テニスサークル
夏休みに入って、家でうだうだしている小春に林美紀子から電話が有った。
「この前の飲み会は変なことになってごめんね」
「うん、大丈夫だよ。気にして無いから」
「先週サークルの集まりが有ったんだけどさぁ。そこでこの前小春と一緒に来た人、名前なんだっけ?」
「ハナちゃん? 中津川波奈さん」
「そうそう、中津川さん。うちのサークルの男どもが『また中津川さんに会いたい』って言うのよ。美人だったからね。でも、あんなことになっちゃったから無理だよって言ったんだけど……。それでも、河村研究室の女子と合同で何かしたいんだって。飲み会だとまた酔っぱらって変なことになると嫌だろうから、昼間にテニスをしないかっていうのよ。うちのサークルはテニスサークルだし。ねぇ、話してみてくれないかなぁ。どうしても嫌だって言われたら仕方無いけど……」
「うん、河村研究室の女子は私を入れて三人だよ。三人で行くように話せば良いの?」
「そうしてくれるとありがたいよ」
「じゃあ聞いてみるよ。後で連絡するね」
「よろしくお願いね」
(小春はお人好しだな! この前はあんなに嫌な思いをしたのに……。俺だったら即却下だな)
「だって、河村研究室のことわかって欲しいじゃない。教授もみんなも良い人なんだから!」
小春はみどりと波奈をカフェに呼び出した。
「この前ハナちゃんと行ったテニスサークルからなんだけど……。今度、一緒にテニスに行かないかって誘われているんだ」
「また小春をいじめようとしているの?」
波奈が言った。
「なにそれ、私は聞いてないよ」
「それがさぁ、小春を飲み会に誘っておいて、河村研究室だって知ったらいきなり態度が変わってさ」
「変人扱いか? ひどいな。小春、そんなところに行くことは無いよ!」
波奈とみどりが怒りだした。小春は慌てて言った。
「そうじゃないの! 研究室のことは解ってくれたみたいなの。それと、サークルの男の人達がもう一度ハナちゃんに会いたいから、河村研究室の女子と合同テニスを企画して欲しいって言っているらしいの。私達三人とテニスサークルで……」
「私達も行くの?」
「そうだよ。美紀子が、美紀子って高校のときの同級生なんだけれど、サークルの人にセッティングを頼まれたんだって。一緒に行ってくれるかな?」
「ハナちゃんに会いたいからって言うのが気に入らないね! この次からみどりんに会いたいからって言わせてみたいね」
「それって行きたいってことじゃない! 小春、私もオッケーだよ。その子に電話して日時も決めちゃおうよ」
「うん」
小春は美紀子に電話をかけた。
「美紀子? 今中津川さん達と一緒にいるんだけど、二人ともオッケーだってさ。それでいつにするの?」
「今度の土曜日にサークルが有るから、その日でどうかしら?」
小春はみどりと波奈に確認した。
「今度の土曜日でどうかって?」
「良いよ」
「私も大丈夫だよ。あと、やっぱりテニスウェアとか着るんだよね。あのミニスカートの……」
小春は電話に戻った。
「美紀子、二人とも大丈夫だって。あと、テニスウェアとか着るんでしょう?」
「私達は着るけど、あんた達はジャージとかで良いよ。あんなの買ったって他に使いようが無いし……」
小春は隣で盛り上がっているみどりと波奈を見ながら林美紀子に告げた。
「ダメみたい、二人とも目がキラキラしているから、きっと今から買いに行くって言い出すよ。じゃあ今度の土曜日にね」
電話を切った小春はみどりと波奈に報告をした。
「そう言うわけで、今度の土曜日に決まりました」
「よし! じゃあ今からテニスウェアを買いに行こう」
「私は、ワンピース型のやつが良いな! あの身体の線がくっきり出るやつ」
「あれはカッコいいよね。私もそれが良いな」
「はぁ、二人とも舞い上がりすぎ!」
「なに言っているのよ! 三人でお揃いにするからね」
「えっ! 私もお揃いなの?」
「当然でしょ」
「小春も絶対に似合うよ!」
小春は二人にスポーツ用品店へ連れて行かれた。
「ハナちゃん、これはどうかな?」
「形は良いけど、色がね。良い色が三色無いとね」
「本当にお揃いにする気なの?」
「当然! これはどう? みどりんがパープルで私がブルー、小春はピンク。良いんじゃない?」
「良いね! ハナちゃんえらい。後はサイズだね」
三人はそれぞれのサイズを試着した。
「みどりんピッタリじゃない。カッコいいよ」
「そう言うハナちゃんも良いじゃない! 後は小春だね。小春、試着出来た?」
小春が試着しているブースをみどりと波奈が開けた。
「全体は良いと思うけど、胸がユルいよ~」
「全体もユルいじゃない! もっとピッタリ着ないと。ハナちゃん、もうワンサイズ、いやツーサイズ下のやつを持ってきて」
「オッケー。ほら、これを着てごらん」
小春はツーサイズ下のウェアを着せられた。
「ほら、ピッタリだよ。胸もちょうど良いし、ヒップもピッタリだよ」
「えー、これじゃ身体のラインが丸見えじゃないですか? 生地だって透けちゃっているし……。この長さはスカートって言わないよ~。恥ずかしいよ~」
「小春、カッコいいよ。色も可愛いし」
結局、肌は辛うじて隠しているけれど、身体のラインは全く隠す気の無いタイプのウェアに決まった。まして小春が買うことになったピンクは、肌の色と同化して、遠目にはヌードに見えそうだ。
(良かったな。またコスプレ衣装が増えたよ)
(コスプレってなにさ! 家では絶対着ないからね!)
土曜日がやって来た。三人は、美紀子と待ち合わせて都内のテニスコートに着いた。更衣室で着替えを済ませてコートに出た途端、コート内の空気が変わった。男達の視線が全て三人に向けられていた。
「皆さん、こちらが河村研究室の山本みどりさん、中津川波奈さん、早川小春さんです」
「山本です。よろしくお願いします」
「中津川です。先日はどうも……。よろしくお願いします」
「早川です。よろしくお願いします」
サークルメンバーも自己紹介をした。
みどりと波奈は寄って来る男子と楽しそうに話をしている。
林美紀子が小春に近づいて来て言った。
「小春、あんた雰囲気変わったね。あのふたりのお陰かな?」
「そうだね。でも、二人だけじゃなくて、河村教授や男子の先輩達も本当に良い人達だよ」
「そうだろうね。この前の飲み会だって、あんな風になった時の為に中津川さんは付いて来たんでしょう。普通出来ないよね」
「本当に感謝しているよ」
「そうだね。感謝しないとね。でも、このテニスウェアはすごいよ! 小春がこんなのを着るとは思っていなかったからね。後で写真撮ろうよ」
「嫌だよ! 美紀子、絶対に高校の同級生達に送ろうとしているでしょう!」
「バレた? みんなに送るのは勘弁してあげるよ。でも写真は撮るよ!」
「えー、本当にみんなに送ったらダメだからね!」
「なにを話しているの?」
「わっ! ビックリした~。ハナちゃん突然現れるから」
コート全体にみどりと波奈のオーラが充満しているせいか、いつもは気付く波奈の気配に全く気付く事が出来なかった。
「なにナイショ話しているのよ。私も混ぜてよ」
「中津川さん達が良い人だって話しですよ」
「あら、そんな話をしていたの?」
「うふ、今だって小春のことを心配して様子を見に来たんですよね。ホント、優しいですね」
「まあ、否定はしないけどね。私達も小春に助けられているからね」
「私が、ですか? 私はなんにもしていないですよ。いつも助けられてばかりで……」
「そんなこと無いよ。小春が来る前の河村研究室はひどかったからね。私なんか全く居場所が無かったよ」
「みどりんと仲良しだったんじゃないの?」
「ろくに話したことも無かったよ。小春が来た瞬間から友達になれたんだ。小春が初めて研究室に来た時のこと、覚えている?」
「えっと……自己紹介して、いきなりみどりんに抱きしめられて……。その後、ハナちゃんにも抱きしめられて……死ぬかと思った」
「そうなんだよね。私が小春を抱きしめた時、小春を通してみどりんの気持ちと言うか、思念みたいなのが流れ込んで来たんだ。人を信じる事が出来なかった私に『みどりんは信じて大丈夫だよ』って教えてくれたのが小春だったんだよ」
「へぇー、そんなことが有ったんですか? 私は全く感じて無かったのに……」
「林さんだったっけ、こんな話をしているとまた、変人の集団だと思われちゃうね」
「美紀子って呼んで下さい。変人だなんて思いませんよ。私も小春が大好きですし、落ち込んだ時なんか、小春と話をしていると前向きになれるんです。小春って、『ちょっと不思議な力を持っているかも』って思っていたんですよ。恥ずかしいから人に言ったことは無いですけど……」
「ほら、小春はやっぱり不思議な子なんだよ! 良い意味で『不思議ちゃん』なんだよ。それと、美紀子も私のこと、ハナちゃんって呼んで良いからね」
「私のことはみどりんって呼んでね」
いきなりみどりが話しに割り込んで来た。
「みどりんまで現れたよ!」
「小春~、そんな風に言わないでよね。私だって小春が大好きなんだから」
「ハイハイ、解りました。ほら、二人がこっちに来たから、男の人達が寄って来ちゃったよ」
あっという間に男達に取り囲まれていた。
「俺も河村教授の研究室に入りたいなぁ。あそこって、入るのが難しいって聞いたんだけど、どうしたら入れるかな?」
サークルのリーダーが言い出した。
「先輩、どうしたんですか? 先輩は心理学と関係無いじゃないですか!」
林美紀子があきれ顔でいった。
「だって、中津川さんに山本さん、それに早川さんまでいるんだよ! こんなにレベルの高い研究室なんて他に無いでしょう」
林美紀子が先輩をたしなめる。
「そんな不純な動機じゃあダメですよ!」
「えー、不純じゃないよ! 純粋に三人が好きなんだ」
「それを不純だって言うんです!」
小春は美紀子の耳元で呟いた。
「美紀子も大変だね」
「ホント、参っちゃうよ!」
サークルリーダーが小春達に提案をした。
「この後の飲み会も参加して下さい。お願いします」
「お願いします」
サークルの男子メンバーが声を揃えて言った。このサークルは不思議な一体感を持っているようだ。
飲み会も、三人が中心になってしまった。サークルメンバーの女子は面白くないだろう。
「何、あの三人は。あんなエロい格好でテニスに来るなんて、非常識よね」
「ホント、どうせ普段からろくなことしていないに決まっているよ。林さんの友達なんでしょう?」
「あの三人、とっても良い人達ですよ。私達もあんなテニスウェア買いに行きませんか?」
林美紀子の発言で小春達への中傷は途絶えた。
飲み会がお開きになり、二次会の誘いを辞退した小春達三人は、ファミレスでコーヒーを飲んでいた。
「小春の友達は良い子だったね」
「でも、他の二人は不満そうだったよ。男達をすっかり取られた訳だから仕方無いか」
「それはみどりんとハナちゃんが素敵過ぎるからですよ。少し自重しないと……」
「よく言うよ! 今日は小春の日だったじゃないか!」
「えっ、そんなことは無いですよ」
「いいや、男達の小春を見る目は、私やハナちゃんを見る目と違っていた!」
「そうだよ! 小春を見る目はハート型だった。なんか悔しいけど、小春じゃあ仕方無いか」
「そんなはず無いじゃないですか。みどりんやハナちゃんと比べたら私なんか問題外ですよ」
「困ったもんだよ! 小春は自分の魅力に全然気付いて無いんだから。男子が本当に好きになるのは小春みたいなタイプなんだよ」
「私みたいなタイプ?」
「そう、私やハナちゃんだと、男は絶対に振り回されると思うけど、小春みたいな娘は自分を立ててくれると思う訳よ。おとなしそうで可愛いからね」
「みどりんだって、ハナちゃんだって、優しいじゃないですか。高梨先輩にだってふたりの時は優しくしているでしょう。呼び方だって『みどり』『ようちゃん』だし……」
自分の話を持ち出されて、みどりは頬を紅く染めた。
「もうやめてよ。私のことはどうでもいいの!」
「みどりんが照れてる。みどりんカワイイ」
「ハハハ、みどりんと小春の立場、逆転したね」
三人は楽しそうに笑った。




