Phase003『エルフさんは居候 July 11, 2012』
「たくさん食べてね、ルシアちゃん」
「ええ、ありがとうございます。とっても美味しいです」
「お世辞なんていいのよ?」
「いえ、本心ですよ。このお芋もすごく味が染みてて」
「やだわもう。こんなに可愛い子が来るなんて分かってたら、もっとご馳走用意してたのに」
「あはは、お構いなく。突然お邪魔した私が悪いんですから」
「はぁ…可愛いわぁ。こういう可愛い子が欲しかったのよ。咲ちゃんはガサツだし」
佳代子も家に帰り、日も沈んで両親も家に帰ってきた。姉貴の言葉を信じ切った母親は、猫被りによって見事に擬態したエルフさんに騙され、メロメロになっている。
まあ、見てくれに関してだけ言えば、コイツは間違いなく北欧系の美少女なのだし、妙に堂の入ったお淑やかなお嬢さんモードは別人にでもなったかのよう。
というか、俺と姉貴はポカンとそれを見守るしかない。つーか、なんだその周囲に花が咲き乱れているかのような上品なスマイルは。
「日本語上手なのねぇ」
「昔、何年か滞在していましたので」
「そうだったわねぇ。でも、お父さんもお母さんも離れていて寂しいでしょう?」
「そんなことはありません。咲お姉さんにはとても良くしてもらっていますから」
「そう? この子、ちっとも女の子らしくなくて。いい加減な性格だし」
「いえ、とても面倒見のいい方ですよ。私もこんな人が実のお姉さんだったら良かったのにと思ってしまいます」
なんという心にもない事をペラペラと。ああ、そういえば、コイツは上の立場の相手には徹底して下手に出る生粋のヘタレだったことを思い出す。
ちなみに、学校とか初めの頃とかは妙に教師受けが良いのだけれど、そのうち化けの皮が剥がれていく系。たまに口を滑らせて相手をダメ出しするからだ。
「あらあらまあまあ。いつまでもこの家にいていいのよ。タカシがいるのが不安なら、追い出してしまっていいのよ」
「おい、待て」
「なに?」
聞き捨てならない言葉。このババア、ロリエルフ可愛さのあまり、俺の扶養義務を放棄しようとしやがった。これが人間のやることかよぉぉぉぉぉ!
「アンタなんてもう、ただのオッサンじゃない」
「なんという言い草」
「私は娘が欲しかったのよ。なのに、咲ちゃんは可愛げも女子力もないし」
姉貴も母には頭が上がらないらしく、父にお酌しながら被弾を回避している(ただし失敗したもよう)。なお、矢面はいつだって俺。
父は父で構ってくれる姉貴に甘くなっているようだが、決して俺の味方ではないし、姉貴を庇うような発言もしない。まさに置物である。
なお、俺と父は共に家族ヒエラルキーの下層に位置するが、そこに同盟関係にはない。母による弾圧の矛先を向けさせあう生存競争におけるライバル同士なのだ。裏切り上等、骨拾うものなし。
しかし、あざといなこのエルフ。自分が可愛いことを理解しきっている上目遣いがあざとい。俺だったら好きなおかず一つや二つ無償で差し出すところである。
もともと男だったころの昔から母にも好かれていたが、女になって好感度上昇に拍車がかかっている。どこで道が分かれた。
加えて、見た目からして欧風金髪美少女で、お人形さんみたいなコイツは母親のハートにどストライクだったのだろう。激甘の待遇である。
とはいえ、当の本人はさっきから救難を求める目をこちらにチラチラ向けてくる。甲斐甲斐しい世話に居心地が悪いらしく、相変わらずのヘタレである。
最底辺なヒエラルキーにいる俺が母親に文句など言えようはずもないのだが。
Phase003『エルフさんは居候 July 11, 2012』
「おばさん、変わってなかったな」
「まあな」
夕食後のくつろぎタイム。カチカチとマウスを操作する音が響く。俺の部屋でネットサーフィンをするハイテクなエルフさんを横目に、俺は読みかけの本の文字列を追う。
部屋に女子を上げるのは初めてでもなく、佳代子のやつが何度も入っているので緊張はしないが、それでも金髪エルフの少女が我が物顔で居座る様はなんとなく新鮮でもある。
ちょっとぐらい触っても、元男のコイツなら笑って済ませてくれるかもという邪な考えが浮かぶものの、その先にある姉貴と佳代子による処刑ショーをリアルに思い浮かべてヒヤリとする。
あれ、俺って調教済み?
「俺らと違って、3年で大人は変わらんからな」
「アタシにとっては…18年だけどな」
「18年?」
想定していなかった数字に耳を疑う。こっちでは3年、しかしコイツにとっては18年とはどういうことか? いや、まて、そういうことも在り得るのか?
「時間の流れが向こうとこっちだと違うんだよ。だいたい、向こうの方が6倍ぐらい早ぇえのかな」
「ウラシマ効果みたいな感じか?」
「かもな。重力か速度の問題か、それともそれ以外か。とにかく、向こうの時間の流れはこっちより速いらしい。一番わかりやすい説明は相対性理論での説明なんだろうけど」
「マジかよ…」
18年。それは俺がこの世界で生を受けて今まで過ごした時間とほぼ同じ。こいつにとっては、この世界で過ごした14年よりも長い歳月を異世界で過ごしたことになる。
そしてそれは、それだけの時間をかけなければ帰れなかった。それだけの時間をかけて帰ってきた。そういう意味でもあった。
「18年か。こっちに帰ってくるのは、そんなに時間がかかるものなのか?」
「魔法があるっていっても、まったく別の世界ってのは大問題なんだよ」
地球から火星に無人探査機を送るだけでも大変な苦労が伴うのだという。少し前に日本が打ち上げた金星探査機は軌道を外れ、ロシアの火星探査も多くが失敗に終わっている。
なら、世界を隔てるような冒険の成功確率が想像を絶するほど困難であることは想像に難くない。少なくとも、地球人類では18年程度で到底達成は出来ないだろう。
「別の世界か」
「文字通り異世界、マルチユニバース的な意味での別の宇宙だからな。物理法則からして微妙な違いがあんだよ」
「物理?」
「元素の性質が違うんだ。具体的には奇数の原子番号、陽子の数が奇数になってる原子の性質がかなり違う。まあ、魔法なんてのがあるぐらいだかんな」
奇数の原子番号。すぐには思い浮かばないが、語呂合わせで思い出す。水兵リーベ僕の船、七曲がりシップスクラークか。
水素、リチウム、ホウ素、窒素。あとはナトリウム、アルミニウム、リン、塩素、カリウム。
それらは生物の肉体を構成するうえで必須ともいえる元素の数々。もしこれらの性質が大きく異なるならどうなるだろう?
「だから、アタシたち向こうの世界の人間はさ、定期的にある薬を飲んどかないと、こっちじゃたぶん体調崩すと思うぜ」
「大丈夫なのかそれ?」
「薬持ってきてるからな。これでも、酸素の性質がほぼ同じだからまだマシなんだ」
原子番号8の酸素の性質が似通っているために、窒息などの弊害は防ぐことが出来る。しかし、水素を含む水の性質が若干異なるため、水不足その他の弊害は避けられない。
「データが無いから分かんねぇけど、薬切れたら最悪死ぬかもな。まあ、文字どおり水が合わないんだ」
「どうにかならんのか?」
「無理っぽい。薬が切れる前に帰らなきゃだし、薬も向こうじゃないと手に入らねぇし、そう簡単に行き来できるような場所でもねぇし」
それはつまり、もしかしてコイツはこっちに帰って昔のように暮らすことが出来ないという意味ではないだろうか?
その薬とやらは、おそらく夕食の前に飲んでいた丸薬のことだろう。行き来が難しいなら、薬だってそう簡単に入手できるはずもない。
だから、異世からその薬とやらを定期的に補給しないと、コイツはこの世界では長期的に過ごすことも出来ないのだ。
「事前実験とかやったり、無人機送り込んだりして下調べはやってるんだけどな」
「なあ、お前また異世界…とかに戻るのか?」
俺はどんな顔をしているだろう。読みかけの本を置き、顔を上げて俺は少女に視線を向ける。少女はバツの悪そうな、寂しそうな笑みを浮かべながら俺の問いに答えた。
「察しがいいな。アタシも向こうで18年生活してきたからな。つまり、その、こっち以上にしがらみっていうか、縁みたいなものが出来ちまって。その、家族とかな」
「向こうの生みの親とかか?」
「ん、まあ、そんなところ」
自嘲気味に嘘つきエルフがそう口にする。それは少しばかり寂しそうで、長い彼女の耳も萎れるように垂れ下がる。
そんな深刻な空気に耐えられず、思わず俺はいつものようにコイツをからかうことで当面の問題を先送りしようとした。
「なあ、お前の耳ってさ、感情とか…表すん?」
「ななななな、何をいきなり言っておるのザマス!?」
「ああ、うん、だいたい分かった」
「な、何が分かったんだよ!?」
エルフ耳は雄弁に語る。驚いた時とかにはものすごい勢いで耳が上に上がる。元気をなくした時には垂れ下がる。なんという、犬の尻尾状態。萌える。
「ファンタジーってすげー。で、性感帯なん?」
「ちげーよ!」
「いや、でも、佳代子に弄られてるときは…」
「くすぐったかっただけだし。感じてなんかいねーし」
「分かった分かった。うんうん。そういうの、バレると恥ずかしいからな」
「殺すぞ。っていうか死ね」
笑いがこみあげる。ちょっとばかりしんみりとした雰囲気も、馬鹿話のおかげで吹き払われる。こういった、お馬鹿なやり取りは懐かしくて、変わらないものがある事を確認できる。
3年という時間は多くを変えるのには十分な時間で、特に俺のようなガキにとっては長いというに十分な時間だった。
なら、18年という月日はどれほどコイツを変えたのだろうか? さっきは自殺すらしようとしたと言っていた。どれほどの経験をしてきたのか。
表向きは変わっていないようにも思えるが、バカで優柔不断で、つまらないことで悩んでばかりで、なんだかんだでお人よしだったコイツは本当に昔のままなのだろうか?
コイツの中の想いはどうなってしまったのか。俺たちの関係はどうなってしまうのか。そんなとりとめのない事を考えていた俺の思考に風穴を開けたのは、以外にも目の前の少女だった。
「…話変わるけどさ。その、お前さ、カヨとその…付き合ってんの?」
「…あ、ああ。分かるのか?」
「まあな」
そんな事をコイツが尋ねるなんて思わなかった。昔のコイツなら、少なくとも聞くべきかどうかを数日悩んだ挙句、斜め上の方向に暴走して壮大に自爆するはずなのに。
だから、虚を突かれて正直に答えてしまう。
「いつ告白したんだよ」
「今年の…、2月だな」
「意外に最近なんだな」
「意外か?」
「ああ。その、1年ぐらいすれば付き合いだしてるかなって思ってた」
「そこまでアイツの尻は軽くない」
「そっか」
4年前、中学1年生の時、コイツと佳代子は晴れて付き合いだした。それは何処までも自然で、俺自身もお似合いの二人だと思っていたし、二人の家族もそれを歓迎していた。
新婚夫婦なんて感じでクラスの連中と一緒にからかったりしたものだ。コイツが佳代子に告白した後、真っ先に報告を受けて、俺はヘタレのくせに良くやったなと心から祝ったのを覚えている。
親友たちは幸せそうで、バカップルで、正直嫉妬してしまいそうで。いや、初恋の相手である佳代子と親友の幸せそうな姿に内心暗い感情を抱いていた。
それでもそんな感情は表に出すこともなく、俺は二人を冷かしながら、俺たち幼馴染3人とコイツの妹の4人1組でつるみ続けた。
結局、コイツにそんな暗い感情をぶつけるなんて気にならない程、俺はコイツらと一緒にいるのが好きだったのだ。
そのおよそ一年後、あの3年前の飛行機事故が起きるまでは。
あれから全てが変わって、一時は今にも死にそうに見えた佳代子の心を救うことも出来なくて、結局、佳代子は別の、もっと大変になったコイツの妹を守るという義務感で勝手に立ち直って。
もしかしたら佳代子と恋人同士になれるんじゃないかなんていう期待と、そんな感情を抱いた自己嫌悪を抱きながら、ただ俺は佳代子の傍にいただけだった。
そうして5か月ほど前にその淡い期待は現実になった。同じ学年のある男子学生が、佳代子に告白したいとか俺に相談してきたのがきっかけだったけど。
衝動的だった告白は、きっと断られるだろうと思っていた俺の言葉は、受け入れられた。その時は馬鹿みたいに喜んだ。
けれどコイツが帰って来て、それを心の底から喜ぶ佳代子を見て、佳代子が俺に向けた事のない、3年前にコイツに向けていた笑顔と同じものを見た時、理解した。
佳代子はまだコイツのことが好きなんだろう。なら俺は…。
「怒らないのか?」
「怒るような立場じゃねぇよ。ずっと、アイツの傍にいてくれたんだろ?」
「…違う、俺は何も、何も出来なかった」
慰めの言葉なんて陳腐過ぎてかけられなかった。気の利いた言葉も、気の利いた行為も何も出来なくて、ただただ何をすればいいか迷ってばかりだった。
「お前なら、無理にでもアイツを外に連れまわしてさ、笑顔にできたんだろうさ。でも俺は…」
「別にそんなのカヨもアタシも期待してねぇよ。でもさ、アイツをひとりぼっちにしないように気を使ってくれたんだろ? それだけでも十分感謝してんだよ」
「その恩をお仕着せた形で、佳代子と付き合えたんだとしてもか?」
息が詰まるような、心臓を内側から圧迫する罪悪感。吐き出して楽になりたいのか? それなら、罵倒された方がまだ救いがあったのに。
それなのに、なんでコイツはそんな風に笑えるのか。
「それでもだ。何も出来なかったアタシは何か言える立場じゃねぇし、結局はカヨが決めた事だしな。お前がカヨのこと好きだったのも知ってたし」
「……マジか?」
「おう。だから、お前なら大丈夫かなって思ってた。期待してたっていうか、向こうの世界で数年経った時には、そんな風に思ってた。そん時は時間差がこんなにあるとかも知らなかったけどな」
「今はどうなんだ?」
「安心したかな。アタシは今はこんなナリでさ、しかもこっちの世界にそう多くは関われねぇし。だから、お前なら信頼できるから、しょうがねぇかなって。んー、もうこの話はいいじゃん」
少しおどけるように、苦笑するように少女は語る。こんなのだから、きっと佳代子はコイツの事を好きになったのだろう。
後に残ったのは敗北感。それでもコイツを嫌えないという本心の確認。だから、コイツがそう言うのだから、これ以上この話をするのも不毛だと頭を切り替える。
「そうだな…。話は変わるが、やっぱりお前って、《あの》エルフなのか? 普通の人間と何か違うとこでもあるのか?」
「現地の言葉じゃとうぜんエルフって発音じゃねーけどな。概念的にはそれが一番似てるんじゃね? ただ、妖精とかは関係ない」
北欧神話系列に属する妖精の類。主神に討たれた巨人の遺体から生まれた妖精の一つ。ゲルマン系の民族に広く信じられていた伝承上の存在。
今ではファンタジー創作物にはなくてはならないガジェットであるが、どこまでその認識が当てはまるのか。そもそも創作物によってもその設定はまちまちなのだから。
「地球じゃエルフって言えばヨーロッパの妖精だからな。違うっていうのは?」
「単純に耳が長いだけってわけじゃねえんだけどな。精霊が見えるとか、暗視能力が有るとか、生殖能力が低いとかはあるぜ」
「精霊…、ファンタジー用語いただきましたありがとうございます」
思った以上にテンプレートな存在だった。
「うん、まあ、お前ならそういう反応だと思った」
「今も見えるのか?」
「この世界では見えないな。言っただろ、物理法則が違うんだよ。自然現象の中に当然の如く魔法的な現象があるからな。空に浮かぶ島とかあるし」
「ラピュタあるのかっ?」
「その手の遺跡はあるぞ。だけど、保水性ないから水不足だし、ドラゴンの巣になってるし、資源もないし、外との交流とかも難しいしで、そんなトコに今時住んでる奴なんて余程の物好きか軍人か空賊ぐらいだろ」
ロマンあふれる単語が次々と出てくる。ドラゴンに空に浮かぶ遺跡都市。そして空賊にエルフさん。これはかなり行ってみたい。猫耳メイドさんもいると言う事だし夢は広がる。
「40秒で支度しな!」
「おお、懐かしいな。アニメだったっけ? 久しぶりに見てみたい」
「レンタルしてくれば見れるんじゃね?」
「いや、テレビとDVDレコーダーごと買って帰る」
随分と剛毅なことである。コイツのことだから、帰る時には荷物がいっぱいになって泣きが入るに違いない。ヘタレで迂闊だからだ。
というか、向こうの世界に100ボルト交流電源はあるのだろうか? 向こうで発電するにしても、周波数とか調整できるのだろうか?
と、そんなことを考えていると、一階から母さんの声が。
「ルシアちゃーん、お風呂湧いたわよーっ」
「えーっと、一番湯いただいちゃっていいんですかーっ?」
一階と二階なので、大きな声でやり取りする二人。一番湯を遠慮するエルフと、それを勧める母。結局はコイツが一番湯をもらうことになったらしい。
「んじゃ、風呂先に頂くぜ」
「おお行ってこい行ってこい。つーか、お前着替えとか持ってるのか?」
「当たり前だろ。じゃあな、覗くなよ」
そう言ってフラグを立てたエルフ少女はどこからか取り出した着替え一式を手に、一階にある浴室へと降りていく。
そう、フラグである。
俺は男、そして奴は今や金髪美少女である。洋ロリである。もちろん俺はロリコンと言う訳ではない。単純にストライクゾーンが上から下まで広いだけなのだ。(※社会的には許容されません。)
容姿は10代前半の、第二次性徴が完了しきっていない、青く硬い蕾。しかし、肉体年齢は18歳であり、精神については30を越えているはず。つまり、合法ロリ。
これを愛でずして何が紳士だろうか、いやない。すなわち、覗きは人としての礼儀であり、男としての義務である。責務である。(※犯罪です。)
だいたい、アイツだって覗くなよとイベントフラグを立てて行ったじゃないか。これは暗に覗いて欲しいと言う複雑な乙女心の発露に違いない。(※世間一般的な解釈ではありません。)
つまり、覗かないのは失礼にあたる。アイツをガッカリさせることなんてできない。俺はやるぞ。いざ桃源郷へ!!
しかし、次の瞬間、俺のポケットから着信音が。おうふ、失念していた。潜入捜査の最中だったら一機死んでいたところだった。
表示される名前は木之本佳代子。俺は電話の受信ボタンを押す。
「こちらスネーク」
「貴方が今から何をしようとしているのか瞬時に理解したわ」
「助かる」
流石、我が彼女さん。以心伝心とはこの事だろう。恋人の理解というのは健全な関係を結ぶ上で必要不可欠と言える。そういう意味では俺たちはきっとベストな関係。
「OKよ。音声はそのままにしておきなさい。画像は必ず撮るように」
「ラジャ。しかし、なかなか無茶なこと言ってくれる」
「今の気分は?」
「性欲を持て余す」
「GOOD」
「じゃあ、征ってくる」
「逝ってらっしゃい」
そうして俺は再び潜入ミッションを開始する。感情を抑え、COOLに、KOOLになれ!
階段を下りれば一階の板張りの廊下に出る。すぐ左には居間があり、ふすま越しに父さんと母さんがテレビを見ながら駄弁っている声が聞こえる。
そのまま真っ直ぐに玄関の方へとスニーキングすると、左手にキッチン、そして脱衣室と続く。その先にはトイレがあるが、今は関係ない。
脱衣室はよくある洋風のドアによって廊下から仕切られており、洗面所と一体となっている。そしてその奥にはガラス戸で仕切られた浴室、我らが桃源郷が存在するはずだ。
「こちらスネーク、今、脱衣所の前に到達した」
「慎重に逝くのよスネーク。まずは脱衣所でターゲットの下着を入手しなさい」
「OK、了解した」
下着。すなわちパンツである。中身がアレではあるが、れっきとした美少女のパンツである。興奮する。これは匂いを嗅いで頭から被るしかない。
そして俺は慎重にドアを開ける。音を鳴らすなど素人がやることだ。そして俺は内部を確認すべく顔を中に差し入れ、れ?
「お?」
「なんだタカシ」
何故ここに姉貴がいるのか。
姉貴がキョトンとした表情で俺を見る。姉貴は服を脱いで、色気のない灰色のスポーツブラと3枚1000円ぐらいのベージュ色のショーツという色違いまったく色気のない姿でタンクトップを脱ごうとしていた。
「え、え、えっと、なぜお姉さまが?」
「石鹸が切れてたらしくてな。持っていくついでに私も入ろうかと思っただけだが? お前はどうした?」
「ははは、そうですか。いやあ、あはははは、ちょっと手を洗おうかなって思いまして。あはははは」
「ハッハッハッハ。そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな」
豪快に姉貴が笑う。携帯からは佳代子が笑い転げている声が聞こえる。そうして笑いながら姉貴が俺の顔に向かって手を伸ばし、顔面を右手一本で掴んだ。
「あ、これアイアンク…」
「豚のように哭け」
「ぷぎいぃぃぃぃぃ!?」
◆
その頃、浴槽のお湯に顔を鼻の所までお湯に沈め、ポコポコ気泡を吐き出して遊ぶルシアたん。ポコポコ、ポコポコ。
「ん、今、哀れな豚がねじり殺されたような情けない悲鳴が聞こえたような…?」
ふと顔を上げ、脱衣所の方を見る。さきほど拒否したにもかかわらず、咲姉が一緒に入ると宣言し、服を脱ぎだした所だった。そこから奇妙な悲鳴と音が響く。
グシャッ、バキッ、ゴキッ、ドコッ、ティウンティウンティウン。あまり深く考えない方が精神衛生に良さそうだ。
しばらくしてカラリとガラス戸が開いて、咲姉がいっさい何も隠さずに入って来た。(※なお、視聴者の皆さまからは湯気による高度なディフェンスにより大切な所は見えません。)
「マジで入って来たし。つーか、羞恥心とかねーの咲姉?」
「いや、お前はもうどこからどうみても女だろ? それとも生えてるのか?」
「残念ながら飛行機の中に落としてきちまったぜ」
「それは残念。まあ、粗末な物だったんだから、いっそ無くしても惜しくはなかっただろう?」
「ハハハ、犯すぞこのアマ」
「やってみろ洋ロリ」
咲姉はそう言いつつシャワーを浴びる。うむ、普段がファッションセンスゼロの残念女なだけに、一糸まとわぬ姿なら妖艶な美女に見える。
つーか、なんであんな自堕落な性格なのにプロポーションが維持できてるんだろう? なんで腰がくびれてるの? なんでおっぱい大きいの?
アタシはなんとなく咲姉の身体を上から下まで観察する。良いオッパイである。(※なお、視聴者の皆さまからは湯気による高度なディフェンスにより大切な所は見えません。)
「なんだ、さっきから?」
「いや、なんでも。さっき、向こうから変な音がしたけどなーに?」
「哀れな豚を屠殺していただけだ」
「そっかー」
「しかし、今のお前の視線には昔みたいなエロさがないな」
「性欲を持て余す」
「女になると変わるものなのか?」
「脳が変わるからなー。18年も女の身体でいたら、ホルモンとかの影響も受けてるだろうし」
「…男を好きになるとか?」
「ねーよ。生理的に…じゃなくて、精神的な意味でそいつは無理だぜ。かといって、昔みたいに女の子相手に劣情的なもんは抱けねーんだよな」
「そういうものか」
咲姉がざばんと浴槽に入ってくる。狭くなるから上がろうかと思ったら腕を掴まれそのまま胡坐の上に乗せられ腕を回される。背中に当たるふわふわポッチーズ。うわーい、オッパイでけー。
「何をなさるか」
「いや、細いなと思ってな」
「美少女ですので。大事なことなのでもう一度言うと、アタシ、美少女ですので」
「自分で言うな」
「客観的視点を取り入れた正統な評価だぜ」
昔からの評価だ。鏡を見ても自分でそう思う。つーか、なかなか成長しないのが玉に瑕。べ、別に咲姉のことが羨ましいわけじゃないんだからねっ、とツンデレ風に表現。
「私が男なら襲っているな」
「セクハラ発言頂きました」
「褒め言葉だ」
「襲われると言われて喜ぶ奴の気がしれねー」
「ちゃんと食ってるのか?」
「いや、飢えてはいないから安心してくれ。なんつーか、脂肪とか筋肉がつかねぇんだ」
少なくとも咲姉みたいに引き締まったプロポーションを得ることは出来ない。ぷにぷにでやわやわなのである。ガリガリとかではないのが救いであるが。
「昔は胸当てただけで顔紅くしてたくせに」
「わざと当ててたのかよ!」
「反応が面白くて、つい」
「とてもとても役得でした。でも今はさー、向こうの知り合いが女ばっかしでさー。女ってスキンシップ激しいし、ぶっちゃけ慣れたっつーか」
タオルで空気を閉じ込めて、お湯の中で風船みたいなのを作り、押し潰してぶくぶくさせる。っていうか、このヒトと一緒に風呂入るのって初めてかもしれない。
咲姉とガッチャンゴッチョンな関係を持ったのは、あの夏の日一度だけだ。あの日までの咲姉は適当だったけど、ここまで女を捨ててるというか、自堕落ではなかった。
あの日、こっぴどい失恋したらしく、漫画本を目当てに行った時、咲姉の顔には泣き跡があった。だからまあ、色々と気を使っていたら、いつの間にか延長コードで縛られて、押し倒されてた。
いや、まじで天井のシミを数える立場にされてたし。黒歴史の類である。
「女の人ってスキンシップ激しいよなー」
「何を思い出して言っている」
「いいえ、何も思い出しておりませんとも」
「……やはり、実家に帰る気にはならないか」
急に彼女の顔が真剣なものに変わる。なんだかんだで心配をかけたんだろうなと思い、アタシは浴槽の中で咲姉と対面する形に体勢を回転させた。
「いろいろと厄介なしがらみがあってさ。それに、そういう心構えとかはしてなかったから」
「私達にも会う気はなかったっていう話だったな」
「うん」
「嘘だろう?」
「……」
何故見破られたし。
実の所、予感はあった。実験の事を知って、それに参加することになった時から、この街に再び戻ってこれること、また3人と出会えるのではないかと漠然と予期していた。
そもそも、妖精文書がこの地球に落着している可能性は高いということは分かっていた。それは、私がこの世界から向こうの世界へと転移したことから自明だった。
だからこそ私がこの実験に選ばれたのだけれど、だからと言って私が妖精文書を回収する実行部隊というわけではない。
私はビーコンのようなものだ。向こうの宇宙からこの宇宙の位置を確定し、行き来するための手段を確立するための目印として送られた。
私が拓いた道なり門の位置から地球が光学的に観測可能な宇宙の外にあったとしても、連中ならなんとかしただろう。
滞在予定期間はこの宇宙の、この星の時間で1ヶ月~2ヶ月程度の期間。そうすれば道は拓かれ、私はこの実験と計画における役割を全うしたことになる。
なら、あとは連中がうまくやるはずだ。実働部隊を送り込むのか、あるいはこの星の政府機関と交流を開始するのかは私の知るところではない。
でも、もし出来るなら、一目だけでも、会話とかそういうのはいいから、遠くからこっそりと覗きに行ければとは思っていた。
それでもし-
「前はヘタレだが、何だかんだいって世話を焼くつもりだったんじゃないのか?」
「買いかぶり過ぎだって咲姉。春奈にはなんだかんだでカヨがついていてくれたみたいだし、カヨにはあのバカが一緒にいてくれたみたいだから。アタシがいなくても大丈夫だろ?」
一人の人間の死は悲劇だけれども、その人間に関わっていたヒト達の心に大きな傷を残すこともあるけれど、それでもヒトがヒトの間で生きていく以上、時間と日常が痛みを薄れさせる
どんなに理不尽で、心を怒りと後悔で満たすような死に直面したとしても、そうやって古い記憶と感情は新しい記憶と感情で希釈されていくべきだ。
それは残酷な過程だけれど、そうでなければ人間は前に向かって歩いていけない。憎しみと怒りと悲しみと後悔をいつまでも引き摺って生きても、幸せにはなれないのだから。
もし、アタシのことを引き摺って幸せになれないと言うのなら、いっそかつてのアタシを記憶ごと忘却して欲しい。
だから、両親や春奈、カヨや後藤が新しい日常の中で、かつての前川圭介としてのアタシの記憶を埋没させていたなら、それはきっと喜ばしい事だっただろう。
とはいえ、
「咲姉はさっさと家に帰れって言うと思ってたけど」
「…言えない。言えるわけがない」
咲姉の表情に影が差す。その意味が良く飲み込めず、私は戸惑い、さて、どうしたものかなと考え込むと、対面したせいで間近にドアップな素敵オッパイが目に入っているのに気づく。
うむ。これは良いモノだ。(※なお視聴者の皆さまからは湯気による高度なディフェンスによりB地区などの大切な所は見えません。)
「なんだ、触りたいのか?」
「ななななな、何のことでせう?」
「遠慮せんでもいいんだぞ」
悪戯っぽく笑う咲姉が、ずいと胸を張るように堂々とおっぱいを突き出してくる。たゆんと揺れる脂肪の塊。そこには男の子の夢と希望が詰まっているのだとか。
おうふ、これが物量。なんという我儘米帝自由資本主義ボディ。(※なお視聴者の皆さまからは湯気による高度なディフェンスにより大切な所は見えません。)
「しかし、お前のは小さいな」
「ささやかと表現していただきたい」
「はは。そうだ、言い忘れていたが…」
次の言葉にアタシは絶句する。そして「はぁぁぁぁ~~!?」と叫んでしまったのは仕様がない事なのだ。まったく、このヒトは昔からいつもこんな感じだ。