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Phase002『エルフさんは迂闊である July 11, 2012』



「や、やっぱり帰る!」


「だめよケイ君、ここまできたんだから」



エルフさんは逃げ出した。しかし回り込まれた。仕様上、大魔王からは逃げられないのである。つーか、ここまで来たんなら諦めろヘタレ。



「うう、なんでこんな目に…。あとカヨ、ケイ君って人前で呼ぶなよ。ルシア様と…、いや、その、ルシアちゃんと呼べ。…その、色々誤解されるだろ?」


「げへへ、ルシアたん萌!」


「てめぇは黙れ」



なぜローキックされるし。


さて、我が家である。二階建ての軽量鉄骨の戸建。新興住宅地と呼ばれるこの団地には、まるでコピーペーストのように似た戸建の住宅が碁盤目状に配置されている。


我が家、後藤家はそんな実に没個性的な住宅地の一角、市民公園から少し入った場所にある実に没個性的な家屋だ。


コンクリートの塀に囲まれた、狭い庭はバラスが敷き詰められて花1つ植えられておらず、少し茶色にくすんだ白い外壁の、黒ずんだスレート屋根の我が家。


造成されてから30年近く経つこの団地は、既に多くの子世代を育て終わり、団塊世代の初老の夫婦が取り残された、極度に高齢化が進んだ街だ。


歩いて出逢うのは老人と彼らが飼う犬ばかりで、子供たちの遊び声なんてほとんど聞こえない。時代に取り残されたような、局所的に時が止まったような街。



「ここらもずいぶん寂れたな」


「年上はだいたい出ていったからな」


「同世代なんて私たちぐらいだったけれどね」



だからこそ、この3人でつるむ様になったのだけれど。


コイツと佳代子の家族は新参者の家庭で、親の仕事の関係で新しくこの団地の一角にあるマンションに引っ越してきた珍しい例だ。


珍しいので同じマンション、同級生、そして父親同士が同じ職場だった目の前の二人は、生まれてから小学生までずっと一緒で、幼馴染になったのだという。


俺とコイツは小学校3年の時にとある縁で知り合い同士となり、それからも家が近く帰り道が一緒だったことから中学になってもつるんでいた間柄だ。



「懐かしいなー。咲姉とかまだいたりするのか?」


「…居座ってやがる。まったく、どうしてアイツが……」


「どうしたんだ?」


「フフ、なんでもないわ。じゃあ、お邪魔しましょ」



佳代子がついてきたのは、このエルフっ子を我が家で面倒を見るための説明要員としてだ。俺とコイツだけだと家族を説得できる自信がない。


ウナギを食った後、俺たちはそのまま我が家に向かう事となったのだが、どんな理由を付けて家族に説明するか悩むことになった。


男ならダチで済んだ。だが、コイツは今や女子である。しかも、小学生高学年か中学1年生ぐらいにしか見えないロリだ。ダチで済むわけがない。


佳代子の家は色々とデリケートな時期なので頼りたくないが、こっちが無理な場合は結局佳代子の家に居候させることになるかもしれない。



「ただいま」


「…後藤の家の匂いだ」


「臭いか?」


「いや、懐かしいなって思ってさ」



引き戸中には薄暗い、黒いタイル張りの玄関。真鍮製の筒型の傘立てには6本ほどの傘、木製の靴入れの上には少し元気のない観葉植物パキラ


俺の後に二人はついて来て、というか、佳代子の後ろに隠れるようにして金色の少女はおそるおそる玄関に入ってくる。


そして俺が靴を脱いで家に上がると、エルフさんは「おお」と声を漏らした。何に興味を持ったのだろうか。



「いやー、家に入る時に靴脱ぐとか、日本に帰ってきたなーって思ってさ」


「ケイ…、ルシアちゃんの所は洋風だったの?」


「おう。まあ、靴を脱ぐのは住んでたトコの気候の関係だけど。そだな、向こうの暮らしぶりは、たぶんこっちの感覚で言うと中世ヨーロッパって感じだと思う。いろいろ例外のある世界だけどな」


「ファンタジー設定だな。テンプレ乙」



ファンタジー世界の世界設定は基本的に中世ヨーロッパを舞台にしたものが多い。ファンタジー小説の有名所が欧米生まれという理由が大きいのだろう。


テーブルトークRPGの多くもそういった影響で舞台が中世ヨーロッパ風だし、それになにより、エルフという架空種族が北欧系の神話に基づいた存在でもある。


こっちのエルフと向こうのエルフに何か関係があるのかは全く俺の知るところではないが。



「まあ原則、剣と魔法の世界だかんな。モンスターとかもいるんだぜ」


「マジかよっ? じゃあ、ゴブリンとかは?」


「山ん中とかにはいるぜ。野蛮人だけど」


「ドラゴンはっ」


「おう、あんまり美味くはない。肉が硬いんだよな。パサパサしてるし」


「猫耳メイドはっ!?」


「なぜメイドさん限定なのか。まあ、いるぜ。犬耳も狐耳も兎耳もいるぜ。メイドさんとは限らねぇけどな」



これは滾る。猫耳メイドとかロマン過ぎるだろう常考。行きたい。俺は今、無性に異世界に行って猫耳メイドさんを愛でたい!


ところで尻尾はあるのだろうか。あって欲しい。服のどこから出すのかは分からないけど。専用の穴とかあるのだろうか?



「変わんねぇなコイツ」


「いつからこんなのになっちゃったのかしらね」


「小4まではマトモだったんだけどな。小5の秋にな…」


「ああ、そうだったわね…」



某魔法少女アニメに魅了されてしまった俺は、道を軽く踏み外し、果てしなき萌道へと突き進むこととなったのである。


どこか可哀想な目で俺を見るエルフさんと佳代子。ヴァカめ、そんな養豚場のブタを見るように冷たい美少女の視線など、俺にかかればご褒美にしかならん。ありがとうございます!


そんな風に和んでいると、唐突に玄関から奥に続く廊下の向こうの階段を誰かが駆け下りてくる音が響く。その音に俺たちは廊下の方へ目を向けて、



「タカシ! てめぇっ、私のアイス食っただろ!!」


「はがっ!?」



眼にもとまらぬ速度で飛来する影を視認した瞬間に、こみあげるような痛み。蹴られた。跳び蹴りである。強烈な一撃が俺の腹に抉り込まれた。一片の躊躇も容赦もない、無慈悲な鉄槌である。


みぞおちに叩きこまれた強烈な一撃。俺はなす術もなくノックアウト。


視界の端に驚くようなそぶりをしながら、実の所ものすごい悦の入った良い笑顔の佳代子が映った気がするが、たぶん気がするじゃなくて実際に笑っていたのだろう。



「……ご、後藤、大丈夫か?」


「ひ…ひぬ……」


「ったく、いつも勝手に食うなって言ってるだろうが」



倒れ伏す俺の傍で仁王立ちするのは、不機嫌そうな表情のボサボサの黒髪の女性。少しばかり気の強そうなツリ目の、美人ではあるがダルそうな表情の妙齢の彼女は、実のところ俺の従姉にあたる。


その姿は木綿100%の緩い感じの寝間着のズボンを穿き、上半身はタンクトップ。口にはスルメを咥え、ヘソを出して腹をぼりぼりかくそのだらしない姿を見れば百年の恋も冷める。


平山咲。俺の従姉であり、数年前から我が家をねぐらとしている、女の姿をした怪獣である。見てくれとスタイルは良いが男っ気の無い暴力女なので、いろいろと台無しの残念な美人である。



「お邪魔します、咲さん。相変わらず素晴らしい蹴りですね」


「…お邪魔します」


「お、佳代子か。それに…、外人?」



うずくまる俺をよそに、佳代子がたおやかに挨拶する。姉貴は笑顔でそれに応じるが、同時にエルフさんの姿を目に留めてしばし凍りつく姉貴。


外人を見て心理的警戒水準が高まるのは、排他的島国根性丸出し土着未開人の悪い癖である。姉貴がこそこそと俺に近づき、耳元に口を近づけてささやき声で話し出す。



「おい、何だあの洋モノは?」


「アダルトビデオみたいな表現は止めろ。えっと、なんだ、我が家の新しい居候?」


「お前は何を言っている?」


「いろいろと事情があってな。ウチで預かることになった」


「佳代子、これはいったい何をしでかした? 警察に自首させた方がいいのか?」


「いや、必要ないから」


「はい、実はタカシ君、道に迷っていたこの子を路地裏に連れ込もうと…」


「してねぇよ!」



俺の意見は聞かないらしい。そのあと、佳代子が改めて大丈夫と答えると、姉貴はようやく納得したような表情となる。



「…叔父さんたちは知ってるのか?」


「まだ説明してない」


「……はぁ。まあいい、こんな場所じゃなんだからな。とりあえず居間に通しておけ」



呆れたように姉貴は溜息を吐き、親指でクイッと男らしく中に連れて行けとのジェスチャー。そんなにイケメンだから男より女にモテるんだろうが。


さてそんな訳で、俺たちはそのまま居間に移動。量産型の和室の居間には四角いちゃぶ台が中心を占拠しており、周囲をタンスやらテレビやらが包囲する。


佳代子が手慣れた様子で座布団を敷き、俺とルシアたんでお茶の用意をする。とはいっても、冷蔵庫で冷やしている麦茶を運ぶだけだ。


エルフさんは手慣れた様子で食器棚からガラスコップを4つ取り出し、お盆に乗せて運ぶ。



「あんまし変わってねぇな、この家」


「まあ、3年程度だからな」



改築も増築もそんなに頻繁にはしないのだから、3年程度で家が大きく変わることはない。変わるのは若い人間ぐらいだ。ああ、あと、庭に勝手に生えた木がずいぶん成長したぐらいか。



「結局さ、アタシってこっちじゃどういう扱いになってるわけ?」


「…飛行機事故の犠牲者ってところだな」


「そっかぁ。やっぱあの飛行機落ちたのか。他の人達、どうなったのかな」



結局のところ、あの時何が起きたのだろうか。俺はニュースや新聞、雑誌でしか事故について知らないし、そもそも本当に墜落したのかもはっきりしていないはず。


連日のニュースで捜索やら続報が伝えられたが、半年の捜索にも関わらず痕跡も残骸すら発見されず、生存者はゼロ…というか全員行方不明。


フライトレコーダーとかのブラックボックスも回収できず、公開された通信記録にもはっきりした原因を示すものはなかった。真相は闇の中だ。



「あとで調べてみるか…」


「大したことは分からんと思うぞ」



そう言いながら俺たちは茶を居間に運ぶ。姉貴は座布団の上でオッサンみたいに足を広げてだらしなく座っており、背筋を伸ばして正座の佳代子とはえらい違い。


俺たちは茶を配り、敷かれた座布団の上に座る。姉貴の正面にルシアが座らされ、幾分緊張した面持ちで姉貴と対面している。


そして尋問が始まった。



「んで、名前は?」


「えっと、ルシアです。ルシア・リア・ファル」


「どこの国から来たんだ?」


「えっと、その、USAです…はい」


「親は?」


「えっと、両親は…、その、本国に」


「ふうん。日本語上手いんだな」


「それなりに長いですから」



エルフさんは挙動不審だ。目が泳いで、どう見ても不審者にしか見えない。流石はキングオブヘタレ。姉貴と目を一度も合わせていない。


そしてふと、姉貴は何かに気づいたように目を見開き、腰を上げて顔をエルフさんに近づける。さらにキョドるエルフさん。カワイイ!



「……珍しい耳だな」


「え、あ、ちょと」


「本物か?」


「あ、いやん、触ったら…」



姉貴に耳を触れられ、実に艶めかしい声を上げるエルフさん。やっぱり性感帯なのだろうか。気になる。性感帯だったら、滅茶苦茶触ってみたい息を吹きかけてみたい舐めまわしたいしゃぶりたい。


そうしている間に姉貴はぐいっと両手でルシアの顔を掴んで改めて見つめる。端と鼻が触れ合うような距離。ルシアは意を決したのか真っ直ぐに姉貴の目を見返した。3秒もせずにすぐに逸らした。



「ふふ、ケイ君は相変わらずヘタレね」


「言ってやるな。むしろちゃんと見返そうとした勇気を褒めてやれ」



昔から他人の目をちゃんと見て話すのが苦手な奴だったから仕方がない。初対面だと確実に視線が泳ぐヘタレ仕様。


姉貴のエルフさん観察はなかなか終わらない。そして委縮するエルフさんを2分ほど顔を突き合わせたあと、ようやく姉貴は少女を解放した。



「えっと…」


「いや、悪いな。なんだか、知り合いに似ていてね」


「知り合い?」


「ああ、もう死んじまったんだが。こう、細かい仕草とか、人間が苦手なのがなんとなくな」


「……」



つまり、ヘタレだと姉貴は言っている。姉貴はなつかしそうな、しかし何処か寂しそうな表情で、過去を噛みしめるように語る。そして、クスリと笑い、



「そういえば、アイツの童貞は私が「わーっ! わーっ!!」 ん…?」



突然の姉貴による爆弾発言。それをかき消すようにエルフさんは大声を出す。視線がエルフさんに集中した。佳代子の表情は笑みだが、どこか凄みを感じる。やだ、怖い。


居間を静寂が支配する。姉貴は少女に胡乱げな視線を向け、少女は居心地悪そうに咳ばらいをした。そんな少女を観察し、一息置いて再び姉貴が語りだす。



「あれは私が大学4回生の時の夏…」


「あっ、そうだ! ここでアタシのとっておきの手品を披露してやるぜ!!」



再び口を開いた姉貴、それを阻止すべく立ち上がる少女。その不自然さ、有罪ギルティである。というか、どうやらかつて、このヘタレは俺の従姉とチョメチョメな関係を結んでいたらしい。


なんかそれ、ちょっとヤダ。つーか、5年前って小6の頃だろうが。なに、小学生食ってるんだよこの姉貴は…。


居間を再び静寂が支配し、視線がエルフ少女に再び集中した。そして姉貴がニヤリと口元を釣り上げる。悪い事を考えている表情だ。



「そう、あの日、アイツは無理やり私を押し倒して、唇を奪い舌を…」


「ちげーよ!! アンタがアタシを無理やり縛っ…、あ」


「語るに落ちたか」


「おうふ」



迂闊にもほどがある。エルフさんは自らの失言というか、カマをかけられた事に気づき機能停止。姉貴はある程度を理解したように目を丸くしている。


そして佳代子はと言うと、とても冷ややかな瞳で、しかし顔には笑顔を張り付けて、そしてエルフさんの背後に立ち、両肩に手を置いてその横から顔と顔を近づけた。



「ふうん、だから私の時、慣れてたのね」


「おいっ、カヨっ!! って、ちがっ、違うから! アタシはそのっ」


「なんだ、私との関係は遊びだったのか」


「ちょっ、誤解招くような言い方やめろよ咲姉!」



少しばかり残念そうな顔を演技する姉貴。そして、いまだに笑顔を絶やさない佳代子。



「どういうことなの、ちゃんと答えて。…怒らないから」


「だからっ、あの日は咲姉がロト紋全巻見せてくれるって誘われてコイツん家いったら、いきなり縛られてっ、そのまま…、おうふ」


「誘ったのはお前だろう」


「誘ってねぇよ!」


「ひどい、信じてたのに」


「だーっ! 手前ぇら、アタシで遊ぶんじゃねぇ!!」



よよよよと時代がかった泣き真似をする佳代子。完全に弄ばれてやがるエルフさん。というか、アイツ、佳代子とそういう関係になってたのか、分かってたけど、でもなぁ。


俺は微妙な気分になるも、事態を静観する。というか、もう全部手遅れじゃね? 姉貴はニヤニヤとひとしきり笑った後、すぐに顔を引き締めた。



「で、圭介なのか、お前」


「……なんの事でせう?」



少女は今さらながらとぼける。つんと目をそらして、おすまし。だいたい手遅れだが、最後の悪あがきをするようだ。



「ネタは上がってるんだ」


「弁護士が来るまで黙秘権を行使するぜ」



守備表示。ターンエンド。



「そういえば、昔、お前のラブレターの添削をしてやったな」


「………っ」



ダイレクトアタック。少女の耳がピクリと動いた。というか、ラブレターの添削とか、頼む相手間違ってるだろう、このヘタレ。本当に救いようのないバカだな。



「中々愉快なポエムだった」


「おい、やめろ…やめろよ」



少女の声は震えている。姉貴は虐めっ子の顔になっている。佳代子はもう完全に悦に入った悪い表情だ。若かりし頃に書いたラブレターのポエム朗読会。軽く死ねる。



「ん、どうした。確か『この両腕は、ただ君を抱きしめるためだけにあるのだと…』」


「やめろ…やめてくれっ!!」



悲痛な叫び。それを眺める姉貴の顔は既に嗜虐の快感に笑みを浮かべるいじめっ子。ああ、これは既に勝負がついている。


にも拘らず抵抗するコイツの態度はしかし、姉貴と佳代子を喜ばせるだけでしかない。まあ、だからコイツは面白いんだけど。



「頼み方がなってないんじゃないか? ん? 『佳代子、僕は一人では何もできない弱虫だけど、君の事を想うだけでどんな事だって…』」


「やめ…、止めてくださいお願いしますアタシが全面的に悪かったです全ての責任は自分にあります何でもしますから許してください犬とお呼びください!」


「堕ちたな」


「堕ちたわね」


「もう少し粘ってほしかったんだが」



そうして、少女の秘密は初日早々に3人の人間に発覚してしまったことになるのでした。エルフさんは観念したように全てを姉貴に白状する。


つーか、そんな古風なことしてたのかこのヘタレは。今時ラブレターしたためて、幼馴染に送るってどれだけ面白いんだろうコイツ。



「ふうん、しかし、本当に女になったのか」


「イエスマム」


「ふむ…」


「?」



そしておもむろに姉貴はちゃぶ台を迂回してルシアの傍に近づく。そして隣に座ると、



「ほれ」


「ちょっ、やめろ!」



何を考えたのか姉貴は少女のスカートの裾を右手でつまみ、ぴらりとめくり上げた。白い布の切れ端が俺の視界に焼け付き●REC。


まったく、教育者がなにをやっているんだ。そんな事したら訴えられるぞ。まったく、けしからん。けしからんぞ●REC。



「な、何するだー!?」


「いや、確かめてみようと思って」


「こんなにナリが変わってんだから、見てわかるだろ!」


「いや、本当についてないのか、調べようと」



なんというセクハラ発言。ついているかどうかなんて、どうでもいい事をまったく。あとで結果を教えてもらわなくっちゃ。


そうしてにじり寄っていく姉貴の表情がニタァと虐めっ子のそれに変わった。エルフさんはビクリと体を震わせ太腿を強く閉じる。



「おい待て止めろ、アンタ、もしかしてとんでもない事考えてるだろう。絶対やめろよ。絶対にだぞ。条例とかに引っかかるんだからな。おい止めろ近づくな、近づかないでください、やめてよして触らないで、いやいやいや、カヨっ、見てないでぇっ!」


「咲さん、お手伝いいたしますねっ」


「ふふ、お主も好きものじゃのう」


「うふふふふふふ」


「ふふふふふふ」


「ひっ…」



ものすごい悪い微笑を浮かべる佳代子が少女を反対側から追い込んでいく。同時に姉貴も虐めっ子モードになって、エルフさんを両サイドから挟み込む。


恐怖の表情を張り付けたエルフさんはじりじりと尻餅をつきながら後ろに逃げようとするが、がしっと腕を二人に捕まれた。そして、姉貴たちの顔がくるりと俺に向けられる。



「タカシ、しばらく外出とけ」


「分かったわね、タカシ君」


「……おう」



俺は反論する事などできずに頷くしかない。俺は悪くない。悪いのは世界をこんな風にした社会の方なのだと自己正当化する。



「おい、後藤っ、待て! 助けて!!」


「悪く思うな」



そして俺は振り返らずに今から離脱する。これから行なわれる凶行、略取、犯罪行為には少しばかり興味があるが、この先は男子禁制の百合世界。


俺は一人の紳士として、この場に男がいる事の弊害について速やかに理解し、立ち去る事を選んだのだ。おお、なんとモッタイナイことか。MOTTAINAI。しかし、命は惜しいのである。



「止めろ近づくな! 冗談は止せ! 今ならまだ間に合う考え直すんだ! ひゃっ!? ふぁっ!? 今変なとこ触ったっ!? ヘンタイっ! ヘンタイっ! カヨっ、パンツ脱がすな! そこ違っ、やだやだやだやだ、たーすーけーてーーーぇぇぇ!!」



全てが終わり、許可を得て居間に戻った所、壁に背を持たれ、瞳から光を失い、憔悴しきったエルフ少女を見た。


佳代子はとても上機嫌に、全てをやり終えた満足感溢れる表情で実にお行儀よくお茶を飲んでいた。姉貴はぷはーっと親父くさくお茶を飲み干し、胡坐を崩してだらしなく座っていた。


俺はこの場でいったい何が起こったのかについて尋ねる事は憚られた。世の中には知らない方がいい事は山ほどあるのである。俺はそれを知っているのだ。







「まったく、酷い目に遭ったぜ」


「ご愁傷様」


「私は眼福だったわ」



我が家の二階、俺の部屋のベッドの上でエルフの少女が疲れた表情であぐらを組んで座り、その隣に佳代子がニコニコ顔でぺたん座りしながら少女のおさげ髪を弄ぶ。


俺はデスクの前のキャニスター付きの椅子に腰かけて、そんな二人と駄弁りながら寛いでいた。


結局、姉貴が知り合いから預かった客ということでコイツの事を親父たちに説明してくれる事となり、コイツの居候問題は一定の解決を見た。



「なあカヨ。お前ってそっちの気あったか?」


「なかったわ。でも、今目覚めたかも」


「おうふ、なんてこった」



右手で顔を覆うエルフさん。まあ、確かに佳代子に同性愛的な嗜好は無かったはずなので、たぶんコイツ限定なのだろうけど。


いや、まあ、コイツの妹とはたまに百合百合しくしていることもあるが。



「でもまあ、いろいろ説明する手間は省けたけどな」


「まあ、知られて何か困るってわけでもねぇし、良かったのかもな」


「まあ、そういう考え方もあるのか」



相手が信じるか信じないかが問題であって、この世界の住人ではないコイツにとって、正体が発覚することに明確なデメリットはないのだろう。


俺たちや元の家族には多少の迷惑はかかるかもしれないが、公に情報が漏れたところで信じる奴なんてほとんどいないだろうから、さほど神経質になる必要はない。



「この部屋もあんまし変わり映えしねえし。強いて言えば本棚の中身が変わっただけか」



そう言いつつ少女は部屋の主である俺の許可を得ずに本棚を物色しだす。


俺の部屋は家の西側にあり、いちおうフローリングだが、和室だった部屋を改装したものなので押入れが存在する。部屋自体もそれほど広くない。


内装は東側にちょっとした本棚とベッド、北東の角にアンテナと繋がっていないブラウン管のテレビがあり、窓のある西向きの壁に沿ってデスクが置かれている。


北側には押入れがあり、そこは今は物置になっている。と、いつの間にか駄エルフが押入れを漁り始めていた。



「何を探している?」


「もち、エロ本」


「おい止めろ」



いきなりそんなエクストリームスポーツを開催しないでください。まあ、そこには無いのだが。分かりやすい場所には隠してはいないのだ。



「そこには無いわよ。タカシ君はこことここに隠してるわ」


「マジで止めろよ。つーか佳代子、なんで知ってる?」


「性嗜好に一貫性が無いのよね、彼」


「ふーん、節操がないのか」


「止めてくださいお願いします」



佳代子までもが混ざりだす。あかん。佳代子にばれてるってことは、既に姉貴にはばれている筈で、となれば母さんにも…。ふふふ、首吊りたい。



「おっ、これ昔の夏休みの自由研究の奴じゃん。懐かしいな」



そう言って取り出してきたのは、金属製の歯車やら円筒などがこっちゃになった、他人から見ればガラクタにしか見えない工作。


小学校の時に俺とコイツと佳代子の3人による共同研究と銘打って一から組み上げた蒸気船のミニチュアである。キットとか、そういうのではなく、空き缶とかそういうのを素材にした工作だ。



「でも、これアタシん家にあったよな」


「お前の葬式の後、形見分けで引き取った」


「懐かしいわね。タカシ君、残してくれていたのね」


「…そっか。もう、葬式上げられてるのか」


「生存は絶望的だってことで1年前にな」


「そうか…、そうだよな」



少しばかり部屋を静寂が支配する。少女の表情はどこか寂しげな、どこか悲しげな。そんな少女を佳代子は後ろから優しく抱きしめた。


それでも俺はここでコイツに言っておかなければならない事がある。あの事故の後のことを。



「お前さ、やっぱ実家には顔出しとけよ」


「タカシ君!」



佳代子が少しばかりの怒気を帯びた表情で声を上げる。だけど、委縮したのは佳代子に抱きしめられた少女の方だった。まるで、迷子の幼子のような表情。



「うん、いや、でもさ…。今更っていうか…」


「葬式でさ、お前の妹とおばさんさ、すげえ泣いてたぞ。それにお前ん家、お前がいなくなったせいで色々あったみたいでさ」


「え…?」


「タカシ君、それ以上は…」


「いや、だがせっかく帰ってきたんだぞ」


「…そっか」



コイツの母親はその事をそうとう気に病んで、精神的に参ってしまったらしい。同じくコイツにその話を勧めたコイツの妹と佳代子もそろって相当落ち込んで、自殺でもするんじゃないかって思うぐらいで。


佳代子はなんだかんだと持ち直したが、多分あの家族をなんとか出来るのは、多分コイツだけなんじゃないかと思う。


とはいえ、佳代子の心配も分からないでもない。あんな状態になったあの家を見せるのは正直いって酷すぎる。


そもそも、コイツが帰って、あの家が元通りになるのかと問われれば、そうだと答えることは出来ない。結局はまた大きな傷をつけるだけなのかもしれない。



「うん、でも今はだめだ」


「なんで?」


「なんつーか、その、危ないっていうか、巻き込みたくないっていうか…。今起きてるのが収まったなら、改めて考える」


「今起きている事って…、さっきあったみたいな事?」



佳代子の問いにエルフさんは少しだけモジモジと話すかどうかを逡巡するが、しばらく佳代子が見つめると意を決して語りだす。



「さっき、メシ食ってるときにも少し話したけど、妖精文書ってのが今回のに関わってる。んで、これが関わる事件に偶然はあり得ないってのが、向こうの世界の暗黙の了解なんだよ」


「誰かが裏で糸引いてるってことか?」


「いや、違う。あれはそういうもんなんだ。説明するのは難しいんだけど…、そうだな、呪いっていうか、そういうのに近い。いうなればアタシは呪われてんだよ」



少女の尖った長い耳が力なく下を向き、力のない瞳には一種の自嘲が見え隠れする。俺はそんな表情をする目の前の少女にトゲトゲとした苛立ちを覚えた。


おそらく、あれだけ俺たちを遠ざけようとしていたのもそのせいだろう。それは何となく理解できる。ただ、自分の事を呪われているなんて言う事に、どうしても脳が熱くなる。



「収まる目途はあるのか?」


「分かんねぇ…」


「分からないって…」


「すまねぇけど、本当に分かんねぇんだ。いつまでとか、どんな範囲でとか予想もつかないんだ。呪われてるって言っただろ。本当に、あれだ、まるで、疫病神みたいだろ?」


「疫病神って、お前な…」


「だってそうだろっ、そうじゃなきゃ、あの時だって百何十人も巻き込んだりとかしねぇよ!」


「待って、それって…」



少女は悲痛に、吐き捨てるように言い放った。俺は言葉を失いかけ、わずかに佳代子が声を震わせて問い返す。それは、つまり、あの飛行機事故すらもその体質とやらに影響されて?



「だろうな。過程はどうあれ、多分、アタシを向こうの世界に呼び込む必要があったんだろ。たぶん、これはアタシが死んだって収まらないんだと思う。悪いな、巻き込んじまって」


「そんな…そんなのはいいのよ。私はどういう形でも、もう一度あなたに会いたかったんだもの」


「そっか…」



しかし、佳代子のその言葉はしかし少女の憂いを晴らさない。それで俺たちが危険にさらされる可能性は消えてなくならないからだ。俺も佳代子もそんなことより、コイツに会えたことが嬉しいのに。



「今回なんかさ、予備の実験で何度もこっちの宇宙に来てたんだけど、その時とか一度も観測可能な宇宙の中に銀河系入ってなかったんだぜ。それが、本番一発で太陽系どころかこの街にドンピシャなんてさ。持ち込んでた装備のほとんどが無駄になっちまったし。それに、来て早々に妖精文書の暴走、文書災害に巻き込まれたのも、たぶん偶然じゃないと思う」


「だから、俺たちに会ったのも偶然じゃない…か?」



少女がすまなそうに頷く。全くなんて顔をしてうつむくのか。まるで、俺たちがコイツを一方的に責めて苦しめる悪者のような気分になる。



「この先、何が起こるのか、分かったりしないのか?」


「それも分かんねぇ。…とにかく、中心は十中八九アタシだと思うし、アレがお前らと引き合わせたんなら、お前らにも関わってくる話しかもしれねえ。…その、なんだ、身の回りには気を付けろよ」


「どうにかならないの?」


「ある程度はできるんだぜ。でも、大きな流れは無理だな。アタシは呪いっていうか、流れみたいなものに完全に組み込まれてるらしくてさ、自殺だって確実に失敗するし…」


「お前…」



苦笑いに似た、苦痛を隠し切れない表情。特に今コイツが口にした自殺という言葉に強いショックを受ける。それは、つまり、試したというか、実際にしたという事。そこまで追い詰められたという事。


そしてコイツは多分、これから起こるかもしれない厄介ごとに俺たちを巻き込むことに自分を責めているのだろう。それでも、



「結局のところ、そいつは地震か台風みたいなものでお前のせいじゃないんだろ? お前が気に病む必要はないんじゃないか?」


「でも、アタシがいなけりゃ…」


「ど阿呆が」


「あう」



デコピンを一発叩き込む。涙目になって見上げてくるエルフさん。可愛い。じゃなくて、相変わらずコイツはバカだなあと思いつつ溜め息をつく。佳代子、そこでクスクス笑うな。



「俺お前がいない平穏無事と、お前がいる波乱万丈の方を選ぶなら、お前がいる方を選ぶ」


「私もよ」


「……後悔するぞ」


「後悔先に立たずっていうからなぁ」


「おい、どっちなんだよ」



その妖精文書とやらが存在することはどうしようもない。そして、コイツと出会ったことはもうどうしようもない。こいつと友達になった事も。だとしたら、もう何もかも手遅れなのだ。それでも、



「私は…、あなたに出会ったことだけは後悔しないわ」


「カヨ…」



雨に濡れた子犬のような寂しげな表情の少女の頬に佳代子は手を当て、そして二人は見つめあう。あれ、俺のセリフ先に取られてないか? 何お前らそんなに百合百合しく見つめあってるの?



「ブヒィと百合豚として鳴いとくか…」



おっかしいなー、俺の超カッコいいイケメンぶりにロリエルフさんも佳代子もメロメロになって両手に花状態になる予定だったのになー。



「つーか、お前さ、単純に妹にどういう顔して会えばいいか分からなくて、先延ばしにしてるだけなんじゃね?」


「なななな、何を、こ、根拠に?」



俺の何気ない言葉にビクリと体を反応させて、震える声で応えるエルフさん。ああ、やっぱり、コイツはどうしようもなく、



「このヘタレめ」


「ヘタレねぇ」


「うっせぇ!」



コイツの言うとおり、この先心底後悔することになったとしても、コイツと出会ったことも、再会したことも、間違いだったなんて事だけは絶対に思うことはないだろう。


10話ぐらいまでは毎日更新していく予定。その後は不定期になるかと。

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