幽霊退治?
これで2度目だが、首を吊っている女性を発見した。
時刻は午前1時、翌日のバイトは休みだったので読みたいと思っていたライトノベルを読み進めていた、いい加減寝ようと本から目を上げるとそれが視界に入ってきた。
前回と同じ様に首から伸びた紐が天井に繋がっており、体は宙ぶらりんになっている。整った顔で恨めしそうにこちらを睨んでいる。
反射的に立ち上がり後ずさりする。しかし悲しいかな、ボロアパートの一部屋は狭い。とても安心できる距離は取れなかった。
今回で2度目であったが、恐怖が薄れるという事は無かった。説明できないなにかが目の前にいるという事実がたまらなく恐ろしかった。このような超常的な恐怖は慣れるということが無いのだろうなとも頭の片隅で考えた。
恐慌状態一歩手前だったが、それでもやらなければいけない事は分かっていた。頬を力いっぱいつねる。痛かった。
「良し、夢じゃない…」
小さく呟く。もはや何が良しなのかも分かっていなかったが、謎の達成感を覚えた。次は目の前のこいつを今度こそどうにかしなければいけない。部屋の中心にぶら下がっている幽霊を迂回しながらキッチンに向かう。
パックに詰まった塩を手に部屋に戻る。相も変わらず幽霊は恨めしそうだ。その冷たい眼力に怯むが、ぐっと腹に力を込め塩袋に手を突っ込み一握りの塩を振りかける。
「痛い、止めてよ」
「は!?」
喋った。宙ぶらりんになった状態のままで喋った。ただ塩から身を守るように手で顔を覆っている。驚きだった。そりゃあ口がついているのだから喋れるのは当たり前といえば当たり前なのかもしれない。驚くべきは幽霊になって未だ痛覚があるという不条理だろうか。いや今はそんな事はどうでもいい。とりあえずパックを机の上に置く。
「えっと…喋れるの?」
「喋れるわね」
何と言っていいか分からず沈黙する。この世に生を受けて21年と数ヶ月、幽霊と何を喋るべきか学ぶ機会はなかった。ただ声を聴いた事で初遭遇した時の違和感の正体がはっきりと分かった。既視感だ。彼女とはどこかで会ったことがある気がする。場所も恐らく分かる。
「あのさ、如月高校だった?」
「ええ」
「もしかして同じ学年?」
「ええ」
「ごめん名前分かんない」
「清水冷夏よ。有澤浩二さん」
「ああ、別のクラスの…」
「覚えてないでしょうね、あなたと違って有名人ではなかったから」
高校生活の最後の年を思い出して少し胸が苦しくなる。何を隠そう高校3年の夏にとある事件を起こし退学していたのである。しかし言葉を交わす事で幾らか恐怖がほぐれた。彼女の表情も改めて見れば恨めしそうというよりはただの無表情に見える。面倒は嫌いなので本題を切り出す。
「出てってくれ」
「無理ね」
「頼むよ、おっかなくてたまらないんだ」
「その割には熟睡してたじゃない」
「くっ…」
事実なだけあって反論出来ない。そもそもなぜ同級生がこのアパートで自殺したのだろうか。なぜここ最近になって現れるようになったのか。謎が多すぎる。しかし幸運にも目の前に謎の根源がぶら下がっているのだ、聞かない手はないだろう。
「なんでこんなボロアパートで自殺したんだ」
「ここで自殺した訳じゃないわ」
「じゃあどこで?」
「家」
「じゃあなんでここに?」
「言いたくない」
「なんで自殺なんか?」
「…」
とうとう答えてくれなくなった。自分で考えろと言うことか。夜も遅く、回転力の鈍った頭で今までの事をまとめる。同じ高校で別クラス、そして首つり自殺。加えて詳しい理由は言いたくない。しばらく考えるとすぐに閃いた。むしろすぐに思いつかなかった自分が恥ずかしい。思わず口元がつり上がる。
「なぁ、お前が化けてでた理由わかったぜ」
無表情でこっちを睨んでくるが構わず続ける。
「高校時代からとある男子に片思いしていて、でも同じクラスになった事もなく、話掛ける機会も当然なく、悶々と悩んでいた高校の3年になんとその男子が退学してしまい事態に絶望したヤンデレ清水さんは…」
「死んでちょうだい」
「またまた、照れ隠しだ…」
突然目の前に生気の無い顔が迫り声が詰まる。間近でみた彼女の顔は血の気がなく、肌は透き通るように白かった。元々整った顔立ちだった事もあり、ぞっとするほど美しかった。
「何故幽霊が特定の人物の前に現れるか知ってる?」
彼女の両手がゆっくり顔に向かってくるが金縛りにあったように体が動かない。冷たい指先が頬に掠めた瞬間全身の毛が逆立った。そのまま手はゆっくりと下に降りてのどを両手で絞められる。力自体は決して強くは無かったが、気管に何かが詰まった様な感覚を覚え呼吸が出来なくなる。
「その人を恨んでいるからよ、殺したいほどにね」
言うと同時に手を放す。体の自由に効くようになったが息が苦しく床に転がりジタバタすることしかできない。最後の力を振り絞り床を叩く。
「ちょ…死ぬ死ぬ…冗談だって…」
「残念ね、あなた頑丈だから1ヶ月は持つわ」
冗談じゃないあと1分だって怪しい。薄れゆく意識の中でガチャリと開くドアが目に入った。大家さんだった。狙い通りだ。実は下の部屋には大家さんが住んでいる。さらに木造アパートなので音も響きやすい。激しい物音を立てれば大家さんが注意しにくるのではと考えたのだ。大家さんは玄関から部屋の中心に、具体的に言えば彼女が浮かんでいる辺りの空間に目を向け、「ひぃっ!」と小さな悲鳴をあげてガチャリとドアを閉めて出ていった。
意識の途切れる瞬間、短くも充実した人生が今終わろうとしている事を悟った。