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メール

 翌朝目覚めてからの小春には違和感があった。違和感の原因を探していた小春は、目覚めてからハルと会話を交わしていない事に気付いた。

「おはようハル。今日はどうしたの? いつもなら私が起きるのを待っていて、いろいろな指示をするじゃない……」

 小春はハルの返事を待った。いつもなら小春の言葉が終わらないうちに、ハルの言葉が返って来るはずだった。

「ハル……。どうしたの? 怒っているの? 私、何かハルを怒らせる様な事した? ねえ、ハルってばぁ」

 小春は話をしないハルに不安を感じたが、すでに大学の講義に遅れそうな時間だった。女子大生の朝は忙しいのだ。大急ぎで準備をして家を出た。

 通学の電車の中でも、講義中でも小春はハルに話し掛け続けたが、ハルの声を聴くことは出来なかった。

 講義が終わってもハルは返事をしてくれない。小春は大きく膨らんだ不安を抱えたまま、研究室へと向かった。研究室に行けば、河村教授や先輩達が相談に乗ってくれる筈だ。


 研究室には波奈ひとりだったが、波奈は小春の不安そうな顔を見て声をかけてきた。

「小春、どうかしたの? 顔色悪いよ」

「ハナちゃん、朝からハルが何もしゃべらないの」

「ハルくんとケンカでもしたの?」

「ううん、ケンカなんかしていないよ。昨夜はハルも楽しそうに話していたのに……」

「おかしいねぇ。ハルくん、小春が泣きそうな顔をしているから、何か話をしてくれない?」

 波奈はハルに話し掛けたが返事はないらしい。小春が力無く首を横に振っていた。

「小春、ハナちゃん、おはよう」

 派手なオーラを振り撒いてみどりが研究室に入ってきた。みどりがいきなり小春の身体を抱き締めたが、小春は無反応だ。今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「小春、どうかしたの?」

「ハルくんが朝から何もしゃべらないんだって」

 波奈が小春に変わって事情を説明した。

「またケンカしたの? 前にもそんなことが有ったよね」

「それがケンカじゃないみたいなんだよね。昨夜までは普通に話をしていたらしいんだ」

「ふーん、それで小春が泣きそうな顔をしているわけか。ハナちゃんはこの後ヒマ?」

「何も予定は無いけど……」

「じゃあ、小春を連れてリオさんに会いに行こうよ。何か分かるかも……」

「そっか、名案だね。小春、行くよ!」

 みどりと波奈に依って霊感占い師の白井リオに会いに行くことが確定した。

 波奈がリオに電話をすると、リオの仕事場である『占いの館』の近くにある喫茶店で会うことになった。みどりと波奈は力無く立ち上がった小春を両側から支える様にして待ち合わせ場所へと向かった。


 喫茶店でリオに事情を話すと、リオはしばらく小春を見つめてから言った。

「小春ちゃん……ごめんね。今日はハルくんが見えないんだよね。その代わりって言うか、残留思念みたいなものかも知れないけど、スマートフォンのイメージが見えるんだ。スマホに何かヒントが有るんじゃない?」

 リオの言葉に一番早く反応したのは波奈だった。小春がバックに手を伸ばそうとしたときには、小春のスマホは波奈の手の中には有った。波奈は小春のスマホをリオの前に置いた。

 リオは目の前スマホを見つめて不安そうにつぶやいた。

「メールかなぁ? 送信? 受信じゃないみたい」

 小春は相変わらず泣きそうな顔をしているだけなので、波奈が小春のスマホの操作を始めた。

「メールは受信も送信もしていないね」

「下書き? 未送信かも?」

 リオの言葉にうなずいた波奈は未送信のメールをチェックした。

「有ったよ! きっとこれだよ」

 そこには『小春へ』とタイトルの付けられた未送信メールが有った。

「小春、開いて良いよね」

 波奈が小春に確認をした。小春は強い不安を感じていた。小春だけでは無く、みどり・波奈・リオにも、この未送信メールに書き込まれている内容がなんとなくわかっていた。なぜだか理由はわからないが、わかっていたのだ。

「なんだか……こわい……」

 消え入りそうな声で呟く小春の肩をみどりが抱きしめた。

「小春。ここにはハルくんからのメッセージが記されているんだよ。小春の不安は良くわかるけれど、小春にはハルくんのメッセージを読む義務が有るんじゃない?」

 みどりの言葉に押され、小春が小さくうなずく。

「じゃあ、開くよ」

 そう言いながら波奈が未送信メールを開いた。

 小春はメールを読み始めてすぐに、涙で文字が読めなくなった。スマホを波奈に渡し、涙声で読んでくれと頼んだ。

「わかった。じゃあ、読むよ」

 波奈はハルからのメールを読み始めた。


『小春、もう泣いているんだろうな。このメールは小春の十九歳の誕生日の夜、小春が眠った後に書いているんだ。悪いとは思ったけれど、左のまぶたを操作して目を開かせてもらったよ。だから今の小春は左目だけを開いたまま眠っているんだ。ちょっと異様な感じだけれど、目が開いていないとメールを打つ事が出来ないので我慢してくれ。あと、このメールを送信しておけばすぐに気付いてもらえるのだろうけれど、小春ひとりでは数行読んだだけで両目イッパイの涙で文字なんか読めなくなるだろう。だから、未送信のままにしておくよ。そうすれば、みどりんやハナちゃん、リオさんの手に依ってこの未送信メールの存在が発見されるだろうから、三人に助けられて読む事が出来るだろう。みどりん、ハナちゃん、リオさん、小春の事、よろしくお願いします。

 で、ここからが本題だよ。今日、小春が眠ってからの事なんだけれど、小春の寝ているベッドサイドに蒼白い光に包まれた女の子が現れたんだ。白いワンピースを着た十二~三歳くらいの女の子だった。その子は自分のことを天使だっていうんだけれど、突然そんなこと言われたって信じられないと思うだろう。でも、なぜか女の子の姿には妙な説得力が有って、信じない訳にはいかなかったんだ。背中に羽根は生えていなかったけれど、いかにも天使ですっていう容姿だったからね。そして、その天使が俺と小春におきている現象の説明を始めたんだ。

 天使の話に依ると、俺は一年前のあの事故の時に普通に死ぬはずだったらしい。でも、小春が俺の身体を抱きしめた時にちょっとした事故がおきてしまったそうだ。あのとき、小春の意識が死んで行く俺の意識と絡み合ってしまって、そのまま俺が死ぬと小春まで死んでしまうような状態になっていたらしい。

 しかし小春はまだ死ぬ運命では無かったから天使達は慌てた。なんとか意識を引き離そうとしたけれど、あまりにもしっかりと絡みついていたから引き離せ無かったそうだ。

 仕方がないので、俺の意識を小春の中に残したまま身体だけが死ぬ事になったらしい。小春のおかげで俺の意識は死を免れた訳だ。

 しかし、俺がこのまま小春の中に居続ける事は色々と問題が有るらしいんだ。いわゆる自然の摂理っていうヤツに反する事になるそうだ。

 俺たちみたいな現象は時折起こるらしいんだけれど、一年を目安に天使が訪れて事態を終結させるそうなんだ。一年くらい経つと個々の意識が確立して来るので、引き離す事が出来る様になるらしい。中にはいつまで経っても、どっちがどっちの意識か解らない状態が続いて、引き離す事が出来ない場合も有るらしいけれどね。そんな状態だと、通常の生活すらまともに出来なくなるらしい。

 俺達は、そんな状態にならなくて良かったよ。そんな事になっていたら、この一年間の楽しい思い出は作れなかっただろうからな。でも、小春はこのままが良いって言って泣くだろうと思ったから、再度天使に確認してみたんだ。

 そうしたら、『このままという選択肢は無いわ。その代わり、日の出まで待ってあげる。その間にお別れを言うなり手紙を書くなりしたら?』と言われた。

 余談になるけれど、この話を聞いていると天使と死神の違いってなんだろうって思うだろう? だから、ついでに聞いてみたんだ。そうしたら、『一緒だよ。もともとそんな区別なんか無いよ。男の天使が行くと死神って呼ばれる事が多いみたい。特にオジサン天使の場合ね。私は天使仲間からも美少女天使って言われているからね。アンタは幸せ者だよ』だって。

 自分で美少女とか言っちゃう所がすごいけどね。その上、どう見ても年下にしか見えないくせに、妙に上から目線の生意気な天使だった。

 その美少女天使が消えた後、俺は暫く鏡に映る小春の顔を眺めていたんだ。そして、最後に見る小春の顔が泣き顔っていうのは嫌だと思ったんだ。小春を起こしてこんな話をしたら、絶対に泣くだろう? だからこのメールを書くことにしたんだ。

 小春のおかげで俺は一年も長く生きることが出来た。それも小春の中でだ。この一年はそれまでの十八年よりもずっと濃い一年だった。俺はこの一年間、凄く幸せだったよ。俺は小春に一生分の幸せをもらったんだ。だから小春、泣かないでくれよ。


 もうすぐ夜明けが来るみたいだ。小春、ありがとう。


 最後に、みどりん、ハナちゃん、リオさんにお願いがあります。小春は泣き虫だし、終わったことをいつまでも思い悩む面倒くさい性格だから、小春の力になってあげて下さい。小春が幸せになれる様に導いてあげて下さい。よろしくお願いします』


 波奈は視線をメールから小春に移した。

 みどりは小春の肩を抱きしめていた。

 リオは小春の手を握っている。

 小春の眼からは止めどなく涙が流れ出ていた。

 そして涙が涸れかけた頃、小春がつぶやいた。

「幸せだったのはハルだけじゃないよ。私だって幸せだったよ。いいえ、私の方がハルよりも幸せだったんだからね。一年間ありがとう。私、もう泣かない! だって、イッパイ思い出をもらったから……。私、強くなるからね。ハル、見ていてね」

 小春達のいるテーブルの周りには穏やかで優しい空気が満ちていた。


「あっ、感動して追伸読むのを忘れていたよ。えっと……」

『PS 小春、解っていると思うけれど、俺が居なくなるって言う事は、これから小春自身が試験を受けなくてはならないって言う事だからな。落第しない様に頑張って勉強しろよな』

「だってさ」

「えー、ヤバイじゃないですか! ハナちゃんみどりん助けて下さーい」

「それは小春が頑張らなきゃだめでしょ! 強くなるんでしょ!」

「そうそう、小春が頑張らなくちゃね」

「ひえー、だから難しい大学は嫌だって言ったのに……」


 小春はハルの旅立ちを見送るように、窓から見える青空へと視線を移した。そして、いつもハルと話していたように、心の中で、呟いた。

「ハル、ありがとう」



最後まで読んでいただきありがとうございました。

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