の携帯電話が、震えた。


「ごめんなさい」


 と、綺亜は、彼方に断ってから、電話に出た。


「何の用かしら、時田? ……迎えに来ている? 早すぎるんじゃないの? ……そんな話は、聞いていないわ。ピアノのレッスンと、会社の企画書の打ち合わせ? ……予定に、入っていたかしら」


 綺亜は、鞄の中から、黒色のカバーの手帳を、取り出して、めくりながら、


「……確かに、予定が、入ってるわね。……ええ、じゃ……」


 綺亜は、電話を切った。


「迎えが、来てるみたいだから。もう行かなくちゃ」


「ときた……さん?」


 と、彼方が、聞いた。


「執事長の時田からの電話よ。私の送迎の運転手も、やってもらっているの」


「執事長……。長、ということは、他にも、執事さんがいるの?」


「ええ。メイドも含めると、使用人は、全部で二十人」


(すごいな。まるで、小説に出てくる、お嬢様みたいだ)


 と、彼方は、思って、綺亜を見る。


 その時だった。


 彼方は、思わず、


「あっ」


 と、声をあげていた。


 綺亜の後方から、野球ボールが迫ってくるのが、見えたからだった。


「え?」


「危ないっ!」


 彼方は、身体が、勝手に動いていた。


「きゃっ」


 と、綺亜が、短い驚きの声を、あげた。


 彼方は、綺亜の肩を掴んで、綺亜の身体を自身で覆うように、引き寄せた。


 彼方の背中に野球ボールが、命中した。


「……っ!」


 その弾みで、二人の身体が、地面に倒れ込んだ。


 彼方は、倒れる直前に、咄嗟に、綺亜の背中に腕を回していた。


 結果、彼方が、綺亜に覆い被さっているような恰好になった。


「……ええと、大丈夫?」


 背中に、痛みを感じながら、彼方が、聞いた。


「……ええ。私は、大丈夫。朝川君こそ、大丈夫な……ひぁっ!」


 綺亜は、驚いたように、声を、あげた。


「どうしたの、倉嶋さん?」


 どこか身体を打ってしまったのかと心配になって、彼方は、聞いた。


「右、手……」


 綺亜の声は、震えていた。


 緊張しているようにも聞こえた。


(右手が、どうしたんだろう?)


 と、彼方は、思った。


「……」


 彼方は、右手が何か柔らかいものに触れていると、感じた。


 視線を移すと、ピンク色の布地が、視界に入った。


(何だ……?)


 よくわからなくて、彼方は、少しとまどいながら、そう自問していた。


 一方の綺亜は、


「あの……手を……離して……」


 と、かなりとまどった様子である。


 互いにとまどっているのは、同様だった。


 だが、そのとまどいには、大きな開きがあるように見えた。


 彼方は、背中の痛みに顔をしかめながら、


「何を、言って……」


 と、言いかけたのだが、


「ひぁっ!」


 と、声があがった。


 綺亜のスカートが、めくれていた。


 スカートの内のピンク色の下着に、彼方の右手が、触れていた。


 事態を理解した彼方は、


「ご、ごめんっ」


 と、すぐに手を離した。


「……」


「……」


 押し黙る。


 気まずい。


 それを真っすぐに形容したような沈黙があった。


 言ってみれば、不可抗力の事態ではあった。


 言わば、ある種の事故だった。


 やむをえなかったのだ。


 しかし、それに納得できるかは、別物だろう。


「……」


「……」


 押し黙る。


 気まずい。


 それを真っすぐに形容したような沈黙だった。


 立ち上がった綺亜は、涙目で、


「助けてくれて、ありがとう」


 と、言った。


 そうして、涙声で、


「でも、最低だわ」


 綺亜は、(きびす)を返して、立ち去った。


 野球ボールを誤って投げた生徒たちが、慌てて、彼方の下へかけてきた。

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