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多重人格少女

 研究室で調べものをしていると、河村教授に声を掛けられた。

「早川さん、今日も熱心に勉強しているね」

「は、はい。多重人格症の症例って結構有るんですね」

「ほとんどがノイローゼやうつ病によるものだけどね。現代人はそれだけ心が病んでいるということだね」

「ええ、軽い精神疾患と思われるものばかりですね」

「そうです。解離性同一性障害ですらほとんどありません。これが現実です。ですが、たまにそれらしい症例が出ることも有りますよ。先日、知り合いの精神科医から相談を受けたのですが、患者さんが『自分の中に全く知らない人がいる』と言っているそうです。場所は長野県ですが、良かったら一緒に行きませんか? 三年の中津川さんも行くことになっていますから」

(チャンス到来かも! 小春、行こうよ)

(そうだね、何かわかるかも)

「行きます! ぜひ連れて行って下さい」

「わかりました。平日ですが、十五日から一泊になりますが、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。よろしくお願いします」


 五月十五日の朝に、河村教授と中津川波奈、そして小春の三人は研究室に集まり、長野県諏訪市にある諏訪湖総合病院へ向かった。

 新宿駅から特急で上諏訪駅まで行き、そこからタクシーに乗り、諏訪湖総合病院に到着した。諏訪湖総合病院は名前の通り、諏訪湖の湖畔に建っていた。

 河村教授が諏訪湖総合病院の総合案内で来院理由を告げた。

「精神科の星野先生に取り次いでいただけますか?」

「遠い所御足労様です。話は伺っています。星野医師は精神科病棟に居ります。すぐに呼びますので、少々お待ちください」

 受付係が電話をしている。河村教授達がベンチに腰掛けて待っていると、病院の玄関に三十歳くらいの白衣を着た美女が入って来た。

(小春、あの人が星野先生だったらいいなぁ。美人だなぁ)

(何を言っているのよ! 今日は遊びに来たんじゃないんだからね! でも、キレイな人だね)

 小春とハルが見惚れていると。その美女は河村教授の方へ真っ直ぐ向かって来て、教授の前で立ち止まった。

「河村教授、御無沙汰しています。お元気でしたか?」

「星野さん、久しぶりですね。私は元気でしたよ」

「こちらは学生さんですか?」

「助手として連れて来ました。三年の中津川さんと一年の早川さんです」

「中津川です。よろしくお願いします」

「早川です。よろしくお願いします」

「星野です。こちらこそよろしくお願いしますね。相変わらず河村教授は可愛らしい学生さんと一緒なのですね。精神科病棟は少し離れていますから、車で行きましょう」

 星野医師は河村教授一行を車に乗せ、精神科病棟へと向かった。精神科病棟は病院から車で五分ほど離れた場所に有り、こちらも諏訪湖の湖畔に建っていた。


 精神科病棟に着くと、応接室の様な部屋に通された。河村教授達一行をソファーに座らせ、星野医師はその前に座ってカルテらしきファイルを広げた。

「中津川さんは記録をお願いします。早川さんは話を聞いておいて下さい。途中で疑問など有ったら、質問してもかまいませんから」

 河村教授は中津川と小春に指示をした後、星野医師に言った。

「早速なのですが、患者さんの病状を聞かせてもらえますか?」

 星野医師はテーブルに広げたファイルを教授に見せながら説明を始めた。

「患者さんは、松永沙織里、十六歳、高校二年生です。三ヶ月前から頭の中で男性の声がするそうで、先月の十日に来院しました」

「星野先生が主治医なのですね? 最初から担当しているのでしょうか?」

「そうです。最初に外来に来たところから担当しました。今現在、カウンセリングを中心に治療を行っています」

「このカルテに依ると催眠療法を行ったようですが、何かわかりましたか?」

「催眠療法は失敗でした。ふたつの人格が干渉しているのか、うまく催眠状態に入りませんでした」

「男性の人格はどのような人格なのですか?」

「男性は、木村たかし、三十九歳、会社員をしていたそうです」

「松永さんと木村さんは面識があるのですか?」

「いいえ、全く知らないと言っています」

「ふたりとも面識が無いと言っているのですね」

「その通りです。ただ、人格が入れ代わることが無いので、木村さんの方は松永さんからの情報になります。木村たかしの人格は紗緒里ちゃんの頭の中だけにしか現れませんから」

(小春、俺たちと同じタイプみたいだな)

(そうみたいだね。でも知らない人なのに、どうして入って来ちゃったんだろう? 何か有ったのかな?)

(聞いてみたら良いんじゃないか)

(そうだよね、そうしよう)

「あの~、木村さんの人格が現れた時に何か変わったことは有りませんでしたか? 例えば……えっと……何かの事故や事件に巻き込まれたとか……」

「特別なことは無かったようね。朝の通学途中にいきなり話し掛けられたらしいわ。驚いて振り返っても誰もいなくて、戸惑っていると頭の中の男性が自分のことを話し始めたそうよ」

「男性はどんな話をしたんですか?」

「それは、沙織里さんに直接聞いた方が良いと思うわ」

「会えるんですか?」

「ええ、沙織里さんは男性に話し掛けられるせいで、かなり不安定な状態になってしまっていて、今週の月曜日から入院しています。あまり刺激しないように話を聞いてあげて下さい」

 星野医師の案内で、松永沙織里の病室に向かった。



 松永沙織里は小柄で・痩せ型・色白で、黒くつやのあるロングヘアーが印象的な少女だった。星野医師が松永沙織里に三人を紹介した。

「こちらは、港南大学の河村先生と助手の中津川さんに早川さんです。沙織里さんの話を聞かせて欲しいそうなの」

 松永沙織里は突然の来客に戸惑っていた。河村教授は優しく穏やかな声で言った。

「沙織里さん、少し話を聞かせてもらえますか? 私達は沙織里さんの力になりたいと思っています」

「はい、わかりました」

 河村教授の優しそうな言葉で、松永紗緒里は少し落ち着いた様だった。

「沙織里さんと木村さんは会話が出来るのですね」

「はい、木村さんとは私の頭の中で会話をしています」

「今も会話を出来そうですか?」

「大丈夫だと思います」

「木村さんに聞いてほしいのですが、木村さんは三十九歳の男性で間違い有りませんか?」

「はい、間違い無いと言っています」

「木村さんは会社員と言うことですが、具体的に会社名と仕事内容、有れば役職なんかも教えていただけませんか?」

 松永沙織里は困惑した表情で黙りこんでいる。河村教授はなごやかな表情で、黙りこんでいる松永沙織里を見つめている。

(沙織里さん、どうしちゃったんだろう?)

(木村さんと話をしているんだと思うけど……。木村さんとの会話に問題が発生したのかな?)

 数分間の沈黙の後、松永沙織里が口を開いた。

「木村さんが答えたく無いと言っています。私達の為に来てくれたのだからと言って説得したけれど、やはり話したく無いと言っています」

「では木村さん、御家族はいらっしゃいますか?」

 また、数分間の沈黙が有った。河村教授は優しい笑顔で松永紗緒里の言葉を待っている。

「木村さんがもう何も答えたく無いと言っています。どうしましょう……」

 申し訳なさそうに言う松永紗緒里に、河村教授は優しい口調のまま言った。

「大丈夫ですよ。では、しばらく沙織里さんとおしゃべりしましょうか。沙織里さんは高校生ですよね。学校は楽しいですか?」

「はい、仲の良い友達もいますから……、楽しいです」

「最近の十六歳と言えば、彼氏のいる人も多いですよね。沙織里さんは彼氏とか……好きな人はいますか?」

「えっと、好きな人はいますが片想いです」

「その人に告白はしてみましたか?」

「いいえ、していません」

「なぜですか? 沙織里さんは可愛いからモテそうですよね。沙織里さんから告白されたら、男子は嬉しくなっちゃいますよ」

「そんな、私なんかモテませんよ! それに、告白なんて出来ないですよ。だってその人、親友の彼氏だから……」

「そうですか? それは辛いですね。その彼は同じ高校の生徒ですか?」

「はい、同級生です」

「それは益々辛いですね。毎日学校に行くのが嫌になってしまいますよね」

「……………」

 松永沙織里は沈黙してしまったが、河村教授は話し続けた。

「それでも学校が楽しいと言える沙織里さんは素晴らしいですね」

「……………」

 相変わらず松永沙織里は沈黙していた。

「この病気を早く治して、また元気に学校へ行きたいですね。こちらの星野先生はね、人の気持ちが解る優しい人です。何でも相談に乗ってくれますよ。少しくらいわがままを言っても大丈夫ですから、たくさん話しを聞いてもらうと良いですね」

 河村教授が星野医師に目配せした。

 なぜか松永沙織里の目には涙が浮かんでいた。星野医師を涙で濡れた瞳で見つめながら言った。

「星野先生、わたし……」

 松永沙織里の言葉は涙で途切れた。星野医師は彼女の肩を優しく抱いて言った。

「大丈夫よ。大丈夫! 少し休みましょうね。河村先生達をお見送りしたらまた来るからね。少し休んで待っていてね」


 星野医師と河村教授達は松永沙織里の病室を出て、先ほどの部屋に戻った。

「河村教授はどう思われますか?」

 星野医師が河村教授の見解をたずねた。

「そうですねぇ、彼女の場合は、好きな人が親友の彼氏だということの罪悪感と、ふたりの仲の良いところを見たくない恐怖からでしょうね。不登校や引きこもりの理由として、自分の中に別の人格を形成したものでしょう。ただ、第二人格がまだ確立していないので主人格と入れ替わることが無いのでしょう。解離性同一性障害のごく初期段階だと思われますね。じっくりと話しを聞いて、彼女のことを認めてあげれば、彼女も自分に自信が持てるようになるでしょう。そうなれば、別の人格を形成する必要が無くなりますからね。しだいに消えて行くと思います。しばらく学校は休んだ方が良いでしょう」

「教授、ありがとうございます。その方向で治療をして行きたいと思います」

 星野医師に見送られて諏訪湖総合病院を後にした河村教授一行は、予約しておいたホテルにチェックインした。


 夕食を済ませて部屋に戻ると、波奈が疲れたから少し休みたいと言ってベッドに潜り込んでしまった。これで波奈の裸をハルに見せないで済むと思った小春は、のんびりと風呂に浸かっていた。

「松永沙織里は私達とは違ったね」

(そうだな、彼女は自分で自分の中に別の人格を作っていたからな。でも、なんで三十九歳のオッサンだったんだろう?)

「う~ん、なんでかなぁ。あの子の中ではオジサンは邪魔者の象徴だったんじゃないかな?あの子のお父さんもそれくらいの年齢なんじゃない?」

(そうかもな。でも親父さんが邪魔な存在になるなんて、親父さんも悲しいね。小春も親父さんのことを邪魔だと思うこと有るのか?)

「私は無いかな。パパのこと結構好きだしね。でも、同級生の中には、お父さんのこと、酷い扱いをする子もいるみたいだよ」

(そうなんだ。そんな子の親父さんは可哀想だな)

 その時、風呂場のドアが開いて波奈が入って来た。

「小春~、ハナちゃんの復活だよ!」

(キター! ハナちゃんだー。今回もこの展開を期待していたんだよね)

(ハルのドスケベ!)

「小春、今日はみどりんが居ないぶん、ハナちゃんがたっぷり可愛がってあげるね~」

(小春もモテモテで大変だなぁ。俺は楽しいから大歓迎だけどな)

(ハルのバカ! ドスケベ!)

 小春は波奈から逃れようとしたが、湯船の中で波奈に捕らえられてしまった。

「大丈夫ですから、お構い無く……あん……そんなところ触らないで下さいよう……それ、セクハラですう」


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