第6話 偏屈なクモと告白
第6話 偏屈なクモと告白
「相沢さん、ずっと前から気になってました。俺と付き合ってください」
マメのできた右手を差しだし、日焼けした男子が白い歯をみせた。
放課後、渡り廊下に連れだされた相沢。
彼女を待っていたのは、テニス部員の男子からの愛の告白だった。
――来た来た来た! 待ちかねたよっ。
相沢の肩で小躍りしたい気分だ。
はやくイエスといってくれ、と願うのはテニス部員も同じだろう。
快い返事を待つ相手をじらすかのように、告白の返答を保留する相沢。もったいぶった手つきで、胸ポケットに指を差し入れると、黒縁の眼鏡を取りだした。
「ひとつ質問してもよろしいですか?」
相沢がゆっくりと眼鏡を装着した。
そしてフレームに細い指を当てる。
「あなたは命を懸けて、わたしを愛せますか?」
「は、はいっ」
これはもうイエスと同義と捉えていいだろう。このままふたりが交際すれば、すぐにデートになるに違いない。交際相手をみつけるという条件はクリアできそうだ。
ようやくクモから戻れる、と期待が高まる。だが――。
その算段をさえぎるようにピッと電子音が鳴る。
「申し訳ありません。あなたとは付き合えません」
相沢はそういって頭を下げたのだった。
――……はい? なんですと?
※
『耳を疑ったわっ! どーゆーことだよ。断るなんて話が違うぞっ。あれか? 結局、俺なんかのためにエネルギーのムダ遣いしたくないってことかっ。嘘ついたんだな!』
告白のあった夕方。住まいに帰ると、俺は憤然と彼女に食ってかかった。
「よしてくださいよっ! わたしは嘘はつきません」
形のよい眉は、平然として動かない。
「ただ、真実値が足りませんでした」
『真実値ィ? なんだそれ』
「この眼鏡型の計測器で算出します」
膨らんだ胸ポケットを相沢が指で叩く。
「嘘発見器に近いものです。複雑な質問には対応できません。でも、はい、いいえの二択なら高い精度で数値化できます。テニス部の人は残念ながら百点満点の四五点。愛より好奇心のほうが勝っていたのでしょう。わたしとしては最低でも九〇点はほしいですね」
「きゅっ、九〇点? ハードル高くないかっ」
「当然でしょう? そのために何千光年も旅してきたのですから」
超重量級のプレッシャーが身体にのしかかる。
クリア条件を甘くみていた。探しきれるだろうか、そんな相手。
下手すると二年以上かかるんじゃないか?
そんな俺の気持ちを知るはずもなく、相沢が明るい声で話しかけてくる。
「でも、南雲くんのコーチングは完璧でした。すごいんですね」
尊敬のまなざしに心が乱れる。
『そ、そうか? よくあるだろ。ヒロインが眼鏡をはずしたら美少女だったみたいな展開』
「ええっ。存じませんでした! 不勉強でした。どこの国の話ですか?」
『いや、実話じゃなくて。マンガ』
そのとたん、相沢が砂を噛んだような表情になる。
「あー、創造物ですか。ということは嘘で塗りかためた世界ですね」
「塗りかためたって、おまえ……」
悪意てんこ盛りの表現に失笑する。クラスの人気者になっても、やっぱり相沢は相沢だった。その事実が妙にうれしかった。
だがそのとき、ちいさなつぶやきを、俺の集音機が拾った。
「そのヒロインとわたし、どっちがきれいですか?」
どきりとして相沢をみる。
だが、彼女はこっちに顔を向けようとはしなかった。
朱に染まった横顔……それは俺の心にさざ波を立てた。
この日――テニス部員を皮切りに、彼女のもとに、連日のごとく交際希望者が押し寄せるようになった。しかし真実値が九〇点を超える男は一向に現れない。
残念ながら、恋の作戦は停滞ぎみ。
しかし俺はそのことを純粋に悔しがることができなくなっていた。
はやく人間の姿に戻りたい。そうジリジリする気持ちはある。
だが、それ以上に俺は安堵していた。
まだ彼女といっしょに過ごせると。
そんな気持ちに戸惑いを覚えていた頃……ある事件が勃発した。
――挿絵:4コママンガ
イラスト:けすこ




