表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/18

教授

 小春・波奈・白井リオの三人が研究室に着くと、教授はひとりで待っていた。

「お休みなのに研究ですか? 大変ですね」

 波奈が言うと教授は優しい笑顔で答えた。

「家に居ても研究室に居ても一人に変わりは無いですから。かえって研究室に居た方が落ち着きます。それに、高梨君と山本さんが話したい事が有るとかで、この研究室で待ち合わせしていますからね。今日は早川さんと白井さんも一緒ですね。用件は予想できますよ。そこのソファーが良いですね。今、紅茶でも淹れましょう」

「あっ、私が淹れます。教授は座っていて下さい」

 妙に甲斐甲斐しく働き始めた波奈を見て、小春とリオは顔を見合わせてニヤニヤしていた。


 波奈が紅茶を淹れて来るのを待って、河村教授が話し始めた。

「白井さん、昨日は失礼しました。早川さんの事を白井さんがどこまで知っているのかを確かめたくて……。驚かせてしまいましたね」

 白井リオは、紳士的で落ち着いた様子の河村教授を見つめていた。だが、その視線の先は河村教授を通りぬけ、何も無い空間を凝視していた。教授の言葉が切れてから、数秒間の沈黙を経て、白井リオが話し始めた。

「いいえ、安心しました」

 白井リオの言葉に、河村教授は怪訝な表情に変わった。

「すみません。河村教授の事を視させていただきました。教授は私が心配していた様な方では無いようですね。十分信頼のおける方でした」

 白井リオの言葉を聞いて、小春と波奈は安堵した。河村教授だけはまだ事態が飲み込めない顔をしている。

「視たとはどう言うことですか?」

 怪訝な表情の河村教授とは対照的に、微笑みを浮かべた白井リオが説明を始めた。

「私は、占いの館で霊感占いをおこなっているのですが、実は霊感というものがなんなのか良くわからないのです。ただ、私には相手の人を視る事によって、相手の考えている事や、未来の姿などが見えて来るのです。本当は霊感占いというより、超能力占いと言った方が正しいのかも知れません。だけど、超能力占いって、霊感占いよりも胡散臭いですよね。だから霊感占いで通しています。昨日は驚いてしまって、河村教授のことを視るのを忘れていました。教授が帰ってから、シッカリ視ておくべきだった事に気付いて後悔しました。それで今日、早川さんと中津川さんに教授と会う機会をセッティングしてもらったのです」

 河村教授はやっと事態を把握した。

「どうやら私は合格したようですね?」

「はい、河村教授は早川さんを研究材料として見ているのでは無く、本当に心配している事が良くわかりました。私の所へ来たのも、私がどんな人間か? 早川さんの秘密を他の人に話したりしないかを確認したくて来たのですね」

 河村教授は大きく頷いた。

「私も安心しました。あなたは悪い人では無さそうですからね。悪い人なら、わざわざ私に会いに来る必要も無いですからね。自分の能力を、私に知られてしまうリスクを冒してまで会いに来てくれたわけですから、それだけでも十分信頼に値します」

 河村教授は、白井リオから視線をはずし、小春の方を見ながら話を続けた。

「問題は早川さんの今後です。私にはまだ、現状が把握しきれていません。なぜ、早川さんの中に第二人格が芽生えたのか? このまま第二人格との同居を続けさせて良いのか? いろいろ考えなくてはならない事が有ります」


 小春は河村教授と白井リオの顔を交互に見ていた。

(ハル、どうしたら良いんだろう? わからなくなっちゃったよ)

(ここまで知られちゃったんだから、全部話すしか無いんじゃないか?)

(だけど、ハルとの同居を続けさせて良いのか? なんて言っているよ)

(もし、俺がいる事で小春に問題が生じるなら、俺も考えるよ)

(考えるって? 消えちゃうってこと? そんなの嫌だよ!)

(俺だって小春と一緒に居たいよ。でも、それが小春の為にならないのなら、考えなくちゃいけないだろう? ずっと一緒に居るにしても、消えるにしても、ちゃんと話して、河村教授やリオさんに相談した方が良いと思うんだ)

(うん……わかった。じゃあ、全部話してみるよ。でも、ハルの考えで勝手に消えるのは、絶対にダメだからね! 私の同意をとってからじゃ無いとダメだからね!)

(ああ、わかっているよ。勝手に消えたりしないから、大丈夫だよ)

 小春は河村教授と白川リオの前で全てを話した。ハルとの出会いから始まり、交通事故、受験、そして河村教授の研究室に入った目的まで、嘘偽りなく話した。


「状況はだいたいわかりました。全く別人のハルくんが早川さんの中に入ると言うのは、今までの私の研究の中には有りませんでしたがね。生まれた時から別人格が存在する例は幾つか有りましたが……。交通事故ですか、亡くなった時に他人の中に入り込む事が有るんですね。驚きです。白井さんの能力についても、とても興味深いですね。それは生まれつきの能力なのですか? それとも何かのきっかけで身に着いた能力なのですか?」

 河村教授にとって、目の前に居る小春と白井リオのふたりは、とても興味深い存在だった。

 そんな河村教授を見つめていた波奈が言った。

「教授、何だか涎でも垂らしそうですよ」

 我に返った河村教授は背筋を伸ばすように座りなおした。

「いやいや、これは申し訳ない。つい、研究者としての欲が出てしまった様ですね。当然のことながら、私は研究者です。早川さんや白井さんを目の前にして、興味を持たないで居る事は出来ません。ですが、貴女方を不幸にするような事は絶対にしません。それだけは信じていただきたい。その上で、私の研究に協力して欲しいと思っています」


 小春と白井リオは顔を見合わせた。ふたりは何かを決心している様だった。まずは、白井リオが応えた。

「河村教授、私はこの能力を使って占い業を営んでいるわけですが、私も自分の能力について知らない事が多すぎるのです。この能力が今後どうなって行くのか? いずれ消えてしまうかもしれませんし、もっと強くなって行くのかも知れません。消えて行くとか、現状維持ならそれはそれで良いのですが、もし、この能力がもっと強くなって、私の手に余る程になったらどうしようかと思うことが有ります。その時の為にも、教授の研究に協力させていただきたいと思います。どうかご指導をお願いします」

 リオの言葉に、河村教授が応えた。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 白井リオの言葉を聞きながら、小春とハルは脳内での会話をしていた。

(ハル、私達、これからどうなって行くのかなぁ)

(わからないよ。でも、俺たちだけでいろいろ考えていても、先に進む事は難しいと思うんだ。河村教授やリオさんの力を借りれば、早く前に進めると思うんだ)

(確かにそうだけど……)

(小春は、まだ俺が消える事を心配しているんだろう? 確かに俺が居る事で、小春に何か悪い事が起こるのなら、俺は消える方を選ぶ)

(そんなの嫌だよ! 私だけ残されるなんて……)

(最後まで聞けよ! 小春はいつも途中まで聞いて勝手な思い込みで怒ったり泣いたりするんだから……、悪い癖だぞ!)

(だって……)

(まぁ聞けよ。さっきも言った様に、俺は小春の為にならないならば消える覚悟は出来ているんだ。でも、小春に問題が無いならばずっと一緒に居たいと思っている。だから、問題が無い場合と、大問題が発生する場合については、俺の中で結論が出ているんだ。問題はその中間的な状況に成った時なんだ。その時に、俺はどうしたら良いのか? 小春はどうしたら良いのか? また、俺と小春はどう付き合って行ったら小春の身体や精神に負担をかけないでいられるのか? そんな事を考えると、やっぱり河村教授やリオさんの意見を聞きたいし、聞かなくてはいけないと思うんだ。もし、俺が消えた時に、俺はどうなるのかわからないけれど、死後の世界みたいなところで、ああしていれば消える必要は無かったんだみたいな……、そんな後悔をしたく無いんだよ。俺の気持ち、わかってくれるか?)

 小春は泣いていた。目からは止めどなく涙が流れ落ちていた。ハルが交通事故で亡くなった時と同じくらいの勢いで涙を放出していた。ただ、その時と違うのは、悲しみの涙では無く、うれしい涙だった事だ。愛に満ちたハルの言葉に感動していた。

(ありがとう……ハル)

 急に涙を流し始めた小春の肩を波奈が抱きしめた。

「小春、どうしたの? 大丈夫?」

 波奈の腕の中で小刻みに身体を震わせていた小春が語り始めた。

「ハルが……、ハルが言っているの。私とずっと……一緒に居たいって。だけど……もしも、私に何か、問題が発生して……、一緒に居られなくなったら……、私の中から消える覚悟は出来ているって。でも、私の身体や精神に問題が出ない様にするのには、どうしたら良いのか、河村教授やリオさんの意見を聞きたいって。お願いします。私、ハルと離れたくないんです」

 波奈の目にも涙があふれた。波奈は涙を拭うこともせず、さらに強く小春を抱きしめた。白井リオはバッグからハンカチを出して目を押さえながら言った。

「早川さん、大丈夫。きっと大丈夫だよ。私も協力するから……」

 そんな三人を河村教授の優しい微笑が包んでいた。




 小春の涙が収まるのを待って、小春とハルについての検証・検討が行われた。

「教授は私の様な能力が有る訳では無いのに、いつ、どの様にして早川さんの中にハルくんがいる事に気付いたのですか? これから早川さんが生活していく中で、他人に知られる危険を避けるためにも聞いておかなくてはいけませんよね」

 河村教授が頷きながら答えた。

「そうですね。出来る限り他人には知られない様にした方が良いですからね。私が最初に早川さんの中に別の人格が存在するのでは? と感じたのは、早川さんと初めてこの研究室で会って、多重人格、解離性同一性障害の話をしていた時のことでした。最初はまるでどこかの本に書いてあるものを読んでいるかの様な口ぶりでしたが、症例の特異性の話になったところから、急に口調が変わりましたよね。早川さんは憶えていませんか?」

 急に話を振られて小春は動揺した。

(小春、何を慌てているんだよ。普通に話せば良い事だろう? 憶えていないって言っておけば良いことだろう!)

(う、うん、そうだね。実際憶えていないし……)

「私……よく憶えていません。何か変でしたか?」

 河村教授は微笑みを浮かべて言った。

「今の様に、早川さんは急に発言を要求された時は、発言までの時間を長めにとる傾向に有ります。たぶん、一時的に思考を停止してハルくんと相談しているのでしょう? あの時もそうでした。かなりの時間をかけてから発言をしましたが、その時の口調がそれまでとは違って、かなり攻撃的な口調に変化しました。あれはきっとハルくんの口調なんでしょうね。それまでは用意された言葉だったので、早川さんの言葉になっていたけれど、ハルくんが言った言葉を、急に発言しなくてはならなかったので、そのまま発言してしまったと言う事なのでしょう」

 小春・波奈・白井リオの三人とハルは、河村教授の洞察力に驚いた。

(やっぱり小春のミスからバレたんだな。気を付けろよな)

(そんな事言ったって仕方無いじゃない! だいたい、ハルが思いつきで指示するからでしょう! もっと慎重に指示を出してよね!)

(なんだよ、俺のせいかよ!)

 小春とハルが脳内で口喧嘩を始めた時、白井リオが発言した。

「すごいですね。河村教授は、私みたいな変な能力なんか無くたって、十分占い師が出来ますよね? ほとんどの占い師は、洞察力でお客さんの悩みや、言って欲しい事を察知しているだけですから」

「えー、そうなの。私、占い師ってみんな特殊な能力を持っていると思っていたよ!」

 波奈の発言によって、場の空気は一変して、和やかな雰囲気に変わった。

「その後は早川さんが多重人格であると言う仮説のもとに検証をしました。諏訪の病院に行った時、早川さんは少女の中に別人格が現れた時の状況を確認しましたよね。確かに外的要因によって別人格が現れる場合は有りますが、事故とか事件と言っていた事に興味を持ちました。東京に帰ってから、早川さんの事を調べさせてもらいました。そうしたら、恋人が交通事故で亡くなっている事がわかりましたよ。そして、港署では面白いものを見せてもらいました。早川さんが突然容疑者になぐりかかった時です。身体とは全く連動していない左フックと左ストレートパンチです。普通あのくらいのパンチを出す場合、身体と連動させて繰り出す物ですが、パンチの早さ・正確さのわりに身体は全く反応していませんでしたからね。ちょっと笑えるくらいでしたよ。でも、そのおかげで、早川さんの左手は第二人格に支配されているんじゃないかと思いましたよ。以前、入試の時に左手で解答しながら右手で絵を描いていた受験生がいた事を、高梨君から聞いていましたからね。きっとその受験生が早川さんなのだろうと推測できました。この辺で仮説は確信に変わりましたよ」

(小春、河村教授にはかなわないな)

(そうだね、でも、河村教授で良かったよ。他の人に知られていたらと思うと怖いよね)

(そうだな、これからはもっと気を付けなくちゃな)

 その時、みどりと高梨が研究室に現れた。

「教授、お呼び立てして……。なんでハナちゃんと小春が居るのよ?」

 みどりは繋いでいた高梨先輩の手を慌てて振りほどいた。


 ◇◇◇


 早川小春は友人三人と大学近くのカフェに座っていた。友人とは山本みどり、中津川波奈、そして白井リオの三人だった。

 整列したカフェの店員達が歌い始めた。


 ハッピバースデーツーユー、ハッピバースデーツーユー、ハッピバースデー、ディア、コハルチャン、ハッピバースデーツーユー


 山本みどり、中津川波奈、そして白井リオの三人は、ハートに羽が生えた可愛らしいペンダントを小春に渡した。誕生日プレゼントだ。

「かわいい! ありがとう」

「本当なら彼氏に貰った方が嬉しいだろうけど、小春は全然彼氏作ろうとしないじゃない」

「そうそう、小春ほど男子に興味持たない子は居ないよね。実は女子に興味有ったりして」

「なにそれ、そんなこと無いですよ!」

 ニヤニヤしながら波奈が言った。

「わかっているよ。男に興味がないどころか、ハルくんとベッタリだもんね。四六時中一緒に居て飽きないの?」

「飽きたりしませんよぉ」

 みどりも小春をからかう。

「小春の場合、飽きたからってどうしようもないしね。せいぜい仲良くやりなよ」

「仲良くやっていますよ。みどりんだって高梨先輩と仲良くやっているじゃありませんか! みどりんこそ良く飽きずに付き合っていますよね。高校生の時からでしょう? 私とハルよりずっと長いじゃ有りませんか!」

 みどりの顔は真っ赤になった。

「私の事はどうでもいいじゃない! ハナちゃん、この子に何とか言ってよ!」

 みどりは波奈に助けを求めた。

「確かにそうだよなぁ。みどりんだったら、もっと良い男からの誘いだっていっぱい有っただろうにねぇ。高梨先輩のどこがそんなに良いんだろうかねぇ?」

 波奈も一緒になってみどりをからかい始めた。

「そうだ! リオさんに視てもらえば良いんじゃない? みどりんが高梨先輩のどこに惚れちゃっているのか? ねえ、リオさん、そんなことも視えるんでしょう?」

 小春の言葉にリオが答える。

「もちろん視えるよ。どれ、みどりちゃんの気持ちを視てみようかね」

「やめて、やめてよ! お願いだからやめて!」

 四人は楽しそうに笑った。


 ひとしきり笑った後、みどりが言う。

「でもさぁ、小春とハルくんの事、私だけひと月も内緒にされていたんだよねぇ。なんか、納得いかないよ」

「仕方ないでしょう、小春の一大事で、絶対に他人に知られてはいけない事なんだから! その上、みどりんはいろいろと忙しそうだったからね」

 波奈がフォローしながら、みどりの話題に戻した。

「でも、あのタイミングで高梨先輩とみどりんが結婚宣言をするなんてね。私は思ってもみなかったよ」

「えー、もう私の話はやめてよ……」

 慌てるみどりを無視して小春が言う。

「そうそう、河村教授に『お願いが有るって言っていましたね?どんなお願いですか?』なんて聞かれちゃってねぇ」

「そうそう、みどりんなんか、真っ赤になっていたよね」

 白井リオまでが、みどりの追求に参加した。

「私には一目でわかっちゃったけどね。みどりちゃん、『えっと、また今度にします』とか言っていたものね」

「あの時の高梨先輩、ちょっとかっこよかったんじゃない?」

「そうそう、『せっかく教授に来てもらったんだから、ちゃんと話さなくちゃダメだろう』なんて言っちゃってさぁ。みどりんも『はい』とか言って、素直で可愛かったなぁ」

「小春! あんたねぇ……」

 みどりの顔はますます紅くなっていた。

(ほんと、女達はいつも楽しそうだよなぁ。ついていけないよ)

(何いっているのよ! 私達がこうして居られるのだって、みんなのおかげでしょう?)

(はいはい、感謝しています。俺も少しは大人にならなくちゃなぁ。これからもずっと小春のこと、愛し続けるから……)

(ばっ、バカ! 急に何言っているのよ!)

 小春の顔が突然真っ赤になった。そんな変化を見逃すみどりや波奈では無かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ