ビキニ
梅雨が明けるとほぼ同時に定期試験になった。その定期試験も終わり夏休みに突入した。
(梅雨も明けたし、試験も終わったし。いよいよ夏休みだ! 合宿だー!)
「いやらしい喜び方をしないでよね」
(だって合宿だよ! 海に行くんだよ! 海って言ったらビキニー! みどりんとハナちゃんのビキニー!)
「浮かれすぎ! それに私の水着には興味無いわけ!」
(興味無いわけではないけど、みどりんとハナちゃんにはかなわないでしょ?)
「……………」
小春は反論できないのが悔しかった。
合宿は八月二日から二泊で行われる。場所は神奈川県の葉山で、そこには河村教授の別荘が有るらしい。
今回の合宿は研究の一環としている為、葉山心療内科で医師や臨床心理士・看護師を対象とした講演の見学が予定されている。講演をするのはもちろん河村教授だ。
前回同様、高梨先輩の用意したワゴン車で葉山を目指した。
車内で吉岡によるスケジュール発表があった。
「確定していなかった講演は、明日の午前中に決まりました。それ以外は自由なので、みんなで相談して決めたいと思います」
「ノープランってことですか?」
南川の言葉に動じることなく、吉岡が答える。
「その通り! みんなが楽しめる様にしましょう。一応観光案内を用意したけど、海が一番だと思うんだ」
(当然だよ! みどりんとハナちゃんが居るのに、海以外に楽しみは存在しないよ)
(みんながハルと同じとは限らないよ! 高梨先輩はみどりんを見慣れているだろうし……)
(みどりんを見慣れていたって、みどりんとハナちゃんのビキニツーショットだよ。見たくないはず無いよ。あとの二人は当然見たがるに決まっている。だいたい、伊香保のストリップだってあの二人が行きたがったに違いないからね)
(男はみんなスケベだってこと? あーあ、まともな男って居ないの?)
(スケベな男がまともで、そうでない男の方が異常なんだよ)
河村教授の別荘は、葉山森戸海岸から徒歩で三分程の所に建つ趣のある古民家だった。
「一応改装してシャワールームも有るから、海から戻ったら使って下さい。私は明日の講演の準備が有るので皆さんは自由にしていて下さい」
河村教授の言葉に甘えて、学生達は海に遊びに行くことにした。
水着に着替えて玄関に集合した。男達はサーフパンツにTシャツ姿だ。女子は水着の上にパーカーと短パンを着ている。
(パーカーと短パンで水着を隠しているのが良いよね。海に着いてからあれを脱ぐと思うと……エロい!)
(何をバカな想像しているのさ! いくら近くっても住宅街を水着で歩けないでしょ! ただそれだけだよ)
(それでも良い! あの三人だって同じ様な想像しているに決まっているんだ)
(ハルは水着に着替えているところまで見ていたくせに、まだ想像するんだ!)
(実物と想像は別物だからな!)
海に着くと、男達が持参したビーチパラソルを立てた。
「久しぶりの海だー!」
そう言いながらみどりと波奈はパーカーと短パンを脱いだ。中には色鮮やかで布の部分が小さめな水着が隠されていた。気付かれない様にチラチラ見ていた男達は、一斉にツバを飲み込んだ。
小春もパーカーと短パンを脱いだが、こちらは露出の少ないワンピースだった。
「ほら、男達がガッカリしているよ」
みどりが小春の水着姿と男達を交互に見ながら言った。
「ガッカリなんかしていませんよ。私はみどりんやハナちゃんみたいな体型じゃ無いですから、誰も期待して無いですよ」
「そんな事無いよ。私達より全体に小さいけど、良い身体しているよ。ほら、胸だってちょうど良い大きさだし、お尻もカワイイし……」
みどりと波奈は小春の身体を触りまくっていた。そんな光景を男達は嬉しそうに見ている。
「やめてくださいよう。くすぐったいですよう~」
波奈は突然、名案を思い付いた。
「そうだよ! 明日の午後は小春の水着を買いに行くからね! 私とみどりんが選んであげるからね」
「私はこれで良いですよ」
「ダメ! 明日は買い物に決定!」
(やったな! これでセクシー小春のデビューが決まった様なものだ。小春も捨てたものじゃないからな)
(何よそれ! 私が他の男にいやらしい目で見られても良いってこと!)
(周りの男達に良い女だって思われるだけだろ。悪いことじゃないよ)
学生達は、ビーチで波と戯れたりビーチバレーをしたりして楽しんだ。別荘に戻りシャワーを浴びてから、夕食の準備にかかった。今日の夕食は男達が作ったカレーだ。食事の後は飲み会になったが、翌日は講演が有るので早目の就寝となった。
翌朝、全員そろって朝食をとり、葉山心療内科へ向かった。河村教授の講演は、患者とのコミュニケーションに関する嘘と真実についてだった。『患者は時として嘘をつく。しかし、その嘘は真実の中に巧みに隠されていて、その患者本人でさえ見分けがつかなく成っている。また、医師や看護師はその真実と嘘を見分け、嘘をつく意味を知ることから治療が始まる』と言うものだった。その中でも『患者を嘘つきだと疑ってはいけない。患者を正直者だと信じてもいけない』と言う言葉が印象的だった。
講演が終わり別荘に戻った後、女三人は今日も海へ行こうと言う男達を振り切って買い物に出かけた。
「高梨先輩、運転手お願いします」
みどりの一言で運転手は高梨に確定した。
「買い物って、どこまで行くの?」
高梨の質問に答えたのは、スマホで熱心に検索をしていた波奈だった。
「ここまで行って下さい」
スマホの検索結果を見た高梨は渋い顔をした。
「えー、そこまで行くと一時間くらいかかるよ!」
「ようちゃんは黙って運転すれば良いの! 小春の水着を買うんだからね。本当なら都内まで行きたいんだから」
高梨はみどりに言われてワゴン車を発車させた。
「みどりんもハナちゃんも、そこまで気合い入れなくて良いんじゃない?」
「何を言っているのよ! スッゴク可愛くて、スッゴクセクシーなビキニの水着を買いに行くんだからね」
(小春、スッゴク可愛くてセクシーなビキニだって! それを着た小春を早く見たいよ~)
(不安だよ~。私はどんな格好をさせられるの?)
ショピングモールに到着すると、みどりが高梨に車で待機する様に命じた。
ショピングモールの水着売場では、小春の好みとは関係なく水着選びが展開していた。
「小春、これなんかどう」
「おっ、ハナちゃんさすがに良いセンスしてるね。でも、こっちのも良くない?」
「あーん、どっちにしても恥ずかしいよ~。だって布がほとんど無いじゃないですか。いろいろ見えすぎですよ~」
「みどりん、小春が訳のわからないこと言っているよ」
「放っておけば良いよ。あっ、これが良いよ。絶対小春に似合うよ!」
「本当だ。これ、試着させてみようよ。小春、これを試着してごらん」
「えー、これを着るんですか? 恥ずかしいですよ」
小春の抵抗もむなしく試着させられた。
「良いねぇ」
「これで決まりだね」
(最高だよ! さすが、みどりんとハナちゃんだ!)
(なんでハルまで会話に参加しているのよ!)
(小春は本当に可愛くてセクシーだよ。俺、小春の中で生きていて良かったよ!)
(全く調子良いんだから!)
その可愛くてセクシーな水着と夕食の材料を買い込んで別荘へ戻った。
今日の夕食は女子の担当だったが、実質は波奈の担当みたいな状況だった。
「ハナちゃんは料理も上手いんだね。部屋の片付けも上手だし。良い奥さんに成れそうだね」
「そんな風に言ってくれるのは小春だけだよ。小春、私を奥さんにしてよ」
波奈がいきなり抱きついてきたが、小春は間一髪のところでかわした。
「小春も慣れてきたみたいだね」
みどりが笑いながら言った。
食事が終わり、飲み会に発展した。昨日酒を控えていた分、今日の酒量は凄かった。みんな酔いつぶれてしまい、リビングでざこねになってしまった。
(私は飲んでいないから覚えているけど。みんなは明日になったら忘れちゃうのかな?)
(忘れるって何を?)
(南川先輩が酔っぱらって『早川~、水着買ったんだって。今着てみろよ』なんて言った事や、そのせいでハナちゃんに殴られて目の周りが青あざに成った事)
(どっちにしても、覚えていない方が良いからな。きれいさっぱり忘れるだろうな)
(人間の記憶ってそんなにいい加減で便利に出来ているのかしら?)
翌朝、目覚めた吉岡が合宿最終日のスケジュールを発表した。
「今日は合宿の最終日です。午前中はビーチで遊んで、昼食後に帰途に着きます」
朝食を終えると、準備をしてビーチへ出かけた。今日は河村教授も一緒だった。
鎌倉周辺や逗子海岸などと違って、ここ森戸海岸は家族的で落ち着いた雰囲気が漂っている。学生達は、今日も持参のビーチパラソルを立てて拠点を設営した。
準備が整うと、一昨日と同じように男達が注目する。その先には、みどりと波奈、そして昨日新しい水着を購入した小春がいる。
まずはみどりがパーカーを脱いだ。男達が目を見張る。周辺にいた家族連れのお父さんの目まで釘付けにしてしまった。
続いて波奈が脱ぎ始めた。男達全員が息をのむ。あの物静かで優しそうな紳士の河村教授までがただの男になってしまった様だ。
いよいよ小春の番が来た。
「何だか周り中から見られているよ。恥ずかしいよ」
「何を言っているのよ! こんなに期待されているんだから、パーっと脱いじゃいなよ! 小春の大変身に、みんなビックリするよ」
小春は覚悟を決めてパーカーを脱いだ。花柄のビキニが小春の小さめな胸とお尻を申し訳なさそうに隠している。
「おー!」
南川が思わず声を漏らしたが、波奈に睨まれて吉岡の陰に隠れた。南川の身体は、目の周りの青アザと共に波奈のパンチも記憶しているようだった。
女三人はビーチパラソルの下で寝転んでいた。近くにいた高梨にみどりが声をかける。
「高梨先輩、日焼け止めを塗ってよ」
「ああ、良いよ」
高梨はみどりの身体に日焼け止めクリームを塗り始めた。それを見ていた吉岡と南川が近寄って来た。
「中津川さんも日焼け止めを塗る?」
吉岡の言葉に波奈は答えた。
「じゃあ、お願いします」
南川も小春に同じ提案をした。
「あっ、いいえ、私はいいです」
隣で波奈が口を出した。
「小春も塗ってもらいなよ! 日焼けで真っ赤になっちゃうよ」
「えっ、だって……」
「そうだよ! 日焼けは美容に良くないんだよ。しつれいしまーす」
南川が小春の身体に日焼け止めクリームを塗り始めた。横で波奈が呟く。
「いやらしい塗りかたしたら、ただじゃ済まないからね。解っているよね」
南川の指が少し強ばったけど、クリームを塗る手は止まらなかった。
「あっ、南川先輩! くすぐったいですよ~」
小春は日焼け止めクリームを塗っているとはいえ男性に、こんな風に身体中を触られるのは初めてだった。腕、肩、背中、腰、尻、太もも、ふくらはぎ、小春は気絶するかと思うくらい恥ずかしかった。
(なんで喜んでいるんだよ! 南川なんかに身体中触られて嬉しいのかよ!)
(喜んでなんかいないよ。あー、ハル、やきもち妬いているの? だってハルじゃ背中に日焼け止めを塗れないでしょう)
(知るかよ!)
それからハルは小春に話し掛けて来なくなった。みどりや波奈とシャワーを浴びている時も、帰り支度をしているときも、帰りの車の中でもハルは話さない。
(ねぇ、ハル。どうしたの? 怒っているの? 何か話してよ)
そんな小春の語りかけも全く無視していた。
家に帰ってもハルは話をしなかった。寝る頃になっても喋らない。
小春は悲しくなって来た。気が付くと目から涙が流れ落ちていた。
「ハル……お願い……何か話してよ」
(………………)
「私のこと嫌いになっちゃったの?」
(……小春……泣くなよ。俺、小春に何もしてあげられないんだよな。情けないよ)
「そんなことはないよ。ハルは私の支えに成っているよ。機嫌直してよ」
(うん、水着はまだ濡れているだろうから、制服だな。高校の制服を着てみてよ。きっと機嫌が直るから)
「何をバカなこと言っているのよ! まったく! すぐに調子に乗るんだから!」
小春はそう言いながら、タンスから高校の制服を出して着ていた。先日買った姿見に向かって、制服のミニスカートの裾をはねあげながらターンをした。




