第3話 雷光のお嬢様 2
「あー。いきなりだが、転校生を紹介する」
朝川彼方は、桶野川市にある葉坂学園の生徒である。
桶野川市は、中規模の都市である。
人口十五万人。
新興住宅街を擁する市街地と、その回りを囲うように点在するのどかな田園風景とが混在している。
都心から近いということもあり、市役所のある中心市街地は、オフィス街と商業施設もそれなりに活気づいている。
葉坂学園は、市街地の外れにあり、閑静な住宅街の中にある。
いつものように、朝のホームルームが、はじまった。
彼方のクラスの担任の青島が、いつもと変わらない調子で、ぶっきらぼうに言った。
しかし、言った内容は、いつものようでもない。
転校生と言うワードである。
この転校生という言葉で、教室内が、少し騒がしくなる。
ざわめく。
お祭り騒ぎまではいかない。
それでも、一種のイベントの雰囲気である。
青島が、
「お前ら、少しうるさいぞー」
と、面倒そうに、言った。
「彼方」
彼方は、前の席に座っている、級友の乃木新谷に、声をかけられた。
「イベント発生のフラグが、立ったかもな」
新谷は、長めの髪をオールバックふうにしている。
顔立ちは、いわゆるイケメンふうの美男子である。
ただし、軽薄そうな態度が外見のプラス要素をマイナスしてしまっている、そういうタイプでもある。
彼方と新谷とは十年来の付き合いで、言わば悪友である。
彼方と新谷とは、良くも悪くも、本音で言い合える仲である。
彼方は、
「フラグ……?」
と、聞いた。
新谷の言葉の意図を図りかねたからだった。
「そうだよ」
と、新谷は、目を輝かせた。
「転校生と言えば、なにかのイベントフラグが立つ。これって、お約束だろ?」
彼方は、肩をすくめて、
「まあ、言いたいことはわかる」
新谷は、呆れたように、
「うわ、出たよ。彼方のひねくれリアクション」
と、言った。
「なに、そのひねくれリアクションって」
ぴっと指を立てた新谷は、
「素直にそうだって言わない。はいはいそうですねって感じの少し距離を置いた感じの肯定」
と、言った。
「……なんだか僕がすごく面倒な人間みたいに聞こえるけれど」
「実際、そうだろ」
「そうだな。否定はしない」
「だから、そういうリアクションだって」
新谷は、ふっと息をついて、
「野郎かそれとも女子か、どっちかな?」
と、言う。
それは、なかば彼方に聞くようになかば自問するように、そういう感じだった。
「野郎だと、盛り上がらねえしな。俺は、断然、女子を期待するぜ」
「すぐにわかるんだから、落ち着きなよ」
苦笑する彼方に、新谷は、
「彼方は、淡白すぎるんだよ、そういうところ」
と、言った。
新谷と彼方の会話のような会話が、教室のとこどころで発生した。
みんな考えることは、似たようなもののようである。
教室が、ざわついた。
そんな教室内のざわめきを手で制するようにして、青島は、
「おい、転校生。入って、自己紹介してくれ」
と、言った。
教室の扉が、開いて、一人の少女が、入ってきた。
「……」
男子生徒の静かな、しかし、確かな歓声が、響き渡った。
「……」
女性生徒の静かな、しかし、確かな羨望のため息が、響き渡った。
少女は、一言で表現すれば、美少女だった。
少女の腰までのほんのりとウェーブのかかったブロンドの髪。
それは、西洋の赴きを感じさせた。
少女の優雅な足取りに合わせるように、きめの細かい髪が、綺麗に揺れた。
端整な顔立ちの中でも、特に印象深い釣り目。
それは、可憐さを思わせて、同時に、意志が強そうな印象である。
(……)
転校生は、他の学校から移動してきた、または他の学校へ移動していった学生や生徒のことである。
転校する理由は、様々だろう。
親の仕事。
部活関係の引き抜き。
両親の離婚。
こういったケースが一例だ。
漫画や小説やアニメやドラマなどのフィクション作品でも、登場する。
幼児期や青春期における再会や最も身近な異文化からの来訪者との交流を描写、あるいはストーリーの転換をはかる創作物によく用いられる。
二次元の作品の場合、ほぼ確実に、主人公のクラスに転入してくる。
一種のお約束である。
そして、その作品がラブコメなら、かなりの確率で、主人公の隣の席がなぜか空いているのである。
転校生は、そこに座る。
これもまた、一種のテンプレートである。
ラブコメ以外のジャンルの作品でも、キャラクターとしての転校生のポテンシャルは高い。
作品内で、転校生は、物語の展開やキャラクターの成長に大きな影響を与える存在といえる。
主人公を平穏なる日常から遠ざけるギャグ要員。
味方側の抹殺あるいは他の目的で送り込まれた敵の刺客。
作中での謎解きの鍵を握るキーパーソン。
このように、転校生が話を盛り上げる要素として活用されることは多い。
逆のパターンも存在する。
そもそも、主人公が転校生、というパターンだ。
この場合、新しい学校に転校してきたところから物語が始まるというパターンも多い。
大抵の場合、四月や学期の変わり目以外の時に転校してくるためか、
「こんな時期に転校生?」
と、言われたり思われることが、非常に多い。
また、転校生が、女性キャラクターの場合、可愛いというにも、お約束である。
フィクションの作品で、転校生に可愛いキャラクターが登場することは、多い。
ゆえに、可愛い転校生というイメージは、ステレオタイプ化している。
このステレオタイプが、実際の転校生のハードルが非常に高くなるという現象を生んでいるという見方もある。
だが、そのハードルの高さなど、まるで問題にならなかった。
そんなハードルなど、軽々と超えているのが、目の前の転校生だった。
少女は、まぎれもなく、美少女だった。
少女が、黒板に沿って、教室の中央辺りまで来て、止まった。
「……」
男子生徒の静かな、しかし、確かな歓声が、響き渡っていた。
「……」
女性生徒の静かな、しかし、確かな羨望のため息が、響き渡っていた。
教室の生徒たちは、少女の言葉を、待った。
「はじめまして」
と、少女は、よく通る声で、一礼した。
「倉嶋綺亜と言います。どうぞよろしくお願いします」
そうして、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
転校生の美少女に感激した、男子生徒のため息にも似たどよめきが、渦巻くように、起こった。
それから、
「ふあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
女子生徒のどよめきにも似たため息が、渦巻くように、響いた。
ざわめきを通り越して、なかなかのどよめきである。
「ノリの良いクラスだよなあ。俺は、嫌いじゃないけど」
と、青島は、呆れたように、笑った。
「席のほうは、どうするかな」
と、青島が言うと、少女は、教室内を見回してから、
「先生。あそこの席で、よろしいでしょうか?」
と、聞いた。
少女が指したのは、窓に近い、彼方の席の隣だった。
「朝川の隣か。構わないぞ」
と、青島が、言った。
「朝川、予備の机と椅子、隣に置いてやってくれ」
「はい」
と、彼方が、頷いた。
「ああ、それと、放課後にでも、倉嶋に、学園内を案内してやってくれ」
彼方が動く前に、がたたっと音が鳴る。
二人の男子生徒が、机と椅子とを教室の後ろから、彼方の席の横まで運んできたのだ。
すこぶる素早い動作だった。
「ありがとう」
と、綺亜が、言った。
「なーに、お礼なんかいらないよ」
と、さわやかに応じた男子生徒は、
「ところで、俺は、山本っていうんだ。こっちは、佐藤ね」
と、続けた。
もう一人の男子生徒も、
「佐藤です。よろしくね。何かあったら、遠慮なく、言ってよ!」
と、さわやかに言った。
「ありがとう。山本君、佐藤君」
と、綺亜が、改めて礼を言うと、山本と佐藤は、
「……しゃああああああああ」
「おっしゃああああああああ」
などと、静かにだが力強くガッツポーズの取ったまま、自身の席に戻っていった。
「あー、ガッツポーズの山本と佐藤」
と、青島が、興味がなさそうに、言って、
「残念なお知らせだが、露骨な点数稼ぎは、かえって、減点対象だから、気をつけろよ」
と、続けた。
「……」
「……」
山本と佐藤は、黙った。
やがて、
「マジなんですかっ?」
「マジすかっ?」
山本と佐藤は、同時に叫んで、綺亜を見る。
すると、綺亜は、困ったように微笑んでいた。
「……」
「……」
山本と佐藤は、黙った。
山本と佐藤は、互いに顔を見合わせた。
「マジかあああああああああああああっ!」
「マジかよおおおおおおおおおおおおっ!」
山本と佐藤は、愕然として、うなだれた。
ある意味、息ぴったりである。
彼方の近くまで歩み寄った綺亜は、微笑んだ。
「よろしく、朝川君」
と、綺亜が、言った。
間近で見ると、とても整った顔であることが、一層よくわかった。
(綺麗な子だな)
と、彼方は、素直に、思った。
「あ、うん。こちらこそよろしくね、倉嶋さん」
と、彼方も、微笑んで、言った。
「放課後の案内、楽しみにしてるわ」
と、綺亜は、彼方にウインクして、言った。
綺亜の率直な物言いに、彼方は、
(御月さんとは、違ったタイプだな)
と、思った。
なぜか自然と御月七色のことを思い出していることに気づいた彼方だった。
(……)
そんな気づきに、彼方は、とまどっていた。
綺亜は、その整ったそして日本人離れした容姿のためであろう、次の休み時間には、早速、級友達からの質問攻めにあっていた。
「こんにちは、倉嶋さん。俺は……」
「綺麗なブロンドの髪だね」
「もしかして、ハーフとか?」
「俺が、先に聞いてるんだから、少し黙ってろ。ねー、倉嶋さん……」
「あのさ。学校の中とか、まだ不案内だよね。もし良かったら……」
「ちょっと! 男子たち、邪魔だから、その辺にしときなさいよ。少しは遠慮してよね」
「ねえ、倉嶋さん。男子は、ほっといて良いからさ。あたしたちとおしゃべりしよーよ」
綺亜は、級友達にに囲まれるかたちになっていた。
「予想通りというか、早速、人気者だよな」
新谷が、そう言った。
「まあ、あのルックス、あれだけ可愛ければ当然か」
「そうかもね」
と、彼方は、応じた。
新谷は、彼方に向かって、
「良いねー。良家のお嬢様って感じでさ」
と、言った。
「彼方。お前は、輪に加わらなくていいの?」
「新谷こそどうしたの?」
と、彼方は、笑った。
「いつもだったら、真っ先に話しかけていそうだけれども」
「いいんだよ」
と、新谷は、肩をすくめた。
「いい男は遅れてくるもの、ってな。後でじっくりと攻略させてもらうぜ」
「いつも通り撃沈、じゃないのかな」
彼方が、冗談めかして言うと、新谷は、不本意だと言わんばかりに、
「やってみなけりゃわかんねーよ」
と、言った。
「でも、倉嶋って苗字、どこかで聞いたことがあるような……」
新谷が言いかけた時だった。
当の綺亜が、彼方と新谷の前に立っていた。
「おっ、倉嶋さん。はじめまして。俺は、乃木新谷」
と、新谷は、胸をはった。
「俺のところまで来てくれたのかな? ま、俺って、イケメンだから仕方がないよなー」
綺亜は、
「朝川君。次の授業は、教室移動なんでしょう?」
と、彼方に、聞いた。
「……って、俺のことは、スルー?」
がっくり肩をおとした新谷だった。
だったが、すぐに気を取り直したようで、
「ふふ……さすがに、攻略は、一筋縄ではいかなそうだぜ」
と、顎の汗を少しぬぐうしぐさをしながら、
「だが、ここでへこたれる俺ではない!」
「……」
露骨にじと目の綺亜を前にしても、次の授業が行われる教室に向かいながら、新谷は、自己アピールを続けていた。
ふうと息をついた綺亜に、彼方は、
「それだけ、倉嶋さんが、魅力的ってことだよ」
と、言った。
綺亜は、一言で表現すれば、美少女だった。
腰までのほんのりとウェーブのかかったブロンドの髪。
それは、西洋の赴きを感じさせた。
端整な顔立ちの中でも、特に印象深い釣り目。
それは、可憐さを思わせて、同時に、意志が強そうな印象である。
「……ふーん」
と、綺亜は、彼方の顔を覗き込むようにして、
「お上手なこと」
と、言った。
その言いかたは、好意的でもない。
はたして、
「本当に、そう思ってくれているのなら、軽々しく、口には、出さないわよね」
と、若干批判気味の言が続いた。
「そんなことは……」
「まあ良いわ」
綺亜は、彼方に向かって、
「朝川君に、言っておきたいことが、あるの」
唐突に、彼方は、綺亜の大きなエメラルドグリーンの瞳に、まっすぐに見つめられた。
彼方は、当惑して、思わず目を逸らしそうになったが、その真摯な視線とそのまま見つめ合う形になった。
「あ、うん」
と、彼方は、頷いた。
少しの沈黙。
その後、凛とした少女の宣言が、あった。
「朝川君。あなたのことは、私が護衛するわ」




