最終話 宇宙から来たクモ
第13話 宇宙から来たクモ
「がああっ」
上体を曲げると、身体がくの字になる。
「いやああああ!」
相沢が絶叫した。
ナイフがすっぽ抜けたのだ。
限界まで目を見開いた蜂矢が、じりじりと後じさる。
「ひっ、ひっ! お、俺っ、知らねえ。おまえらっ。自業自得だっ」
そんな捨て台詞を残して、一目散に逃げていった。
ちいさくなる背中が闇に溶けきる。それを見届けて、太い息を吐いた。
(逃げてくれたか……よかった)
ほっとしたら力が抜けた。緊張から解放されたせいだろうか。立っていられない。
ぺたんと地面に座る。地面に接した臀部から、河川敷の冷たい空気が這い上がる。
「南雲くん! ああ、どうしようっ。どうしよう! またチップに記憶を移して……いや、でも肉体が死滅してしまったら意味がないしっ。きゅ、救急車呼ばないと!」
白い手が、俺の指先をこすって必死に温めようとする。
「南雲くん、死なないで。すぐに助けを呼んできますから」
「俺は平気だから。落ち着けよ」
そういって、つややかな黒髪をなでた。
彼女を守れてよかった。
「平気なわけありませんっ。お腹を刺されたんですよっ。嘘はやめてください」
嘘……か。
ずっとヒーロー気分に浸っていたかった。でも違う。俺はヒーローじゃない。
勇気だけを味方に、一パーセントの勝率に賭けたわけではない。
敵は去った。ならば、これ以上彼女をだますわけにはいかない。
「わかった。嘘はやめる」
そういって、むっくりと起き上がった。
「あ――っ、ダメッ。ダメです! 寝てないと。すぐに119番してきます」
今にも救急車を呼びにいきそうな彼女の手をつかんだ。
「待って」
俺はもう片方の手で服のボタンをはずした。そしてふところに手を入れる。
「ありがとう。こいつが命を守ってくれた。相沢のくれた、こいつが」
服のなかから、取りだしたのはマンガ雑誌。中央にぶっすりとバタフライナイフが刺さっている。あのメッセージが残されていた雑誌である。
貫通はしていない。防刃チョッキ代わりだ。
防具になればいいなと思って、ふところに忍ばせていた。
まさかナイフが飛んでくるとは思わなかったが。
「ごめんな。刺されたフリをした」
刃傷沙汰になれば、蜂矢は逃げると踏んだ。
その読みはばっちりだった。
「ぜんぶ……嘘だったんですか?」
相沢の顔が怒ったように赤くなる。
いいわけはできない。彼女を守るためとはいえ、彼女が嫌いな嘘をついたんだから。
それも、死にまつわる嘘を。
「申し訳ないっ。ぶん殴ってくれていい! グーでもパーでもどんと来いっ」
歯を食いしばり、目を閉じて、打撃に備えた。
……が、いつまで経ってもビンタが飛んでこない。
どうなっているんだろう。薄く目を開けて様子を確認してみた。
そのとき、相沢の顔が、ぐにゃりとゆがんだ。
おおきく見開いた瞳が潤み、ぽろりと雫がこぼれる。
それが皮切りだった。
「うえっ、うええええん」
赤子のように相沢が泣きだした。
「えええっ! 泣くの、そこでっ?」
つい先ほどまで気丈に振る舞っていたのに。これは不測の事態である。
相沢は手で顔を覆って、泣き続けている。
「泣くなって! ほらっ、みろよ。ぜんぜん無傷だって。腹筋だってできちゃうし」
冗談めかしてアピールしてみるが、彼女の涙は止まらない。
(ダメだっ。どうしていいかさっぱりわからーん!)
マンガではたいていこのあとはカットされている。
書いておけよっ。
参考書もマンガも、大事なことはなにひとつ書かれていない。
(うー、よしっ)
蜂矢に押し倒されたから、男性に触られたくないかもしれない。
でも、覚悟を決めて手を伸ばした。
肩に手を触れた瞬間、彼女はびくりと身体を震わせた。
「大丈夫。大丈夫だから」
両手をまわし、赤子をあやすように背中を叩く。
しゃくりあげていた相沢が、だんだんと静かになってきた。
「嘘は……嫌いです」
薄暗い河川敷に、ぽつりと声が響く。
「知ってる」
「本当に嫌いなんですっ」
「知ってる! でもなっ……」
どうしようもないほど繊細で。まっすぐで、一生懸命で、自分に容赦なくて。
そんな彼女だからこそ。
「嫌われても、守りたかったんだ」
それはきっと、彼女の両親も――。
「これから、どんなことがあってもひとりにしない。俺が絶対に守るから」
ちいさな肩をぎゅっと抱きしめた。
すると、怒ったような調子で相沢がつぶやいた。
「また嘘ついた。絶対なんて……ありえません」
「あっ、そうだった。ごめん!」
最後まで締まらない。
絶対という言葉は彼女にとってトラウマだと知っていたのに。
がっくりと肩を落として、身体を遠ざけようとする。
と、白い腕にぎゅっと拘束された。
「お、おい?」
俺の胸に顔を埋めたまま、相沢がいう。
「でも……。わたし、嘘をつくあなたを信じてみたい」
月影が彼女の髪を金に濡らしていた。
あの光よりずっと遠くから来た相沢。
俺は、宇宙から来たクモをそっと抱きしめ返した。
――了――
――挿絵:嘘つきヒーロー
イラスト:けすこ
~あとがき~
おつかれさまでした。
これにて、南雲玲人と相沢美羽のお話は完結になります。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
厚くお礼を申し上げます。
あらすじに書いてあるように、この作品は、ジャンプ小説新人賞のテーマ部門に応募したものです。
毎回テーマが変わるので、応募者はそれに応じて作品を書きます。
15'の冬は『嘘』がテーマだったので、それに沿っていくつか案をだし、いちばんピンときたアイデアで執筆しました。
残念ながら最終選考で落選してしまったので、PCの片隅でひっそりと眠っていた作品です。
ですが、ほかの人にも読んでいただけたらなと思って、こうして発表させていただきました。
いろいろと加筆・修正したい欲にかられましたが、公募したときのままのカタチで残すことにも意義があるのではないかと考え直し、そうさせていただいております。
横書きでの読みやすさを考えて改行を増やしましたが、それ以外は変えておりません。
加筆・修正しなかった代わりといってはなんですが、表紙と挿絵をつけさせていただきました。
けすこさまの素敵なイラストで、物語の世界がぐっと広がったような気がします。
ほんの少しでも楽しんでいただけたのであれば、これに勝る喜びはございません。
最後に改めて、ありがとうございました。




