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 十二月に入り、街はクリスマスにうかれ始めている。クリスマス・正月という大イベントの直後に、小春たち高校三年生には大学受験という最大のイベントが待ち構えている。

 小春達の学校は私立の女子高で、大学受験をする者のほとんどは、推薦入学という技を使い、短大など入れそうな大学を目指していた。友人達も推薦入学を希望している子とか、現状でも受かりそうな大学を受験する子ばかりだった。学校全体がそのような雰囲気なので、受験でカリカリしている生徒はほとんどいなかった。どちらかと言えばのんびりした空気が漂っている。小春の気持ちも周囲と同化してのんびりしていた。

 小春は特に受験勉強を必要としない、つまり推薦で入ることのできる大学に入るつもりだった。しかしハルの志望校は小春にとっては夢の又夢の大学だった。だから志望校を決める時には大変だった。


(明日、進路の最終面談が有るんだろう。小春はどこの大学に行きたいんだ?)

 ハルの問に小春は困った。小春にとってはどこの大学に行きたいかではなく、どこの大学になら入れるかが重要だったからだ。

「入れそうな大学に入る!」

(なにそれ? 大学でやりたいこと無いのかよ)

「もちろん有るよ。楽しいキャンパスライフ! 楽しそうなサークルとかに入るつもりだよ。みんなで遊びに行ったりするヤツ。きっと楽しいよね」

 小春にとっての大学は勉強する所ではないらしい。

(お前なぁ、大学を何だと思っているんだよ! 勉強する所だろ!)

「大学は勉強だけをする所じゃあ無いでしょう? 友達を作るとか……、人間的に成長する為には、いろんなことをやった方が良いんじゃない?」

(俺は絶対に『楽しいキャンパスライフ』なんかさせないからな!)

「えー、なんでよ!」

(俺には大学でいろいろと学びたい事が有るんだ。小春にも関係あることなんだからな、少しは協力してくれよ)

 小春にはハルがなにを言っているのか理解できなかった。

「なに? もしかして、ハルが勉強したいから私がハルの行きたい大学を受験するってこと?」

(まあ、そう言うことになるかな)

「なんでよ! ハルが行きたい大学ってどうせ、すごく難しい所なんでしょう。私がそんな大学に入れるはずないじゃない」

(入試は俺がやるから、小春は願書を出せば良いだけだよ)

「そんなこと言ったって、ハルが受験勉強をしている間、私も勉強机にへばりついていなくちゃならないじゃない! いくら頭を使わなくたって大変なんだよ。寝ることも出来ないから肌も荒れちゃうし……。だいたい大学で何の勉強をしたいのよ」

(今、俺と小春が置かれている状況について研究したいんだ。港南大学に河村教授っていう人がいて、その教授は超心理学っていう研究をしているらしいんだ。そこなら俺達以外の同じ様な事例も見つかるんじゃないかと思うんだ。そう言う訳で小春の思い描いている様なキャンパスライフとはいかないだろうな)

「でも、私の成績で偏差値の高い大学を受けるって言ったら、先生とかパパやママに反対されるよ。無理だって言われるよ。それにもう推薦入学の願書を提出しちゃっているんだよ。いまさら変更なんて出来ないよ!」

(でも、明日、先生と最終面談が有るんだろう? 最終って事は、そこで最終的に志望校を決定するっていうことだろう?)

「そんな理屈を言ったって無理だよ。先生だって、学校だって困るでしょう? 猛反対されるに決まっているんだからね」

(そこは上手くやってくれよ。大丈夫だよ、小春なら上手く出来るよ)

 面倒くさい部分は小春に丸投げされた。とりあえず、引き受けるしかなさそうだった。



 まず、小春は両親の説得に挑んだ。

「パパ、ママ。大学受験のことなんだけれど……。私、港南大学を受験したいと思っているの」

 両親は驚いて小春の顔をマジマジと見ていた。

「小春、気は確かなの? 港南大学ってすごく難しい大学でしょう? 小春が入れるはずがないじゃない!」

「そうだよ、向上心は大切だけど限度が有るだろ。自分を知ることも大切だぞ」

 小春にとっては予想通りの反応だった。この様な反応に対しては返答を用意していた。

「確かに私の成績で入れるレベルの大学じゃないことくらい解っているよ。でも、港南大学はハルが行きたかった大学なの。ハルがあんなことになっちゃって……」

 ここで言葉を詰まらせる。話の間が長くなりすぎないように注意してまた話はじめた。

「だから……、だからせめて入試だけでも代わりに受けたいの。入れそうな大学も受験するから、お願い」

 父の目がウルウルしている。母はティッシュペーパーで涙を拭い、鼻もかんでいる。両親の反応が小春の予想以上だった為、小春の罪悪感はかなり大きく膨らんだ。

「わかったよ。小春の思う様にしなさい。パパとママは、いつでも小春の味方だからね」

 父もティッシュペーパーで涙を拭いながら言った。母は小春を背中から抱きしめていた。


 自室に戻った小春は自己嫌悪に陥っていた。

「パパ、ママ、ごめんなさい。あんな嘘をついてパパとママを泣かせるなんて、小春は悪い子です。いくらハルにそそのかされたとは言え……」

(なんだよ、俺のせいかよ!)

「決まっているじゃない!」

(俺はあんな嘘をつけなんて言ってないぞ!)

「ハルが私にあんな嘘をつかせたんじゃない! みんなハルが悪いんだからね」

 小春は目に涙をいっぱい溜めていた。

 確かにハルは嘘をつけなんて言ってはいない。自らついた嘘だったけれども、両親を泣かせてしまった罪悪感で小春の心は押し潰されそうだった。そんな小春の心を罪悪感から守る為にはハルに悪者になってもらわないとならなかった。小春は完全に悲劇のヒロインモードに入り込んでいた。

(わかったから……。俺が悪かったよ。俺のわがままに付き合わせてごめん)

 今の小春に何を言っても無駄だし、これ以上小春を追い込んでもろくな結果にならないことをハルは知っていた。それよりも明日の先生との面談を上手くやってもらう為には、謝っておいた方が得策だと判断したのだ。学校でも志望校の変更には反対されるに決まっているのだから……。


 今日は午後から先生との面談だった。昨夜はあんなに泣いていた小春だったが、今朝は信じられない程元気に目覚めた。罪悪感は全て涙で洗い流してしまった様だ。

 昼過ぎに小春の母が学校に到着し、先生との面談が始まった。

「実は、大学受験のことなのですが、この子が志望校を変更したいと言っていまして……」

 小春の母が話をきりだした。

「はあ、困りましたね。先月の志望校選定の段階で推薦入学を希望していましたので、すでに推薦の願書を提出していますからね……。学校としても出来るだけ生徒の希望通りの大学に入って欲しいのですが、推薦を取り消すとなると色々と問題が有るものですから……」

「そこを何とかお願いします」

 母と小春は頭を下げた。一度推薦を提出した後に取り下げたら、来年以降の推薦に影響するのだろう。先生の表情は『苦虫を噛み潰した様な顔』になっていた。

「早川さんはどこの大学を受験したいと思っているのですか?」

「はい、港南大学で心理学の勉強をしたいと思っています」

「えっ! 港南大学? 早川さんは港南大学の入試偏差値、知っていますか? こう言ってはナンですが、早川さんの学力では合格はまず無理ですよ」

 先生の表情が『あきれて物が言えない』に変わった。

 小春が昨夜考えだした理由を述べようとした時だった。小春の発言を制するように、母が語り始めた。

「それは重々承知しています。先生もご存知の様に、昨年この子の知り合いが亡くなりまして……。それ以降心理的に不安定になりました。そんな時に心理学の本と出会ったそうでして、その本のおかげでずいぶん助けられたらしいのです。それで、心理学に興味を持った様なのです」

 小春は母がこんな嘘をつくなんて思ってもいなかった。当然小春は心理学の本なんて読んだ事も無かったし、そんな話を母にした事も無かった。

「でしたら、もう少しランクを下げて心理学の学べる大学を受験したらいかがでしょう?」

 先生が当然な提案をした。しかし、小春にとって、というよりハルにとってはどうしても港南大学でなければならない。港南大学の河村教授のもとで超心理学を研究したいのだ。

「いいえ、駄目なんです。港南大学の河村教授のところで勉強したいんです!」

 先生は小春の放った言葉の迫力に押されていた。

「それほどまで言うのでしたら仕方ないですね。ただ、港南大学が第一志望となると推薦は出来なくなりますからスベリ止めの学校も受験することをお勧めします」

「もちろんスベリ止めの学校も受験します」

 先生は渋々ながら推薦を取り消すことを承諾した。

 その後、スベリ止めの大学をどこにするか相談をして面談は終了した。


 自宅に帰った小春はベッドに寝転んでハルと話をしていた。ハルは港南大学を受験出来ることになって喜んでいる。

(小春、ありがとう。おかげで港南大学を受験することが出来るよ。これで超心理学の研究が出来る。きっと俺達以外にも同じ様なことになって悩んでいる人がいるはずだ。そんな人達の悩みを癒してあげたいな)

「うん、良かったね。でも、それは港南大学に受かってからだよ。本当に合格出来るの? 合格出来なかった場合は、私の希望していた『楽しいキャンパスライフ』だからね!」

(任せておけよ! これから猛勉強するぞー)

「猛勉強って、私が友達と遊ぶ時間とか、寝る時間とかは確保してよ」

(まぁ、寝る時間はなんとか作るけど、遊ぶ時間はどうだろう? 無くなると思っておいてくれ)

「えー、やだよー、遊びたいよー」

(わがまま言うんじゃないよ)

「あ~あ、仕方ないか。明日から『ガリ勉小春ちゃん』になるのかぁ」

(ぜんぜん似合って無いけどな。それにしても、お母さんのついた嘘はすごい説得力だったな)

「うん、ママがあんな嘘をつくなんて思ってもいなかったよ」

(そうだな、俺もビックリした。でも、あれで小春がお父さんとお母さんについた嘘も納得出来る。きっと遺伝だな)

「なにそれ、嘘に遺伝なんか有るわけ無いでしょ! バカ! スケベ!」

(バカはともかく、スケベは関係無いだろ!)

「バカ! 今、左手で胸を触っているじゃない」

(ああそうか、確かにスケベも関係あるな)

「あんた、無意識に触っているの? 変なところで触らないでよね!」

(ははは、わかっているよ。今は誰も居ないから良いだろ)

「バカ! スケベ! 良いわけ無いでしょ。港南大学に合格するまで『おさわり』禁止!」

(えー、やだよ。それじゃあ楽しみが無くなっちゃうじゃないか……)

「私だって友達と遊ぶ時間が無くなっちゃうんでしょ。ハルもそのくらい我慢しなさい!」

 そう言いながらも左手は小春の胸を触りっぱなしだし、右手も左手の動きを阻止することは無かった。


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