表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘つきヒーローと恋の値  作者: 守賀透
4/13

第4話 恋愛アドバイザー

第4話 恋愛アドバイザー


 ぼかんと脳天にかかと落としを食らった気がした。


 ――今なんと?


 二年間。

 三百六十五日が二回分。


 人間の子なら自我が芽生える頃だし、イヌなら立派な成犬になる。高校一年生なら卒業になる。


『おいおいっ、待てよ。どうしてそんなに時間がっ』

「一日に使えるエネルギーのうち、六割を宇宙船のカモフラージュに。そして三割ほどを、S型探査機に消費しています」

『三割も……このボディはそんなに燃費がかかるのか?』

「南雲くんのボディだけではありません。S型探査機は、合計すると数百体以上います。日中は書籍からのデータ収集。晩は、石橋の裏で待機させています」


 ――石橋の裏?


『ああ――っ! あのクモの大群はおまえの探査機かっ』


 そのせいでえらい目に遭った。あの光景に驚いて、足を滑らせたのだから。


『それなら、半分は相沢の責任じゃないかよっ。なにか手はっ? なんでもいい。クモのまま高校生活を終えたくないんだよ!』


 相沢が、こめかみをぐりぐりと揉む。


「あるといえばあります。S型探査機のなかで、いちばんエネルギーを割いているのはデータ収集機能。それを二年ほどあきらめるなら、あるいは……」

『すぐに人間の身体に? それだっ、そうしてくれよっ』


 それはたとえるなら、地獄の底に垂らされた一本の糸。

 だが無情にも断ち切られる。


「残念ですが、パートナー探しのためにも現地調査は欠かせません。そのためには毎日S型探査機を動かし、書物からデータを収集しなくては」

『な、なっ?』

「お気の毒ですが、わたしもパートナー探しに命を懸けているのです」


 哀しげに首を振る異星人。


(いかん。こいつマジだ)


 地球人の男性と結ばれる。その目的の完遂のためなら、俺の二年間など、平気でゴミ箱に放り込むだろう。

 泣き落としは通用しない。交渉するアイデアをひねりださなくては。


(知恵をしぼれっ、南雲玲人。ここが剣が峰だ!)


 高校受験に失敗したとはいえ、もとは模試で県内上位の成績だったのだ。

 一見難しい問題こそ、視点を変えてシンプルに読み解く。

 結局のところ、相沢のベストパートナーがみつかればいいのだ。


「南雲くんさえよければ、二年間、いっしょに通学しませんか? 南雲くんの声はほかの人には聞こえないのでバレないと思います」


 そして、恥ずかしそうに言葉をつけ足した。


「その代わり、わたしに一般常識を教えてください。書籍で得た知識しかないのでいろいろと抜けているのです」


 二年もクモの姿でレクチャーを? そんなのまっぴらごめんだ。

 と思ったところで、頭のなかでスパークがはじける。


『それだっ!』


 八つ脚でぴょんと跳び上がった。


「な、なんですか? 急に」

『その教えるってやつ。俺が相沢に、恋愛指南すればいいんだ!』

「えええっ!」

『簡単なことだったんだ。イメージしてみてくれ。相沢は、すべての男子高校生のヒロインになる。交際相手はよりどりみどり。どうだ? そうなればデータ収集は必要なくなるだろ』


 相沢がぽかんと口を開けた。


「それはそうですが……。南雲くんが恋愛指南を?」

『ちょっと待て。なんだよ、その露骨に嫌そうな顔はっ』

「すっ、すみません! でも南雲くん、モテているとは思えませんでしたが。いや、むしろクラスでも孤立しているというか……」

『くっ。当たっている。でも、おまえがいうなっ!』

「それに、恋愛指南を受けるにしても、同性のモテる人に頼んだほうがいいかと」

『違うんだって。あいつらは元からモテるんだよっ。それに、理想の女性像は、男女で違う。女子から人気あるのにモテてないヤツっているだろ。だから、男目線の指摘が必要なんだよっ。嘘じゃない。俺の目をみてくれ……って今はカメラレンズか。とにかく俺を信じてくれっ』


 口説き落とすくらいの気合いで、真剣に説得する。


 ときおり、ひとりぼっちで弁当を食べる相沢を観察していた。

 頬づえをつき、飛行機雲をながめる彼女の横顔。

 独特すぎる言動、髪型、眼鏡。それらのせいで誤解されているが、もともと容姿のポテンシャルは高いと感じていたのだ。

 恋愛感情とは違う……と思うけれど、なにかと気になる女の子だった。


『このとおりだ。チャンスをくれ』


 金属製の前脚を折って頭を下げる。

 たしかに垢抜けない高校生活。

 それでも、とてもじゃないが二年なんて待っていられない。

 相沢がふーっと息を吐いた。肺の空気をだしきるような長い息。


 ブーンとうなる機械音がやけにおおきく響いた。

 彼女の心の天秤が揺れている。

 どっちに傾くかを俺はじっと見守った。


 相沢が前髪をかき上げた。


「わかりました。それでは、南雲くんを審査します。はい、いいえで答えてください」


 黒い眼鏡フレームに白い手が触れる。


「質問、あなたは相沢海羽をモテるようにできると確信していますか?」


 レンズの奥から、真剣な目がのぞいている。

 どこか遠くの星をみていたあの瞳。それをみていると自然と言葉がでてきた。


『はい!』


 自信を持って答える。


 ピッ。

 返事すると、眼鏡フレームから電子音が聞こえた。


 なにかしたのだろうか?


 しばらく考え込んでいる様子だった相沢が口を開いた。


「ひとつ約束を……。わたしは嘘が嫌いです。だから、絶対という言葉は使わないでください。未来は誰にもわかりません。だから、絶対が頭についたセリフは嘘になります」


 まわりくどくて、わかりにくい。


『えーと、それはつまり……』


 超ミニサイズの俺に向かって、相沢は深々と頭を下げた。


「南雲くんの恋愛指南を受け入れます。よろしくお願いします」

『いよっしゃ――!』


 俺はその場で飛び跳ねた。

 どうやら二年のスパイダーライフは免れたらしい。

 とはいえ、まだ元の身体に戻れたわけじゃない。ようやくスタートラインに立てただけなのだ。


「で、来週から具体的にどうするつもりなんですか?」

『違うっ。明日からの土日で変身してもらう』

「あ、明日からっ?」


 相沢がたじろぐ。


『まずはその眼鏡をはずしてもらおうか』

「こ、困ります。実はこれは精密機械で、とても繊細な……」

『やかましいっ! そんな眼鏡をかけてモテると思うなっ。俺は一刻もはやく人間に戻りたいんだよっ」


 そういって八本脚をワキワキと動かした。

 さいわいなことに今日は金曜日。明日から土日だ。美容院にも予約させて……とここではたと気づく。


『そういえば生活費はどうしているんだ? 親も宇宙人なんだろ?』


 彼女がさっと目をそらした。


 その表情がこわばっている。

 触れてはマズいことだったかな。そう思って俺はドキドキした。


「……両親が生活に必要なものを調えてくれていました。地球への移住計画はずいぶん前から進めていたので。住まいも銀行口座も戸籍もすでに用意されていました」


 彼女は全身でそれ以上の質問を拒否していた。


『そうかっ。じゃあお金の心配はないな。ほらほらっ。眼鏡をはずしたら次は髪型っ! 時間はないんだ。さっさと店の予約をするっ!』


 俺は威勢よく声をだした。

 よけいな気配りをしている暇などない。

 至上命令は、相沢をモテ女に変身させること。

 それを達成できるかどうかに、俺の二年間がかかっているのだから。



 そして土日が過ぎ、決戦の日の太陽が昇った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ