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第2話 夕暮れの贈り物 6

 彼方と七色は、商店街の甘味処に寄った後、スーパーでの買い物を済ませた。


 買い物袋を二つ持った彼方に、七色は、


「すみません。袋、全部持っていただいて」


「これくらい、何てことないよ」


 と、彼方は、言った。


「今日は、いい買い物ができました」


「そうだね。三のつく日、とかで、安売りもしていたしね」


「はい」


「今日の夕食は、ホッケかあ」


 買い物をしたスーパーは、全国展開しているチェーン店である。


 特に鮮魚コーナーが充実していることで、有名だった。


 はい、と、頷いた七色は、


「ホッケは、カサゴ目アイナメ科ホッケ亜科に属する冷水性の魚です」


 と、言って、 


「ドコサヘキサエン酸、通称DHAと、エイコサペンタエン酸、通称EPAが、豊富です」


 と、続けた。


(あれっ)


 と、彼方は、思った。


(今日は、随分と、話してくれるんだな)


 七色には、似つかわしくない、そんな感じさえ、受けた。


 七色は、どちらかと言えば、寡黙なほうである。


 表情を変えることも、少なかった。


 そんな七色が、今日は、誤解を恐れないで言ってみれば、饒舌(じょうぜつ)なようにも感じたのだ。


「味噌汁は、なめこです」


「おお」


「サラダの材料も買いましたから、ブロッコリーとトマトのサラダを作ります」


「いいね」


「はい」


 と、七色が、言った。


「ブロッコリーは、アブラナ科アブラナ属の緑黄色野菜です」


「ビタミンやミネラルが、豊富です」


「なんかそうらしいよね」


「ビタミンは、ビタミンA・ビタミンB・ビタミンC・ビタミンEなどで、特に豊富なのが、ビタミンCです。ミネラルは、カリウム・鉄分・カルシウム・マグネシウム・亜鉛などです」


「詳しいね」


「えっへん。料理得意系女子ですから」


「メニューを聞いただけで、お腹がすいてくるよ」


「愛情をいっぱい込めて作りますから、楽しみにしていて下さいね」


 と、七色は、無機質な声で、言った。


「……ありがとう」


 彼方は、お礼を言いながら、七色の言葉に違和感を覚えた。


 言葉使いが、少し妙に思えた。


 加えて言えば、表情と台詞がほとんど繋がっていない。


 リンクしていない。


(うーむ……)


 料理を、一生懸命作ってくれていることは、わかっている。


 料理得意系女子とか愛情とかという言葉が、気になった。


 七色が、


「いつも、朝川さんのことを考えながら、作っているんだから、ね」


 と、起伏のない声で、言った。


 そう言って、七色は、ぴったりと彼方の横についた。


 身体が触れ合う程の距離である。


 実際、七色の白いワンピースの肩と脚の部分が、時々、彼方に触れたりしていた。


(……)


 彼方は、やはり違和感をぬぐいきれなかった。


 しかし、その違和感の正体がなんなのか、そこまではわからなかった。







 夕暮れ時に、なっていた。


 公園の広場にさしかかって、彼方は、


「少し休んでいこうか」


 と、七色を、誘った。


「はい」


 "爛"高瀬容之(たかせようすけ)と出会った公園とは、別の公園である。


 二人は、自販機で飲み物を買って、ベンチに腰掛けた。


「今日は、どうもありがとうございました」


 と、七色が、言った。


「僕のほうこそ、色々と買い出しを手伝ってもらっちゃって、助かったよ。ありがとう、御月さん」


「いえ」


 七色は、オレンジジュースを少し飲んでから、


「あの、先程のお店の店員さんは……?」


 と、聞いた。


「お店の店員……?」


 七色の手にある、綺麗にラッピングされた袋が、音を立てた。


「ああ。僕と同じ天文部の生徒でね。杏朱、好峰杏朱(このみねあんしゅ)。同級生だよ」


 七色は、


「好峰……杏朱……さん」


 と、呟くように言った。


「少し、冗談が行き過ぎるところもあるけれどもね。さっきみたいに……」


 と、彼方は、苦笑した。


「そう、ですか」


 七色の言葉は、歯切れが悪かった。


「杏朱が、どうかしたの?」


「いえ」


 彼方に聞かれた七色は、少し、俯いた。


「名字じゃなかったので……」


 七色は、遠慮がちに彼方を見た。


「ああ、名前のほうで、呼んでいるってこと? いつの間にか、そんな感じになっていたかな」


「……いいな……」


 彼方は、七色の小さな声を聞き取れずに、


「何か、言った?」


「……いいえ」


 不意に、彼方は、右手の薬指と小指に、わずかな暖かみを、感じた。


 驚いて見ると、七色の人差し指と中指が僅かに触れていた。


(えっ?)


 案件である。


 まったくの予測外の出来事である。 


 彼方は、少し驚いて、


(どうしたんだろう。随分と、積極的だな……いや、たまたま、手が、触れただけかもしれないし)


 と、思った。


「……すみません」


 と、七色は、指を引っ込めた。


「驚かせてしまいましたか?」


 これです、と、七色は、桜色のポーチから、小さな本を取り出した。


 彼方は、


「『超完全必勝版デート・マニュアル』……?」


 と、口にしていた。


 本の背表紙にそう書いてある。


 本のタイトルらしかった。


 七色は、こくんとして、


「これで意中の彼ともばっちりです……とのことです」


 この段階で、


(……何か良くない予感が、するな)


 と、彼方は、思った。


 今日の七色の言動には違和感を覚えていた。


 言葉使いが、少し妙に思えた。


 加えて言えば、表情と台詞がほとんど繋がっていない。


 しかし、その理由がわかってきたような気がしていた。


 おぼろげながら、いといろと繋がってきているような気がしていた。


 しかして、彼方は、


「どうしたの、それ?」


 と、聞いていた。


「母から、渡されました」


 と、七色が、言った。


 この時、


(やっぱりー)


 と、彼方は、内心ツッコんでいた。


「『日曜日に買い出し! これはもうイコールデートだよっ。 だから、行く前にこれ良く読んでおきなさい!』と、言われました」


 彼方の予感は、見事に、的中していた。


「……買い出しは、デートではないと思うけれども」


 七色は、


「デートと教えてもらいましたが、違ったのでしょうか?」


 と、真顔で、聞いた。


 そのように純粋な顔でストレートに聞かれて、


「ええと、それは……」


 と、言い淀んでいた彼方だった。


「この本に、料理イベントの項目が、載っています」


 と、七色が、言った。


「料理イベント?」


 彼方がオウム返しにそう聞くと、


「はい」


 と、七色は頷いて、本のページをぺらぺらとめくった。


「男性が、料理の話をしてきてくれた時は、料理の腕と知識が、試されているそうです」


 彼方は、まずは、


「そう」


 と、頷くしかなかった。 


「はい」


 と、七色は頷いて、本のページをめくる。


「さりげなく、料理の知識を披露できると、好感度がぐっと上がる。そう、本に、書いてあります」


 しかして、


(それで、ホッケとブロッコリーのくだりなのか)


 と、彼方は、合点が、いった。


 思い起こしてみれば、不自然なまでに、ホッケはカサゴ目アイナメ科ホッケ亜科に属する冷水性の魚だとか、ブロッコリーはアブラナ科アブラナ属の緑黄色野菜だとか、詳細な講釈があった。


 そのくだりのわけが、今わかった形だ。


 彼方は、


(佳苗さん。誤った本の渡し方をしないで下さい)


 と、この場にはいない佳苗にツッコむしかなかった。


「買い物の後、ホテルに行く予定はありませんので、大人のデートプランはないと思います」


「うん……」


 もういろいろだった。


 彼方は、ひとまず相槌を打つだけにとどめた。


「はい」


 と、七色は頷いて、本のページをめくる。


「なので、学生のデートプランに該当すると考えます」


 七色は、生真面目な調子で、ページをめくっていた。


 やがて、


「ここです」


 と、公園デートのページが、指し示された。


 デートという文字を何度も見ていると、どうにもだった。


 自然に気恥ずかしさと気後れの感情が、彼方に押し寄せてきた。


「二人でベンチに腰かけるシチュエーションの場合、男性が女性の手を握ってきてくれる、とあります」


「ええと……」


 七色は、続けて、


「もし、握ってこない場合は、その男性がシャイであったり、奥手であったりする場合があるので、女性からアプローチするのがベター、とあります」


 と、言った。


「そうしないと、男性が自分を情けなく思って自己嫌悪してしまったり恥ずかしくなってしまう可能性があるそうだからです」


「……なるほど、ね」


 またもや、彼方は、ひとまず相槌を打つだけにとどまった。


「できるだけ、この『超完全必勝版デート・マニュアル』に書かれている言葉や仕草を、引用してみました」


 と、七色が、言った。


 静かに本を閉じた七色は、


「どうでしたか?」


 彼方は、先程の愛情云々の言葉も、手が触れたのも、合点がいった。


 偶然と言うよりも流れからして必然だったようだった。


 それもそのはず、七色としては、その経緯の適格性などは度外視して、とにかく意図的にそうしようとしていたわけなのだ。


 ゆえに、自然と不自然なシチュエーションがオンパレードになるようになっていたのだ。


「よく、できていたと思う……」


 七色は、


「そうですか。良かったです」


 と、淡々と答えた。


 彼方は、ほっとしたのか、がっかりしたのか、自分の中でわからなくなってしまった。


 その時、足元に、サッカーボールが、とんとんと転がってきた。


 彼方が前方を見ると、どうやらサッカーに興じていた少年たちのものらしかった。

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