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ストーカー

 波奈の家は品川区の西大井にあった。ちょっと古めのマンションで、一階にコンビニが入っている。そのコンビニでビールとジュースとつまみを買って三階の波奈の部屋に入った。

 波奈の部屋には、ベッドとテレビとカラーボックスと小さなテーブル、あと洋服掛のハンガーと全身が映る鏡が有った。必要な物は揃っているけど、女子の部屋にしては色彩の欠如した部屋だった。

「可愛く無い部屋でしょう。建物も古いしね。女の子の部屋としては失格だよね」

 そう言って波奈は笑った。

「うーん、ちょっと可愛いものが不足しているけど、掃除も片付けも完璧じゃあないですか。私なんか掃除はママに任せっきりですよ」

「ひとり暮らしだからね、任せる人が居ないから……。小春、一緒に住む?」

「いいえ、まだしばらくはママに任せる予定です」

「ハハハ、小春も意外とちゃっかりしているね。今日は泊まっていくでしょ? 家に連絡しておきなよ」

「泊まるつもりは無いけど……」

「話し、長くなるよ、終電が無くなるくらいまで」

「わざと長くするってことですか? じゃあ泊めてもらいます」

 小春は自宅に電話をして、波奈の部屋に泊まる事を伝えた。


「とりあえずシャワーでも浴びてきたら? そうすれば寝たい時にすぐ眠れるし……」

「じゃあ、そうしようかな?」

 小春がシャワーを浴びて出て来ると、波奈がTシャツを用意してくれていた。

「小春、着替えを用意しておいたから、そのTシャツを着てね」

「ありがとう」

 小春はそう言って着替えをしようとした。しかし、その着替えの中には通常有るべき物が無くなっていた。

「ハナちゃん、私のブラとパンツが無いんだけど……」

「洗濯機の中だよ。今洗ってる。乾燥機にかけるから明日は着られるよ」

「ブラはともかく、パンツは無いと……」

「まあ良いじゃないの、私しか居ないんだし。私は寝るときにはいつもノーブラノーパンだよ。恥ずかしがる事無いじゃない」

「えー、パンツが無いと落ち着かないよ~」

 まさか洗濯中の濡れたパンツを履くわけにはいかない。仕方なく小春は波奈から借りたTシャツのみに着替えた。

「やっぱりハナちゃんのだと大きいね」

「ハハハ、ブカブカでちょっとエロいよ。セクシーポーズとかしてみなよ」

「しません!」

「うふ、小春のちょっと怒った顔、かわいくって好きだよ。私が男だったら放って置かないよ!」

「男じゃ無くて良かったです。放って置いてください」

(うん、確かにブカブカTシャツはちょっとエロい。肩が出そうで、いいねぇ。その上ノーブラノーパンときている、うー、たまんないねぇ)

(女の子の会話に入って来ないでよね! ドスケベハル!)

 小春が出て来ると、波奈もシャワーを浴びに浴室へと入って行った。

(当然ハナちゃんもノーブラノーパンなんだよねぇ)

(当然そうなんだろうけど、ハルは本当にスケベだよね)

(男はみんなスケベなんだよ。俺が特別なわけじゃ無い!)

(自分を正当化しようとしたってダメだからね!)

 波奈が浴室から出てきた。勿論Tシャツ一枚だけしか身につけてはいない。

(うーん、いいねぇ。小春のブカブカTシャツも良いけど、ハナちゃんの胸とかヒップの辺りがピッタリしているって言うのも、良いねぇ。俺、身体が無いから大丈夫だけど、もしも身体が有ったらどうして良いか解かんなくなっちゃいそうだよ)

 ハルの言葉は、いかにもスケベな発言だったが、後半部分には多少の悲哀が含まれている様で、小春は何も言えなかった。


「ハナちゃん、友達の話しだけど、別人格が入って来た時のことって聞いている?」

「うーん、言っていた様な気がする」

「思い出して! 出来るだけ詳しく知りたいの」

「彼女の名前は三好愛美みよしまなみって言って、可愛い子だったんだ。愛美が一年生の時に三年だった男子が愛美に告白したんだよ。それも卒業式の前日にね。愛美はまだ一年生だったし、男の子は明日卒業しちゃうし、話しもしたことの無い男子だったしで、当然愛美は断ったんだ。そうしたら、春からストーカーになっちゃってね」

「ストーカーって尾行したりするんでしょう」

「そうなんだよ! 友達と買い物をしていたら、知らないアドレスからメールが届いて。開いたら愛美が買った物の画像が添付されていて、本文に『愛美ちゃんはこういう物が好きなんだね』なんて書いて有ったそうだよ。そのとき買った物って、パンティとブラだよ! ピンクでストライプ柄の……」

「それは怖すぎだよ!」

「そんなのが三ヶ月くらい続いた頃なんだけどね。ある日愛美はストーカーの尾行に気づいたんだ。それでその男をまこうとして、信号が赤に替わりかけた交差点を急いで渡ったんだって。そうしたらストーカーも慌てて追いかけて交差点に入ったんだけど、信号が替わって直進してきたタクシーにはねられて死んでしまったんだって」

 小春はハルが小春の中に入って来た時のことを思い出していた。ハルはストーカーでは無かったけれども、同じ様に小春の目の前で交通事故によって亡くなっていた。

(何だか、俺達に似ていないか? 俺はストーカーじゃないけれど……)

 ハルも同じことを思い出していた。

「その日の夜、愛美の夢の中にそのストーカーが現れて話し掛けてきたそうなんだ。愛美は交通事故を目撃したからそんな夢を見たと思っていたんだけど、翌日の夢の中にもストーカーが出てきたんだって。

 それからは、眠る度に現れる様になってね。その夢の中では、かなりいやらしい話しをしてきたみたいだよ」

「いやらしい話し?」

「今日の下着が可愛いとか、もっとエロい下着を着けろとか、服を脱げとか、エロいポーズをとれとか言われたみたいだよ」

「言うだけなの?」

「最初はね。このあたりまでは、愛美がストーカーの死を自分の責任だと思ってしまった場合、あり得るかなって思うけどね。しばらくすると、愛美の意思とは無関係に手が動く様になったって言うんだよ。身体中を触りまくるらしいんだ。お尻を撫でたり、胸を揉んだり、あと……指を入れたり。毎晩眠ると始めるらしいんだ。愛美、睡眠不足でフラフラになって、倒れて寝てしまうと、また犯されて……、その繰り返し。酷いよね!」

「愛美ちゃん……可哀想」

(中2の女の子にそれは酷すぎる! 俺だってまだしていないのに……)

(これからやるみたいに聞こえるんだけど!)

(いや、俺の場合は合意が有ればだよ。無理矢理なんかじゃないから……)

(合意はしません!)

(ハ、ハイ……)

「そんなにひどい目に遭っていた愛美に、ノイローゼだとか言っちゃったんだよ! 酷い友達だよね! あんな話しをするだけでも、すごく嫌だっただろうに……」

「ハナちゃん……」

 小春は掛ける言葉が見つからなかった。何を言っても嘘臭いし、波奈を慰めることは出来ない気がした。小春に出来ることは、波奈を抱きしめ、一緒に涙を流すことだけだった。

 静止画の様な時が過ぎて行く。

 波奈を抱きしめた小春は、時の経つのも忘れて涙を流し続けていた。

 小春に抱きしめられた波奈も、同じように涙を流し続けていた。

 窓の外が明るくなり始めた頃、二人は狭いベッドで抱き合ったまま眠った。二人が目を覚ましたのはもう昼だった。



 波奈が用意したトーストとベーコンエッグとコーヒーの朝食? を食べていると、小春の頭の中でハルが言った。

(小春達が寝ている間に考えていたことがあるんだ。なんでストーカーは愛美が眠っている間だけしか話をしたり手で触ったり出来ないんだ?)

(さあ? 愛美ちゃんとストーカーのシンクロ率が低かったとかじゃないの?)

(そうかもしれないけれど、そうだったら愛美がストーカーを抑え込むことも出来そうな気がしないか? 本気で嫌がっていたなら……。そのストーカーの事を少し調べたいな)

(うん、そうしてみようか)

「ハナちゃん、昨夜の話しなんだけど……。ストーカーって、名前とか住所は知っているの?」

「名前は高橋誠。住所は知らないな。なんで?」

「ちょっと気になることがあるんだ。調べられない?」

 波奈は数人の知人に電話をして、高橋誠の家の住所を手に入れ、メモを小春に渡した。

「ハナちゃん、行ってみようよ」

「うん、でも高橋誠は事故で死んでいるんだよ」

「それでも確かめたいことが有るんだ」


 小春は波奈と一緒に高橋誠の家を訪ねた。その住所には、小さな喫茶店が有った。看板には『喫茶アロマ』と書いてあった。

 小春と波奈は、喫茶アロマでコーヒーをオーダーして様子をうかがっていた。カウンターの中には、若い男性と中年のおばちゃんがいた。

「マコトちゃん、それ洗っておいてね」

 ふたりの会話に聞き耳を立てていた小春と波奈は耳を疑った。

「マコトチャン? まさか高橋誠? そんなはず無いよね」

「高橋誠は事故で死んだはずだよ!」

 小春はマコトちゃんと呼ばれている男性の動きに注目していた。マコトちゃんの動きは少し不自然な気がした。

「マコトちゃんって、足が悪いのかな?」

「そうだね、少し足を引きずっているみたいだね」

 小春と波奈が様子を伺っていると、

「ちょっと出てくるからさぁ。お店、お願いね」と言って、おばちゃんがどこかに出ていった。

 喫茶アロマの中には小春と波奈とマコトちゃんだけになった。


「ハナちゃん、マコトちゃんに話しを聞けないかな?」

「聞いてみるしか無いね」

 波奈はカウンターに移ってマコトちゃんに話しかけた。

「こんにちは、落ち着いていて良いお店ですね」

 波奈はスタイル抜群の美人だ。話し掛けられて不機嫌になる男性は居ないだろう。マコトちゃんも例外では無かった。

「ありがとうございます。親父の代からやって居ますから、もう時代遅れですよ。最近流行りのカフェに押されてお客さんは少ないですがね」

「お父さんの後を継いだんですね。おいくつなんですか?」

「二十二歳です、高校を卒業してから店を手伝っていますから、もう五年目ですよ」

 マコトちゃんは波奈より二つ上でこの店の息子だった。高橋誠の可能性が増した。

「もしかして、高橋先輩じゃないですか? 私、西中の卒業生で中津川と言います」

「はい、高橋です。西中なんですか。懐かしいですね。西中は学校の統廃合で無くなってしまいましたからね、さみしいですよね」

「そうですね。あそこにはいろんな思い出が有りましたから……。私がまだ中一の時、高橋先輩、私の友達に告白しませんでした? 卒業式の前日に……」

 波奈が核心に触れた。マコトちゃんは表情を曇らせた。

「君、三好さんの友達だったんだ。三好さん、自殺したんだよね。噂では僕が告白したことになっているようだけれどね」

「えっ! 違うんですか?」

「話しても仕方ないから今まで黙っていたけど、そろそろ時効だよね。実は、告白したのは三好さんの方なんだ。突然校舎の屋上に呼び出されてね。可愛い子だったけど、話もしたこと無かったし、僕には当時付き合っていた子も居たから断ったんだ」

「でも、告白して振られた高橋先輩が愛美をストーカーしていたって……」

「ひどい噂だよね。どうも三好さんが広めたらいけど……。その噂のおかげで付き合っていた彼女にも振られるし……」

「だってストーカーしていて交通事故に遭ったって……」

「あの時も、後をつけて来た三好さんに気付いた僕が声を掛けようとしたら、三好さんが急に逃げ出してね。追いかけようとしたらタクシーにはねられた。とんだ災難だよ」

「あなたはストーカーをしていたのが愛美の方だって言うんですか? 愛美がひどい目に遭っていたのも嘘だって言うの! ふざけないでよ!」

 小春は興奮する波奈の身体を抱きしめた。

「ハナちゃん、落ち着いて。ね、深呼吸しよう」

 波奈は小春の言う通りに、ゆっくりと深呼吸をした。波奈は少しだけ落ち着きを取り戻した。波奈にはつらい話しになりそうなので、小春が質問を引き継いだ。

「話しを整理させて下さい。噂では高橋さんが愛美さんに告白したことになっていますが、実際は愛美さんが貴方に告白をしたのですね?」

「そうです」

「その後、愛美さんが貴方にストーカー行為をしていたと?」

「その通りです。当時付き合っていた彼女にも嫌がらせの電話をしていました」

「交通事故で高橋さんは亡くなったと聞いていましたが、無事だったのですね」

「死にはしなかったけど、一週間生死をさまよって右足を失いましたよ。今は義足です」

「生死をさまよっていた時に、愛美さんの夢とか見ませんでしたか?」

「よく覚えていないんです。事故後一週間で生命の危機からは脱したんですが、その後も意識の混濁が激しくてね。事故後一ヶ月くらいの記憶は今でも曖昧なんです」

「そうですか、ありがとうございます」

 波奈は小春の手を握りながら、高橋誠の話しを聞いていた。身体が小刻みに震えていた。

 小春は波奈の手を握ったまま、喫茶アロマを出た。


「ハナちゃんにはつらい話しだったけど、本当なのか確かめないとだね」

「嘘に決まっているよ!」

「愛美さんは日記とか付けていなかったのかな?」

「愛美の家に行ってみようか?」

「そうだね、何か有るかもしれないね」

「絶対に高橋誠の嘘を証明してやる!」


 波奈の案内で三好愛美の家へ行った。愛美の母は波奈のことを覚えていた。本当の来訪理由を話すわけにはいかないので、適当に嘘の理由を作った。真奈美の母は波奈と小春を愛美の部屋に入れてくれた。

 小春と波奈は愛美の日記帳を探した。

「ハナちゃん、これじゃない?」

 表紙には『2007年日記帳』と書いてあった。

「なんだかこわいよ……。小春が読んで」

 小春は日記帳の表紙をめくった。

 日記帳には、愛美が高橋誠に告白をしたが断られた事や、高橋誠の行動が細かく記録されていた。高橋誠が交通事故に遭った辺りから、文字や文章の乱れがひどくなっていた。愛美の精神が病んでいる証拠になるのだろう。高橋誠の証言が全て真実だったことを愛美の日記が語っていた。

 小春の様子を伺っていた波奈にも、日記の内容が波奈の望まないものであることがわかった様だった。

「ハナちゃん、今日はもう帰ろう」

 小春は波奈の腕に自分の腕を絡めて、三好家を後にした。


「ハナちゃんショックだろうなぁ」

(そうだな。愛美の言ったことは全部ウソか妄想だったわけだからな)

「でも、高橋誠には一ヶ月の記憶が無いんでしょう。その間に愛美さんの意識に入り込んで悪さをするってことは無いのかなぁ」

(さぁ、どうだろうかね? 記憶は無くても、自分の身体は生きていたんだから、そこに居たと考える方が自然だと思うけれどね)

「やっぱりそうだよね。でも、空白の一ヶ月、気にはなるよね……」


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