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Phase016『エルフさんと席替え July 23, 2012』

「……」


「……おい、止めろ、その手を離せ」


「手を離せと言われて離す奴がいるとでも?」


「いまなら間に合う、止めるんだ」


「紳士は急に止まれない」


「スタァァァップ!!」



カジュアルな装いの男が紫のサマードレス姿の女の両腕の手首を取った。少女は男の手を振りほどこうと必死にあがくが、男女の腕力の差は如何ともしがたい。


そうして力の均衡は青年に傾き、女に覆いかぶさるような姿勢となった。青年と女はしばし見つめあう。


そして女は口を開く。



「……乱暴する気でしょう。エロ同人みたいに。エロ同人みたいに」


「黙れ後藤。それ以上、カヨの顔と声で卑猥な発言をしたら、その口にパセリを山ほど突っ込んでやるからな」


「なにそれこわい」



青年は苦々しい表情でそう凄んだ。対する少女は彼女が本来しないような悪人面で含み笑いを始める。青年は盛大にため息を吐いた。


さて、大問題が発生した。つーか、現在進行形で発生している。


どうしてこうなったのか。まあ、原因は一つしかないのだろうけど、こうも次々と問題が発生するのはどういうことか。



「なあなあ、お前、女になった時、自分のアソコとか観察した? 俺、今、めっちゃしたい」


「お前は一度、精神的な意味で死ねばいいと思うぜ」




Phase016『エルフさんと席替え July 23, 2012』




事の始まりは2時間ほど遡る。


私と春奈は二人を、後藤とカヨの仲違いをなんとかするために、巧妙な謀を実行に移し、そしてその工程の半分が成功しようとしていた。


夏休みとは未成年の大イベント。学生生活における学校という日常から離れ、トロピカルでサンシャインな非日常へと繰り出す大チャンスなのだ。


初心なアイツも危険な一夜のアバンチュールでイメチェン一発大変身。いつの間にかリア充に転身したり、あるいは痛々しい勘違いへと踏み出したり。


ちょっとした行き違いで疎遠になりつつあるあの二人も、そんなリゾートでフルーツな雰囲気に呑まれれば細かいことなどどうでもよくなるはずだ。


というわけで、私たちは二人を最近評判になっているテーマパーク、《スチームandスチールワールド新湖面》に誘き寄せたのである。


誘き出すのは簡単だった。


後藤などは、春奈が胸を強調してオネガイすると、「イヤッホー」と叫んでホイホイ誘き出すことができた。


カヨは上目使いにお姉ちゃんと呼んでやると、「ふひっ」とキモイ笑いを漏らしたのちに、「おねぇたん」「お姉さま」「姉上」など一通り私に呼ばせた後、ホイホイついてきた。


…あれ、私、なんでこんな連中と仲良くしてるんだろう?


などという不都合な現実に気が付きそうになるものの、私は愛と勇気を振り絞って企みを実行するために動くのであった。


と、いうことで



「……」


「……」



季節は夏。気温は上々、湿度も上々。なのに、今私の目の前では寒風が吹きすさぶかのよう。効果音はたぶん『ゴゴゴゴゴ…』。


まるで頂上決戦か何かのように、二人の男女が私と春奈の目の前で睨み合う。


男はもちろん後藤である。かっこよさげな英語のロゴの入った黒いTシャツに薄い赤みがかったシャツをひっかけ、デニムを履いたカジュアルな装い。ジャージでも着てくればいいのに。


女はお察しの通りカヨだ。紫色を基調とした、膝の少し下まで丈のあるスカートのサマードレスに、少しヒールのある黒のサンダル。


どっちも見てくれは非常に良いので、笑みでも浮かべていればカップルに見えないこともないが、



「なんでコイツがいるんだ?」


「それは私のセリフだわ」


「ロリじゃない貧乳なんて価値ないだろう常識的に考えて」


「やだわ、これだから何もかも小さい男は」


「あん?(威圧)」


「ふっ…(暗黒微笑)」



まさに宿命のライバル的状態。仲の悪いチンピラ同士がガンつけ合うみたいに、互いに敵意を剥き出し


周囲の老若男女たちもドン引きで遠巻きにこちらを一瞥しては、逃げ出すように駆け足になって走り去っていく。



「いぬサルだぜ」


「どっちが犬でどっちが猿?」


「春奈、お前さ、カヨに向かってサルって言えるのか?」


「…無理」



カヨはあれで尽くすタイプなので、犬な感じなのだろうか。毛並みの綺麗な高級犬、ただし飼い主を噛む。


後藤? あいつはエロ猿で十分。


とはいえ、ここまでは想定内。無理やり再会させただけでわだかまりが消えるなど、こちらも思ってなどいない。


まあ、こんなに露骨に犬サルするとは思わなかったが。



「はいはい、じゃー、とりあえず泳ごうぜ。アタシ、ジェットコースター乗りたい。行くぞオラァ!」


「ゴーイング・ア・上ぇ~!」



というわけで、私の策略によって入場口でバッタリ出くわした二人は、今回の趣向についておおよそ理解してもらえたようである。


私は睨み合う二人の間に割って入り、二人の腕を取って歩き出す。春奈もテンションを上げてカヨの腕をとる。



「ちょ、お前な」


「はぁ…。いいわ、付き合いましょう」



二人は文句言いたげな表情をしながらも、特に抵抗することなく引っ張られてくる。だから、まだ大丈夫のはずだ。





《スチームワールド新湖面》


スチームパンクをテーマとしたこのテーマパークは、この地で操業していた鉱山の跡地に建設された一大娯楽施設である。


鉱山自体は昭和の終わりごろに採算が合わなくなって閉山したものの、創業者一族の当主はこの場所がこのまま朽ち果て忘れられることが許せなかった。


彼の想いは、かつてこの鉱山で働いていた鉱夫たちの子孫たちをも動かした。そうしていくつかの感動的な秘話が積み重なる。


縦横無尽に張り巡らされた坑道、トロッコのレール、石炭、蒸気機関車。ヒントはそこにあった。


そうして、彼らは何を思ったのか、今時、蒸気機関をメイン動力に置く一大テーマパークを築きあげることになる



「いつ来てもコチャゴチャしてるわね」


「これがいいんだよっ。ごつい機械、吹き上げる蒸気。とがってるな、このテーマパークは」


「蒸気カタパルトで加速するジェットコースターとか訳が分からないな」


「この蒸気、触っても火傷しない?」


「それ、ただのミストだから大丈夫だぜ」



重厚な鋼の塔が建ち並ぶ、まるで巨大な工場のような様相。工廠のような鉄塊がぶつかる音が鳴り響き、配管からは蒸気が勢いよく吹き出てプシューっという音を立てる。


古今東西の蒸気機関車が実働し、産業革命の初期からの様々な蒸気機関が再現され、動いているのを見学できたりする。


蒸気仕掛けコンピューター制御の様々なアトラクション、西洋のクラシック音楽家がつけてるようなカツラがトレードマークのマッチョなマスコットキャラクター《わっと君》。


広場にはカイゼル髭の創業者の銅像が偉そうに来園者を見下ろし、中央には壮麗かつ無骨な蒸気城がそびえ、時間になると蒸気仕掛けで鐘が鳴り響く。


まさに、重い、でかい、ごついの三拍子そろった、スチームパンクな世界観。


そんな、極めてマニアックなテーマパークなのだけれど、世の男の子たちには大いに受けたようで、中年男性たちのリピーターも多いのだという。



「石炭アメ買おうぜ」


「私嫌よ。あれ、舌が真っ黒になるもの」


「《わっと君》だ! 写真とろっ」


「あんなマッシブなマスコットキャラクターの何がいいのか…」


「えー、可愛いよ?」



テーマパークに有るまじき色の乏しさに目をつむれば、ここは老若男女それなりに楽しめる。


真っ黒な石炭飴、溶鉱炉をイメージした銑鉄マーボーなどグルメもある。石炭を掘る体験もできるし、SLを運転するための講座だって開かれている。


マッシブなマスコットキャラクターの腕にぶら下がる体験など、ほかのテーマパークのユルキャラ相手に出来ることではない。


ましてや、ダイナマイトの爆破体験なんて国内じゃここぐらいしか体験できないだろう。


大丈夫なのかこの施設? 法的な意味で。



「すげぇ、さすが《わっと君》。腕に女の子3人もぶらさげてやがる」


「あれぐらいマッシブだと、頼もしいというよりもギャグの類ね」


「カヨってマッチョはダメだったっけ?」


「あまり好みじゃないわね」



筋肉達磨は好みが分かれるという事だろうか。私はイイと思います筋肉。男だったころ死ぬほど鍛えたことがあった。結局、腹筋割れなかったけれど。


でも、カヨってムキムキで黒いパンツのボールギャグ咥えさせた男を人間椅子にする絵がものすごく似合うきがするんだけれどな。



「春奈はマッシブなのはどうよ?」


「んー、ちょっといいかなって」



えへへと笑う春奈。かわいい。


ピンク好きの彼女の装いは今日もやっぱりピンクである。天使である。



「だそうだぞ後藤」


「俺はインドア派なので」


「ざけんなよ。草食系とか最近増えすぎて希少価値ねぇんだよ!」


「は? ちょっ、おまっ!?」



というわけで、後藤の背中に飛びつき首にぶら下がる。後藤は引き離そうとするが、無駄無駄無駄。


振り回されても、私はぷらんぷらん首から離れない。



「離れろロリエルフ!」


「くけけけっ、さあ、お前らもやっちまえ!!」


「ほいさーっ」



というわけで、春奈が追加。満面の笑みで後藤の右肩にぶら下がる。おっぱいおおきいので、重量もきっとそれなり。


軽かった私による負担が、春奈のせいで大増量。



「や、やめれ。死ぬ」


「あらあら、大変ね」



そして、トリは奴である。


柔らかい上品な笑みを、カヨは後藤に向けた。後藤は懸命に「冗談ですよね佳代子さん」と卑屈な笑みを浮かべて下手にでる。


だが、カヨは満面の笑みを浮かべた。もう、口元が吊り上がって三日月になった。その顔は間違いなく悪役だった。



「私、マッシブな貴方が好きよ」


「お前さっきマッチョは好きじゃないって言ったよな!?」


「女心は秋の空って言わない?」


「それは女が言うセリフじゃない!」


「男がやる前から無理だなんて情けないわよ」


「男女差別反対。男らしく女らしくなんて旧時代の因習だ」


「それでも男には男の、女には女の役割があると思うの。例えば萌えは女の子の役割でしょう?」


「待て早まるな。男の娘という選択肢もある」


「…あなた、男の娘っていうタマ? 鏡見たことある?」


「控えめに言っても違うかと…」


「なら、マッチョを目指しなさい。プロテイン食べなさい。筋肉祭り。筋肉筋肉」


「いやいや、ほら、最近は鬼畜メガネとか細マッチョとかさ、あるじゃろ?」


「最近は細くてもインドアでも戦えるのがトレンドよ。魔法(物理)とかあるでしょ?」


「そんな夢も希望もない魔法は認めない。そんな魔法、ユメもキボーもありゃしない」


「トレンドだから仕方ないわ。今は物理の時代よ。交渉(物理)、女子力(物理)とか」


「キセキもマホーもあるんだよっ」


「言いたいことはそれだけ? 他に言い残すことは?」


「くっ、殺せ」


「よろしい」



カヨはニマァと邪悪に笑った。後藤は諦観の表情で笑みを浮かべた。そして、カヨの手が後藤の左肩に。苦悶の叫びが上がった。



「あ、抜ける。肩が、腕がぁっ!?」



でも後藤、お前、今まさにハーレム状態じゃね? うはうはだろ? 嬉しいやろ? おら、喜べよ。豚のようによぉ。


でも、まあ、早い段階で悪ノリとはいえ、雰囲気は良くなったと思う。これで、このまま、変な意地とか馬鹿らしく笑い飛ばせれば。


だが、



「…佳代子、お前、太った?」



次の瞬間、世界が氷河期に切り替わった。カヨは無言で後藤の肩から手を放した。後藤がふと漏らした一言。嗚呼、それが彼の最後の言葉になるなんて。


私と春奈はすぐさま後藤から離れた。逃げ出した。仕方がなかったのだ。次にカヨの右足がブレて見えなくなった。



「ぷぎゅるあっ!?」



そして最後に、錐揉みで吹き飛ぶ後藤を見た。



「無茶しやがって…」



教訓:女の子を体重の事でからかっちゃダメだぞ♪





「みつけた」



ふわりと、白い髪の女がテーマパークのランドマークたる蒸気城の尖塔の先に着地した。


年齢は20代ぐらいだろうか? 美しい相貌は、多くの人が黄金の髪と瞳を持つあの少女に良く似ていると評するだろう。


特徴的な細長い耳も、目元も、鼻の形も。


相違点は体の成長具合か。金色の少女のそれは未熟で、まだ大人とは言えない有様だけれども、白い髪の彼女は匂い立つような女の魅力を纏っている。


まるで、黄金の少女を理想的な形で成長させたかのような。


彼女は蒸気の城の頂点から下界を見下ろし、柔らかく笑みを浮かべる。その視線の先には自分に良く似た黄金の髪の黄金の瞳の少女。


彼女の瞳には慈愛の色が浮かび、表情には喜びが現れる。その少女以外の3人の人間など視界にすら入らない。


他の人間が少女を視界から隠すたびに邪魔だなと思い、いっそ吹き飛ばしてしまおうかという欲求に従いたくなり、すぐに理性を働かせる。



「いけない、いけない」



自省する。それではダメだ。何事にも手順、順序、段取りというものがある。


人間というのは面倒くさい生き物ではあるが、そういう面倒な機能こそが人間を人間たらしめているのだし。


反省した彼女は、改めて彼女は少女の周りの人間たちを視界に入れた。


彼女にとってはどうでもいい存在ではあるが、それは自分にとってそうであるだけで、彼女が想う少女にとってはそうではない。


意識を集中する。この世界の大気は操るには適さないけれども、向こうの世界でのノウハウが何もかも使えないわけじゃない。


いくらかの情報を取得し、予め黄金の少女に付けておいた同胞も回収する。


相変わらず、危険なことに首を突っ込んでいるようだ。相変わらず、厄介ごとに巻き込まれているようだ。


だから反対したのに。危険だから、行ってはいけないと。


やはり、自分が守らなければいけない。籠の中に閉じ込めて、何もかもから隔離して。



「おっと、脱線脱線」



自省する。それではダメだ。何事にも手順、順序、段取りというものがある。


そんな風に思索していると、ちょっとした厄災トラブルの種を指先が見つけ出した。


話には聞いていたから、そこまで驚かないけれども、ここまで簡単に当たってしまうというのは予想外。


そして、



「あ…」



彼女の指先で、厄災トラブルの種は芽吹きだした。彼女は少しだけ焦り、そして気を取り直す。



「ま、まあ、そういう事もあるのかな…」



そして、その体は大気ににじんで、溶けて消える。すると鋼鉄の城の頂には、またいつものように何もなく、しかし、その城下においては俄かにざわめきが広がり始めた。





時は数分ほど遡る。



「あいつら元気だな」


「若いわね…」


「いや、俺たちも高校生なんだから若いからな?」



見上げる視線の先にはアンバランスに曲がりくねる鉄の橋。その上をトロッコに模した列車が一気に駆け抜ける。


あそこには、アイツと春奈が乗っているはずだ。好き者である。あんなものの何が楽しいのか理解しがたい。



視線を落とすと、小道を挟んだ向かい側のベンチに、正面でなく斜め向かいに佳代子が座り、コールタール・アイスコーヒーなる謎清涼飲料水にストローを突き刺しかき回す。


ちなみに俺は天然鉱泉サイダー。炭酸とは思えないピリピリとした刺激がノドにくる。ここに遊びに来るたびに思うのだが、これらは本当に安全なのだろうか?



「それで?」


「それでとは?」



佳代子の要領の得ない問いに問いで返す。夫婦でないのだから阿吽の呼吸で答えられると思ってもらったら困る。


いや、まあ、どうせ一つなのだろうけど。



「私としては、あの子たちが望むようなフリをしてもいいと思うの」


「フリか。そうすれば、万事解決というわけだな」


「ええ」


「だが断る」


「……ここで私は《何っ!?》とでも言えばいいのかしら」



この後藤隆が最も好きな事のひとつは、絶対に上手くいくとそいつが思い込んでいる《良い話》の誘いに「NO」と断ってやる事だ。(※嘘です)


佳代子はそう答える俺を見ながら、「本当にバカね」と罵ってくれる。ありがとうございます。


とかく、アイツらの気持ちを裏切るのは正直思うところがあるのだが、一度決めた事なのだから筋を通さなければならない。


アイツを佳代子に、佳代子をアイツに押し付ける。そこに俺は邪魔物だ。


そういうわけで、俺はベンチから立ち上がろうとして、



「あぇ?」



次の瞬間、唐突に視界が切り替わった事に気づき、思わず変な声を上げてしまう。


あ…ありのまま今おこった事を話すぜ!『俺は佳代子の目の前でベンチから立ち上がっていたと思ったら、いつの間にか座っていて、目の前で立ち上がろうとしている俺を見ていた』


な、何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何をされたのか分からなかった。頭がどうにかなりそうだった。


催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえもっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。



「うぇ…? 佳代子?」



すると、俺の目の前にいる俺(表現しずらいので以降は俺’と呼ぶことにしよう。)は俺を唖然とした表情で見つめ、そしてそんな事を呟いた。


そしてしばらく俺と俺’は凍り付いたように見つめ合う。それから数秒ほど経つと、俺’はちゃんと立ち上がって、自らの右手の平を見つめ、そして自分の体をペタペタと探るように触れだした。


それを見つめながら。俺もまた同じように自分の手の平を見ようとする。嫌な予感がしたからだ。その予感は、まあ、当たっていた。


見つめた自身の手は、普段の自分のものとは似ても似つかない、繊細で細くて綺麗な手だった。手入れの行き届いた、それでいて見た事のある女の手。


そして、自分の体も見てみる。スレンダーな肢体はよく見知った女のもので、紫を基調としたサマードレスという服装もまた、先ほどまで俺が見ていたものだった。


ここにきて、何が起こったのか事態を理解する。



「なるほど。またか」


「まあ、そういうことだぜ。…後藤でいいんだよな?」


「ああ。そうだルシア」



つまり、俺は佳代子の体に、ルシアは俺の体に入っているらしい。


しばらくして、周囲の至る所からざわめく声が上がりだした。





「はぁ…、どうするんだよこれ……」


「まあ、そう落ち込むな」



ベンチに改めて座り、俺の体で盛大に落ち込むルシア。俺はそれを眺めながら、佳代子の手荷物から手鏡を取り出して自分の顔を確認する。


鏡に映るのは、どこからどう見ても佳代子の顔だった。


そこで、俺はおそるおそる手鏡を下の方へ。股の間に持って行き、秘密のゾーンを垣間見る。


おうふ、ミラースパーク! なかなか刺激的な布切れではございませんか。


では、次にこの胸の二つの膨らみについて…。



「お前、なにやっとんの?」


「俺は今、女の体。なら、やる事は一つだろう」



問う俺の体の中に入ったヘタレ。俺は正直に答える。目の前の俺は絶句したかのように固まった。


なんだ、お前は俺を聖人君主とでも思っていたのか。いいえ、違います。俺はどこにでもいる一人の紳士でしかないのです。



「……」


「……」



無言の空間。さて、気を取り直して神秘の追及を。俺はそのまま二つの膨らみに手を当てる。


おお、ほーん、ふーん、ほうほう、なるほどなるほど。うおォン、俺はまるで人間全自動餅つき機だ。



「おい、止めろ、その手を離せ」


「手を離せと言われて離す奴がいるとでも?」



例えば上着のボタンとかブラのホックとかな。あ、何だろうこのイケナイ気分。これが乙女のハートビートモーターズかしらん。


ヒャッハァ、もう誰も俺を止められはしないぜ!



「いまなら間に合う、止めるんだ」


「紳士は急に止まれない」


「スタァァァップ!!」



俺の顔をした男が俺の両腕の手首を取る。邪魔をするか小癪な。貴様だってかつてはこの俺と同じ感情を抱いたはずだ。


おっぱい星人である事を辞めた草食系などは、地上の蚤だということが何故分からんのだ。


いや、しかし女と男ってこんなに腕力違うのね。突き放そうとするけど、全然できん。つーか、そのまま押し切られていく。


そうして、押し倒されるような格好になり、しばし俺の顔と見つめあう。うん、俺の顔とはいえ、男に押し倒されるってすげーキモイ。


ということで、このシチュエーションに相応しい一言を。



「……乱暴する気でしょう。エロ同人みたいに。エロ同人みたいに」


「黙れ後藤。それ以上、カヨの顔と声で卑猥な発言をしたら、その口にパセリを山ほど突っ込んでやるからな」


「なにそれこわい」



不機嫌顔のコイツには悪いが笑いがこみあげる。つか、パセリとか文字通り草はえるわ。


いや、確かに洋食の付け合わせのパセリは残すけどさ。あの独特の香りが好きじゃなくて、口に入れたらもにょるけどさ。


あ、あと俺の辞書に反省という二文字はない。



「なあなあ、お前、女になった時、自分のアソコとか観察した? 俺、今、めっちゃしたい」


「お前は一度、精神的な意味で死ねばいいと思うぜ」



解せぬ。


それはともかく、状況の確認である。抵抗を止めると、ルシア(外側は俺)がベンチの俺の隣に座る。



「んで、これもまたアレか?」


「だな。とりあえず、アタシの体探さねぇと」



曰く、俺の体のままだと魔法が使えないらしい。


魔法の才覚は肉体に依存しており、魂や精神には依存しない。それは、魔法使いは魔法使いの血統にしか生まれないことと同じとのこと。


それはそうと、



「その顔でその一人称はキモイ」


「茶化すな」



呆れた表情で返される。いや、でも、自分の顔と口で一人称が《アタシ》とか、オネエみたいで嫌だ。



「ん、探すのは体なんだな?」


「おう」


「佳代子たち…その、本人というか、魂の入った方とは合流しないのか?」


「どうやって見つけるんだ?」


「……ふむ」



どの程度の範囲でこの入れ替わりが起きているのか分からないが、少なくとも周囲の状況を見る限り、このテーマパーク内の人間はすべて巻き込まれていそうだ。


少なくとも佳代子の精神は何処か誰かの体に入り込んでいると考えていい。春奈もまた巻き込まれている可能性が高いだろう。


なので、外見でその人物が誰かというのを判断することは出来ない状況にあるので、佳代子が誰に入っているのか判別できないということか。



「アタシ自身の体を取り戻せたらどうにでもなる。さっさと行くぜ」



そうして俺たちはベンチから立ち上がる。ルシアは先程までジェットコースターに乗っていた。なら、行く先は決まっている。


少しぎこちなく歩く俺の体の後ろをおとなしく、しずしずと。


しかし、ヒールってのは歩きにくいな。スカートもスースーして落ち着かない。ブラジャーも妙な感覚だ。



「つか、こいつブラジャー必要なのか」


「あると無いのとは違うもんらしいぞ」


「お前、女になったくせに…って、ロリだったか」


「無い袖は振れない。無い胸は揺れない」


「平たい胸族」


「オマエは全然まな板のスゴさを分かってない!」


「貧乳はステータスだ! 希少価値だ!」


「「いやっふーっ♪」」



なんだか楽しくなったので勢い余ってハイタッチする。


そうだ、俺たちは大切なことを忘れていた。おっぱいに重要なのは大きさじゃない。触れるか触れないかだ。



「……いや、でも、薄いな、佳代子の胸」


「揉めるだけマシだろ。アタシなんてほとんどねぇんだぜ」


「いや、でも触ってみろよ」


「ん…、んー、んむ」



神妙な顔をした俺の顔でルシアは俺の、佳代子の胸を揉む。やだ、なんだろうこの変な感覚。これがホモ・オッパイモミスト?


しかし、真面目な顔で胸を揉む俺の顔。すごく、その、変態くさいです。



「特に変なシコリはないな」


「なぜ乳がん検診なのか」


「こういうのは魔女的な意味でよくやるんだよ」


「ふーん、ほぉーう」



なるほどなるほど。コイツも一人のおっぱい星人だったということか。分かるぞ分かるぞ。触診と称して、あんなコトやこんなコトを。


なんて思っていると、唐突に駆け足の音。二人して音源に振り向くと、



「「はぁ!?」」



でっかいキグルミが突撃してきた。そしてそのまま俺の体に入ったルシアを突き飛ばす。



「あべしっ!?」



目の前でぽーんと弾き飛ばされ、ごろごろ地面を転がる俺の体。


そしてそれを追い、仰向けになった俺の体の上に乗ってマウントポジションをとったまま無言で俺の体を殴り続けるベートーベン的なカツラの男をデフォルメしたキグルミ。


なんだこれ? 意味が分からないんですけど。つーか、それ以上俺の身体をタコ殴りにしないでほしい。



「ギブっ、ギブっ」



俺の体にinしているルシアが地面を掌で叩いて降伏を訴え、ようやくキグルミの暴行は止まる。


ん? いや、待てよく考えてみれば、このシチュエーションでこういう行動に出る奴は限られているのではないだろうか。


佳代子の貧しい乳を…、あ、睨まないでくださいお願いしますマジでそのキグルミ怖いです…、その、佳代子の控え目な胸を揉むのを見て激昂して暴力を振るう者などそうはいない。


アイツ意外にやるとしたら、ルシアか俺ぐらいだろうか。もちろん、俺は今は佳代子の貧そ…、いえ、その、スレンダーなボディに入っているわけで、ルシアは俺の身体に入っている。


というわけで、



「えーっと、お前、もしかして佳代子か?」



キグルミはこちらを振り向いて無言で頷いた。





その頃。



「えっと、じゃあ、その体、わたしのなんで…」


「あ、はい。えっと、どうしましょうか…」



前川春奈は見ず知らずの男性が入り込んだ自分の肉体と会話を交わす。どうやら、男性は家族連れでここにやって来た一家の大黒柱さんらしい。


話してみれば、ちゃんとしたヒトだったので安心だが。しかし、



「どうしよう……」



ジェットコースターの乗り場の上で私は途方に暮れる。


いつもより低い視界。そして、異なる世界。人類が認識できる光の波長域を超えた視覚。普段よりも遥かに複雑で豊かに知覚できる聴覚。



「ルシアちゃんの体かぁ…」



私は、異世界からやってきたエルフの少女の肉体に入り込んでいた。


事態はまあ、この前の図書館や買い物の時と似たようなものだろう。どちらにせよ、私にできることは少ない。


思うのは、どうしてこのタイミングで起きてしまったんだろうなんていう不満。


そうして途方に暮れていると、ふと唐突に目の前に白い女の人が現れた。



「ねえねえ、携帯電話で自分の身体の持ち主に電話したらいいんじゃないかな?」


「……あ、そ、そうか! ありがとうございます」



白い女性の言葉に、私の体の中に入っているヒトと、周囲の人たちがハッとなって携帯電話をとりはじめる。


周囲の人たちが一斉に携帯電話を操作し始める中、私は白い女性に目が釘づけになっていた。


綺麗な白い、年上に見える女の人。男子たちが夢中になるようなグラビアアイドルのような豊満ながらメリハリのある肢体の持ち主。


西洋人特有の目鼻立ち。何よりも美人だ。これだけ揃えば、街中ですれ違えば女子だって振り返ってしまうだろう。


そして何よりも私の目を惹いたのは、彼女がとてもルシアちゃんに似ていたから。


顔だちが似ているだけではない。耳もまたエルフ耳と呼ばれるような尖った形で、まるでルシアちゃんの髪の色を変えて、そのまま成長させたような容姿。


異なる点と言えば、ボーイッシュなルシアちゃんに対して、彼女はどこかフェミニンな雰囲気を纏っている事だろうか。


それだけでも、まるで別人に見えるのだけれども、それでも彼女はルシアちゃんに驚くほど似ている。


そうしてぼんやり白い女性を眺めていると、女性は唐突に私に近づいてきて、私の顔を覗き込んできた。


顔を近づけられて呆気にとられる。



「ふえ?」


「あはっ、こういう偶然もあるんだね」



彼女は女の私ですら見惚れるほどの、爛漫で無邪気でお日様のような満面の笑みを浮かべてそう呟いた。




こんなテーマパーク、あったら行ってみたいけど、数年で潰れるよな絶対。


Pixivの方で東京ジブリーランドっていうネタがあって触発されたんですけどね。


入れ替わりネタは使い古しですね。大量入れ替わりは禁書目録のパク…オマージュです。ええ、オマージュなんです。あれは偽物が紛れ込んでましたし。


大量入れ替わりに関わる文書災害については、改訂前の外伝で少しやったんですけどね。パラディンの既婚者のオッサンが少女の体に入っちゃって、そのまま元に戻れなくなった的なTS物ですが。


元オッサン現美少女聖騎士と見習い騎士(実の息子)のドタバタ的な奴でしたね。上手く続けば異世界編で登場する予定です。


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