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不思議ちゃん

 身体の中にハルを同居させたままの異常な状態での小春の生活が始まった。

 ハルが中にいるという秘密を持っている小春にとって、秘密がばれてしまう危険はいたるところに散らばっていた。

 そんな中でも、もっとも気を付けなければならないのは学校に居る時だった。友達と話している時でも、授業中でもお構いなしでハルが話し掛けてくるからだ。


 二学期末の数学の試験中、問題が解けなくて悩んでいる時だった。

(なんだ、こんな問題が解けないのか?)

 ハルが話し掛けてきた。

(ハルには簡単な問題かも知れないけど、私達には難しいの!)

 小春の通っている高校は、入学時にあまり高い学力は必要としない私立の女子高だった。それにくらべてハルが通っていた高校は、都内でもトップクラスの学力を誇る高校だったのだ。当然授業のレベルには雲泥の差がある。

(こんな問題なら中学生だって解けるだろう?)

 小春の中で問題が解けないイライラと、無神経なハルの言葉が掛け合わされて爆発を起こした。

「だったらアンタがやりなさいよ!」

 シ~ンとした教室に小春の声が響き渡った。

 自分の声に驚いた小春は、周囲を見回した。教室に居る全員が目をまんまるに見開き、小春の方を見ている。教室ごと氷づけにされたみたいに、全ての動きが停止した。自らの言葉に小春までもが凍りついている。


 凍りついた教室の空気を揺り動かしたのは先生の言葉だった。

「早川、どうした? 具合でも悪いのか?」

「あっ、いいえ、何でもありません。すみません」

 恥ずかしさで真っ赤になった小春が言った。

 教師達には、『早川小春は恋人の死で情緒不安定に成っているから注意する様に……』とでもいう通達がまわっているのだろう。こんな小春の奇行に対して先生が怒る事はなかった。

 もちろん、小春は情緒不安定の為にこの様なことをしたわけでは無い。まだ脳内での会話に慣れていない為、感情の高まりが声に出てしまっただけなのだ。

(ハルのせいでみんなに変な目で見られたじゃない!)

 声に出ない様に注意してハルに文句を言った。

(俺のせいかよ! 小春がドジなだけだろ)

(もう、知らない! 試験なんか受けている気分じゃないよ)

(なら、俺がやってやろうか?)

 ハルにならこのくらいの試験は簡単なのだろうと思った。だけど問題を読めとか、ああ書けとかこう書けとか言われたら、またイライラが声に出てしまうのではないかと不安になった。

(出来るの? 言う通りに書けとか言うのは嫌だよ!)

(わがままだなぁ。それなら鉛筆を左手に持たせてみな)

 小春は右手の鉛筆を左手に持ち変えた。すると、なぜか左手が勝手に動いて答案用紙を埋めて行く。

(なんで? どうして?)

 小春は当惑した。

(小春の左手は俺がもらったー)

 ハルは子供じみたセリフを吐きながら恐ろしい速さで全ての答えを書き終えた。

(本当にハルがやったの?)

(他に誰がやるんだよ)

(だって私の左手だし……。私の試験だし……)

(よく考えてみろよ。小春は左手で字を書いたこと有るか?)

(無いよ)

 小春は右利きだった。そして右利きの人間のほとんどは左手で字を書こうとは思わないだろう。小春もごく普通の右利きだから左手で字を書こうと思ったことさえ無かった。

(俺は左利きだぞ。左手で字を書くのは普通のことだ)

 確かにハルの言う通りだ。ハルが書いたと思う方が自然だ。

(それに小春には間違っても解けない問題も有ったからな)

(なにそれ。私が間違っても解けないってなによ! 確かに学力ではハルの方がはるかに上だってことは認めるけれど……)

 小春がムッとしているとハルが説明を始めた。

(問八の問題、この学校では絶対に教えないはずだよ。と、言うより高校のレベルじゃ無いからな)

(えっ、そうなの? なんでそんな問題が出ているのよ?)

(たぶん性格のひん曲がった教師が、誰も正解出来ない問題を出して喜んでいるってところだろ)

(だったら私が正解したらマズイじゃない! それに異常に良い点を取るのもマズイよ)

(確かに点数取りすぎかも。たぶん満点だから。小春は満点取ったこと有るか?)

(小テストなら有るよ。期末や中間テストではまだ無いけど……)

 小春にとっては、今後も満点なんか取る予定も望みも無かった。

(やったな! 初めての満点だ)

(バカ! なにのんきなこと言っているのよ。急いで消さなくちゃ。難しい問題って問八とあとはどこ?)

 小春が答案用紙に書き込まれた答えを消そうとした時だった。チャイムがなり、試験時間は終了した。

「はい、終了です。答案用紙を回収して下さい」

 ハルに依って完璧に解かれた小春の答案用紙は先生の元に回収されてしまった。


 翌日の放課後、小春は数学教師に呼び出された。

「今回のテストの件だけれど……。早川さんらしくない点数を取っていますよね。何かあったのですか?」

 言葉づかいは優しいけれど、数学教師は小春がカンニングをしたと確信している様だった。

「そうですかぁ? そんなに悪い点数でしたか?」

 小春は必要以上に落胆した雰囲気で言った。

 これはカンニングの一種だと小春も思うけれど、それを認めたらハルのことを話さなくてはならない。それは絶対に出来ない! そこで、昨夜ハルと一緒に対策を練っていたのだ。

「いやいや、とても良い点でした」

「そうなんですか! うれしいです。昨日はなんか調子が良かったからですかね?」

 今度は必要以上に喜んでみせた。

「うーん、逆に良すぎるんだよねぇ。問八なんか正解したのは早川さん一人だけですからねぇ……」

「なにかが天からスーと降りて来たみたいに問題の解き方が解っちゃったんですよね。あんなことって有るんですね」

 数学教師は首を捻りながらため息をついた。まさか、正解出来るはずの無い問題を出したとも言えないので困っているようだ。数学教師の言葉が途切れたのをチャンスと見た小春は、ここで話を終わらせに出た。

「用事はそれだけですか?」

「ああ、それだけですが……」

「ありがとうございました」

 小春は、まだ何か言いたそうにしている数学教師に頭を下げて職員室を後にした。

(こんなので良かったのかな?)

(おおむねオッケーだろうな。小春が試験中に大声を出したのも正解だったな。これで小春は『不思議ちゃん』として認定されたわけだ)

(えー、『不思議ちゃん』は嫌だなぁ……)

 この事件がきっかけで、クラスの全員が小春のことを『不思議ちゃん』として認識する様になった。

 おかげで、ハルに関係した失敗とか、単なる小春の失敗も『不思議ちゃん』だからで済む様になった。小春の生活は少しだけ楽になったけれど……。



 帰宅してから自分の部屋でハルに質問をした。今回のテストの件で、小春は重大な問題点に気づいていたのだ。どうしてもハルに確認しなくてはならないことがある。

「ハル。昨日のテストの時にさぁ、私は問題を読んで無かったよね。左手には鉛筆を持っている感覚も無かったんだけれど……」

(それは当然だよ。小春が問題を読んだって、問題を理解するのに時間がかかるからな。俺が直接読んだ方が早いだろう。左手だって、俺が自由に動かした方が効率的じゃないか)

「うん、それはそれで良いんだけれど……」

(なんだよ、文句でも有るのか?)

 小春が気になっているのは、ハルが小春の左手を『自由に動かした』ことではなかった。なぜ小春が意識していないのにハルが小春の左手を『自由に動かすことが出来たのか?』の方だった。

「ハルはテストの問題を直接読むことが出来るってことだよね? 左手の感覚もハルが直接感じ取っているってことなんだよね?」

(そうだけど……。なにか問題でも有るのか?)

 ハルには小春の言っている意味が解らなかったが、小春にとっては重要な意味を持っていた。

「大有りだよ! 問題が読めるってことは、普段からいろいろなものが見えているってことでしょう! 私が着替えている時とか、お風呂に入っている時も見ていたってこと!」

(うん、そうだけれど何か問題があるのか? まあ、もう少し胸が大きかったら良かったけれど……)

「バカ! エッチ! 変態!」

 小春は怒りと恥ずかしさで真っ赤になっていた。

(ゴメンゴメン。そんなつもりじゃ無いんだ。俺、小さめな胸も好きだよ)

「バカ! なにを言っているのよ! そんなことじゃ無いでしょう! 私のはだかを盗み見していたことを怒っているんでしょ!」

(なんだ、そんなことで怒っていたのか? 大丈夫、見ているのは俺だけだから……。俺に見られるのはイヤか?)

「……………………」

 なぜか小春は言葉に詰まった。

 本当のことを言えば、恥ずかしいけれど嫌では無かった。でも、そんなこと言えるわけが無い。

「それと、さっき気づいたんだけれど。私、たまに左手で胸をさわる癖が付いたみたいなんだけれど……、これもハルのせいなの?」

(うん、たまにさわりたくなるからな。そんな時は我慢しないでさわることにしている)

 小春はあっけに取られていた。自分が気づいていない内に自分で自分の胸を触っていたことになる。

「バカバカバカ! 大バカ!」

 あたりまえだけど、小春には女子高生の胸を我慢しないで触ってしまうハルのことが理解できるわけがない。

「なんでそんなことするのよ! そんなの他人が見たら私……、変態女子高生じゃない!」

(そんなこと無いよ。そんなに変な触り方してないから大丈夫だよ)

 何が大丈夫なのか? 小春に理解出来るはずは無かった。

「触るのは禁止! 今度触ったらタダじゃおかないからね!」

(タダじゃおかないってどうするんだ? 俺のこと追い出すのか?)

「……………………」

 またしても言葉に詰まった。

 どうしたら良いか解らない。追い出し方も解らないけれど、追い出してハルが消えてしまうのは嫌だった。

 ゆっくりと優しい声でハルが言った。

(小春は俺に身体を見られたり触られたりするのは嫌か? 俺は小春のことずっと見ていたいし、ずっと触っていたいよ)

「………………………」

 今度はとても悲しそうに言った。

(もし、小春が嫌ならば見ない様にするし、触らない様にするから……。どうしても出ていけって言うなら出ていく方法を探すよ)

 なんだか小春も悲しい気持ちに成ってきた。ハルは自分の身体を失っているんだ。身体が無いってどんな感じなのだろうか? きっと泣きたいのはハルの方なのだろうと思った。

 小春はハルとの最初で最後のキスを思い出していた。たった一度のことだったけど、柔らかくて暖かいハルの唇が懐かしい。優しく抱き寄せられた時のハルの体温も懐かしかった。あの感覚をもう二度と感じられないのかと思うと涙が出てきた。

(小春、ゴメンな。俺、小春のこと……、泣かせたり怒らせたりしてばっかりだな)

「ううん、私の方こそ泣いたり怒ったりでごめんなさい。これからは仲良くやって行きましょう」

 小春はハルの全てを受け入れる決心をした。

(俺、出ていかなくて良いんだね。今まで通りで良いんだよね)

「うん、今まで通り。よろしくね」

(良かったー。本気で出ていけって言われたらどうしようかと思ったよ)

 小春は本気で喜んでいるハルのことをいとおしいと思った。

(じゃあ、今から買い物に行こうよ)

「買い物って? 何か欲しい物でも有るの?」

(うん、有るよ。でっかい鏡。小春の全身が映るやつ)

「バカ! スケベ! そんな物買うわけ無いでしょう!」

(えー、ダメなのぉ)

「ダメに決まっているでしょ! まったくもう!」

 小春はそう言いながら、今はまだ恥ずかしいけれど、いずれは買っても良いかなと思っていた。


 その日以来、小春は学校の女子更衣室で着替えをすることは無くなった。体育の時もトイレで着替えた。もちろん、温泉や銭湯に行くことも無くなったので、ハルが小春以外の女子の着替えを見る機会は全く無くなった。


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