表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/109

第3話 雷光のお嬢様 3

 昼休みのチャイムが、鳴った。 


 昼食の時間である。


 学食に向かう生徒もいれば、持参の弁当を広げている生徒もいる。


 授業中は居眠りをしていた生徒も、この時間になると、しっかりと起きていたりする。


 電車に乗っていて居眠りしていても、自身の降車駅の辺りで目が覚めるのと、同じようなものかもしれない。


 彼方は、そのような日常光景に、


(まさに、昼食マジックだな)


 と、思った。


 この時間帯は、教室全体が活気づいているような雰囲気である。


 彼方の席の横では、


「ねえ。倉嶋さんは、お昼どうするの?」


「俺たちと、一緒に食べようよ」


「お薦めの学食のランチ、教えるからさ」


「ちょっと、男子!」


「しつこいと、嫌われるわよ。ねえ、倉嶋さん?」


「あたしたちと、学食、どうかな?」


 と、わちゃわちゃしていた。


 綺亜は、相変わらず、興味津々な級友たちに囲まれていた。


 彼方は、


(すごい人気だな)


 と思いながら、席を立った。


 綺亜は、少し困ったように微笑んで、


「ごめんなさい」


 それから、


「先約が、あるの」


 と、言って、すくと席を立った。


 教室を出ようとする彼方に、綺亜は、声をかけた。


「朝川君」


 呼ばれて、彼方が、振り向いた。


「倉嶋さん?」


「お昼は、学食? お弁当?」


「今日は、学食だよ」


「そう、よかった」


 綺亜は、身を乗り出すようにして、


「だったら、学食を案内してくれるかしら?」


 彼方は、


「それなら、この校舎の二階まで降りて、そこから食堂に行けるよ」


 と、丁寧に説明した。


 綺亜は、


「そういう話じゃないわ」


 と、やや憮然(ぶぜん)とした態度で言った。


「え?」


「こういう場合は、一緒に案内してくれるものだわ」


 彼方としては、綺亜に言われて、


(そういうものかな?)


 と、自問してみるものの、どうにもだった。


 ただ、そう頼まれているのだ。


 たしかに、一緒に案内したほうが、綺亜も、わかりやすいだろう。


 よくよく考えてみれば、食券の買い方や席の取り方なども直接その場で案内したほうがいいに決まっている。


 彼方は、 


「僕でよければ、案内するよ」


 と、言った。


「決まりね。じゃあ、行きましょう」


 と、綺亜は、微笑んだ。


 そうかと思うと、彼方を追い越して、もう先に進んでいた。


 そんな綺亜の後ろ姿をとらえながら、


(行動力あるなあ)


 と、彼方は、苦笑した。







 廊下に出ると、見知った少女が、立っていた。


 御月七色(みつきなないろ)である。


 御月七色は、朝川彼方の同級生である。


 七色は、人形を思いおこさせる、綺麗に整った顔立ちと艶やかな髪をもつ少女である。


 同級生の御月七色(みつきなないろ)は、高嶺(たかね)の花と呼ばれていた。


 綺麗に整った顔立ち。


 光を織り込んだような肩までの艶やかな髪。


 雪のように白い肌。


 三拍子どころか四拍子五拍子と揃っていた。


 まぎれもない美少女である。


 その言葉が指し示す通りのその容姿は、人形の端整さをも思わせた。


 また、人形が言葉を発することがないように、寡黙だった。


 表情を変えることも、少なかった。


 結果として、容姿端麗(ようしたんれい)のその少女、御月七色は、他人を寄せ付けない雰囲気を、自然とその身にまとっていた。


 彼方と七色は、桶野川市の葉坂学園の同級生同士である。


 クラスは、彼方が三組で、七色が五組である。


 七色は、お弁当の巾着袋を、二つ携えていた。


 それを見て、


(あれっ)


 と、彼方は、思った。


(今日は、お弁当を作ってくれる日じゃなかったような……)


 朝川家は現在、彼方の一人暮らし、という状況だった。


 両親は、仕事の関係で長期出張に出ている。


 彼方も両親に一緒に付いていくという選択肢もあった。


 しかし、葉坂学園からの転校ということを考えると、時期的に中途半端だったし、新しい生活に慣れる手間や労力を考えると、場所を移らない現状維持の一人暮らしに、落ち着いたのである。


 両親からの連絡はほとんど来ない。


 月に二回ほど、メールが、あるのみである。


 連絡の少なさは、よく言えば、彼方を信頼していることの裏返しであり、悪く言えば、放任主義である。


 しかし、放任主義の彼方の両親も、多少なりとも、学生である息子一人を置いていくのには、不安があったのだろう。


 家政婦の女性に、週三日ばかり来てもらうように、手配してくれていた。


 その家政婦の女性が、御月佳苗(みつきかなえ)である。


 週に三度程、家に来て、炊事、洗濯、掃除といった家事全般を、こなしてくれるのである。


 日曜日には、一週間分の買い出しに、出かけてくれている。


 先日のことだが、佳苗が風邪をひいてしまって、佳苗の娘である七色が代わりに家政婦をしてくれたこともあった。


 そういう成り行きだった。


 栄養が(かたよ)るからと週二回は佳苗が弁当を持たせてくれている。


 今までは佳苗から弁当を受け取っていたのだが、そのような成り行きを経て、最近は七色が弁当を持ってきてくれるようになっていた。


 七色は、


「こんにちは、朝川さん」


 と、会釈した。


 相変わらず、抑揚のない調子である。


 淡々としている。


「こんにちは、御月さん。どうしたの?」


 と、彼方が、聞いた。


 こくんと頷いた七色は、


「おかずを多めに作ってしまいまして、よければと思って、用意してきました。それで……」


 と、言いかけて、彼方の横に綺亜がいるのに気が付いて、


「……今度にします」


 と、綺亜に会釈をして、立ち去ろうとした。


「待って」


 と、綺亜は、七色に、声をかけた。


 七色が、止まる。


「私は、倉嶋綺亜」


 綺亜のブロンドの髪が、揺れた。


「朝川彼方君と同じ、三組の生徒よ」


「……」


 七色の髪が、しゃらりと揺れる。


「朝川君。紹介してくれる?」


「御月さんのこと?」


「御月さんね」


 と、綺亜は、言った。


「下の名前も、知りたい」


 七色は、綺亜に向き直って、丁寧に一礼した。


「はじめまして。御月七色と、言います」


「はじめまして。御月さん。同級生、でいいのかしら?」


 そう聞いた綺亜の声は、なんだか少し挑戦的だった。


 七色は、


「はい。同級生です」


 と、淡々とした調子で、答えた。


 綺亜の整ったつり目のエメラルドグリーンの瞳が、七色の無機質な青い瞳を、捉えていた。


 彼方は、


「そうだね。二つ隣のクラスで、五組だよ」


 と、補足して、言った。


 彼方の言に頷いた綺亜は、七色に向かって、


「少し、朝川君を借りるわ」


 と、言った。


 その言いかたは、やはりどことなく挑戦的だった。


 対して、


「はい」


 と、七色は、表情を、崩さなかった。


「学食の場所を知りたくて。すぐ終わるわ」


「はい」


「……」


 七色の態度に少し意表をつかれたのか、綺亜は、ばつの悪そうな顔なっていた。


 数秒の沈黙の後、軽く息をついた綺亜は、


「そのお弁当、二つ……片方は、朝川君のでしょう?」


 と、言った。


「はい」


 と、七色は、頷いた。


 彼方が、


「……ええと、倉嶋さん」


「大丈夫よ」


 と、綺亜は、手で制して、


「わかったわ」


 と、言った。


「隠しているわけではないけど、聞かれなければ、言わない(たぐい)の話ね」


「……」


 七色は、黙って、綺亜と彼方を交互に見た。


 綺亜は、少し寂しそうに、にっこりとして、


「朝川君。やっぱり、案内は、いいわ。適当に見て回るから」


 と、続けた。


「ええと、倉嶋さん。何か、誤解が、あるようだけれども……」


 綺亜は、慌てたように、


「安心して。誰かに言ったりは、しないわ」


 と、言った。


 ふと、


「もしよろしければ、お昼、ご一緒しませんか?」


 と、七色が、言った。


「え……?」


 綺亜は、戸惑ったような顔をした。


 七色は、彼方のほうを向いて、


「倉嶋さんに学食の案内をした後で、学食のフロアで、三人で食べれば、良いと思います」


 と、言った。


 彼方は、七色の言に、


「そうだね。そうしようか」


 と、首肯した。


「……」


 綺亜は、きょとんとした顔になって、自然、七色を見ていた。


「……?」


 見られた当の七色は、その視線の意味がわからず、小首を傾げたようだった。


(……何よ、いい子じゃない……)


 と、綺亜は、思った。


 思いながら、自身の強引さを恥じていた。


 気持ちが先行しすぎてしまっていたようである。


 綺亜は、


(これじゃ、我ながら……ね)


 と、素直に反省した。


 綺亜は、人差し指を小さな顎にあてて、


「……でも、正直、意外、だわ」


 と、彼方と七色に聞こえない声で、言った。


 なかば、独り言である。


 綺亜は、神妙な面持ちになって、


「こういう色恋沙汰に関しては、鈍いか奥手だと、思っていたのに……」


 と、独り()ちた。


「想定外だわ」


 直立している七色の周りを、綺亜は、無言で一周した。


「いきなり、強力なライバルが登場だなんて、運命の女神様も、意地悪なものね……」


 一周してから、彼方と七色に、背を向けた。


「……?」


 唐突な綺亜の行動に、七色は、小首を傾げた。


 綺亜は、自身の表情を二人に悟られないようにしながら、


「髪もさらさら、睫毛もたっぷり、口元も控えめだけど艶っぽい、瞳も吸い込まれそう……」


 と、独白のように、言った。


「文句なし、掛け値なしの、美人じゃない」


「あの、倉嶋さん……」


 七色が、話しかけても、綺亜には、その声が届いていないようだった。


「ううん、でも、私だって……!」


 綺亜は、ひそかに居住まいを正して、


「私の髪は、ロングだし、ロングが好きだったと思うし」


 それから、細い脚に力を込めて、


「このエメラルドの目だって、実は、密かな自慢だし」


 それから、綺亜は、拳をきゅっと握った。


 そうしてから、


「とにかく、慌てないで。早急な対策が、必要よ!」


 と、自身に言い聞かせていた。


「……あの、倉嶋さん?」


 彼方が、話しかけても、綺亜は、ぶつぶつと呪文のように独り言をつぶやいていた。


「倉嶋さん?」


 何度目かの呼びかけで、はっと我に返った綺亜だった。


 綺亜は、


「……聞こえてた?」


 と、少し赤面しながら、聞いた。


「想定外が、何とかって……」


 と、彼方が、言いかけると、綺亜は、平静を装って、


「独り言よ。気にしないで。聞こえていたのなら、忘れて。忘れられなくても、忘れなさい!」


 と、言った。


 それこそ、三段活用のような、流れるような言いっぷりである。


「……」


 七色は、黙って、綺亜と彼方を交互に見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ