第10話 断たれたクモの糸
第10話 断たれたクモの糸
『絶対なにかの間違いだって! もう一度、計ってみろよ』
透明のケース内で俺は吠えた。
『しかもひと気のない河川敷で夜間デートなんて、危機感なさすぎだっ』
「静かにしてくださいっ。気が散ります」
部屋の壁に埋まったブルーのタッチパネルをにらみつつ、相沢が怒鳴り返してくる。
「操作の邪魔です。今は、南雲くんの意識を元の肉体に戻すために準備している最中なんですよ」
機械のファイルを手に、数値をテキパキ打ち込んでいく相沢はポーカーフェイス。でもひとつ屋根の下で暮らすうちに、俺は多少の感情を読めるようになってきた。
今、相沢は動揺している。
それもかなり。
『いいのかよ、蜂矢なんかが相手で。評判最悪だぞ』
「……たしかに意外なお相手でした。少なからずショックもあります」
相沢がちいさくため息をついた。
「でも、真実値はこれ以上ないといっていいでしょう」
そうなのだ。だけど納得しがたい。
直感なのか嫉妬なのかわからないけれど。
『そうだ、計測器の不備は考えられないか? それで異常な数値がでたとか』
「ありえません。精密機械なので、日々の手入れとチェックは怠っていません」
誰よりも嘘を憎む相沢。その彼女がいうのだから、間違いないのかもしれない。
――だけどっ。
『すべて数値任せでいいのかよ!』
彼女の価値観にケンカを売る暴言。でも、いわずにはいられなかった。
ピタリと相沢の動きが止まる。
「……じゃあなにを信じろっていうんですか」
凍てつく声が身を刺した。
「父や母は絶対にあとから来るっていいました。でも嘘でした。なにを信じればいいんですか? なにが正しいんですか? なにをよりどころにして行動すればいいんですか?」
ちいさな手が震えている。
「こんな星にひとりでどうしろっていうんですか? わたしになにを期待しているんですか? もう嘘をつかれるのは嫌なんです」
早口でまくし立てられる。
『それで選ぶのが蜂矢か? 落ち着いてよく考えろよ』
「うぬぼれないでください」
ドアを閉じるようにぴしゃりという。
「あなたはただのアドバイザー。決断するのはわたしです」
『それで今は、お役御免の他人ってわけか』
「……最初から他人です」
冷えた刃物で、会話の糸が断たれた。
ああ終わりなんだな、と思う。
きっと相沢は気づいている。数値に依存する危うさに。
それを理解してもなお彼女は突き進むだろう。
そうせざるをえない。自分の心を守るために……。
「さあっ、支度が調いました。南雲くんの意識を病院の身体に戻します」
相沢が宣言した。せめて助言を残さなくては、と焦燥感に駆られる。
『頼む、相沢っ。絶対にもう一度計測を――』
だが、俺の言葉をさえぎるように、白い指にスイッチが押し込まれる。
ガタンッ。
とたんに足場が崩れたような感覚を味わった。
暗い闇に意識が落ちていく。
叫ぼうとしたがなにも発せられない。まるで黒い海に呑まれるようだった。
――挿絵:落ちる




