第4話 恋愛アドバイザー
第4話 恋愛アドバイザー
ぼかんと脳天にかかと落としを食らった気がした。
――今なんと?
二年間。
三百六十五日が二回分。
人間の子なら自我が芽生える頃だし、イヌなら立派な成犬になる。高校一年生なら卒業になる。
『おいおいっ、待てよ。どうしてそんなに時間がっ』
「一日に使えるエネルギーのうち、六割を宇宙船のカモフラージュに。そして三割ほどを、S型探査機に消費しています」
『三割も……このボディはそんなに燃費がかかるのか?』
「南雲くんのボディだけではありません。S型探査機は、合計すると数百体以上います。日中は書籍からのデータ収集。晩は、石橋の裏で待機させています」
――石橋の裏?
『ああ――っ! あのクモの大群はおまえの探査機かっ』
そのせいでえらい目に遭った。あの光景に驚いて、足を滑らせたのだから。
『それなら、半分は相沢の責任じゃないかよっ。なにか手はっ? なんでもいい。クモのまま高校生活を終えたくないんだよ!』
相沢が、こめかみをぐりぐりと揉む。
「あるといえばあります。S型探査機のなかで、いちばんエネルギーを割いているのはデータ収集機能。それを二年ほどあきらめるなら、あるいは……」
『すぐに人間の身体に? それだっ、そうしてくれよっ』
それはたとえるなら、地獄の底に垂らされた一本の糸。
だが無情にも断ち切られる。
「残念ですが、パートナー探しのためにも現地調査は欠かせません。そのためには毎日S型探査機を動かし、書物からデータを収集しなくては」
『な、なっ?』
「お気の毒ですが、わたしもパートナー探しに命を懸けているのです」
哀しげに首を振る異星人。
(いかん。こいつマジだ)
地球人の男性と結ばれる。その目的の完遂のためなら、俺の二年間など、平気でゴミ箱に放り込むだろう。
泣き落としは通用しない。交渉するアイデアをひねりださなくては。
(知恵をしぼれっ、南雲玲人。ここが剣が峰だ!)
高校受験に失敗したとはいえ、もとは模試で県内上位の成績だったのだ。
一見難しい問題こそ、視点を変えてシンプルに読み解く。
結局のところ、相沢のベストパートナーがみつかればいいのだ。
「南雲くんさえよければ、二年間、いっしょに通学しませんか? 南雲くんの声はほかの人には聞こえないのでバレないと思います」
そして、恥ずかしそうに言葉をつけ足した。
「その代わり、わたしに一般常識を教えてください。書籍で得た知識しかないのでいろいろと抜けているのです」
二年もクモの姿でレクチャーを? そんなのまっぴらごめんだ。
と思ったところで、頭のなかでスパークがはじける。
『それだっ!』
八つ脚でぴょんと跳び上がった。
「な、なんですか? 急に」
『その教えるってやつ。俺が相沢に、恋愛指南すればいいんだ!』
「えええっ!」
『簡単なことだったんだ。イメージしてみてくれ。相沢は、すべての男子高校生のヒロインになる。交際相手はよりどりみどり。どうだ? そうなればデータ収集は必要なくなるだろ』
相沢がぽかんと口を開けた。
「それはそうですが……。南雲くんが恋愛指南を?」
『ちょっと待て。なんだよ、その露骨に嫌そうな顔はっ』
「すっ、すみません! でも南雲くん、モテているとは思えませんでしたが。いや、むしろクラスでも孤立しているというか……」
『くっ。当たっている。でも、おまえがいうなっ!』
「それに、恋愛指南を受けるにしても、同性のモテる人に頼んだほうがいいかと」
『違うんだって。あいつらは元からモテるんだよっ。それに、理想の女性像は、男女で違う。女子から人気あるのにモテてないヤツっているだろ。だから、男目線の指摘が必要なんだよっ。嘘じゃない。俺の目をみてくれ……って今はカメラレンズか。とにかく俺を信じてくれっ』
口説き落とすくらいの気合いで、真剣に説得する。
ときおり、ひとりぼっちで弁当を食べる相沢を観察していた。
頬づえをつき、飛行機雲をながめる彼女の横顔。
独特すぎる言動、髪型、眼鏡。それらのせいで誤解されているが、もともと容姿のポテンシャルは高いと感じていたのだ。
恋愛感情とは違う……と思うけれど、なにかと気になる女の子だった。
『このとおりだ。チャンスをくれ』
金属製の前脚を折って頭を下げる。
たしかに垢抜けない高校生活。
それでも、とてもじゃないが二年なんて待っていられない。
相沢がふーっと息を吐いた。肺の空気をだしきるような長い息。
ブーンとうなる機械音がやけにおおきく響いた。
彼女の心の天秤が揺れている。
どっちに傾くかを俺はじっと見守った。
相沢が前髪をかき上げた。
「わかりました。それでは、南雲くんを審査します。はい、いいえで答えてください」
黒い眼鏡フレームに白い手が触れる。
「質問、あなたは相沢海羽をモテるようにできると確信していますか?」
レンズの奥から、真剣な目がのぞいている。
どこか遠くの星をみていたあの瞳。それをみていると自然と言葉がでてきた。
『はい!』
自信を持って答える。
ピッ。
返事すると、眼鏡フレームから電子音が聞こえた。
なにかしたのだろうか?
しばらく考え込んでいる様子だった相沢が口を開いた。
「ひとつ約束を……。わたしは嘘が嫌いです。だから、絶対という言葉は使わないでください。未来は誰にもわかりません。だから、絶対が頭についたセリフは嘘になります」
まわりくどくて、わかりにくい。
『えーと、それはつまり……』
超ミニサイズの俺に向かって、相沢は深々と頭を下げた。
「南雲くんの恋愛指南を受け入れます。よろしくお願いします」
『いよっしゃ――!』
俺はその場で飛び跳ねた。
どうやら二年のスパイダーライフは免れたらしい。
とはいえ、まだ元の身体に戻れたわけじゃない。ようやくスタートラインに立てただけなのだ。
「で、来週から具体的にどうするつもりなんですか?」
『違うっ。明日からの土日で変身してもらう』
「あ、明日からっ?」
相沢がたじろぐ。
『まずはその眼鏡をはずしてもらおうか』
「こ、困ります。実はこれは精密機械で、とても繊細な……」
『やかましいっ! そんな眼鏡をかけてモテると思うなっ。俺は一刻もはやく人間に戻りたいんだよっ」
そういって八本脚をワキワキと動かした。
さいわいなことに今日は金曜日。明日から土日だ。美容院にも予約させて……とここではたと気づく。
『そういえば生活費はどうしているんだ? 親も宇宙人なんだろ?』
彼女がさっと目をそらした。
その表情がこわばっている。
触れてはマズいことだったかな。そう思って俺はドキドキした。
「……両親が生活に必要なものを調えてくれていました。地球への移住計画はずいぶん前から進めていたので。住まいも銀行口座も戸籍もすでに用意されていました」
彼女は全身でそれ以上の質問を拒否していた。
『そうかっ。じゃあお金の心配はないな。ほらほらっ。眼鏡をはずしたら次は髪型っ! 時間はないんだ。さっさと店の予約をするっ!』
俺は威勢よく声をだした。
よけいな気配りをしている暇などない。
至上命令は、相沢をモテ女に変身させること。
それを達成できるかどうかに、俺の二年間がかかっているのだから。
そして土日が過ぎ、決戦の日の太陽が昇った。




