発覚
夏休みが終わって三週間がたっていた。小春の生活は、平日は大学で講義を受けたり研究室や図書館で過ごしたりしていたが、休日となると相変わらず家でだらだらと時間を浪費していた。
(こはるぅ、今日も一日中だらだらと過ごすつもりかよ)
「今日もって、一週間大学に行って勉強したでしょう? 休養よ!」
(良く言うよ! 昨日の土曜日だって、丸一日だらだらしていたじゃないか! 人生の無駄遣いだと思わないか?)
「こうしている時間だって、私を育てているんだからね。無駄じゃ無いんだよ!」
(育っている? どこが? もう身長も伸びないから、だらだら寝ていても育つところは無いだろう? 胸はただ寝ていたって育たないんだぞ!)
「なんで胸の話になるのよ! ハルこそ、その中学生みたいなスケベさから大人に成長したらどうなのよ!」
(中学生ってなんだよ! 大人になったらもっとすごい事考えるんだぞ!)
「そんなだから、中学生レベルだって言っているんじゃない!」
そんな時、小春の携帯が鳴った。ディスプレイには白井リオと表示されている。
「ハル、白井リオさんから電話だって。なんだろう?」
(白井リオ? だれだっけ?)
「占い師だよ! ハナちゃんと行った有楽町の……」
(あのヤバイやつか!)
「そうだよ。どうしよう?」
(どうって、出てみないとわからないだろう?)
小春は恐る恐る電話に出た。
「はい、早川です」
「早川さん? 私、白井リオです。憶えている?」
「はい、この前はどうも……。なにか有ったんですか?」
「うん、ちょっと問題が起きているみたいなんだよね」
「問題ってなんですか?」
「ちょっと電話で話す様な内容じゃ無いんだよね。これから出て来られないかなぁ。出来れば中津川さんも一緒に来てくれると良いんだけれど……」
「有楽町の占いの館ですか?」
「いいえ、今、品川にいるの。品川まで来てもらえるかしら?」
「私は大丈夫ですけど、ハナちゃんは連絡してみないとわかりません。連絡がとれたら折り返し電話します。それで良いですか?」
「わかった、出来るだけ急いで欲しいの。お願いね」
小春は波奈に電話をかけながらハルと話した。
(問題ってなんだろう? 当然俺に関係することだよなぁ)
「それ以外ないでしょう。でも、何が起きたんだろう?」
波奈が電話に出た。
「あっ、ハナちゃん! 今、白井リオさんから電話が有って、話が有るから品川まで来てくれって言うんだけど、ハナちゃん大丈夫?」
「大丈夫だよ。白井リオさんって事は、小春とハルくんの事だよね」
「それ以外には考えられないよね。なんだか不安だなぁ」
「大丈夫、私が付いているから」
波奈は根拠のない自信を見せて、小春を安心させようとしている。
「じゃあ、品川駅の中央改札を出たところで良いよね?」
「オッケー、じゃあすぐ行くね」
波奈と待ち合わせの約束をしてから、白井リオに折り返しの電話をかけた。
「リオさん、ハナちゃんも大丈夫だって。今から品川へ向かいます」
「良かった! 新幹線改札のところにスタバが有るでしょう? そこで待っているから」
小春は白井リオとの電話を切ると、大急ぎで用意をし、品川駅に向かった。
品川駅の中央改札を抜けると、波奈が近寄って来た。波奈がいつものように小春を抱きしめようとした。しかし、今日の小春はそれを上手くかわして言った
「新幹線改札の所に有るスタバで待っているって。急ぎましょう」
いつもの抱きしめをかわされた波奈は、ちょっとショックを受けていた。
(小春、お前、ハナちゃんの腕、上手くかわしたなあ。もしかして、本当はかわせるのに、いつもはわざと捕まっていたのか?)
(さー、どうでしょうかねぇ)
(なんだ、そうだったのかよ。さすが小春。嘘が身についている。小春ほど自然に嘘を付けるやつはめったに居ないよな)
(なによ、それ!)
小春と波奈がスタバに着くと、白井リオが立ち上がって手を振った。小春と波奈は会釈してから、飲み物を買い白井リオのいる席についた。白井リオのいる席は新幹線改札の二階に有り、下の通路を歩く人々を眺める事が出来る。小春と波奈が通路を歩いているところから、見られていた様だ。
「急にごめんなさいね」
「いいえ、何か有ったんですか?」
小春が白井リオに説明を求めた。
「もう、わかっていると思うけれど、ふたりを呼んだのはハルくんの事なの」
「小春ともハルくんの事だろうって言っていたんだ。それで、何が有ったの?」
「貴女達、港南大学の学生さんだって言っていたわよね。実は、昨日の事なんだけど、有楽町のお店に、港南大学の河村って言う人が来たの。知っているひと?」
「知っているも何も、小春と私がいる研究室の教授だよ。なんで河村教授がリオさんの所へ行くの? 恋愛占い……の訳無いよね」
「そうなのよね。占いに来たのなら問題は無いんだけど、部屋に入った途端、『ひと月くらい前に、中津川さんと早川さんが来ただろう』って聞かれたのよ。相談者のプライバシー保護の問題が有るので、来たとも来ないとも答えられないって言ったけれどもね。それなのに『早川さんのもうひとりの人格について知っている事を教えてくれ』って言うんだもの、ビックリしちゃったよ! もちろん、『何のことですか?』ってとぼけておいたけれどもね」
「教授は私の中にハルがいることを知っているってこと?」
「そうみたい。あの河村教授って何者なの?」
「河村教授は、港南大学で超心理学って言う研究をしているんです。超心理学って言うと、普通はテレパシーとかを研究している事が多いんです。だけど、河村教授は多重人格についての研究をしているんです。多重人格の多くは、解離性同一性障害といって、医学の分野になるのですが、河村教授はそれでは説明のつかない多重人格を研究しているんです。最近では警察に協力したりもしているんですよ」
小春が大まかに説明をした。白井リオは状況を把握する為、真剣に聞いていた。三人の間に沈黙の時間が流れ、それぞれの思考は状況の把握と推理に費やされていた。
しばらくの沈黙の後、最初に言葉を発したのは白井リオだった。
「データ不足ね。早川さん、その河村教授との出会いとか、それ以降の出来事を教えてくれる? 河村教授はきっとどこかでハルくんの存在に気付いたはずだから……」
「そうですね。わかりました。ちょっと長くなるかも知れませんが……」
小春は港南大学を受験した経緯から話し始めた。初めて研究室を訪れた時の河村教授との面接の事、合宿で伊香保温泉に行った事、諏訪の病院で女子高生の多重人格について調査に行った事、警察で男を一撃で倒した女を尋問した事、波奈とみどりと高梨先輩に、左手で試験問題を解答しながら右手で絵を描くという特技を披露した事などを話した。
白井リオは小春の話を黙って聞いていた。小春が話をしている間、目の前の何もない空間を見つめていた。まるでそこにメモ用紙でも有るかのようだった。
小春の話が終わると、白井リオが話し始めた。
「まず、河村教授の口ぶりでは、早川さんの中にもう一人の人格が存在することは知っているようだった。でも、それがハルくんだと言うことまでは知らないようだった。だから、私の様な能力が有るわけではないと思うのよね。では、いつ、どのようにしてそれを知ったのか? 早川さんの話から推測すると、諏訪の病院と警察での尋問の辺りがあやしいかな? 特技の披露の時には、河村教授は居なかったんでしょう?」
「はい、居ませんでした」
小春の返答をフォローするように、波奈が口を挟んだ。
「あの特技の事、みどりんは大丈夫だと思うけど、高梨先輩がはずみで教授に話してしまった、なんて事は有りそうだよね。高梨先輩って、上手く使われちゃうタイプでしょう。河村教授にカマをかけられて、つい喋っちゃうなんて有りそうだよね」
「そうなの?」
白井リオは小春に真偽を訊ねた。
「高梨先輩って、良い人だけど、押しに弱いところが有りそうだから……。でも、高梨先輩を追求したとしても、その前に有る程度の確信を持っていたはずですよね?」
「そうね。高梨さんに喋らせたとしても、それは確信を深めることにはなるかも知れないけれど……。やっぱり病院か警察で何かしらの確信を得たんだろうね。あとは、河村教授は早川さんをどうするつもりなのかだよね?」
(研究材料? そう考えるのが妥当なんじゃないか?)
ハルの発言は小春にしか聞こえないが、今の小春にはそんな事を考える余裕は無かった。
「怖い事言わないでよね! 研究材料にするんだったら、なんでリオさんの所に行くのよ。そんなことしたら私達にバレる可能性が高いじゃない。それより私達がリオさんの所へ行った事をどうして知っているの? リオさんの能力の事はどうやって知ったのよ!」
(おっ、おい!)
「……………」
「……………」
白井リオと波奈は、小春が突然話し始めたので驚いていた。
「あっ、ごめんなさい。ハルがいきなり話しかけるから……」
(ドジ! もう少し気を付けろよな)
(こんな時に急に話しかけるからでしょう!)
「ちょっとびっくりしたけど、まあ良いわ。でも、確かに私の所に来た理由はわからないわね? 研究材料としてなら、黙って研究をしていた方が良いし……。私の事も研究材料として調査していたのなら解らないでもないけれど……。あの様子だと、私の事は良く知らないみたいだったから。追求をしに来たって言うより、カマをかけに来た感じだったもの」
なぜか下を向いて、思い詰めた様な表情をしていた波奈が口を挟んだ。
「あのー、その辺のことなんだけど……」
「ハナちゃん、何か知っているの?」
小春とリオに見つめられて、波奈はスタイル抜群の身体を小さく縮めて言った。
「ごめん、私かも知れない。この前、教授と話をしていてさぁ、『有楽町の占いの館に居る白井リオさんって言う人の占いがすごく当たるっていうから、小春と一緒に行ってきたの。霊感占いなんだけど、何も聞かなくても相手の悩みとか未来とか、いろんな事が見えちゃうんだって』なんて話をしちゃった……。私のせいだよね」
本当に申し訳なさそうにしている波奈に白井リオが言った。
「中津川さんの気持ちは解るけどさ。河村教授に話したのはまずかったかも……」
小春は、なんで白井リオに波奈の気持ちが解るのかが解らなかった。
「なんで? リオさんとハナちゃんはお友達になったの? 気持が分かるって……」
小春は訳がわからないので、発言がとてもバカっぽくなってしまった。
「小春が言ったんじゃない! 恋愛に発展しそうな男の人って言うのが河村教授じゃ無いかって……。あれから教授の事意識するようになちゃってさぁ……」
「えっ、やっぱり教授だったの? ビックリ!」
「そんなのわかんないよ、まだ! ……ん? リオさん、私の気持ちもわかるっていったよねぇ。あれはどう言うことなの?」
「あっ、それは……その……。秘密です!」
白井リオは、相談者の未来を間違った方向へ変えてしまわない様に、相手の事を具体的には話さない事を信条としていた。
「そう言う事なんだ。やっぱり私の相手は河村教授だったんだ」
波奈に見つめられて白井リオは、誤魔化すのをあきらめる事にした。
「あーあ、相手の事は言わない主義だったんだけどなぁ。今回は仕方ないか? 確かにそうです。中津川さんの恋愛に発展する可能性が高いのは河村教授です。でも、あくまでも可能性が高いって言う事ですからね!」
「そうかぁ、河村教授かぁ……」
波奈は自分の妄想に入りかけていた。しかし、重要な事に気付き、現実へと帰還した。
「でも、河村教授は小春の事を研究材料にしようとしているんでしょう? そんな人と恋愛なんか出来ないよ! 出来るわけ無いじゃない! だって、小春の事だよ! 私は恋なんかより小春の方が大切なんだよ!」
突然波奈が怒りだした。白井リオは波奈をなだめるように言った。
「まあまあ、そうと決まったわけじゃ無いんだから。この前河村教授が来た時はビックリして良く視られなかったんだけど、そんなに悪い人には視えなかったんだよね。もう一度会って、ちゃんと見極めたいと思うんだけど、機会をセッティングしてもらえないかな?」
「わかった、私に任せて! 私に責任が有るんだから、セッティングくらいやらせてよ。いつ頃が良いの? 今から教授に電話してみるけど……」
波奈は異常に張り切っている。
「日曜日は休みなんだけど、それ以外は一応仕事とか有るからなぁ」
「じゃあ、今日でも良いんだよね。教授に聞いてみるよ」
波奈は河村教授に電話をかけた。話しながら親指を立てた。
「河村教授は今、研究室に居るそうよ。これから行くって言ったら、待っていてくれるって」
さっきまで怒っていた波奈の表情が嬉しそうな表情へと変化していた。そんな表情の変化を、小春と白井リオは見逃さなかった。
波奈は、小春と白井リオがニヤニヤしながら波奈を見ている事に気付いて席を立った。
「何をニヤニヤしているのよ! 急いで研究室に行くよ!」
「はいはい」
三人はカップやトレーを片付ると、カフェを出て河村教授の研究室へ向かった。




