第1話 はじまりの夜空 1
同級生の御月七色は、高嶺の花と呼ばれていた。
その言葉が指し示す通りの、綺麗に整った顔立ちと光を織り込んだような肩までの艶やかな髪は、人形の端整さをも思わせた。
また、人形が言葉を発することがないように、少女は寡黙で表情を変えることも少なかった。
結果として、容姿端麗のその少女、御月七色は、他人を寄せ付けない雰囲気を自然とその身にまとっていた。
だから、その七色が、朝川彼方に声をかけた時、彼は当然のようにとまどった。
彼方は、葉坂学園に在籍する普通の一生徒らしく、いわゆる有名人である御月七色のことを知っていた。
(けれども)
彼方は、逡巡していた。
(御月さんが僕のことを知っているなんて、少し意外だな)
と、彼方は、思った。
確かに、学年こそ同じだが、クラスは違うし、教室も離れているし、第一言葉も交わしたこともないし、面識はないはずである。
「朝川……彼方さん、ですよね」
と、七色は、透き通った声で言った。
「あ、うん。御月七色さん、だよね」
と、彼方は、言った。
「はい」
七色は、わずかに頷いた。
七色の透き通った瞳は、彼方を真っすぐにとらえていて、無機質な感じさえ受けた。
「ええと。僕に、何か用?」
言いながら、彼方は、心中慌てていた。
用事があるから話しかけてきているのに、決まっているのだ。
彼方は、黒縁の眼鏡のフレームに手をあてた。
「そうだね。用事があるのは当たり前か」
「……」
製造業の工場内の作業工程が決まっているベルトコンベアーのような、定型の会話の台詞しか口をついて出てこないのは、少し緊張しているせいかもしれなかった。
「その。朝川さんの好きなものって、何でしょうか?」
と、七色は、言った。
彼方は、何のことと、聞き返してしまうところだった。
好きなものというのは、文字通りの意味なのだろうか。
そうだとしたら、何故そんなことを聞くのだろう。
初対面同士のものの最初の会話としては、唐突な気もしたし、ちぐはぐな印象を受けた。
「好きなものっていうのは……」
「食べ物のことです」
と、端的に、七色は、言った。
食べ物で好きなものというのであれば、好物のことだろうか。
彼方は、少し考えてから、
「えっと、ハンバーグ……とか、かな」
と、言った。
七色は、表情は変えずに、
「……ハンバーグ、ですか」
とだけ、言った。
静かな声の反芻に、彼方は、少しとまどって、
「はは。少し子供っぽいかな」
彼方の柔らかい笑みに対して、
「いえ」
と、七色は、目を瞑って、答えただけだった。
「ありがとうございました」
七色は、両手を揃えてお辞儀をして礼を言った。
「や。そんな」
「失礼します」
そう言った七色は、踵を返して、廊下の向こうに進んでいった。