第1話 はじまりの夜空 1
同級生の御月七色は、高嶺の花と呼ばれていた。
綺麗に整った顔立ち。
光を織り込んだような肩までの艶やかな髪。
雪のように白い肌。
三拍子どころか四拍子五拍子と揃っていた。
まぎれもない美少女である。
その言葉が指し示す通りのその容姿は、人形の端整さをも思わせた。
また、人形が言葉を発することがないように、寡黙だった。
表情を変えることも、少なかった。
結果として、容姿端麗のその少女、御月七色は、他人を寄せ付けない雰囲気を、自然とその身にまとっていた。
だから、とまどった。
その七色が、朝川彼方に声をかけた時、彼は当然のようにとまどったのだった。
彼方は、葉坂学園に在籍する普通の一生徒らしく、いわゆる有名人である御月七色のことを知っていた。
(けれども)
彼方は、逡巡していた。
(御月さんが僕のことを知っているなんて、少し意外だな)
と、彼方は、思った。
単純に、不思議だった。
確かに、学年こそは同じである。
だが、クラスは違う。
それに、教室も離れている。
第一、言葉も交わしたこともない。
面識はないはずである。
そもそもの接点もないのだ。
件の七色が、彼方の前に立っていた。
廊下で、彼方は七色に呼び止められたのだ。
(……)
こうして間近で見ると、その美少女ぶりを文字通り目の当たりにすることになる。
そうして、
「朝川……彼方さん、ですよね」
と、七色は、透き通った声で言った。
これに、
「あ、うん。御月七色さん、だよね」
と、彼方は、言った。
「はい」
七色は、わずかに頷いた。
七色の透き通った瞳は、彼方を真っすぐにとらえたままだ。
それは、無機質な感じさえ受けた。
「ええと……」
彼方は、反射的に目をそらしそうになるのを抑えつつ、
「僕に、何か用?」
言いながら、彼方は、心中慌てていた。
なんともナンセンスだ。
用事があるから話しかけてきているのに、決まっているのだ。
彼方は、黒縁の眼鏡のフレームに手をあてた。
「そうだね」
彼方は、笑った。
とってつけたような即席の作り笑いである。
「……」
七色は、笑っていなかった。
ただ黙っている。
無表情というリアクションである。
「用事があるのは当たり前か」
彼方は、めげそうになる気持ちを押さえつけて、そう続けた。
「……」
七色は、笑っていなかった。
ただ黙っている。
ノーリアクションである。
「……」
「……」
なかなかの空気感である。
製造業の工場内の作業工程が決まっているベルトコンベアーのような、定型の会話の台詞しか口をついて出てこない。
少しいやだいぶ緊張しているせいかもしれなかった。
(うーむ……)
彼方は、そんなふうに自己分析していた。
「その」
と、七色は、言った。
「朝川さんの好きなものって、何でしょうか?」
「えっ?」
彼方は、何のことと、聞き返してしまうところだった。
会話の流れとして成立しているのかどうかもあやふやな突然の質問である。
脈絡がない。
いきなりの話題である。
好きなものというのは、なんだろうか。
文字通りの意味なのだろうか。
そうだとしたら、何故そんなことを聞くのだろう。
漫画やアニメよろしく、クエスチョンマークが頭の上で点滅している、そんな気分だった。
初対面の最初の会話としては、どうなのか。
唐突な気もする。
突然という気もする。
なんとも、ちぐはぐな印象である。
しかし、である。
とにかく返答すべきだ。
そう、彼方は思った。
「好きなものっていうのは……」
七色は、
「食べ物のことです」
と、端的に、言った。
(うむ……)
やはり、会話の流れとして成立しているのかどうかもあやふやな突然の質問である。
脈絡がない。
いきなりの話題である。
漫画やアニメよろしく、クエスチョンマークが頭の上で点滅している、そんな気分だった。
唐突な気もする。
突然という気もする。
なんとも、ちぐはぐな印象である。
しかし、である。
とにかく返事をすべきだ。
そう、彼方は思った。
七色は、食べ物のことだと言った。
食べ物で好きなものというのであれば、好物のことだろうか。
そう考えるのが、自然である。
彼方は、少し考えてから、
「えっと、ハンバーグ……とか、かな」
と、言った。
七色は、表情は変えずに、
「……ハンバーグ、ですか」
とだけ、言った。
静かな声の反芻だった。
彼方は、少しとまどって、
「はは。少し子供っぽいかな」
と、柔らかく笑った。
「いえ」
と、七色は、目を瞑って、答えただけだった。
「ありがとうございました」
七色は、両手を揃えてお辞儀をして礼を言った。
「いや。そんな」
「失礼します」
そう言った七色は、踵を返して、廊下の向こうに進んでいった。




