第2話 新しい姿
第2話 新しい姿
そうとしか表現できない。いったい何百メートルあるんだよ。
「順を追って説明しますから、まずは落ち着いて。南雲玲人くん」
心臓が止まるかと思った。
『ど、どうして俺の名前を知っているっ!』
ほとんど虚勢だけで声を張る。
(あれ?)
そこで自分の声に違和感を覚えた。直接声が頭に響くような……例えるなら、耳をふさいで声をだしているような感じだ。
「名前を知っているのはクラスメイトだからです。わかりませんか? 相沢美羽です」
『あ、相沢だって?』
まじまじと巨人女を観察してみた。
不健康なくらい色白の肌。吊されたワカメみたいにベッタリした髪。そして、いまどきそんなの売っているのか、と訊きたくなるくらい分厚い眼鏡。
おお、間違いない。
高校一の変わり者と評判の相沢である。
相沢といえば、一学期の自己紹介のときに、黒い伝説を残した女子だ。
あれは思い返しても衝撃的だった。
黒板の前で、出席簿を開いた若い担任が、「各自のルーツを簡単に紹介し合いましょう」なんて提案してはじまった自己紹介。
生徒たちは照れくさがったが、心理的な壁を崩す効果もあり、担任の狙いは成功していたんじゃないかと思う。
……彼女が口を開くまでは。
「わたしは相沢美羽。異星人です。何千光年も彼方から旅してきました」
黒眼鏡のフレームに手を触れながら、相沢はこうのたまったのである。
教室にしらけた雰囲気が漂い、馬鹿にするような笑い声が洩れた。
冗談にしても、ちっとも面白くない。最悪の自己紹介である。
とはいえ、すぐに頭を下げれば、単なる悪ふざけとして済んだかもしれない。
しかし、担任から「まじめに自己紹介しなさい」と諭されても、相沢は「嘘ではありません」と頑固に主張し続けたのだ。
おかげで、担任が泣きだす騒ぎにまで発展した。
インパクト抜群……むろん悪い意味で。
気持ち悪いヤツという烙印がポーンと押されたのだろう。現在、相沢はどの女子グループにも属していない。
俺と同じくボッチである。
(その変わり者が、今なぜ目の前に……)
ここはどこなのか、という根本の疑問はいまだ解消されない。
でもとりあえず、いちばん気になることから訊くことにする。
『どうして相沢は、そんなに巨大になっちまったんだ?』
うーん、とうなる声が上空から響く。
「逆です。わたしが巨人になったのではありません。南雲くんが縮んだのです」
『へ?』
彼女のいうことがよくわからない。
「河川敷に倒れていた南雲くんは、脳のダメージが甚大で、意識データがロストする寸前でした。救急車で病院に運び込んだところで意識は戻らなかったでしょう。ですから、とっさの判断で、メモリーチップにバックアップを取りました。そして別のボディに移したのです。その結果――」
『ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!』
難解なカタカナ用語の羅列にパニックだ。
話の内容は、半分以上わからない。だが、我が身によからぬことが起きたことは理解できる。
『もっと、わかりやすく教えてくれ。お、俺はどうなったんだ?』
「百聞は一見にしかず。つまり、こういうことです」
相沢がきびすを返した。ぶわっとスカートが揺れて風が吹く。
そして、部屋の奥から戻ってきた相沢が、なにか板状のものを俺の目の前に置いた。
その前には――。
『うわあああぁ! クモの化け物っ』
等身大のおおきさの八本足がいた。
どんな昆虫でもそうだが、頭部のドアップはきつい。
幼稚園の頃、アリの顔の正面図でうなされたこともあるのだ。
思わず後ずさる。
すると、奇妙なことが起きた。
てっきり襲ってくるだろうと思っていた相手も、同じ動作で離れたのである。
しばらく動きを止めて観察した。相手も微動だにしない。
猛烈にいやな予感がしてきた。
『ま、まさか?』
手を挙げようと意識してみた。
すると面と向かった八足のうち一本が、左右対称に同じ動きをするではないか。
目の前に置かれたのは鏡。つまりこの化け物は……。
意志とは関係なく声がこぼれる。
『あっ……ああああ』
「それが今の南雲くんの姿です」
『いやぁぁ――――――!』
――挿絵:百聞は一見にしかず
イラスト:けすこ




