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Phase015『エルフさんはおうちに帰る July 18, 2012』



「まだあったのか、この公園。つーか、もうちょっと真面目に整備しろよ」



ふと目に入ったのは、昔からよく遊び場としていた公園。


小さな山に寄り添う形で作られて、入り口付近に遊具や砂場があって、奥にはちょっと広めのグラウンドがある。


公園は手入れを怠っているのか雑草が蔓延っていて、ゲートボールをするためのグラウンドのスペースだけがそれなりに綺麗に整備されているようだ。


遊具はすっかり錆びついていて、しかも子供の頃にあった4人乗りの籠型のブランコなどいくつかの遊具がなくなっていて、少しばかり殺風景になったようだ。


多少は人の気配のある住宅地とは違い、公園の中には人は一人もおらず、まるで世界から切り離されているかのよう。



「老人の散歩コースに滑り台は必要ないってか」



子供が利用しないのなら、いっそのこと割り切ってしまえばいいのだ。どうせ利用者はお年を召した世代なのだから。


散歩道とか整備して、足つぼマッサージ的な青竹とか運動補助器具なんかを並べた健康と老人をテーマにした公園。


高齢化社会、過疎化、限界集落っぽくて良いと思います。



「かったるい」



…さて、先のことも在り、後藤の家に戻りづらく、なんとなく暇を持て余して、私はフラフラと公園の敷地に入っていく。


ちょっと感傷的。黄昏たい気分なのだ。


ふと目に留まった、長い間使われていなさそうなブランコに懐かしい気分になって、私は座板から汚れを払いのけて座った。


昔、このブランコに乗って遊んでいたとき、カヨと後藤が示し合わせたように後ろから私を押して揺れをどんどん加速させていって、私は怖くなって怒鳴り散らしたのを覚えている。


あいつら容赦ねぇからな。


あそこの大きな木は、4人で登った木だ。あの上でお菓子を食べたりしたことを覚えている。


ちなみにその後、全員降りられなくなった。


あそこの水飲み場は後藤と一緒に弄り過ぎて壊した奴だ。噴き出る水を止めるためにいろいろと詰め込んだ。


そのあと滅茶苦茶おこられた。


うわっ、クソガキだったじゃねぇかアタシたち。



「どうしたもんかね…」



キーコキーコとブランコを漕いで、そんな事をぼやいた。あまり良い考えも浮かばず、溜め息だけが重なっていく。


さっきの後藤の言葉が頭の中にリフレインして、苦い気持ちが蘇る。


結局のところ、私は何もかも台無しにするだけで、何も残すことはできなかった。


ぼんやりとブランコを漕いでいると、唐突に耳になじんだ女の子の声で話しかけられた。



「ルシアちゃん?」


「んあ?」




Phase015『エルフさんはおうちに帰る July 18, 2012』




振り向けば、公園の外からこちらを見つめる春奈がいた。


警戒心のない笑みを浮かべてこちらに走ってくる。おっぱい揺らしてくる。ぽよんぽよん。これは3Dに違いない。



「なんという立体的挙動」


「何してるの一人で?」


「哲学的思索にふけってたのさ」


「どんな?」


「キノコとタケノコどちらが優れているか」


「タケノコでしょ?」


「貴様もタケノコ派か…。チョコの量、キノコの方が多いんだぜ」


「いやー、バランス的にタケノコでしょ。となり座っていい?」



何故みんなタケノコなのか。私はキノコがいいと思います。別にタケノコが嫌いなわけじゃないけれど、なんか皆に合わせるのが嫌。


確かにタケノコの神的なバランス感覚は認めるが、しかし重要なのはチョコの比率だろう。あれはチョコ菓子なのだから。



「ケツ汚れるぞ」


「大丈夫、ちゃんとお掃除してから座るもん。うわぁ、懐かしい。ブランコ乗ったのって何年ぶりだろ」



春奈が右隣のブランコに乗り、足を使って漕ぎ始める。まったく、子供っぽい奴め。私が言える事じゃないけど。


キーキーと金属が軋む音。振り子運動で変化する体感荷重。なんとなく、春奈よりも大きく動くように漕いでしまう私。



「ぷっ、あははっ。ルシアちゃん、負けず嫌いだね」


「あ…、う」



春奈がお腹を抱えて笑い出した。私は耳まで熱くなって恥ずかしくなる。いや、なに妹相手にブランコで競ってるんだ私。


一通り春奈は笑い、私は「はぁ」とため息をついて空を見上げた。こういう風にあいつらはもう話せないのだろうか。



「…ルシアちゃん、その、佳代子おねえちゃんと後藤先輩のことなんだけど」


「ん、ああ」


「どうにか出来ないかな?」


「どうにかしていいモノなのか?」



質問を質問で返す。そもそも、あの二人の仲をどうにかしたいだなんて、私のエゴに過ぎない。



「あの日、何がったんだろう。何度聞いても教えてくれないし」


「話せる事と話せない事があるだろうさ。特に男女の話だから」


「そっか」



特に、この話には前川圭介という死人が深く関わっている。そして蘇った死者が新しく前を向いて歩こうとしていた二人の前に現れたのだ。


そんな話を春奈にしていいのだろうか?



「何か知ってるの、ルシアちゃん?」


「ん」


「話してもらえないかな。私、このまま私たちがバラバラになっちゃうのヤなんだ」


「春奈…」



その瞳には涙が溜まっていて、私は少し唖然となって、そして同時に無性に嬉しくなった。


ああ、コイツもそう思ってくれていたんだと。



「聞いてるかな? 私たちね、幼馴染みなんだ」



そして、春奈は語り出す。



「私が物心ついたころには、佳代子おねえちゃんが傍にいたの。それと、3年前に死んじゃったお兄ちゃん。私とお兄ちゃんとお姉ちゃん、3人でいつも一緒にいたんだ」



ああ、そんな事は知っているさ。コイツはいつも私たちの後ろをチョコチョコと付いてきて、いつも一緒に遊んでいた。


小学校になって、周りが男女別々のグループに分かれていって、私も男子だったから男どものグループに入って遊ぶようになっても、その縁はなかなか切れなかった。


春奈はカヨに良く懐いていたし、両親共働きでご近所さんなカヨはよくウチに来ては晩御飯を一緒にしていたからでもある。


ちなみに、小学生的な気恥ずかしさで邪険にした事があったが、調教された。うん、あれは今も思い出したくない。



「小学校3年生か4年生の頃だったかな…、お兄ちゃんがタカシ君、後藤先輩を連れてきて、それからは4人になったんだ」



発端は夏休みの自由研究だった。互いのテーマがマイナーにも拘らず同じに被ったのを知って、競う内にいつの間にかつるむようになった。


ちなみに、最初は喧嘩をしていたが、カヨの制裁で黙らされた。あの頃からアイツはカヨの事が気になっていたのだろう。


春奈は懐かしむように、笑みを浮かべながらあの頃の話を語る。


アタシと後藤が冒険と称して山の中に入り、一晩経っても帰ってこなかったのでカヨと二人ですごく心配した思い出。


ちなみに、あの時、二人で見た海をキラキラと輝かせた朝焼けは今も目に焼き付いている。


迷って、暗い野山をかき分けて、岩から落ちて怪我をしたり、山を抜けた先の海岸で一晩を過ごした末の愚行だったけれど、あれはあれで良い思い出だった。


そのあと滅茶苦茶怒られたけど。



「あの時はすっごく心配してね、私ったらひどく泣いちゃったんだよ。ほんとに酷いよね」


「でも、楽しそうだな」


「うん、すごく楽しかった。いつもお兄ちゃんと後藤先輩がバカなことやって、それでお姉ちゃんに怒られるの。楽しかったな…」



春奈が遠くを見る。まるで、そんなモノはもう手に入らないと諦めるかのように。


そう、楽しかったのだ。あの頃はどうしようもなく、もう手に入らないかもしれないと思うと胸が締め付けられて苦しくなるほどに、惜しい、なくしたくない、宝物のようだった。



「ルシアちゃんが来てから、後藤先輩とおねえちゃんの雰囲気があの頃みたいに戻って、嬉しかったんだ。あの二人、結構無理してたし」


「そうなのか?」



それは初耳というか、どういうことなのだろう。私が春奈に続きを話すように目で促すと、春奈は頷いて話し始める。



「佳代子おねえちゃん、後藤先輩の告白受け入れてから、結構一生懸命彼女をやろうと努力してたの。お弁当作ったり、デートのために色々と準備したり。最初は嬉しいからやってたのかなって思ってたけど、後でわかったの。たぶん、お姉ちゃんは努力してたんだよ」


「そう…なんだ」



それはある意味においてカヨらしい行動なのかもしれない。変なところで真面目なアイツは、たまに行きつくところまで行きつくかのような徹底をすることがある。


それを私は時々完璧主義者と呼んでいたけれど。


例えば勉強でも特定分野については完全にこなすけど、他の分野についてはかなり適当に手を抜いていた。


私たち以外の友人作りにはほとんど興味を持たなかったくせに、他の生徒を管理することについては、精緻と表現してもいいような恐怖による支配体制を築いていた。



「うん。後藤先輩もそのこと分かってたみたいで、気を使ってて、なんだかお互いに遠慮していたみたいな…。おねえちゃん、ふつうに後藤先輩を殴ってたから、気づいたのは最近だったけど」



あ、恋人同士になっても普通に殴られてたんだあの馬鹿。まあ、変態だったから仕方がないけど。


おそらく、カヨはそんな偽者でも続けていけば本物になると信じていたのだろう。カヨはカヨなりに一歩を踏み出そうとしたんだ。


後藤もそれを何となく察したうえで、あいつらは恋人をやっていた。


なら、二人の少しばかり不安定な均衡を崩してしまったのは私だろう。


私がいるから、私が帰りたいなんて思ったから、私がもう少し二人と一緒にいたいなんて甘えたから、二人の今までの努力や積み重ねを水泡にしてしまったんだ。



「だから、もしかしたらって思ってたけど、やっぱり別れちゃうのかな…」



きっとそれが仕方がないのだとしても、壊れたモノや失われたモノが二度と元に戻らない。壊れたという事実をなくすことができないから。


それでも、


それでも、もう一度繋ぎ直す手伝いみたいなことは出来るだろう。あの二人がぎくしゃくしたまま疎遠になっていく未来なんて想像もしたくないから。



「責任とらなきゃな…」


「ルシアちゃん?」


「…春奈は、嫌なのか? 今のこの状況が」


「別れちゃうのは二人の問題だから…。でも、バラバラになっちゃうのは嫌だな…」


「春奈はどうしたい?」


「私?」



何を聞いているのか。私、ヘタレすぎるだろう…。ここで、春奈の判断を全てにしようだなんて、本当に主体性もクソもないな。


春奈はブランコの上で少しだけ考え込み、そして答える。



「また、3人で仲良くしたい」


「二人が嫌がっても?」


「それは多分、今だからだよ。でも、ここで完全に離れちゃったら、一生後悔することになると思う」


「うん、分かった。じゃあ、何とかしなきゃな」



春奈の言葉を最後の免罪符にする。私のエゴを春奈で正当化する。私は私の我が儘に、この3人を巻き込むのだ。


ふと、春奈のまっすぐな視線を感じた。ちょっと気恥ずかしくなって、頬を指でかくと、クスクスと唐突に笑い出す。



「ルシアちゃんは優しいね」


「んあっ? べ、別にアイツらのためにやるわけじゃねーしっ。アイツらがああだと、居心地が悪くて仕方がねぇからしょうがなくなんだぜ」


「え、さっき、責任とか…」


「あーあー、聞こえなーい」



私はわざとらしく耳を塞ぎながらブランコからおりる。春奈からまっすぐな視線を向けられたのが恥ずかしくって、茹で上がったような顔を冷やしたくなったから。


そうして公園をぶらつくことにする。後ろからニコニコ顔の春奈がついて来るのはあくまでもオマケである。


しょうがないから、後ろからついてくるのを許してやっているのだ。まあ、一応、こんな巨乳でも私の妹だし。



「じゃあ、作戦会議だ」







ちょっとした用事からの帰り道、公園で一人、ブランコに座って黄昏る金色の髪のエルフの女の子を見かけた。


エルフっていうだけでファンタジーな感じだけれど、細長い耳とか、魔法の力とか、まるで漫画かアニメの登場人物のような。


そんな彼女、ルシアちゃんは見ていて面白い。表情や感情の変化に合わせて細長い耳が上を向いたり、垂れ下がったり。



「作戦会議?」


「ああ、あいつらをどうにかするためのな」



その無意味に自信満々に胸を張る姿に、ふと、3年前に海の向こうに消えてしまった兄を幻視する。


そういえば、前々から、どこか似ていたような気がしていたのだ。


口調なんかはものすごく似ていて、押しに弱くて、なんだかんだ悪態をつきながらも相手のために行動したりするところ。


何をバカなことをと思って、一呼吸おき、口を開く。それでも、なんだか心臓が高鳴って、心が軽くなって、楽しくなってくる。



「パーティーを開くとか?」


「パーティーね…、どんな理由で?」


「ルシアちゃんの歓迎パーティ。まだ開いてないじゃない」


「あー、でも、アタシ、もうすぐ帰るかもだし」


「えっ、ルシアちゃん、帰っちゃうの!?」



私はその言葉に思わず飛び出して、ルシアちゃんに迫るように近づいた。


せっかく仲良くなったのに、こんなに面白い女の子と知り合えたのに、すぐにお別れになってしまうのはすごく嫌だ。



「あ、うーん、まあ、もしかしたら…だけどさ」


「ダメだよ! どうして!?」


「いや、アタシにもアタシの都合って奴がさ」



目を逸らし、困った表情のルシアちゃん。でも、確かにこんなに小さな女の子だから、色々と家の都合もあるのかもしれない。


無理を言うのもダメなのだけれども。



「あくまでも、もしかしたらって話だ」


「ん、そっか…」



でも、それはきっともしかしたらじゃない。


私はもっと彼女の事が知りたい、仲良くなりたい。こんな風に思ったのは、きっと初めてのことだろう。だから、



「じゃ、じゃあ、こんな所じゃなんだし、私の部屋で話そっか」


「あ、ああ。…うぇっ!?」



私は目を白黒させてうろたえるルシアちゃんの手を無理やりにとって歩き出す。押しに弱いルシアちゃんは後ろで色々と騒いでるけど、私の手を振り払う事はなかった。





「昔、おねえちゃんとお兄ちゃんと一緒に作ったんだよ」


「…そっか」



古びた、それでも木目が暖かさを醸し出す、木材の切れ端の形をそのままにした表札。


味のある雰囲気のそれには、家族の名前が彫刻刀で掘り込まれ、表面はニスで少しばかり光沢がある。


お父さん、お母さん、お兄ちゃん、そして私。家族みんなの名前が掘り込まれていて、それは私たち家族が4人だったことを明確に刻む証だ。


これを見ると、どうしてもお兄ちゃんの事を思い出してしまう。指に怪我をしながら、ムキになって木と向き合っていた姿を思い出してしまう。


だけれども、家族の誰もこれを外そうだなんて考えなかった。汚れがあったら手入れして、外れかけたらちゃんと直した。



「じゃ、入ろっか」



鍵を差し込んで錠をカチリと開ける。薄暗い、今は中には誰もいない家。ルシアちゃんは私の後ろをおそるおそるという感じでついてきて、敷居の部分で一度立ち止まる。


私が振り向いて視線を送ると、何か勇気を振り絞ったような、一念発起した感じでそれをまたいだ。



「あ…」


「どうしたの?」


「いや、その、匂いが…、いや、なんでもない」



ルシアちゃんは「ちょっと目にゴミが入った」とかなんとか言って目をゴシゴシ腕で拭うと、キョロキョロと玄関を見渡した。



「変なルシアちゃん。あ、何にも用意してないけど、ごめんね」


「気遣いいらねぇよ。それより、早く入ろうぜ」


「そだね。じゃあ、私、お茶とお菓子用意するから、先に私の部屋に行ってて」


「お、おいっ」



私はそそくさとダイニングを目指す。あ、そういえばルシアちゃん、私の部屋の場所分からないんじゃ…。





「おーい、一応、私はこの家に初めて来たって設定なんだぜー」



小走りで奥に消えていく春奈に手を伸ばして、小声でそんなことを呟く。返答は期待していないけれど。


春奈の姿が見えなくなって、私は改めて辺りを見回した。玄関の靴箱、その上の花瓶。変わったのは壁に掛けられたカレンダーの柄ぐらい。


廊下の板張りの床に、壁には親父がどこかで貰ってきたという絵画。驚くほど何も変わっていない。


ただ、他人の家独特の匂いだけが私がもはやこの家の住人でないことを証明している。住んでいる人間には分からない、その家独特の匂い。


それでも入った瞬間、家の間取りは全て頭の中で描かれた。こういうものは忘れないらしい。靴を脱いで、私はおおよそ18年ぶりの帰宅を果たした。


隣り合ったかつての自分と春奈の部屋。春奈の部屋の扉には、彼女の名前が書かれた木のプレートがかけられている。


カヨと春奈が選んで買ってきたやつだ。私が作った玄関の表札とは滑らかさが違う。


そのまま春奈の部屋に入ろうとして、ふと自分の部屋の前で足を止める。期待半分といったところ。意を決してドアノブをひねった。



「なんだよ、これ」



まるで、本当にまるで、前川圭介がこの家の住人であった頃のそのままだった。勉強机も、張られたポスターも、本棚のマンガも、ベッドまで。


唖然と一歩、中に踏み入れる。



「なんなんだよこれっ、ふざけんなよ…。こんなんじゃまるで…、まるで、待ってるみたいじゃねぇか……」



昔のとおりだったらいいななんてさっきは思っていた。でも実際は物置になってるんだろうななんて思っていた。


でも、これはなんだ? まるで昔のままじゃないか。掃除まで行き届いていて、ご丁寧にカレンダーは差し替えられていて。


まるで、本来のこの部屋の主をいつでも迎え入れられるように、部屋は時間を停止してそこにあった。


懐かしさとともにこみ上げたのは、胸をかきむしりたくなるほどの罪悪感。力が抜けて、膝から崩れ落ちる。


諦めていた。もう二度と、私はこの家には帰れないと諦めていた。


だってそうだろう?


確かにこっちから行ったんだから、理論上は帰れる可能性はあったけれど、それが人間の手で可能かどうかなんて別の話だ。


例えば船が難破して絶海の孤島に流れ着いたとして、船を造る手段も航法も分からず、それで助けが来ないとしたらどうやって帰れると思うだろう?


不可能だと思っていた。魔法とか妖精文書なんて反則があっても、一代限りの知識と富の蓄積ではとてもじゃないが辿り着けないと結論づけた。


だから、諦めて、向こうの世界で骨を埋めようなんて考えていた。諦めていい理由なんていくらでもあって、諦めない事こそ馬鹿げた事に思えた。


なのに、この家は待っていたのだ。待っていてくれた。



「なんだよ…、バカやろぉ」



痛い。頭とか目が熱くなって、肺のあたりが痛くて、せり上がるように苦しい。痛くて痛くて、両手で自分の身体を抱きしめなければやってられないほどに、痛くて嗚咽がでる。


本当に、私の人生は後悔と自己嫌悪ばかりだ。


しばらくして、少し頭も冷えて、痛みにも少しだけ慣れて、立ち上がる。中学生の頃から変わっていない部屋を少しだけ見て回る。


机に触れて、ノートを手に取ってパラリとページをめくる。本当にバカだったころの私の痕跡。授業の内容の横に幼稚な落書き。そんなものまでご丁寧に残っている。



「ばっかだな。捨てちまえばいいのに」


「ルシアちゃん?」


「おあっ!?」



ノートをめくっていると、後ろから春奈が覗き込んできた。私は驚き仰け反って、甘い香り…じゃなくて、微妙なところを見られて気まずい思い。



「それ、お兄ちゃんのなんだけど…」


「わ、悪いな。ちょっと気になって。ほら、さっき春奈が話してたし」


「うん、そっか」



春奈がガラスコップ入りの麦茶を乗せたお盆を学習机の上に置く。そして、本棚から一冊のアルバムをとりだして、開いて私に見せた。



「これがお兄ちゃん。ぶすっとしてるでしょ」


「あ、ああ。間抜けな顔してる」


「そう? んー、でも、佳代子おねえちゃんもそんな事言ってたなぁ」



クスクス笑いながら春奈がアルバムをめくる。つーか、カヨの奴、アタシが間抜け面とか、後で文句を言わないと。



「部屋…、その、そのままにしてんの?」


「あ、うん。お父さんは整理しようとしたんだけど、お母さんが嫌がって。お母さん、今もお兄ちゃんが帰ってくるって信じてて」


「そうなのか?」



いや、それは不可能と思う所だろう。大平洋のど真ん中での飛行機事故なのだ。上空1万メートルからの落下に耐えられる一般人なんているはずがない。



「うん。表向きは外に合わせて振る舞ってるけれど、家の中だとね…。それに、ちょっと前から変なところに…、って、ルシアちゃんには関係ないよね。ごめん」


「い、いや。春奈が悩んでるなら力になりたいぜ」


「うん、ありがとう。でも大丈夫だから。じゃあ、部屋にいこっか」



母さんに何かあったのだろうか。気になりつつも、私は春奈の後ろについて部屋を出る。


そして、本題の作戦会議に入ったのだけれど、



「はーなーせーっ」


「だめだよ。これは話合いをするための重要なスキンシップだよ」


「頭を撫でるな。話合いにスキンシップなんかいらねぇ!!」


「あはは、ルシアちゃんは可愛いなあ」



現在、私ことルシア様は巨乳妹の横暴のもと、膝の上に乗せられて頭を撫でられている。後頭部というか、首ごとおっぱいに埋もれる状態。


私は後藤と違って今やまっとうな美少女なので、そういうのに喜んだりしない。つーか、妹のおっぱいに狂喜乱舞したら本物の変態である。


つーか、やっぱりでかいなコイツ。ふわっふわで首の後ろが天国で…、はっ、違う、私は妹になんて劣情を!?


死にたい。


しかし、小学校の頃から結構な体積を有していたけれど、あの頃とは比較にならない暴力的なエネルギー密度である。


いまどのくらいなの? 戦闘能力53万いってるの?



「んー、89くらい?」(※中学生です)


「どれだけ暴利を貪ったらそんな資産額を達成できるのか。カヨに分けてやれよ」


「おねえちゃん、たまに怖い顔で私の胸揉んでくるよ」


「格差社会の是正を要求します」



マルクス先生、貴方の思想は間違っていなかった。このような特定資本家による一方的な搾取と富の偏在が許されてよいのだろうか、いやない。


ブルジョア死すべし。立てよ全国のプロレタリアートよ! 今こそ革命の時。乳を寡占する資本主義の狗に鉄槌を下し、平等な理想国家を建設しなければならない。



「とりあえず、富乳税の創設を考慮に入れるべき」


「別に欲しくてなったわけじゃ…」


「持つ者は持たざる者の悲しみを理解しようとしないのだ。肩が凝る? いいぜ、その乳ごと揉んでほぐしてやるぜ!!」


「いいよ」


「ほにゃ!?」


「ふふん、さあ、さあっ」



私の高尚なアジテーションに対して、堕落した資本家の反撃は悪辣の一言に尽きた。ずずいと胸を私の前に差し出し、揉んで見せろと言い放ったのだ。


なんたる傲慢か。人間性への挑戦である。私は革命精神を維持するため、必死に心を律し、説得を試みる。武力闘争ダメ絶対。



「いいい、いや、お、女の子がそそそそういうことをするのは…」


「なんてヘタレ…。これぐらい女の子同士なら基本的なスキンシップだよ」


「マジかっ!? うらやまけしからん」


「ちなみに、私は学校で何度もブラのホックを外されてるよ。女子の友達に」


「これが風紀の乱れか…。少年法の改正もやむなしなのか……」



恐ろしい。男子同士でさえパンツを引きずり下ろすような野蛮な行為などほとんどしないというのに。


これが若者のモラルブレイクという奴か。少年犯罪の凶悪化に対抗するすべは、もはや法改正しかないというのか。


ところで、大事なことを忘れているような?



「はっ、乳に埋もれて本来の作戦会議という重要な使命を忘れるところだった。恐ろしい。胸の谷間は恐ろしい」


「パーティ開くんだよね」


「ヤツなら立派なおっぱい二つあればホイホイついて来るはずだし、カヨも春奈が呼べば問題なく来るから、開くことには問題はない。問題は何処で何をするかだ」



楽しい事がいい。細かい事、細かい意地、そういったモノがどうでも良くなるような、バカらしくて楽しい事をすればいい。


人間は楽しい事が大好きだから、楽しい思い出が大好きだから、楽しい人生が好きだから、そのために生きているのだから。



「じゃあ、こういうのはどう?」



そして私たちは計画を立てていく。




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