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卒業

 校庭の桜のつぼみがふくらみ始めていた。今日は高校の卒業式だ。小春にとって制服を着るのは今日が最後になる。


(小春、この制服を着るのも今日が最後だな)

「そうだよ。この制服、可愛いから好きだったんだ。もう着られないかと思うと寂しいよ。ハルも結構好きでしょう、この制服」

(うん、まあな。小春の制服姿が見られなくなるのはちょっと残念だな。卒業してからも、たまに着てくれよ)

「なに言っているのよ! 変態おやじみたいでキモいんですけど!」

(ひどい言われ様だな。本気で落ち込むよ……)

「どっぷりと落ち込んでいなさい。それより、今日の卒業式にはお母さんも来てくれるって。ハルも嬉しいでしょう」

(そうだな、本当は俺の卒業式を見せたかったけどな)

 ハルの母はハルを交通事故で失ってからも、小春のことを娘の様に可愛がってくれている。小春もハルの母のことをお母さんと呼んでなついている。今日の卒業式にも小春が来てほしいと頼んで来てもらう事になっていた。

「お母さん、ハルのことを思い出して悲しくなっちゃうかな? 呼ばない方が良かったかな?」

(今さら後悔しているのか? まぁ、思い出すことは確かだな。でも、小春のことを本当に可愛がっているからな、小春の卒業式に出たかったんだと思うよ)

 小春はお母さんのことを思い涙ぐんでいた。

(小春、朝から何を泣いているんだよ。さっさと行かないと遅刻するぞ!)

「あっ、ヤバッ! 急がないと!」

 あわてて階段を駆け降りて玄関に向かった。

「パパ、ママ、先に行っているからね。後から来てね。行ってきます」

 小春は両親に声を掛けて学校へ急いだ。


 教室に入ると同級生たちが楽しそうに別れを惜しんでいる。普通は別れを惜しむ時には悲しそうにするものだが、卒業式が絡むとなぜか楽しそうな雰囲気になる。ある意味不思議な空間になっていた。

 そろそろ体育館では卒業式が始まる頃だろう。今日の主役である小春たち卒業生は、在校生や父兄の見守る中、うやうやしく入場することになっている。皆、緊張した表情で体育館の入口に整列していた。

(ねえ、ハルの通っていた高校の卒業式って、明日だよね)

(そうだよ。俺は死んじゃったから関係ないけどな)

(関係無いことは無いよ! 明日、卒業式に行こうよ)

(行ってどうするんだよ。意味無いし……)

(そんなこと無いよ。卒業生が入場して来たら、その列にハルが居るところを想像するの。そうすればハルの卒業式になるよ。明日行こうよ)

(小春……、おまえ、結構面倒くさいやつだな)

「なにそれ、決めたから!」

 小春はつい声に出してしまった。いまだに興奮すると声が出てしまうのだ。

 隣に並んでいる子が小春を不思議そうに見ている。しかし小春は、すっかり『不思議ちゃん』になってしまっているので騒ぎにはならなかった。

(しまった! また声に出ちゃった。とにかく後でお母さんに相談しに行くからね!)

(ハイハイ、好きにしろよ)

 卒業生の入場が始まった。小春は入場しながら父兄席を確認していた。

(ハル、パパとママの隣にお母さんも居るよ)

(当然居るだろう、小春が呼んだんだから……)

(それはそうだけど……。お母さん、やっぱり涙ぐんで居るよ。ハンカチで目を押さえているよ。大丈夫かな?)

(気にするなよ。小春こそ泣くなよ!)


 卒業式は滞りなく終了した。特に変わったこともない普通の卒業式だったが、生徒達は皆お決まりの涙を流していた。小春も例外では無かった。

(良くわからないんだけど、女子はなんで泣くんだ?)

(そんなの、別れがつらいからに決まっているじゃない!)

(本当に別れたくないヤツが、この学校に何人いる? 本当に別れたくないヤツなら、これからも友達付き合いをすれば良いだけだろ)

(そう言う問題じゃ無いの! 女の子にとっては、友達との別れ以上に、女子高生である自分との別れがつらいの。ハルは本当に女心が解らないんだから……)

(ハイハイ、俺にはどうせ女心なんてわかりませんよ!)

(なにいじけているのよ! 面倒くさいなぁ)


 校門の所には小春の両親が待っていた。両親に近寄り小春は言った。

「ハルのお母さんは?」

「先に帰ったわよ。小春に『呼んでくれてありがとう』って伝えて欲しいって……」

「そうなんだ。私、帰りがけにハルの家に寄ってから帰るから、途中まで一緒に帰ろう」

 小春は母と腕を組んで歩き始めた。

「小春はハルくんのお母さんのことが大好きなんだから! ママ、やきもき妬いちゃいそうだよ。ご馳走作って待っているから、あんまり遅くならないようにね」



 駅で両親と別れた小春は、加藤家に向かった。ハルの母は仏壇に向かって今日のことをハルに報告していた。

「ハル、今日ね。小春ちゃんの卒業式に行って来たのよ。小春ちゃん、可愛かったよ。もうすぐ、ハルなんか相手にしてくれなくなっちゃうかもね……。小春ちゃんは良い娘だから幸せになって欲しいよね。いつまでもハルのことを引きずっていたら幸せになれないよね……」


「こんにちは、お母さん先に帰っちゃったんですね」

 玄関で小春が声を掛けた。

「あら、小春ちゃん。ご両親と一緒に家に帰らなかったの?」

「駅までは一緒でしたよ。ちょっとお母さんに相談が有ったから来ちゃいました」

「相談って何かしら?」

「明日はハルの通っていた高校の卒業式じゃないですかぁ。私、ハルの卒業式に行きたいんです。お母さん、一緒に行ってもらえませんか?」

 ハルの母は困惑していた。ハルの仏前でも言っていた様に、そろそろハルのことは忘れてもらった方が良いと思っていたからだ。

「そうね、私もハルの卒業式に行きたいと思っていたから、学校には卒業式に出席出来る様に話して有るのよ」

「私も一緒に行って大丈夫ですよね」

「大丈夫だと思うわ。但し、約束して欲しいことが有るの」

「何ですか、約束って?」

「明日の卒業式で、小春ちゃんもハルから卒業して欲しいの。いつまでもハルのことを想ってくれるのは嬉しいけど、それでは小春ちゃんが幸せをつかめないでしょう。小春ちゃんには幸せになってもらいたいのよ」

 小春の目に涙があふれて来た。

「なんでそんなこと言うんですか? わたし……私、そんなこと出来ません! だって……ハルは……ハルは私の中で生きているんです……」

 小春の頭の中でハルの声が響いた。

(小春! なにを言っているんだ! それは他人に知られてはいけないことだろ!)

(お母さんは他人なんかじゃないよ!)

(そんなことを言っているんじゃないだろ! 俺と小春以外には知られてはいけないって言っているんだ!)

(だって……)

 ハルの母は小春を抱きしめた。

「小春ちゃん、ありがとう……ごめんね」

「お母さん……」

 ハルの母と小春は抱き合ったまま泣き続けていた。


 夕陽も西の空に沈みかけ、周囲を闇が支配し始める頃、やっとハルの母が言葉を発した。

「小春ちゃん、ありがとう。私、嬉しいのよ。小春ちゃんがハルのことを想っていてくれて……。明日、一緒に行こう。きっとハルも喜んでくれると思うわ」

「はい、明日の朝にまた来ます。よろしくお願いします」


 帰宅した小春は両親に告げた。

「明日、ハルのお母さんと一緒にハルの学校の卒業式に行くからね」

 両親は顔を見合わせていた。そして、困惑と悲しみの入り交じった顔で父が言った。

「そうか。ハルくんの卒業式か……。行くのは構わないけれど……。小春には、少し考えて欲しいことが有るんだ。ハルくんのお母さんの悲しみはとても大きいだろうから、小春が支えになってあげることは良いことだと思うよ。小春の悲しみもパパは解っているつもりだ。だから、ハルくんのことを忘れろとは言わないが、将来のことを前向きに考えて欲しいと思っているんだ」

 さっき、ハルのお母さんにも言われたことだった。またしても、小春の目から涙があふれそうだった。

「わかっているよ。さっきハルのお母さんにも言われた。でも今は……」

 小春はそれだけ言って自分の部屋へ消えて行った。小春の母の目にも涙があふれていた。


 翌朝、ハルの母と一緒にハルの学校の卒業式へ行った。ハルの母と小春は先生に挨拶をして、父兄席に座り卒業式を見ていた。

 ハルの母も小春も涙が止まらなかった。卒業生の中に居るはずのないハルの姿を探していた。事情を知っている同級生の母親数人が話しかけてきた。ハルの母は泣きながら対応していた。それを見ていた小春の涙は絶え間なく流れ出していた。

 卒業式が終わる頃には涙も出尽くしていた。


 小春とハルの母は涙で失った水分を補給する為、カフェの椅子に座っていた。

「小春ちゃん、今日はありがとう。私ひとりだったら校門の所で引き返しちゃったかも……。小春ちゃんのおかげで卒業式を見ることができたわ」

「私こそ、お母さんと一緒だったからハルの卒業式に来ることが出来て嬉しいです」

(二人とも満足したのか? 俺の卒業式って言っても、あそこに俺は居なかったけどな)

(そんなこと無いよ! 先生がハルの名前を読み上げてくれたじゃない)

(そうだな。あのときは俺も泣きそうになったよ)

(お母さんも私も大泣きしちゃったよ)

「小春ちゃん、昨日の話しだけれど、無理はしなくても良いけれど、小春ちゃんの未来は小春ちゃんのものだからね。過去に縛られないで、ちゃんと前に進んでね」

 小春は泣きそうになったけれど我慢した。

「はい、昨日父からも言われました。でも、これからもずっとお母さんは私のお母さんですから……」

 ハルの母は涙ぐみながらも優しく微笑んでいた。


 家に帰ると、両親が待っていた。着替えてリビングに現れた小春に父が言った。

「卒業式はどうだった?」

「自分の卒業式よりも感動しちゃったよ。先生がね、ハルの名前を読み上げてくれたんだよ。その時は、お母さんと一緒に大泣きしちゃった」

「ハルくんのお母さんは大丈夫だったのか?」

「うん、大丈夫みたい……。お母さんが『過去に縛られないで、ちゃんと前に進んでね』って言っていたよ」

「そうか、これからも大変だろうけど、小春は自分の幸せを一番に考えて欲しいとパパは思うよ。パパはいつでも小春の味方だからな」

 小春はまた泣きそうになったけど、泣いてばかりではいけないと思い我慢した。

 父の背中を抱きしめながら小春は言った。

「パパ、ありがとう」


 部屋へ戻ると、ハルが話しかけてきた。

(小春、おまえ強くなったな。お父さんの話の時は俺の方が泣きそうだったよ。まあ、俺は涙を流す事は出来ないけど……)

「私だって泣きそうだったよ。でも、泣いてばかりいたら、パパとママが心配するからね。私も強くならないとね」

(そうだな……。やっぱり父親って良いな)

「うん、ずいぶん久しぶりにパパに抱きついちゃったよ。なんだか優しい匂いがしていたよ。そう言えばハルのお父さんの話って聞いたこと無いよね」

(うん、俺が小学校に入る前に死んじゃったからな。ほとんど記憶が無いんだ……)

 ハルの寂しそうな話し方に小春は戸惑った。

「あっ、ごめん……」

(ううん、大丈夫だよ。親父のことは本当に覚えていないんだ。親父の思い出って言っても、直接的な思い出は無いんだけど……。小学校の時、休日に友達の家に遊びに行ってね。友達のお父さんとキャッチボールをしたんだ。その時に、親父が生きていたらこんなことが出来たのかなって思ったことくらいかな?)

「………………」

 小春は言葉を詰まらせている。ハルが話を続けた。

(俺の場合、親父が居ないのが普通だったからな。かえって、いる方が想像出来ないんだ)

「ごめんね、思い出させちゃって……」

(大丈夫だって言っただろう。俺には母さんがいるし、小春もいるからな。なに泣いているんだよ。さっき強くなるって言ったばかりだろう!)

「だって……」

 小春の目からは涙があふれていた。ハルは左手で小春の涙を拭いていた。


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