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愛ゆえに

作者: 襤褸

 ある土曜日の昼のことである。私は大学の友人と二人でファミレスを訪れた。別段大事な話があるわけではなく、ましてや宗教勧誘にあおうというわけでもない。我々はオタクである。この日は私が愛して止まぬアニメ「ご注文はかめですか?」とのコラボメニューの実施が開始される日だった。それを食べに来るためにオタク仲間である彼を付き合わせたというわけだ。無論私の奢りだ。

「ご注文をお伺いします」

ウェイトレスが慌ただしそうに我々のテーブル席に参じる。私は意気揚々と注文を告げた。

「ハートいっぱいミルクのミルクココア、お姉ちゃん印のミルクジェラート」

「はい、コラボメニューのココアとジェラートですね」

なんとも恥ずかしがり屋な娘さんのようである。自らが働いている店の商品名を正しく口にすることに抵抗があるらしい。友人の方はというと、ハンバーグの和食セットとサラダという至極ふつうな注文であった。ウェイトレスが厨房へ引っ込んでいくのを見届け、さて、昨晩の「ごちかめ(『ご注文はかめですか?』の略称である)」の感想でも、と思って友人の方を向いたところで、彼が俯いて肩を小刻みに震わせていることに気が付いた。どうやら、笑うのを堪えているようであった。

「なんだ。どうした?」

彼がなぜ笑っているのか気になり、私も少し笑い混じりに訊いてみた。

「貴公、先程ウェイトレスが『ご注文は』と言った瞬間、ほんの一瞬だったが、とても気持ち悪い顔をしたな」

私はぎょっとした。

「ばかな」

「おおかた、彼女が『かめですか?』と続けるのを期待したのだろう。どうだ、当たっていたか」

「ああ。まったく、きみの観察眼には毎度のことながら恐れ入るよ」

ふう、と息をついて、私は自身の負けを認めた。


 飲食店で注文を済ませてから料理が出されるまでの時間。この世で最も無意味な時間だ。だからこそ人は、この無意味な時間を意味のあるものにしようと躍起になる。

「悪かったな。付き合わせて」

私はまず謝罪という形から、この無言空間の打破を試みた。

「よいのだ。代金は貴公がもってくれるのだろう」

「ああ」

「ちょうど贅沢な飯を食べたかったところだ。それに、『ごちかめ』は私も好きだ」

「おお、そうだったか。どのキャラクターが好きなのだ」

緊張の一瞬であった。私は「ごちかめ」のキャラクターではミルクちゃんが断トツに好きである。彼もまた、私と志を同じくするミルクちゃん愛者なのだろうか。そうであって欲しい。彼はきりっとした笑顔で答えを告げた。

「ライズちゃんだ」

「貴様!表へ出ろ!!」

私は無意識のうちに怒声を上げながら立ち上がっていた。他の客たちの視線が我々のテーブルの方へ集まる。

「おい」

「すまん。つい」

彼に促され、少し落ち着きを取り戻した私はなるべく下を向きながら、静かに席に着いた。

「ライズちゃんが、好きなのか?」

未だに大きな鼓動を続ける胸を右手で押さえながら、再度彼に問う。

「ああ。俺はライズちゃんが好きだ」

「ミルクちゃんは、どうだ?」

「まあまあだ。別に嫌いではない」

「うう、そうか」

好みは人それぞれである。こればかりは仕方ないだろう。


「お待たせいたしました。ハートいっぱいミルクココアとお姉ちゃんミルクジェラートになります」

「おお!」

少ししょんぼりとした気分になっていた私の前に、注文の品が運ばれてきた。あまりの興奮と感動に先程までの暗い気持ちは吹き飛び、ついでにウェイトレスがメニュー名を盛大に間違えていることもどうでもよくなるほどだった。ハートいっぱいミルクのミルクココア。その名の通り、ハートマークがふんだんにあしらわれたマグカップに注がれたミルクココアには、ラテアートで大きなハートが描かれている。お姉ちゃん印のミルクジェラート。かわいらしいグラスに丸くちょこんと盛られた純白のミルクジェラートに、力強い字で「姉」と書かれた、これまたハート型のラングドシャクッキーが差してある。どちらの品もミルクちゃんの魅力がたっぷり詰まっている。気が付くと私は拍手していた。

「素晴らしい・・・。ミルクちゃん素晴らしい・・・」

我々オタクは好きなキャラクターのことで感動すると、急速に語彙力が低下するのだ。

「おいしい・・・。ミルクちゃんおいしい・・・」

「やめろ。気持ち悪い」

「ああ、すまん」

またしても、彼の言葉で私は我に返った。

「お待たせいたしました。こちらフレッシュサラダとデミグラスハンバーグのご飯セットになります」

彼が注文した品も運ばれてきた。いかにもファミレスで頼むものといった感じの普通のメニューだ。と、給仕を終え厨房へ帰ろうとするウェイトレスに彼が声をかけた。

「すいません。マヨネーズもらえますか」

「なに?」

私は耳を疑った。

「少々お待ちください」

彼にマヨネーズを申し付けられたウェイトレスは厨房へと下がっていく。マヨネーズだと?何に使うつもりだ。彼とは2年ばかりの付き合いだが、サラダを食べるときはいつもその場にある適当なドレッシングをかけている。自ら選んでマヨネーズをかけることなどあり得るだろうか。ほどなくして、先程のウェイトレスがこちらへ戻ってきた。

「お待たせしました。お使いください」

友人の目の前、ハンバーグの乗っているプレートの左側に、それは置かれた。赤いキャップに白いボディ。紛うことなきマヨネーズである。

「どうも」

ウェイトレスに感謝の意を示し見送った彼は、マヨネーズを手に取り、私の方を見て言った。

「わからないのか?」

「え?」

わからないのか、ということは、彼は何か私に問題を出しているようだ。勿論わからない。これは問題だということさえわからなかったのだから当然だ。

「わからない。どうするんだ」

私は情けない気持ちになりながらも訊いた。

「メニューをよく見たまえよ」

彼はマヨネーズのキャップを開けながら答えた。彼なりにヒントをくれたようだが、やはりわからない。いくら彼の前の皿を見たところで、そこにはハンバーグとサラダがあるのみだ。

「では答えの発表だ」

マヨネーズを絞り出さんとする彼の手がサラダの上に移動する。何だ。何をするつもりだ。それはただのサラダだ。ちぎったレタスやベビーリーフの上にくし型切りになったトマトが乗っているだけの、ただの――いや待て。トマトだと?トマトと、ハンバーグ、そしてマヨネーズ。

「まさか貴様――」

「にゅるにゅるにゅるにゅる、にゅるるんるん!」

彼の歌とともに勢いよくマヨネーズが放たれ、サラダはみるみるうちに白いニュルニュルに蹂躙される。

「やはり。『モノオペ』か」

「正解だ」

彼がやりたかったものの答えは、彼が好きなアニメ「モノトーン・オペレーション」第10話の食事シーンの再現だ。主人公の五色あかざちゃんは筋金入りのマヨラーとう設定である。彼はハンバーグにもマヨネーズをかけ、箸で切って口に入れ、咀嚼し、飲み込んだ。

「おいしい」

「ふっ」

無表情でそう言う彼に、私はつい吹き出してしまった。

「なんだ。何がおかしいのだ」

「私も『モノオペ』は見ていた。今の、ハンバーグを食べて『おいしい』と感想を言うのは、10話の白馬ぜろちゃんの物真似だろう」

「そうだ」

彼の真剣な返事がますます可笑しく思えた私は、嘲笑しながら言った。

「ぜろちゃんはあのシーンではハンバーグを咀嚼しながら『おいしい』と言っている。ところが君はハンバーグを飲み込んでから『おいしい』と言った。君の物真似は完璧ではない」

「ばかな」

俺としたことが、とでも続けるつもりだったのだろうか。彼はひどく落ち込んでしまった。

「貴公、『モノオペ』で好きなキャラクターは」

彼は私を睨みつけながら問うてきた。私は素直に答えた。

「いいや。あのアニメ自体特に好きではない」

「ふざけるな!!」

彼が怒声を上げて立ち上がった。まるで彼がライズちゃんが好きだと聞いたときの私のようだった。

「俺はぜろちゃんが好きだ。ライズちゃんよりもずっと好きだ。どんな二次元のキャラクターよりもぜろちゃんが好きなのだ。それなのに俺は『モノオペ』自体が特段好きでもないという貴公に、あろうことかぜろちゃんに関する知識で劣っていた。これほどの屈辱などあるものか」

我々オタクは自分の好きなキャラクターに関する知識に何より誇りを持っているのだ。その誇りを傷つけられた時の屈辱は、何よりも大きい。

「おい。少し落ち着け」

「黙れ!この場で殺してくれる」

私は彼をなだめようと試みたが、彼はなかなか鎮まらなかった。


「はあ」

十数分ぶりに席に着いた彼の口から大きなため息が出た。ようやく彼を席に着かせた頃には、ミルクジェラートはもうすっかり溶けてしまっていた。ああ。ミルクちゃんをもっと味わいたかった。


・・・・・・。


私と彼の間には、再び無言の空間が発生していた。疲れていたのだ。このまま店を出て別れるまで会話をしたくない。二人して、何をするともなしにスマートフォンをいじり出す。おや、新着メールが一件来ている。確認してみると、ひいきにしているアニメ情報サイトの更新通知だった。最新記事の内容は――

「えっ」

「なっ」

ほぼ二人同時に声が出た。彼も同じものを見ていたのだろう。先程までの諍いも忘れて、我々は会話を再開する。

「おい。『ごちかめ』と『モノオペ』のコラボだと」

「ああ、見た。今度のは、今日のようなファミレスといった大衆向けサービスとのコラボではない。我々のような紳士層に向けたアニメとアニメ同士での催しだ」

「両作品の出演声優が勢揃いするステージイベントもある。限定描き下ろしイラストを使用した物販もだ」

「行くか」

「無論だ」

私と彼は固い握手を交わした。我々オタクは、非常に単純な生き物である。

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