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Phase006『エルフさんとでっかい蛇 July 12, 2012』



「で、アンタがアルジャーノンか?」


「そのとおりでチュよ人間。よくここまで来たでちゅね。歓迎するでチュウ」


「歓迎…ね」



愛嬌のあるつぶらな赤い瞳、毛並みの良く触り心地の良さそうな、白くふわふわした毛皮。そして、大型のヘビのような長い尾っぽ。


人間の子供ぐらいの大きさの、人語を解し、あまつさえ操って見せる齧歯類の怪物でがあるが、得意げに胸を張るその姿はコミカルで、どこかアニメの1シーンを思わせ脅威はあまり感じない。


だが、舐めてかかったり油断していいような存在でもない。


そもそも、ネズミというのは哺乳類全般におけるもっとも基礎的なフォーマットである。分化に必要なすべての要素を備えていると言えよう。


極端な事を言えば、地球上のネズミ以外の哺乳類が絶滅したとしても、ネズミさえいれば再び同じような種の系統樹を再現できると言っていい。


ネズミから鯨や猿、猫に進化する道程は歴史を繰り返すだけでいい。しかし、猿から鯨に進化するのは困難であるし、逆もしかり。


彼らはあらゆる可能性を残しているがために、あらゆる状況に適応しうる可能性を有している。


それは恐竜の直系の子孫である鳥類が恐竜絶滅後に地表を支配できなかったことを見ても明らかだ。


進化とは何かの形質を進化させるかわりに他の形質を失う現象の連続だ。そして、失った形質はよほどのことが無い限り再び得ることは叶わない。


肉食性の陸鳥は、その翼を腕に、くちばしを牙に変えられなかったために肉食性の哺乳類に敗れ、絶滅に追い込まれた。


鯨やシャチといった水棲哺乳類は水中において栄華を築いたが、ついぞエラ呼吸を再現するには至らなかった。


そのネズミに第6類型の妖精文書、進化の促進をもたらすこの異物が取り込まれたのなら、それは全ての哺乳類、人間と人類文明含めた、を再現しうると考えて間違いない。



「それで…、ここの連中を食い尽くして気は済んだのか?」


「チュッチュッチュッチュ、冗談はほどほどにするでチュウ人間。我々の大望、そのノートを読んだ後ならば予想はチュくはずでチュよ?」


「なんだ、愉快な動物園でも作る気か?」


「やれやれでチュ。人間はそうやっていつも自分と違う相手を狭い檻に閉じ込めようとするでチュ」


「移動制限が社会秩序を維持するのに一番手っ取り早いからな」


「傲慢な考えでチュ。ゲットーしかりアパルトヘイトしかり。お前たちは歴史から何も学んでいないでチュ」


「お前らだって変わんねえだろうが。縄張り意識は生物の基本だろ?」


「そうやって世界全てを人間だけで切り分けしようとする傲慢さ、修正しなければならないでチュ」


「ルールの変更を求めるってか?」


「当然でチュ。このままでは多くの仲間たちの命が弄ばれ続け、地球上の数多くの種が失われてしまうでチュ」



なんて意識の高いネズミ。ちょっと尊敬してしまいそうになる。これでも自分、エルフさんですので。


人間ってのは自然は自分たちのために神が与え給うたものとか言って、こっちの都合も考えずに後先考えずに森を切り開きやがるからいけねぇ。


挙句の果てに水不足になったり土壌流出・洪水のコンボで良港を土砂で埋めて自滅するんだから性質が悪い。


わかるわ。



「ところで話は変わるでチュが、人間、お前は他の個体とは大きくかけ離れているようでチュね。普通の人間にはあんな能力は無いはずでチュう。何者でチュか?」


「エルフだぜ」


「エルフ? 妖精…でチュか?」


「齧歯類のくせに、よく知ってるな」


「首は一つでチュが、さしずめ自分はネズミの王様でちゅからね」


「あなどれねぇな、このネズミ」



ネズミが持っているような知識ではない。まるで、本当に人間と話しているかのような錯覚。知能レベルはその域以上にまで達していると考えた方がいい。



「エルフ。自分が知る知識では、エルフはヨーロッパの伝承上の存在だったはずでチュが…。やはり、知識だけで物事は判断できないでチュね」


「書を捨てよ、街へ出よう」


「若者の活字離れが問題になっているでチュ」


「本を出版するにも木を伐らなきゃだし」


「人間は電子媒体を手に入れておきながら、前にも増して紙を消費する愚かな生き物でチュから」


「実物が無いと頭に入らねぇんだよ。ブルーライトが目に染みるぜ」


「無駄が多すぎるでチュウ。この国の人間は食べ物の3割を捨てておいて、食糧自給率の不足を語る度し難い浪費家なのでチュウ」


「食の安全は地球よりも重いんだぜ。虫が入ってただけで全部回収するのが信頼の証」


「是正が必要でチュよ。意識改革が必要でチュ。この星が人間だけのものではない事を、身を以て知るべきなのでチュウ」


「まあ、身を以て知らなきゃ学ばないのが人間だしな。のど元過ぎれば熱さ忘れるってぐらいだし」


「自然物の妖精であるエルフならば、我々と手を取り合えないでチュかね?」


「何をやろうとしてんのか、具体的な話がないとなんとも言えねぇなぁ」


「身内になるか分からない相手には答えられないでチュ」



なるほど確かに。誘導尋問は失敗。まあ、こんなので答えもらえるとは思ってはいなかったけれども。


まあ、どんな答えだろうとも畜生の類と仲良く手を取る趣味は毛頭ないのである。


そもそも、相手にいかに同情すべき点があり、もっふもふであろうとも、目の前の存在は明らかに人類文明の秩序を乱す存在だ。


もはやこの世界の人間社会の一員とは言えない自分であるが、それでも春奈やカヨが生きる日常に混乱をもたらすこの存在は許容できない。



「なら、変えられる力があるのか示してみろよ」


「チュッチュッチュッチュ、少しばかり不思議な力を使えるからと言って調子に乗っているでチュね。いいでチュウ。これからお前を組み敷いて、その力、大義のために役に立てさせてもらうでチュ」


「なんだエコロジスト。テメェの頭ん辞書には話合いって言葉はねぇのか?」


「交渉は対等な相手同士でなければ成立しえないでチュウ。《力》を示せなければ、軽くみられるのがオチでチュからね」


「はっ、いい度胸だ。テンジクネズミみたいに丸焼きにしてやんよ!」



楽しいトークタイムはおしまい。話合いよりもぶん殴る方が簡単でシンプルな解決法。都合の悪い存在は皆殺しにして歴史の闇に葬るのが人類の歴史の積み重ねなのである。


まあ、それでこの先都合の悪いことが起きるとしても、そういうのは後から考えればいいのである。未来の子供たちへの宿題とかそういうの。


とりあえず、あの毛玉を一回、おもいっきりぶん殴るべく身体を加速させる。だが、



「頼んだでチュよっ、白娘子さん」



そして私は、突如としてコンクリートの床を突き破る大きく白い鱗を見た。




Phase006『エルフさんとでっかい蛇 July 12, 2012』




「ルシアちゃん、大丈夫かな?」


「心配?」


「佳代子おねえちゃんは心配じゃないの?」


「いろいろな意味で心配よ…」



横で佳代子が盛大に溜め息をつく。そんな佳代子の様子に春奈は顔をひきつらせて苦笑いを返した。


遠くに見える大学病院の建物は、火事が起きたのか黒い煙がもうもうと上がっている。ネズミが配線を齧って出火したのかもしれない。


周囲からは消防車と救急車のサイレン。ヘリコプターが上空を旋回する音。それでも未だ救援は届いていない。


来館者たちは不安そうにヘリコプターを眺め、時には助けを求めて大きく手を振って叫ぶが聞こえてはいないだろう。


そして、変化は唐突に。



「なっ!?」



思わず声を漏らす。視線の先、大学病院の近くにて爆発が生じたのだ。白い土埃が舞い上がり、そしてソレは姿を現した。



「なん…だあれ?」


「う…そ?」



巨大な白い大蛇。鎌首をもたげたその高さは数十メートルに達しており、とぐろを巻くその全体を加えれば数百メートルを超えるかもしれない。


まるで怪獣映画を見ているかのような非現実感。


巨大な大蛇が身をよじり尻尾をふるうと、メキメキという鋼鉄を含むコンクリートが軋み、崩壊する音と共に赤い車体、おそらくは消防車が空を舞った。



「に…逃げろ!!」「ここも危ないぞ!」



来館者たちが我先にと、逃げるために鋼鉄のドアへと殺到していく。俺はどうすべきか迷い、佳代子に視線で問う。



「逃げるか?」


「ここがもっと開けていたら簡単だったけれど」



図書館の周囲は森で囲まれている。そもそも山の上に作られた施設群だ。街に降りるにしても、山道を通る必要がある。


そして、



「なんだ、えらく頭がいいじゃないか」


「先輩…あれって……」



この区画に通じる山道は2本。一つは隣町に通じ、もう一つは俺たちの街に通じる。その一本から唐突に細く黒い煙が上がった。



「これは、困ったわね」


「なんつーか、昨日の今日でこれか…」


「後悔してる?」


「乗りかかった船だしなぁ」


「泥船ね」


「佳代子がのるなら俺も乗るさ」


「あっ、あれ、ルシアちゃんよ」



気障に決めたつもりのセリフは、軽く無視されて佳代子は身を乗り出してあちらの騒動に指をさす。うん、まあ、ええんよ別に。



「まあ、せいぜい頼りにしているわ。タカシ君」


「デレいただきました!!」



照れ隠しな感じの佳代子のデレにガッツポーズをとりつつ、出来ることが無い事に歯がゆい思いを抱える。


暴れまわる大蛇。土煙とともに瓦礫や樹木が空を舞う。咆哮は蛇とは思えないほどの内臓をゆさぶる重低音。発声器官の拡大は発する音波の波長を長くする。


牛若丸の軽業のように跳び回るアイツは、遠目から見ればヘビにまとわりつくノミかなにかのようなスケールの違い。


それに負けじと青い電光が奔っては大蛇の行動を阻害して、怪物は浴びせかかけられる雷に身をよじって呻き声を上げたりする。


平和の国ジャパン生まれの平凡な高校生な俺に、どこぞの少年漫画の主人公染みたスキルなど存在しないわけで、あんな怪獣大決戦に巻き込まれたらギャグ補正も効かずに即死である。



「おねえちゃん、わ、私たち、どうしたら…」


「破片が飛んでくると危ないわね。かといって、ここから逃げるにしても…」



下に視線をおろせば、街のある方向に続く林道にて、先ほどこの屋上にいた人たちがポメラニアンやプードルなどの野犬の集団に襲撃されているのが確認できた。


そうやら、この騒動には予想以上に多くの動物が関わっているらしい。となれば…



「佳代子!!」



俺はとっさに佳代子に覆いかぶさり押し倒す。コンマ一秒遅れて先ほどまで彼女の顔があった場所をトンビが高速で飛び去って行った。



「おねえちゃん!?」


「大丈夫よ。タカシ君、ありがとう」


「いや。とりあえず、屋根のあるところに入った方が良さそうだな」



結局のところ、この状況をなんとか出来るのはアイツだけらしい。どこか悔しさと共に、俺はそう決めるが、



「え…、ルシアちゃんが…」


「どうしたっ?」



向こうの様子を改めて見た春奈が口を押さえて指をさす。俺と佳代子もその指さす方に目を向けると、



「…逃げてるわね」


「自信満々に出て行ったくせになぁ」



エルフさんは大蛇から逃げの一手を打って出ていた。いや、まあ、あの怪獣は予想外だったけれども、格好悪い。


とはいえ、



「まあ、どっちかと言えば」


「誘導してるのね」



病院の近くで怪獣を暴れさせるのは危険だと判断したのだろう。巨大なヘビが追いかける方向には、建物が無く、普段は使う者がほとんどいない広いグラウンドのある方だ。


アイツらしい判断ともいえた。



「まあ、そういうことだから、心配する必要はないぞ春奈…。おろ?」


「どうしたのタカシく……、え?」



振り向いて話しかけた先、そこには居るはずの少女がどこにもいなくて、



「春奈ちゃんは?」


「まさか…っ!」


「おいおい、相変わらずの思い込み激しさだな!」



俺と佳代子は頷きあい、全くの同じタイミングで駆け出した。





「三六計逃げるに如かずってな!」



周囲は予想以上の混乱の坩堝。隣接する建物の病院は火の手が回り、その消火作業に入っていた消防車も大蛇が弾き飛ばしてしまった。


空にはカラスの群れが嫌がらせのように向かってくるが、電気を纏っていれば脅威はない。とはいえ、他の人間たちの安全までは保障できない。


白い大蛇の皮膚は予想以上厚く、電撃はなかなか通らない。相手が大きすぎるというのも効果がいまいちな理由だろう。


このままあの場所でやり続けるのはいろいろと迷惑極まりないので、とにかく人の気配のない方向にトンズラすることに。



「ちょこまかと素早しっこいでチュね! 待つでチュ!」


「ネズミに言われる筋合いはねぇぜ」



予想以上の規模の文書災害。


こんな大物が飛び出てくるのはちょっと予想外だった。走る私の後ろを、木々をなぎ倒しながらヘビらしく体をうねらせて大蛇が迫ってくる。


メキメキと木々を押し潰し、あるいは根っ子ごと宙に弾き飛ばす様は恐ろしい。あんなものに巻き込まれたくはない。


うねるヘビの巨体はそれ自体が凶器だ。あんなものに踏みつぶされたら、どんな屈強な男だろうとカルパッチョになること請け合いである。


ちなみにエルフは生肉食べます。エルフは狩猟民族ですからね。


地方によっては火を宗教的禁忌にしてる部族もいるので、野生動物の生肉にガブリンチョするのはよくあるのである。野蛮やわぁ。


まあ、私は文明人ならぬ文明エルフなのでそういうのは好きじゃありません。加熱大好きビタミン消失上等。黄金のタレがあればさらによし。香辛料と調味料は人生のエッセンス。


とはいえ、事態が事態だけにあまり時間をかけたくはない。放っておいたら自衛隊とか米軍とかがやってきそうなそんなスペクタクル。


戦闘機とか飛んできたらどうしましょ。


とはいえ、早く片付けたいのは向こうも同じだったらしい。蛇の頭に乗る白いネズミがこちらを指差した。



「埒が明かないでチュね…。仕方ないでチュ。白娘子さん、本気をだチュてください!!」


「なら、こっちもギア上げていくぜ! 其は我が大弓、横に弦を。其は我が標、縦に弦を。一つ目っ」



かなり人気のないところまで来れた。まあ、この辺りで勝負をかけようか。私は逃げ回るのをやめ、進路を横に逸れ、すこし大き目の木の枝の上に着地する。


そしてスカートの内側、右太腿に巻きつけたホルスターからダーツを一本取り出し、蛇をめがけて投擲した。



「!?」



20cm程の金属矢は、すぐさまルシアのその投擲速度からは考えられないほどの速度に加速し大蛇をめがけ、赤い軌跡を描いて飛翔する。


それは驚き身をよじって避けようとした大蛇の右側面に衝突、その肉を抉り、蛇は傷から血を吹きだして悶えた。



「な、なんでチュかっ!?」


「はっ、ザマァねぇな!」



大鼠の表情はいまいち判別できないが、その声から驚きうろたえていることが分かる。しかし大蛇の瞳には戦意が未だ滾っており、さほどのダメージは与えられなかったようだ。


いや、違う。



「傷がふさがって…、ちっ」



ダーツが抉った傷の部分を肉が盛り上がり、瘡蓋になって、すぐさま剥がれて元通りの鱗に治ってしまう。どうやら再生能力も異常に増強されているようだ。



「こしゃくなっ、白娘子さん、容赦は無用でチュ!」


「今まで容赦なんてしてたのかっ?」



そして鎌首をもたげる大蛇。これだけの大きさのヘビを見上げるのは、結構な迫力。なんて感心していると…って、そんなヒマはなぁぁい!?



「うわちょと!?」



嫌な予感と共に横っ飛びして無様に地面を四つ脚になりつつ着地。這うように逃げて、間一髪で大蛇が大口を開けて吐き出した霧状の物質を浴びずに済んだ。


いや、ちょっとだけ服にかかった。



「って、なんじゃこりゃぁっ!?」



シュウシュウと細かな泡と煙を立てて、霧を浴びた木々や石、土壌が溶解していく。立ち込める鼻が曲がるような刺激臭。


少しの飛沫が服についたが、そこもまた煙を立てて穴が開いた。受け取ったばかりの制服に大穴が。



「チュッチュッチュ、毒でチュよ!」


「こんな毒があってたまるか!! 2つ目」



生物毒といえば溶血性か神経系への作用と相場が決まっている。だというのに、無機物や有機物を構わず溶かすとはどういう了見なのか。


それは毒物ではなく危険物である。っていうか、あのヘビは溶けないのだろうか? まあ、そんな疑問は無意味だろう。溶けないのなら、耐性はあるに決まっている。



「粉砕、玉砕、大喝采!! ガンガンいくでチュよ白娘子さん!」


「周辺環境への影響に気遣いやがれ似非エコロジストが!」



噴霧される溶解毒。溶け、枯れていく森と遊歩道。あんなものが周囲を汚染したら、大変な環境汚染である。



「環境改変は生物の特権でチュ。珊瑚的な意味で」


「くそったれっ、駆逐してやる! 3つ目!」



小さな前脚を振り上げ調子にのる畜生。そろそろ生物種としての違いと、齧歯類と霊長類の越えられない壁という現実を見せなければならない。


大蛇は首を振って毒の霧を掃射してくる。向こうは首を振るだけで済むが、こっちは全力で走り回らないと酷い目に遭う。


地面を転がり這いまわりながら、溶解毒から逃げ回る。そのまま階段を転がるように降りてグラウンドへ。不幸だ。


グラウンドは山間の盆地のように少し掘り下げて作られていて、これはおそらく大雨が降った時のために周囲の水をここに集めて集積するのが目的だろう。



「4つ目…」


「ところで、さっきから何を数えてるでチュか?」


「おお、ようやく気づいたか齧歯類」



ポーチから黒っぽい矢のような直径1cm、長さ1mほどの細長い金属棒を私は取り出す。それを持つ右手にズシリとくる重さは、およそ1kgほどだろう。


私はそれを指でつまみ、弓につがえるかのように構えて持つ。それだけで、この金属棒がいかなる風に用いられるかをネズミは悟った。



「っ!? 白娘子さん避けっ!!」


「まだすこしばかり足りないが、一発喰らっとけ」



矢を放つ。それと共に十字に交わる横の《弦》、電界と縦の《弦》、磁界によって捕捉されていた負に強く帯電する《矢》が爆発的な加速を始めた。


一つの仮想砲身には十字に交差した《弦》が幾重にも重ねられている。それ故に加速は一度では済まず連続的に、一瞬にして秒速1150mに到達した。


矢は弦が交差する十字が構成する面に対して垂直に力を受けるために、面が向く方向によって微細な軌道修正を受け続ける。


矢は精密な軌道補正を受けながら、僅かにずれた狙いを修正されつつ、一つ目の仮想砲身から離れた後、すぐさまその先に展開された二つ目の仮想砲身を通過する。


二つ目の仮想砲身における加速を受け、矢はおよそ1616m/secに到達。さらに三つ目にて1980m/secに達する。


そうして4つ目の砲身を通過した際には2285m/secという音速の6.5倍強という速度に到達していた。


断熱圧縮による空力加熱により先端が赤熱し、一条の光線となった《矢》は、驚くべき反応速度で回避を試みる大蛇の想像を超えて身体に食らいつく。


大蛇の回避速度、反応速度は驚愕すべきものだろう。もしそれが音速を超えていなければ十分に回避できていたほどだからだ。


だが、どだい音速の数倍で迫るようなものを見てから避けるなど生物の領域にある存在には不可能だった。


そうして、瞬きすら置き去りにするような刹那に、タンタルを用いて特殊な加工を施し造られた《矢》は大砲すらも弾きかねないほどに頑強な大蛇の白銀の鱗に突き立った。


衝突により生じた圧力は瞬間的に40ギガパスカルを超え、タンタルと大蛇の鱗はユゴニオ弾性限界を迎える。


そうして矢と鱗の両者は互いに流体のような振る舞いを始め、運動エネルギーのベクトルに身を任せて硬さなどないかのように変形しはじめる。


細長い矢の先端は豆腐か何かのように潰れながらも、その速度に任せて大蛇の鱗を侵徹していく。大蛇の鱗もまた水面か何かのように潰れていくため、そこに大きな障害は無い。


突入したタンタルの金属塊はそれほど大きなものではなかったが、それでも厚さ数センチ程度のヘビの鱗を侵徹しきるには十分すぎるものだった。


硬い鱗を貫ききり、タンタルが元の物性を取り戻すのには刹那ほどの時間しかかからなかったが、その頃には大きく変形したタンタルの塊が十分な速度を以て大蛇の肉体に侵入していた。


その速度を以て複雑に細分化されたタンタルの金属片が、大蛇の肉を抉り始める。肉は抉られ、沸騰し、内側から破裂するようにして破壊された。


コンマ1秒にも満たない破壊現象。僅かな回避行動により中心線を外れたものの、その結果は、大蛇の長細い肉体が横から食い破られたような深い傷痕を生むに至った。


大蛇が大気を振るわせるほどの絶叫を上げて苦しみもがく。正直そうやって暴れられると迷惑なのだけれど。



「チュゥゥっ!? 白娘子さん!?」


「なんだ、まだ千切れてなかったか。まあいいや、次いくぜ」



再び《矢》をつがえる。ちなみに、ぶっぱなすのには別に弓の振りをしなくてもいいのだけど、気分的な問題でアーチェリーをしている。


私は悪くない。エルフ的な意味で使い慣れた弓矢をイメージしたほうが命中しやすいというか、魔法というのは気分が重要なのである。これ本当。


まあ、設置に時間がかかるのは難点だが、一度設置すれば連続で使用可能、連発できて威力も高い。何よりも周りにあまり被害をもたらさないのがいい。


タンタルは高価だけれど、鋼でもそれなりに代用は可能だから、準備に時間がかかるという短所に目を瞑れば使い勝手の良い攻撃魔法である。


大蛇が不利を認識したのか逃げはじめる。スルスルと大地を這いはじめ、木々を押し潰しながら私から離れていく。


向かう先は図書館の方向。その速度は体の大きさも合わさって驚くほど速い。だけれど、それでも音速を超えるわけではない。



「ほらよっ!」



緋色の弾丸がわずかにカーブを描いて大蛇を穿つ。交差する電界と磁界の平面の向きを少しずつずらせば、急激な方向転換は出来なくとも、ある程度の照準補正は可能だ。


そうして2発目は弧を描いて大蛇を撃ち下ろす。赤熱の線条の閃きが微かに空に焼き付き、爆音を上げて撃ちぬいた。



「チュゥゥゥゥゥッ!???」


「キャァァァァっ!?」


「ほえ?」



今、あの齧歯類のクソ野郎の憐れな悲鳴に交じって、胸が大きい美少女中学生の悲鳴が聞こえたような…?


唐突に、かつて股間のシンボルを失いし時と共に心の奥底に封印され、少し前に再び活動を開始した《お兄ちゃんレーダー》が警告を発する。いかん、何が起きている!?


地に沈み動きを止めた白い大蛇の身体の上に飛び乗り、その上を駆けて向こう側を望むと、蛇の頭の数メートル先で尻もちをついた春奈を見つけた。



「春奈!?」


「ルシアちゃん!!」


「なんで来てるんだよアホ、バカハル!!」


「ば、バカハルって…、もうっ、私は心配になって!!」


「もう少し周りを見て考えろ!」



危険を顧みずに無茶してやって来た春奈と、そうな風に子供のように声を荒げて言い争う。なんだか懐かしい気もするが、非常時にやられると困る。


私は春奈の傍に歩いていく。文句も言い足りないので、思いっきりへこませてやろうと思って近づくと、春奈はその両目に涙を湛えて今にも泣きそうで、



「も゛う゛、じんばいじだんだがら…」


「あー、うん、まあ、なんつーか、すまん」



抱きしめられる。私は世話が焼けるなと思いつつ、彼女の頭を撫でてやった。つーか、おっぱいでけえな、顔が埋もれるぜ。


ところで、どう考えても私は悪くなくて、コイツが悪いのに、何故か謝らなければならないと思ったこの罪悪感な何なのでしょう?



「チュッチュッチュ、油断大敵でチュ…」


「空気よめ」


「いくでチュ…ゥ!?」



視界の端で倒れていたはずの大蛇が再び牙を剥く。油断大敵、慢心ダメ絶対。次の瞬間、私が先ほど走った大蛇の胴体部分でいくつも連続する爆発が生じた。


大蛇は苦しみもがき、そして同時に痙攣するように奇妙なぎこちない動きで体をくねらす。思った方向に動けず、大蛇はあらぬ方向に首を振り回した



「なんで…チュかっ!?」


「教えねぇよ」



ということで、5個目の仮想砲身を展開。思うように動けない、ただの的と化した大蛇の頭をめがけて弓を引き絞るように狙いを構える。


こんどは特別な矢だ。私は右手の指に挟んだ矢を手放した。黒みがかった矢は即座に加速し、秒速2550mへと到達する。


そして、光条となった暴力的な運動エネルギーが大蛇の顔面を貫いた。



「ふえ?」


「あんま見るな。グロいから」


「お、遅いよ」



表皮や骨格は現存生物のそれを大きく上回っているとはいえ、主力戦車をスクラップにするそれの直撃を受ければダダでは済まない。


顔面に小さい穴を開けて侵徹、そのまま矢に込められた遅延型の魔術式が解放され矢はプラズマと化す。


大蛇の頭蓋骨の内部において解放されたプラズマは、そのまま内部から頭部を爆発四散させ、凄惨な遺骸を残す。


そんなグロい光景を目にして露骨に顔を引きつらせる美少女である春奈。あ、何度も言うけど春奈は美少女。わかるね?



「あう、スプラッタ」


「さてと、生きてるかな齧歯類」


「だ、大丈夫なの?」


「今までの見てたろ。何があっても守ってやるから安心しろ」



地面にへたり込んでいる春奈にカッコイイ私を演出しつつ、私は大蛇だった物体に注意深く警戒しながら近づく。


不死身になっていて、超再生するようになっていてもおかしくないのが爬虫類である。トカゲのしっぽ切りとか言うじゃない。


実際、そういうのを利用して定期的に素材源という名の超凶悪モンスターたちの牙とか血とか胎児を採取して小遣い稼ぎする姉弟子が実在するのを見ているので想像はできる。


流石にゲームとかで黒幕とかラスボスしてるような凶悪モンスターを、ペットの超超巨大触手モンスターに丸呑みさせて、生かさず殺さずで素材源にしてたの見た時はドン引きしたわぁ。



「ん?」


「しくじったでチュ…、まさか、あの構えがブラフだったでチュとは…」



アルジャーノン、生きとったんかワレェ! 白い毛並みの巨大ネズミがよろよろと茂みから姿を現した。


というか、なんで姿を見せたのか。さっさと逃げれば良かったのに。野生に帰ればよかったのに。雉も鳴かずば撃たれまい。



「弓みたいにつがえた方が雰囲気出るからな」


「適当過ぎるでチュよ…。まあ、ここは勝ちを譲ってやるでチュ」


「なんだ、まだ勝ちが拾えるとでも?」


「ッチュッチュッチュ、ゴールデン・ランスヘッド・バイパーの白嬢子さんは十二支の中でも中堅!」


「最弱ではないんだな」


「自分が最弱でチュ」


「謙虚だぜこのネズミ」



つーか、こんなのが四天王どころか12匹もいるのかよ…。これ以上関わりたくない。つーか、十二支だからドラゴンとかいるのだろうか? この世界で?


そんな風に内心嘲笑っていたその時、突如大地が突き上げるように揺らいだ。



「なぁ!?」


「ふっ、リヴァイアさんありがとうでチュ。では、グワイヒアさんお願いするでチュ!」



呆気にとられて油断したその瞬間、巨大な影が唐突に目の前の齧歯類を掴みあげて消え去った。同時に吹きすさぶ強烈な突風。



「ぐっ」



風が収まった後に見上げてみれば、遠く羽ばたく鳶色の翼とそれに捕まる白い齧歯類が点のような大きさになっていた。



「鷲か何かか…。もう音速超えてやがる……」



局所的な地震を起こすような化け物と、音速を超える鳥。なかなかに厄介だが、正直これ以上関わりたくないので視線を外す。



「おーい、生きてるかー?」



向こうから後藤たちが走って追いかけてくるのが見える。春奈がそれに手を振って応えた。


遠くの病院から立ち上っていた黒い煙は、ようやく細くその勢いを弱めはじめ、この場所を陸の孤島としていた野生動物たちの敵意は既に霧散している。


上空には一機のヘリコプター。魔法的な意味で目の良い私は、そこからこちらを注視するカメラレンズに目を合わす。


面倒くさいことになりそうだなと、ぼんやりと考えた。





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