第11話 組織のあり方 4
「何でこんなことになっているんですか……っ!」
息も切れ切れにそう言ったのは、小鳩だった。
「女の子に文句を言って恥ずかしくないの? あんた」
走りながらこちらも息を切らしながら答えたのは、宵である。
「女の子なんて柄でもないでしょう? あなたは」
「そんなこと言ってるから、モテないんだと思うけど」
夜の住宅街を小鳩と宵は、駆けぬけていった。
人通りは少ないのだが皆無というわけでもなく、時折通り過ぎる人々は、走っている二人を見て怪訝そうな表情を浮かべていた。
町村という少女に指示されてビジネスホテルの一室に退避していたのだが、とつじょ窓ガラスが割れたのである。
襲撃者は、件の井原という異能の力を振るう男性だった。
井原は、部屋に入り込む前にへらへらと笑っていて、それは二人をからかっているのと同時に井原自身の余裕を表しているようだった。
(あの場で躊躇しないで逃げたのは、とうりあえず正解)
と、宵は、思った。
喧嘩には自信がある宵でも、あの井原という男性には勝てる気がまったくしなかった。
そもそもの土俵が違うのである。
あのような化物じみた力に、何の武器や対策を持たずにたちうちできるとは考えられなかった。
「何で……こんなことになっているんですか……っ!」
思考が邪魔されたことにかちんときながら、宵は、小鳩に、
「それ二度目」
と、言葉を投げかけた。
「あいつに狙われているってことだよ。いちいち聞かないでよ。頭のいいあんたならわかるでしょう」
足の遅い小鳩を手助けするようにところどころで手を引きながら、宵は、言った。
「ぼやく余裕があるんなら、もっと速く走れるでしょう? あの井原ってやつに追いつかれちゃうじゃん」
「言われなくても、わかっていますよ。」
小鳩が、むっとした調子で返した。
「それだけ軽口がたたけるなら、平気か」
宵は、呆れたように言った。
「あの人は、助けに来てくれるんですかね?」
と、小鳩が、聞いた。
「あの人って?」
「あの町村という人ですよ、あのホテルの一室を用意してくれた」
宵は、即答で、
「あんまりあてにしないほうがいいと思うけど」
「なぜですか?」
「どうにかしてくれるんなら、ここまでで向こうから何らかのアプローチがあっていいでしょ? それがないってことは、この状況自体が彼女にとっては想定外で、どうしようもないっていうことじゃないの」
「……まあ、一理ありますね」
「一理どころか二里三里あるよ」
と、宵は、言った。
二人は、急に黙って走った。
明確な目的地があるわけではないが、宵の意見で、とりあえず駅前を目指していた。
人の多い所であれば、井原も人前では襲ってきにくいだろうと考えたのである。
井原がどこから襲ってくるのかわからない以上、予断を許さない状況であることには変わりはないが、だいぶ距離は離したのではないかと、宵は、考えていた。
しかし、それは、希望的観測にすぎないとわかった。
井原が、立っていた。
駅前までの近道としてうら寂れたルートを選んだことが、裏目に出てしまったようだった。
「鬼ごっこは、お終いかな?」
と、ポケットに手を突っこんだままの井原が、笑った。
「缶蹴りだよ。缶を拾ってないのに追いかけてくるのは、ずるいと思うけど」
宵は、小鳩を庇うように自身の後ろに寄せながら、言った。
「缶蹴りだったのか、それはルール違反をしてしまって、悪いことをしたね。と言うか、そんな古くさい遊びを君が知ってるなんて、少し意外だ」
井原は、肩をすくめて言った。
「これでも、おばあちゃんっコだったからね。ドロケイとかメンコとか花札とか、色々聞かせてもらった」
と、宵が、言った。
(まずいな)
と、宵は、思った。
この前やり合った時の感じでは、井原ともう一度対峙したとしても勝てる気がしなかった。
「へえ、懐かしいワードばかり出てきたものだなあ」
「後は、ベーゴマかな。遊びかたも教わったよ」
「ベーゴマか。俺も、遊んだよ」
と、井原が、言った。
宵は、クラウチングスタートのように伏せるように屈んだかと思うと、独楽のように身体を回転させた。
「……こんなふうにねっ!」
宵は、屈んで拾いあげた小石を、回転した反動のまま、井原めがけて放った。
井原の顔面めがけて投げこまれた小石を、井原は、いとも簡単に掴んで握りつぶしていた。
「……嘘でしょ。何であの速度に反応できるの……?」
完全な不意打ちだったはずである。
「面倒をかけさせてくれるなあ」
と、井原は言ったが、その口調は、宵たちを追い立てることを楽しんでいるふうでもあった。




